ロトの子孫であるムーンブルク王女に修行をつけるとこになってしまった翌日、僕は早朝の宿の一室で「どうせ修行するならもうどうにでもなってしまえ」の精神で、プリンに知る限りの魔法をすべて伝授してみようかと考えていた。
この世界は自分が生きている時代から100年後の未来、ここが過去ならもっと慎重にならなければならないが、プリンに魔法を教えたところでこれからこの世界がどうなるかなんてのは知ったことじゃない。
それに何より、今代の勇者たちが戦わなければならない相手、ハーゴンという存在が気になっていた。後々プリンに聞いた話だと、ハーゴンは邪神を崇拝する邪神官らしい。神官といえばどちらかというと近接戦闘よりも魔法戦闘のイメージがある。
「プリンが僕の魔法を学べば、魔法戦闘において有利に立ち回れるかもな」
手元にある魔法書。この世界に伝わる魔法の全てが記載されているらしいこの本には、数が少ない上にイオ、イオラは無いのにイオナズンは記載されていたりとチグハグさもある。それが何とも気持ちが悪い。
せめてイオとイオラは後世に伝えるように学ばせたいところだ。
「しかし、そうなると場所は選ばなければならないな。まさかこんな街中で爆裂魔法を撃つわけにはいかないし」
城で魔法書のおまけにもらったこの世界の地図を広げる。すると、100年前とはずいぶん変わった地形が描かれていた。
「何度見てもおかしい。普通100年程度でここまで地形は変わらないだろう」
まるで何万年もかけて大陸が分裂と移動を繰り返したように、100年前と明らかに異なっている地形。しかし、地図の左の方に記載されたラダトームの城とその下の竜王城の存在が、たしかにここが自分の世界と繋がった未来だと告げている。
「ラダトーム、そして竜王の城か……」
この城には兄さんの孫が住んでいるかもしれない。もしそうなら、孫はなぜハーゴンなどという邪神官を放置しているのだろうか。教育のおかげで平和主義者になっていたとしても、明らかにこの世界を脅かそうとするものが現れたのならば、我が一族のものが黙っていられるとは思えない。
竜王の城。聞いた話によると廃墟同然で魔物も蔓延っているので普通の人には行く意味もない場所だ。ということは誰も近づかないし、城の中に入って仕舞えば僕の竜王の城を対象とする結界魔法も使える。ハーゴンの手下が近づけば結界で感知することが可能だ。
「……仕方ない。孫には悪いが、竜王の城を修行で使わせてもらうか」
そうと決まれば準備だ。宿の外に出て竜王の城を対象にルーラを発動。するとしっかりと魔法が成功して竜王の城まで行くことができた。この未来に来た直後では出来なかったのに今できているのは、おそらく地図を読んで自分の中の認識があったからだろう。百年前の感覚だと、竜王の城の位置が右にずれ過ぎていたわけだ。
宿に戻って部屋に入れば、ちょうどプリンが扉をノックした。
「どうぞ」
「おはようございます。お師匠様」
「おはよう。えっ、お師匠様……?」
「はい。本日から私に魔法の修行をつけてくださるのですから、お師匠様です。この呼び方はお嫌でしたか?」
「いや、別に構わなよ。それより出発の準備は出来てるかな? 魔法の修行をする場所にルーラで飛ぶから、まだなら済ませてまた訪ねてきて」
「準備は出来ています。昨日の夜から」
「そうか。なら荷物を持って宿の前に行こう。目的地に到着したら、少し準備して修行開始だ」
「はい!」
◇
竜王の城、謁見の間。王座の椅子に座るのは100年前にこの世界を支配せんとした竜王のひ孫。彼自身はもはや世界をどうこうしようという気は全くない。城にこもってハーゴンという鬱陶しい邪気の元のことを毛嫌いしながら平和に過ごしていた。
ドガン! バコン! ドガドガ! ヒュー!
だというのに、ここ最近の城は静寂とは無縁な日々を送っていた。きっかけは数ヶ月前のあの日、城へ侵入してきた者を懲らしめてやろうと王座で待ち構えていたところ、やってきた人物は自分と似たような気配を放つ者とその弟子で、話を聞けば男の方は過去からやってきた大叔父だと言うではないか。
「最初は信じられんかったが、竜にまでなられたら信じざるを得んわい。それにしても、毎日毎日うるさいのぅ。休息日ぐらい設ければいいのに。弟子の方のことを思ってわしが提案してみれば、弟子もまた魔法バカとはな。休むより新しい魔法を試したいとはイカレておる」
しかし、そう言いながらどこかこの状況を楽しんでいる自分がいるのも事実だった。何せ父と母がバカンス中に消息不明になってから最近まで一人でこの広い城に住んでいたのだ。魔物はいても、話すものはいなかった。
「……やれやれ、そろそろ様子を見に行ってやるかな。二人ともやめ時というものを知らんからな」
◇
「大叔父上にプリンよ、そろそろ休憩の時間じゃぞ!」
兄さんの孫にあたる当代の竜王の声によって、僕とプリンは意識を現実に引き戻された。修行期間を圧縮するためにトランス状態になる魔法を使って魔法を行使しているから、こうして誰かに止めてもらわないと、たまにやり過ぎてしまう。
「もうそんな時間か。止めてくれてありがとう竜太」
「大叔父上! わしは父上から竜王の座を継いだんじゃ! 竜太ではなく竜王と呼んでくれと何度も言っておろう!」
「ごめんごめん、そうだったね」
「くすくす」
「これプリン! 何を笑っておるか!」
「ご、ごめんなさい。お二人のやりとりを見ていると可笑しくって。とてもご先祖様と戦ったあの竜王の子孫とは思えませんわ。お二人ともお優しいですし」
「ああ、それは多分兄さんの教育がよかったんだろうねぇ」
ご覧の通り、プリンには僕が竜王一族の一案であることを伝えている。数ヶ月前、この城で兄さんの孫に会ってその人となりを知った時に、僕の正体を伝えても問題ないだろうと竜太とプリン、二人同時に伝えたのだ。
その結果、最初は二人とも狼狽していたが、竜に返信して見せたり、100年前のことを語ったり、この世界に来た目的を話したりしていたら、なんだかんだ僕のことを認めてくれた。
プリンは犬だった頃に僕が見せたメラの魔法で、僕に弟子入りしたいと思ったそうだが、魔法書にも載っていない魔法を使えた理由がわかってスッキリしたとまで言っていたな。
「それで大叔父上、また随分と派手にやっておったようだが、プリンの修行は順調なのか?」
「うん、まあそうだね。バギ系はバギクロスまで、イオ系もイオからイオナズンまでは完璧に使えるようになった。あとのメラ系ヒャド系ギラ系はそこそこかな。ギラ系はもう少しでベギラゴンまで習得できそう」
「ほう。この短期間でそれは凄いな。やはり才能か」
「それもあるけど、執念の方が大きいかな」
魔法への興味、故郷を滅ぼされたことへの恨み、ロトの子孫としての使命感。その全てが混ざり合って修行に向いている。このままあと一年も僕が修行をつければ、この娘は僕に追いついてくるだろう。
少し怖くもあり、興味もあり……
「けど、それはするべき事を終えてからの話かな。結界に反応がある。お客さんが来たみたいだ」
三人で謁見の間に戻り、客人が来るのを待ち構える。しばらくして、僕らの前に二人の青年が現れた。青い服の青年と緑の服の青年。二人はどことなく雰囲気が似通っていて、それはプリンにも感じられた。
そんな二人に対して、まずはこの城の主人である竜王が話す。
「よく来たなお客人。わしはこの城の主人、竜王。今宵は何用があって我が城に来た」
真面目そうな青い服の青年が口を開く。
「サマルトリアでムーンブルク王女が旅の魔法使いに弟子入りしたという話を聞き、行方を追ったらこの城に辿り着きました」
続いて緑の服の青年。
「しかし、まさかたどり着いた先が竜王の城だとは思わなかったけどな」
二人ともこちらの名乗りで警戒心を引き上げたようだ。当然だ。自分たちの先祖が倒したはずの竜王を名乗る者が目の前に現れたのだから。
「ほう、そうか。プリンを探していたと。何のために?」
「協力を得るため。あるいは……彼女を助けるために」
「プリンは囚われの姫というわけか……どうする」
王座の横に控えていた僕に竜王が視線を寄越す。そうだなぁ、当初の予定では彼らにプリンを託してハーゴン討伐に向かってもらうところなんだけど、ここはいい機会だし彼らの実力を見ておこうか。
「じゃあ、僕がお相手させてもらおうかな」
前に出てそう宣言すると、彼らは構えをとる。そして、緑の服の青年は言った。
「本命の前にまずは前座からか!」
ふっ、僕が前座か。王座に座ってる竜太よりよっぽど強いんだけどな、僕。
まあいい。
「では、君たちの力を見せてもらおう」
少しだけ本気で行かせてもらうよ。これくらい、勇者の子孫なら耐えられるよね。
「……ベギラゴン」
王座の間は巨大な熱線によりオレンジに染まる。プリンはその光景を見ながら、早とちりした二人に黙祷を捧げるのだった。