今、僕と竜太は遠見の魔法でプリンたちの戦いを見守っている。
あれから順調に旅を続けたプリンたち、数々の困難を乗り越えてハーゴンが支配するロンダルキアの大地に立った彼らは、そこに生息する異常な強さの魔物たちを相手に奮闘する。
最早安心して休める宿もなく、日が暮れると一人が見張りに立って半覚醒状態でしっかり休む暇もなく朝を迎える。
旅はロンダルキアの深い雪と、死の魔法を放つ幽炎の魔物によって、常に極限状態に晒され、彼らの顔つきはこれまでの旅が楽園を歩いていたかのように激しく変わっていった。
バズズ、アトラス、ベリアル。ハーゴンの召喚した悪魔たちを退け、やっとの思いでハーゴンの神殿にたどり着いた彼らは、ついに神殿の奥にて邪神官ハーゴンとの最終決戦に挑む。
その様子を僕と竜太は、プリンに送った杖に仕込んでおいた遠見用アンカーからの映像送信によって、普通の遠見以上の迫力と解像度で見ていた。
ハーゴンは攻撃魔法イオナズンを多用し、さらに甘い息やラリホーといった眠り状態を付与する攻撃で、三体一の状態でも恐るべき強さを見せつける。果てはベホイミという回復魔法まで使われ、一見華奢な体つきの割に耐久力まで高い、苦戦必至の攻防が数時間も繰り広げられた。
僕と竜太も、その戦いを手に汗握って応援した。僕らの目には苦戦はしつつも、しっかりと彼らの勝利が見えていた。
「ゆけ! 勇者たちよ! ハーゴンを倒せ!」
「ハーゴンは満身創痍、もう回復も追いついてない。いけるよみんな!」
そして、ついにその時がやってくる。ロランの放った渾身の一閃が、ハーゴンの神官服を深く切り裂き、その体に致命傷を負わせたのだ。ハーゴンの体はその攻撃に耐えられず大きくのけぞる。誰が見てももうハーゴンは終わりだった。
だが、自分の死を悟ったハーゴンは最後の悪あがきを見せる。それは、渾身のイオナズンでも、道連れを狙った神殿の破壊でもなかった。
「お おのれ くちおしや……。このハーゴンさまがお前らごときにやられるとは。しかし私をたおしてももはや世界を救えまい! わが破壊の神シドーよ! ここにいけにえをささぐ! ぐふっ!」
ハーゴンを包むように現れた炎。やがて炎は彼らの視界いっぱいに広がり渦を巻き、そして赤から緑へと色を変えてゆく。ハーゴンは炎によって燃え尽き、その魂と共に天に昇るような光の柱が現れた。それはまるで天の神へと続くようで……しかし、次第に光の柱の中心から闇の穴がその姿を表す。
じわり、じわりと……
「こ、これは……これが破壊神の姿か」
「とんでもないな。あの時の父上と同等、いやそれ以上だ」
あの時、勇者と対峙していた父上は、闇の力で恐ろしく強くなっていた。魔法の研鑽さえ積んでいれば、勇者に負けることはなかったと断言できるほどに。
だが、この破壊神シドーからはあの時の父上を大きく上回る力を感じる。映像越しだというのに。
これに目の前で対峙している勇者たちはどれほどの恐怖を抱いているだろうか。それでも戦う意志を少しも衰えさせていない彼らは、勇者の血を引いているからこうも猛々しくいられるのだろうか。
「違う」
彼らは勇者の末裔だから勇敢でいられるわけではない。もちろんその心うちに勇者の末裔であるという自負はあるだろう。けれど芯にあるのはこの世界を守るのだという強い心。絶対負けない。引かないという意志。
ボロボロで回復する暇さえないこの状況に、血を流し、震える体でそれでも立ち上がる彼らの姿を見て、僕は僕の心に宿る熱いものを感じた。
ここは未来の世界。本来なら僕が関わるべきではない戦い。けれど、この体のうちに宿る熱は、彼らを助けたいと狂しいほどに僕の脳に訴えている。
「……竜太、僕は彼らのところに行く」
「なっ、何を言っておるのだ大叔父上! あの破壊神の前にその身を晒すなど自殺行為じゃぞ! 第一今から向かったところで、もう手遅れじゃ! 間に合わん!」
「大丈夫。プリンの杖には万が一に備えてルーラのアンカーもセットしてるから。僕もあの破壊神は正直怖い。だけどせめて彼らの回復のための時間稼ぎくらいはしてやりたい」
「大叔父上……よし、わかった。ただし、大叔父上も無事に帰ってくるのじゃぞ!」
「もちろん。じゃあ行ってくる」
ルーラ!
知り尽くした城の中を宙に浮いた体が縦横無尽に移動する。1秒もせずに外に出て、そのままロンダルキア、ハーゴンの神殿へ。
◇
ハーゴンを倒したプリンたちは、ハーゴンの最後の足掻きによって召喚されようとしている破壊神をただ黙って見ていることしかできなかった。
とてつもない邪悪な気配、立ち上る光の柱と闇の渦。ハーゴンとの戦いで負った傷を回復する時間はあっただろう。けれど、それをすることも忘れて見入ってしまった。一瞬でも目を離せばそこで人生が終わる気がしたからだ。
そして、何もできないまま、破壊神シドーはその巨大な異形の姿を表す。4本の腕に赤い翼、緑の鱗に覆われた体に、口角を上げて笑っているかのような口から覗く、夥しい鋭い歯。蛇の尾と髑髏の首飾り。
破壊神と目が合う。
「……ハッ! 避けて!」
咄嗟に叫べば、次の瞬間二本の右腕が自分たちが今いた場所の地面をえぐる。圧倒的な暴力。
プリンは思った。二人を回復させなければ、このままではアレを一度受けただけで終わる。けれど、その隙が無かった。消耗した体ではギリギリで躱すのが精一杯だったのだ。
そしてついに、プリンは躓いてしまう。足元に転がった瓦礫に足を取られたのだ。
巨大な腕が目前に迫る。ロランとクッキーは助けに来ようとするが、位置的に間に合わない。
もう駄目だ。諦めて目を瞑りかけたその時だった。
割れた窓から入ってきた光の玉が、プリンとシドーの間に割り込んだのだ。
「プリン、よく頑張ったな」
「えっ?」
気づけばプリンの前には数ヶ月間の修行で見知った男の背中があった。
「プリンは僕の一番弟子。お前なんぞにやらせはせん! グゥううううアァァァァッ!!」
師匠の体が膨れ上がって、その真の姿を表す。
紫の体色、黒い翼。かつて勇者と戦った父とそっくりなその竜は、今度は勇者たちを背にして破壊神に立ちはだかる。
破壊神の腕を、自身の腕で押さえつけ、言い放つ。
「我は竜王。かつて世界を手に入れんとした者の息子にして、この世界の魔物の王なり。この世を破壊せんとする破壊神を滅するため、父を倒したロトの勇者の子孫たちへ助太刀する」
プリンはその巨大な竜の背を見て、いつしか微笑んでいた。竜状態になるとテンションがおかしくなって変な口調になってしまうから、あんまりなりたくないと言っていた師匠のことを思い出しての笑顔だった。
それからプリンはロランとクッキーに合流し、自分も含めて全員の傷を完全回復させた。
そして彼らはそれぞれの武器を構えて、竜王の隣へと並ぶ。
「お待たせしました。お師匠様!」
「しっかり回復したようだな。では行くぞ!」
「はい!」
振るわれる腕と激しい炎を竜王が受け、隙ができればロランとクッキーが前に出て攻撃する。プリンはメラミで攻撃しつつも、回復と補助でパーティの安定性を向上させる。
眠り攻撃は唯一厄介ではあるものの、その都度誰かがサポートに入って対応した。
こちらは大きなダメージをできるだけ防ぎ、またダメージを受けても回復呪文や動画で回復する。逆にシドーには少しずつダメージが入って、表情の読めないシドーでも体の動きから確実に弱っているのが見て取れる。
このままいけば、時間はかかっても倒し切れるはずだった。
だが、ことはそう甘くはなかった。シドーがこれまでにない行動を取ったのだ。しかもそれは、勇者と竜王にとって最悪の呪文だった。
ベホマ。プリンも使う言わずと知れた完全回復呪文だ。それをあろうことかこの恐るべき耐久力と体力を兼ね備えた破壊神が使ってきたのである。
「そ、そんな!? キズが……破壊神のキズがみるみる塞がって!」
「クソッ! これじゃあいくら攻撃しても倒しきれねーじゃんか!」
「それでも攻撃し続けるしかない」
「……」
このまま同じことを繰り返すしかない。けれど同じことを繰り返していても、いつ倒し切れるかわからない。連戦しているこちらにはあまりにも部が悪かった。
そこで竜王は決断する。
「仕方がない。お前たち、我はこれから元の姿に戻る。我が受けていた攻撃を完全に受けきれなくなるが、なんとか持ち堪えろ」
「なにをするつもりなんだ?」
「ある魔法を使ってベホマを封じる。だが、この姿ではその呪文が使えんのだ」
「なるほど、わかりました。ではその間は僕たちでカバーします」
「頼む」
そうして竜形態から元の人型に戻った竜二郎は、杖を掲げて魔法を使った。
「マホカンタ!」
シドーに対して透明な鏡のようなものが張られる。
「お師匠様、今の魔法は?」
「マホカンタという魔法を一度だけ反射する呪文だ。よってプリンとクッキーは呪文での攻撃を禁止する」
「なるほど、この状態で破壊神が自分にベホマを使えば跳ね返ってこちらの誰かが回復するということですね! わかりました!」
「了解だ! けどそうなると激しい炎の攻撃が厄介だな。竜二郎さんはもう一度あの姿にはなれないのか?」
「悪いけど、しばらくは変身できない。でも代わりにこれを使う。フバーハ」
フバーハは息系の技の威力を半減させる。これで激しい炎はある程度軽減できるはずだ。
そこからの戦いは、竜二郎が竜形態だった前半と比べるとかなりキツイ戦いとなった。特に太い四本の腕で殴りつけられる攻撃と、尻尾の蛇の不意をつく攻撃が厄介で、比較的耐久力の高いロランと竜二郎がなんとか武器で受けたり受け流したりで持ち堪えた。
それでも、シドーのダメージとこちらのダメージを比較すると、シドーの方が僅かにダメージ量が大きく、やがてシドーは先ほどと同じようにベホマを使用。反射したベホマをロランが受けると、すかさず竜二郎が再びシドーにマホカンタをかけ、チャンスとばかりに全員で攻撃を続けた。
そしてついにその時はやってくる。
ロランの渾身の一撃を受けたシドーは、超過したダメージに耐えきれず、体を崩していく。光となって消えていくシドーの姿は、破壊神といえど神を思わせるどこか幻想的な光景だった。
けれどそんな光景も疲れ切った四人にはどうでもいいことだった。
「やっと終わった」
誰かがつぶやいたその言葉が、今の四人の総意だった。
こうして三人の勇者の末裔によるハーゴン討伐の旅は終わりを迎える。破壊神の登場というアクシデントはあったものの、竜二郎の助けも借りて、無事に破壊神も破壊された。
この世界は再び平和を取り戻したのだ。勇者たちと、世界中で彼らを助けた人々、そしてかつて勇者の敵だった者の息子の手によって。
ドラクエ2はこれで終わりです。
次は過去かな。その前に間話を挟むかもしれません。