未来世界が平和を取り戻した後、僕らは竜王の城へ戻って待っていた竜太に盛大に迎えられた。と言っても祝ってくれたのは竜太の配下の魔物たちなので、勇者一行からすれば少々複雑な気分だったかもしれないが。
竜王の城ではあの後も映像を見ていた竜太に僕が散々揶揄われた。人格変わりすぎとか、大叔父上は一度も王になったこともないのによくあんな啖呵が切れたなと笑われた。おかげで僕は顔真っ赤、記憶もしっかりあるから言い訳も出来ない。
その後は勇者たち三人がサマルトリアとローレシアへそれぞれ報告をしに向かい、数日後に再び竜王の城へ集まった。
三人にそれぞれの今後について聞くと、ロランとクッキーは王になるため国に戻り、プリンは国が滅びたことでしばらく竜王の城に世話になると言っていた。
「お師匠様はこれからどうなさるのですか?」
「僕? 僕は、そうだなぁ……一度僕の時代に戻って、それからまた別の時代か、もしくは別の世界に行ってみようと思う。できればしばらくゆっくりできる所が良いな」
言いながら思い出すのは、ワタルーラの実験中に偶然たどり着いたあの緑豊かで長閑な村。自分より70センチも小さな背丈で、余所者に厳しく、しかし一度打ち解けてしまえば陽気で明るいホビットたち。
「また会いたいなぁ」
◇
あれは今から一年ほど前、ワタルーラの実験を行っていた頃のこと。
当時、僕はワタルーラで近い過去や未来には問題なく行けることを確認し、次に別世界への移動実験を行っていた。
実験の結果、おそらくドラクエのどこかの世界に移動することはできたのだが、地形やモンスターの顔ぶれから移動した世界が本当に別世界なのかの判別は難しかった。
検証中のため移動のみの実験ということもあって、村や街を探す暇もなく毎回すぐに元の時代に帰っては胸の内にモヤがかかる。そこで僕は考えた、ドラクエの世界ではない全く未知の世界に行けば良いのではないかと。
ワタルーラで未知の世界に行くにはそれなりの魔法力が必要となる。他のドラクエ世界なら近縁ということもあってそこまで負担はないのだが、全く未知の世界となると、それなりに多い僕の魔法力でも半分は削られることが想定された。
それでも行った先で魔法力が半分残っていれば計算上はすぐに帰ってこられる。そのはずだった。
「ワタルーラ!」
ワタルーラは成功した。同時にこれまでにない魔法力の減り方を体験する。マダンテでもなければこうはならないから、あの魔法を使えない僕には新鮮な感覚だった。
そして時間にして体感数秒後、僕はどこかの世界の空に放り出された。
ワタルーラの移動地点が地中や高い山の中という事故が起きないように、今回は念には念を入れて上空10000メートルほどに設定して飛んだのだ。
ところが、異世界についてみると、なんとトベルーラが使えない。魔法力は残っているはずだし、問題なく使えると思っていたものだから、かなり焦った。他の魔法を使おうとしてみても出ないし、キメラの翼はこの世界での目的地が思い浮かべられずに使えない。
そのまま上空500メートルまで落ちたところで僕は諦めた。地面に激突しても僕は竜王一族だ、これくらいなら大丈夫だと鷹を括った。
それが大丈夫じゃなかったと知ったのは、次に意識を取り戻した時、全身に何かしらの草、おそらく薬草を貼られたのを見た時のことだった。
僕はベッドに横たえられていた。でも足はベッドではなくマルタに乗せられていた。ベッドの長さがだいぶ足りなかったらしい。
起きあがろうとすると、全身に激痛が走った。打撲とかそんなレベルじゃない。いくらか骨も折れている。
魔法さえ使えればこんな痛みとはすぐにオサラバできるというのに、ベホマを唱えてもうんともすんとも言わない。
痛みと謎の魔法が使えない現象にうんうんと唸っていると、部屋の入り口から恐る恐る誰かが入ってきた。
「あー、や、やあ、起きたみたいだね。僕はビルボ、ビルボ・バギンズ。ここは僕の家だよ。数日前に僕が庭で作業をしてたら、空から君が降ってくるのが見えて、怪我してたから寝かせて薬草を貼ってたんだ。ああ、荷物は何も取ってない。誓って本当だ」
そこにいたのは小さい男だった。姿からは少年のような、しかし言動からは大人のような、不思議な雰囲気をもった人だった。
「僕は竜二郎。怪我の手当てとベッドをありがとう、ビルボ」
「いやぁ、そんな。そうだ、何か食べる? パンとスープならすぐに出せるよ」
「ありがたく、いただこうかな。実はさっきからお腹がなっていたんだ」
「すぐにもってくるよ!」
彼はその小さな体を揺らして部屋の外へ駆けていく。そして数秒後、体にしては大きなパンと、波波に注いだスープをもって帰ってきた。近くのテーブルを僕の食べやすい位置に寄せて、パンとスープを置いたらまた部屋の外へ消えていく。しばらくすると、自分の分のパンとスープも持って戻ってきた。どうやらビルボも一緒に食べるらしい。何やら彼はどこかソワソワしている。
僕らは揃って手をつけ始めた。僕は口に入れたスープとパンの美味しさから黙々と食べる。不意にビルボに目をやると、彼はパンを口に運びつつもチラチラと僕わなあを見て何かを聞きたそうにしていた。
「そんなに見られると少し恥ずかしいな」
「ああ、ごめん。そんな見るつもりじゃ……ただ、ちょっと聞きたいことがあって」
「質問はなんでも受け付けるよ。これくらいで恩を返せるとは思はないけど、ちゃんと答える」
「そ、それじゃあ聞きたいんだけど、じ、実は僕が降ってきた君を見つけた時、君の体がすごく光ってたんだ。君って時々体が光る種族なの? 見た目は普通の人間族に見えるからどうしても気になって」
「光ってた? いや、確かに僕は普通の人間じゃないけど、そんな特徴はない……ああ、そうか! そういうことか!」
「えっ、なに!?」
僕は驚くビルボをよそに自分の体を解析する。すると体の中の魔法力が何かの影響を受けて外に垂れ流されるようになっていた。なんというか、世界の在り方の違いから魔法力に対するアプローチの仕様変更が強制的に行われた感じだ。
「ど、どうしたの?」
「ああ、ごめんビルボ。僕の体が光ってた話だけど、原因は僕の魔法力が体外に垂れ流しになってしまってたせいみたいだ」
「魔法力、てことは君魔法使いなの?」
「そうだよ。ただし、この世界の魔法使いじゃないけどね」
そう言うとビルボはあからさまに顔を輝かせた。興味津々でいくらでも話を聞きたいと言った様子だった。
僕はビルボが聞くたびにこれまでのことを語った。僕が一度死んだで生まれ変わったことや、生まれた先が魔王の一族だったこと。魔法の研究に没頭していること。父上が勇者に倒されたこと。色々と語った。それこそ兄さんにも言えないことまで。別世界で初対面の相手だったから、気兼ねなく話せた。
「ここ最近はワタルーラという、過去や未来、もしくは別世界に渡る魔法を作ってね。この世界に来たのはその実験の一環だったんだ」
「すごい! こんなにワクワクする話が聞けるだなんて! 村の皆はよそ者を入れるなって助けることを反対してたけど、押し切って君を僕の家に連れてきて良かった!」
「そうなんだ。助けてもらった僕がいうのもなんだけど、ビルボはもうちょだと気をつけたほうがいいよ。空から降ってきた男なんて怪しいどころの騒ぎじゃないんだから」
「あはは、僕も気をつけようとは思ってるんだけど、時々どうしても好奇心を抑えられなくて……トゥック家の血筋のせいかな」
ビルボは自分が30代でまだ成人したばかりであるということと、トゥック家のことについて語ってくれた。ビルボたちホビット族は基本排他的でよそ者を嫌うし、のんびり農業などをして暮らすのが当たり前なのだが、彼の一族はどうしてかホビット族には珍しく冒険好きで、珍しいものや新しいものに興味を惹かれがちなんだとか。
「いつか君の魔法も見てみたいな! あっ、もちろん数が治ってから。その間はうちにいてくれて良いよ!」
「ありがとうビルボ。体を治すのもそうだけど、魔法をちゃんと使えるようになるのも時間がかかりそうだ。申し訳ないけどしばらくよろしく頼むよ」
こうして僕はホビット村で生活を始めた。
魔法力をこの世界での運用に合わせて調整し、なんとかホイミを使えるようになると、そこからは僕もビルボの夕食の手伝いをしたり、メラで暖炉に火をつけたり、訪ねてきた他のホビットに警戒されながらも、魔法を使って芸を見せて仲良くなったりもした。
結果的に僕は三ヶ月もの間、ホビットまるでな生活を続けた。その間にホビットたちにはある程度受け入れられ、許可をもらってビルボの家の隣に小さな家を作ったりもした。ビルボや仲良くなったホビットたちと一緒に、村唯一の大きい人用の家を作るのは大変だけど楽しかったな。
そして三ヶ月後、僕はようやくワタルーラを使えるようになった。
「ビルボ、皆も、今日までありがとう」
「いゃあ、友達を助けるのは当たり前さ。それより君の世界に帰って、面白いことを経験したり、冒険に行ったりしたら、いつかまた僕に話に来てくれると嬉しいな」
「もちろん。僕はこの長閑な村が気に入ったから、また絶対に来るよ。その時はついでにビルボに面白い話を聞かせてやるさ。皆にはお土産も持ってきてあげよう」
「それは楽しみだ。じゃあまた、紫の魔法使い、竜二郎」
「またね、小さな冒険者、ビルボ」
「冒険者? 僕は別にどこにも冒険に行ってないよ」
「ふふ、今はね、君はいつか行くさ」
「そうか、そうかも。その時は君も一緒に来てくれると嬉しいな」
「タイミングがあったら喜んで」
ワタルーラ!
そしてもとの世界に戻った僕は、ワタルーラの研究を完了させて、未来の世界に旅立った。
未来で破壊神と戦った。この話をビルボにしたら、きっとビルボは輝いた好奇心いっぱいな顔で聞いてくれるだろう。
「一度兄さんに挨拶したら、またあの村に行こうかな。またビルボの作ったスープとパンが食べたいし」
その後、未来から僕の時代に帰って、早々にホビット村にワタルーラした僕は、そこで今回のことと同じくらい危険なものが待ち受けているビルボの旅に同行することになるのだが、それはまた別の機会に語ろうと思う。