未来世界から帰ってしばらく休むために向かったホビット村。思いがけずビルボと魔法使いとドワーフたちの旅に加わって、ドラクエ世界にも劣らない大冒険を終えた僕は、あの世界での一年以上もの旅路を経て自分の世界へと帰ってきていた。
一年以上も旅をしたというのに、自分の世界ではほんの数日しか経っていない。まるで狐に摘まれたような感覚になるが、これはワタルーラの調整が完全ではなかったことで起きてしまった時間の乖離だ。
前回ホビット村に行った際、ビルボはまだ30代前半だった。今回は50代になっていたことから、こちらの世界での一年が中つ国では二十年になっていたということになる。
またすぐ遊びに来ると言って二十年顔を見せないなんて、とんだクソやろうだ。だというのにビルボはまるであの時と同じように顔を輝かせて歓迎してくれた。
それからは未来でのことを話して、ビルボの二十年分の話を聞いて、そしたらそのうちドワーフが訪ねてきて……。
色々あって、中つ国での旅を終えた僕は、皆んなに別れを告げて戻ってきたわけだ。
「結局ホビット村でゆっくりするのは叶わなかったな……けど、かと言って帰ってきたからゆっくりしようともならない。ならやることは一つ、ワタルーラの改良だ!」
改良するポイントは一つ。異世界へ移動する際の時間感覚のズレだ。へたに中つ国と行き来すると、大きな影響が出かねないので、実験は主にドラクエ世界との行き来で行う。
どこかのドラクエ世界に行き、適当な町か村を探して一泊。その後、一度元の世界に戻って、1時間後にまた戻る。
実験で飛んだ世界はどこの世界という指定はしなかった。そうして決めた実験の舞台は、アルカパという街だった。街の広さはそれほどで、活気もそこそこ、実験にはアルカパの街の宿屋を使用した。
宿屋に泊まり、ワタルーラして元の世界に戻る。そしてまた一時間後にアルカパにワタルーラすると、宿屋の店主が一年ぶりのご利用ですねと言ってきた。やっぱり時間のずれがあったらしい。
それからワタルーラを調整して何度も泊まっていると、宿屋の主人の子供に懐かれた。ビアンカちゃんという女の子だ。
ビアンカちゃんは女の子にしては珍しく冒険の話を聞きたがるような子で、性格もやんちゃ坊主のようだった。僕はそんな彼女に宿屋に泊まる度に少しずつ区切って中つ国での冒険の話をしてあげた。
「ねぇ竜二郎さん。私も中つ国に冒険に行きたい!」
「もっと大きくなって、お父さんお母さんに許しをもらえたらね」
この時のビアンカちゃんはなんと6歳。当然冒険など無理だし、ダンカンさんたちも当たり前に許しはしない。というかダンカンさんたちはビアンカが大きくなっても旅なんか許さないんじゃなかろうか。
僕が宿屋に泊まると、最後は決まって同じように中つ国に冒険に行きたいというビアンカちゃん。しかし、ある時ビアンカちゃんが自分も最近すごい冒険をしたと語ってくれたことがあった。なんでも少し年下の男の子とお化け退治に行ったとか。嬉しそうに語る彼女に、僕は要領を得ない飛び飛びの話でも冒険の話はやっぱり面白いなと思いながら聞いていた。
そんなことを続けていると、ある時アルカパの宿屋の持ち主がダンカンさんの一家から別の人に変わっていた。実験としてはほぼ完了していたし、この村で確実に僕を覚えていてくれた人たちもいなくなってしまったことから、僕は正式にこの実験を終了した。
最後にビアンカちゃんたちに会うことができなかったのは残念だが、それはそれとしてワタルーラにはまだ確かめなければならないことが残っていた。それは異世界との時間感覚の調整が、時間移動の方に影響を与えていないかということだ。
未来世界への移動は問題なかった。竜太とプリンといつも通り話してご飯食って帰った。では過去はどうだろうか。そう思って試したところ、問題が起きた。僕の時代から100年だけ過去に戻るつもりが、なぜか数百年遡ってしまったのだ。しかも、やたらと暗いし、空にはでかい穴が空いている。
最初は全く別の世界に来てしまったのかと思った。けれど人に尋ねてみれば、確かにここはアレフガルドだった。
なんでもこの世界は大魔王に支配されていて、上の穴の先には別の世界があり、時々そこから人が落ちてくるらしい。なんじゃそりゃって話である。
僕は聞き込みを終えて取り敢えず一旦元の時代に戻ろうとした。けれどワタルーラは何かの干渉のせいで発動できなくなっていた。原因は一つしか思い当たらない。十中八九大魔王とかいうやつが何かしてるいのだ。
これまでもしばらく元の世界に戻れない状況はあった。けれど今回は質が違う。自分の状態が原因ではなくて、世界そのものを闇で覆っている大魔王のせいで帰れないなんて、はっきり言って完全に想定外だった。
ここから出来ることは二つ。一つはワタルーラを大魔王に干渉されないように改造すること。もう一つは大魔王を倒してしまうこと。
一つ目は正直どれくらい時間がかかるか未知数だった。もしかしたら一生かかっても無理かもしれない。となると、取れる手段は一つしかなかった。
しかし、どうやって倒すのか。そこが問題だった。ここまでの事をやってのけている大魔王だ。僕一人では到底無理である。
仲間を募ろうにも、この世界の住人たちは大魔王の支配する世界で生きていくのが精一杯の人たちばかり、到底戦いに行ける状態じゃない。いっそあの空の大穴に飛び込んで、向こうの世界とやらに行ってみようか、そう考えていた時、一つの噂が耳に入った。なにやらとある村で魔物の軍勢と一人で対峙して村を救った戦士がいるという話だ。
僕は噂を頼りに村を救った戦士を探した。話を聞くうちにわかったのは、その人は元は上の世界の住人であり、魔王を倒すために旅をしているということ。名前はオルテガ。中年で筋骨隆々だが、大怪我のために数年間は治療に専念していたらしい。
僕はオルテガを探した。彼ならば共に大魔王と戦えるだけの力があると思ったからだ。けれどオルテガは中々見つからなかった。移動が激しくて追いつかないのだ。
ようやくオルテガと出会ったのは、リムルダールから西、大地の終わりの岬でのことだった。
「ようやく追いつきましたよ。オルテガさんで間違いないですよね?」
「君は何者だ? なぜ私を追っている」
「僕の名前は竜二郎、魔法使いです。あなたを追っていたのは、あなたなら一緒に大魔王に挑めると思ったからです」
「やめておけ。私は勇者として魔王を倒す使命がある。だが君は違う。君はまだ若い、命を粗末に扱うのはよせ」
「忠告感謝します。ですがもしあなたに断られたとしても、僕は一人でも大魔王に挑みますよ。そうしなければならない理由があるので」
「……仕方がない。君を一人で挑ませるなら、私も共に戦った方がマシだ。ここまで私を追ってきたのなら実力は申し分ないはず。同行を許そう」
「ありがとうございます。ところでなぜ装備を脱いで裸になっているのですか?」
「ああ、向こうに見える城。あれが大魔王が住まう城という事は分かったが、肝心の渡る手段が無くてな。仕方がないので装備を外して泳いで渡ろうとしていたところだ」
「えっ……? この寒いのに裸で? しかも装備無しで大魔王に挑むつもりだったんですか?」
「そうだ」
「オルテガさん。僕を仲間にして正解だったみたいですね。流石にそれで大魔王に挑むのは無謀すぎます。大丈夫、僕の魔法に空を飛べるものがありますから、それで渡りましょう。さあ、早く服を着てください」
僕は立派なものまで露出した状態で海を渡ろうとしていたオルテガさんに服を着せながら、岬から見える岩山に囲まれた城を見た。
あの城は間違いない。後の竜王の城だ。まさか数百年も前から魔王に使われた城だとは思ってもみなかった。
自分の生まれた城は大魔王の根城だった。その事実に若干ナーバスになりながらも、僕はこれからの戦いに向けて精神を研ぎ澄ませていくのだった。