研究レポート:六面世界における魔法について 作:えびかま
魔術の歴史を語るうえで、決して避けて通ることのできない時代がある。
後世の歴史家が「魔術革新期」と呼ぶ、およそ一世紀にも満たない短い時代である。
奇妙な時代だった。
後の世にまで名を残す魔術師たちが、まるで示し合わせたかのように同じ時代を生きていた。
水王級魔術師ロキシー・グレイラット。
ラノア魔法大学における教育と研究、そして後進の育成によって、魔術教育の発展に大きな足跡を残した人物である。
『泥沼』のルーデウス・グレイラット。
無詠唱魔術を自在に操り、既存の魔術体系に囚われない数々の術を実践した。魔術師としてのみならず、その生涯で関わった数多くの歴史的事件によって、彼の名は現在でも広く知られている。
『サイレント・セブンスター』。
召喚魔術、転移現象、魔法陣研究において当時としては異質な研究を残した人物。その出自を含め、生涯の多くが現在も謎に包まれている。
ほかにも数え上げればきりがない。
魔術の歴史において、これほど多くの異才が同時期に存在した例は珍しい。
だが、その時代を研究する者は、いずれ一人の男に行き当たる。
ディーン・アルベリク。
今日では『魔法の祖』と呼ばれる人物である。
彼が生まれる以前から魔術は存在した。
当然である。
火を生み、水を生み、風を操り、大地を隆起させる。傷を癒やし、毒を取り除き、結界を張り、あるいは遠く離れた存在を召喚する。
人類は遥かな昔から魔力を操ってきた。
ディーンが発明したものではない。
それどころか、彼自身が新たに考案した術のうち、現代まで一般的に使用されているものは、彼の知名度に比して驚くほど少ない。
にもかかわらず、現代の魔術師が学ぶ学問の中には、彼以前には存在しなかった分野がある。
魔法学。
現在では魔術研究の根幹をなす学問の一つである。
その創始者がディーン・アルベリクだった。
彼以前にも魔法という言葉は存在した。
だが、それは神話や伝承の中に現れる奇跡、あるいは既存の魔術では説明できない現象を漠然と指す言葉に近かった。
ディーン以後、その意味は変わった。
魔術と魔法は異なる。
その考え方が、彼によって初めて体系的に示されたのである。
現代では当然のように教えられている区別だ。
しかし、その理論がどのように生まれ、何を意味し、そしてディーン自身がその先に何を見つけたのか。
それについて語ろうとすると、話は途端に難しくなる。
ディーン・アルベリクについて残された記録は膨大である。
ラノア魔法大学教授として残した論文。
講義録。
実験記録。
共同研究者との書簡。
各国を巡った際の旅行記。
ルーデウス・グレイラットやサイレント・セブンスターをはじめとする、同時代の人物による証言。
それらを合わせれば、一人の研究者としては異例と言ってよいほど、その生涯を追うことができる。
少なくとも、ある時期までは。
ディーンの研究記録には、明確な断絶が存在する。
晩年。
正確には、彼がラノア魔法大学に籍を置きながら長期間大学を離れるようになった時期から、記録の性質が変わっていく。
論文の発表数が減った。
講義を行う回数も減った。
やがて学会にも姿を現さなくなった。
研究をやめたわけではない。
むしろ当時彼を知る者の証言では、逆だったという。
ある研究者は、晩年のディーンについてこう記している。
『あの男は、もう我々と同じものを研究していなかった。』
何を研究していたのか。
それについて本人が明確に説明した記録は残っていない。
ただ、晩年に近づくほど、ディーンが使用する魔術は既存の分類から外れていったという証言が増えていく。
詠唱がない。
魔法陣もない。
既知のどの系統にも属さない。
にもかかわらず、現象だけが起こる。
ある魔術師はそれを見て、何の魔術を使ったのかと尋ねた。
ディーンはしばらく考えた後、
「魔術?」
と聞き返したという。
真偽は不明である。
晩年のディーンに関する逸話には、この種の話があまりにも多い。
離れた場所にいたはずの彼が同じ日に二つの都市で目撃された。
誰も入ることのできない密室から突然現れた。
何十年ぶりに再会した人物から、容姿がほとんど変わっていなかったと証言された。
崩落した研究施設から無傷で歩いて出てきた。
空中へ手を伸ばしただけで、そこに存在していた物体が消失した。
死亡したはずの研究者と会話していた。
存在しないはずの場所について語った。
これらの大半は、後世に作られた逸話だと考えられている。
偉大な人物には伝説が付きまとう。
ましてディーンは、生前から常識では説明できない研究を行う人物として知られていた。
尾ひれがつくには十分だった。
実際、明確な捏造と判明している逸話も少なくない。
しかし、すべてをそう片付けることもできない。
問題はディーンの最期である。
ディーン・アルベリクの死亡記録は存在しない。
当時すでに世界的な研究者だった人物である。
ラノア魔法大学教授として正式な地位を持ち、複数の国家とも関係があり、数多くの著名人と交流していた。
それほどの人物の死が記録されていない。
墓もない。
遺体もない。
ただ、ある日を境にディーン・アルベリクは公の場から姿を消した。
当初は研究旅行だと考えられていた。
彼が数年間大学へ戻らないこと自体、それほど珍しくなかったためである。
しかし十年が経った。
二十年が経った。
彼を知る者たちが次々と世を去った。
それでもディーンは戻らなかった。
いつしか彼は、死亡したものとして扱われるようになった。
それだけならば、単なる失踪である。
だがディーンの場合、話はそこで終わらない。
失踪から四十三年後。
ラノア魔法大学の研究棟で、一冊の手記が発見された。
筆跡はディーン本人のものとされた。
使用されていた紙も、インクも、彼が生きていた時代のものだった。
問題は発見された場所だった。
その研究棟は、ディーンが失踪した二十七年後に建てられた建物だったのである。
当然、偽書が疑われた。
現在でも偽書説は有力である。
だが、誰が、何のためにそんなものを作ったのかについては分かっていない。
さらに奇妙なことに、その手記にはほとんど何も書かれていなかった。
実験記録でもなければ、理論でもない。
ただ最後の頁に、一文だけが残されていた。
――まだ分からない。
ディーンの失踪から百年以上が経過したころには、さらに奇妙な噂が生まれ始めた。
各地を旅する魔術師たちの間で、時折語られるようになったのである。
見知らぬ魔術師に助けられた。
理解できない魔術を使う男を見た。
古い時代の魔術について、まるで実際に見てきたかのように話す旅人に出会った。
その男は、ディーン・アルベリクの肖像画によく似ていた。
もちろん証拠はない。
時代が下るにつれ、噂はさらに荒唐無稽になっていった。
数百年前の遺跡で昨日書かれたような彼の文字が見つかった。
誰も到達したことのない土地で彼を名乗る男に会った。
転移災害以前の出来事について本人しか知り得ない話を聞いた。
まだ建設されていない都市の名を口にした。
そうした話が現れるたび、研究者は否定した。
当然である。
人間は数百年も生きない。
過去と未来を行き来することもない。
何百年も前に失踪した人物が、今も世界を歩いているはずがない。
学術的には、それで話は終わる。
だが魔法学を学ぶ学生たちの間では、現在でも一つの冗談が語られている。
魔法を研究しているとき、どうしても説明できない現象に遭遇したなら、近くに妙な男がいないか探してみろ。
もしその男が楽しそうにこちらの実験を覗き込んでいたなら、名前を聞いてはいけない。
ディーンかもしれないから。
もちろん、ただの都市伝説である。
ディーン・アルベリクは人間だった。
田舎に生まれ、幼少期には川で遊び、悪戯をして親に叱られたという記録すら残っている。
やがて魔術に魅せられ、世界を旅し、ラノア魔法大学へ辿り着き、多くの人間と出会った。
笑い、怒り、失敗し、研究費に困り、実験器具を壊して始末書を書いた。
そういう、ごく普通の人間だった。
少なくとも。
途中までは。
後世の魔法学者の一人は、ディーン・アルベリクについて記した著書を、こんな文章で締めくくっている。
『神とは何かを、私は知らない。
世界を創った者を神と呼ぶのか。
世界の理を知る者を神と呼ぶのか。
あるいは、その理すら自らの意思で変えられる者を神と呼ぶのか。
その定義について論じるつもりはない。
ただ一つ、ディーン・アルベリクという男について生涯調べ続けた者として、奇妙に思うことがある。
彼の若いころの記録を読めば読むほど、そこには一人の人間がいる。
晩年の記録を読めば読むほど、そこに何がいるのか分からなくなる。
そして最も奇妙なのは。
ディーン自身は、その違いに最後まで気づいていなかったのではないかと思えることだ。
彼にとっては、すべて同じだったのだろう。
幼い日に火を見て疑問を持ったことも。
魔法という学問を作ったことも。
そして、我々にはもはや理解できない何かへ到達したことも。
ただ、知りたかった。
ただ、試してみたかった。
それだけだったのではないか。
もしそうならば。
我々が神の領域と呼んでいる場所に彼が本当に辿り着いたとしても、本人だけはきっと、そんな大層な場所へ来たつもりなどなかったのだろう。』
ディーン・アルベリク。
魔法学の創始者。
魔術史上最大の研究者の一人。
そして、その最期を誰も知らない男。
彼について確実に言えることは、それほど多くない。
ただ、その始まりだけは分かっている。
すべては、名もない田舎の村だった。
一人の少年が、大人の使った魔術を見た。
そして、ほんの少しだけ不思議に思った。
物語は、そこから始まる。