研究レポート:六面世界における魔法について   作:えびかま

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序論11

ラノアへ行くと決めてから、ディーンは三日間を準備に使った。

 

 以前なら、行きたい場所が決まれば地図を買って、そのまま出発していたかもしれない。だが今は、長い旅には金がかかることも、知らない土地では必要なものが変わることも知っている。

 

 まず地図を買った。

 

 ラノア王国は遠かった。指で道を辿り、途中の町を確認する。街道を外れなければ宿のある町をいくつか通る。冒険者ギルドもある。北へ進むほど寒くなるらしく、今持っている外套では足りないと言われた。

 

 防寒具。保存食。水袋。火口。治療用品。筆記具。紙。

 

 短剣の手入れをして、残っている金を数える。

 

 大学へ着いたあとにも金は必要になる。

 

「……足りるけど、減るな」

 

 机の上に銅貨と銀貨を並べたまま考える。

 

 移動するだけで金を使うのは惜しい。

 

 翌朝、ギルドへ行った。

 

「ラノア方面へ行く依頼、ありますか?」

 

 受付の女が顔を上げた。

 

「ラノアまで直接?」

 

「途中まででもいいです。北に行くやつ」

 

「護衛?」

 

「それがいいです」

 

「珍しくまともな依頼の探し方するのね」

 

「いつもまともです」

 

「そういうことにしておくわ」

 

 いくつか見せてもらい、北へ向かう商隊の護衛依頼を選んだ。ラノアまで直接行く商隊ではないが、かなりの距離を同じ方向へ進む。そこから先は別の依頼を探せばいい。

 

 金を払って移動するより、移動しながら金をもらえる。

 

 やはり冒険者は便利だった。

 

 依頼を決め、出発日を確認する。

 

 残る準備は、それほど多くない。

 

 宿へ戻ったディーンは荷物をまとめ、最後に机へ紙を一枚置いた。

 

 母親へ手紙を書くためだった。

 

 筆を取る。

 

『母さんへ。

 

 元気です。

 

 明日、ラノア魔法大学へ向かいます。』

 

 そこで止まった。

 

 読み返す。

 

「……短いな」

 

 用件は伝わる。

 

 だが最近、人に何かを伝えるときは、自分が言いたいことだけでは足りないと分かってきた。

 

 母親なら何を知りたいだろう。

 

 少し考える。

 

『怪我はしていません。

 

 金もあります。

 

 ちゃんと食べています。

 

 宿にも泊まっています。』

 

 そこまで書いて、頷く。

 

 たぶん必要だ。

 

 もう一つ思いついた。

 

『魔物を見るときも、前より周りを見るようになりました。』

 

 筆が止まる。

 

「……前より、か」

 

 これでは以前は見ていなかったと言っているようなものだった。

 

 実際そうなのだが、母親を安心させる文章として正しいのかは怪しい。

 

 線を引いて消す。

 

『危ないことはしないようにしています。』

 

 書いてから考えた。

 

 魔物の討伐依頼を受けている。

 

 危ない。

 

 知らない魔物を見に行くこともある。

 

 それも危ない。

 

「……嘘だな」

 

 消した。

 

『危ないことをするときは、前より気をつけています。』

 

 今度は残した。

 

 それから、ラノアへ行く理由を書く。

 

『ラノア魔法大学には、たくさん本があるそうです。

 

 治癒魔術だけじゃなくて、魔物の魔術や魔術陣や魔道具や、魔力そのものを調べている人もいるそうです。

 

 まだ分からないことが多いので、行って調べます。』

 

 書いてから、少し考える。

 

 多い、では足りない気がした。

 

 ほとんど分かっていない。

 

 火を出せる。

 

 だが、なぜ出るのか分からない。

 

 水を作れる。

 

 だが、どこから来たのか分からない。

 

 詠唱なしでも魔術は使える。魔物も詠唱しない。魔術陣にはそもそも口がない。それでも魔術は成立する。

 

 魔道具は人間がその場で術を使い続けなくても働く。

 

 治癒魔術に至っては、傷を塞ぐだけでなく、失った腕まで戻せるものがある。

 

 違う。

 

 全部違うように見える。

 

 それなのに、どれも魔力を使う。

 

「……何なんだろうな」

 

 小さく呟いた。

 

 その疑問は手紙には書かなかった。

 

 母親への手紙だからだ。

 

 代わりに、もう少し別のことを書く。

 

『村を出るときに教えてもらったことは、ちゃんと役に立っています。

 

 荷物のことも、金のことも、宿のことも、前より自分でできるようになりました。

 

 ありがとう。』

 

 最後の一行を書いたところで、ディーンの筆が止まった。

 

 何となく照れくさい。

 

 消そうかと思った。

 

 やめた。

 

『ラノアに着いたら、また手紙を書きます。』

 

 それで終わりにした。

 

 翌朝、手紙を預けた。

 

     *

 

 出発までに、もう一つやることがあった。

 

 世話になった人間への挨拶だった。

 

 最初に宿の主人へ行った。

 

「明日、町を出ます。今までありがとうございました」

 

「おう。ラノアだって?」

 

「はい」

 

「また随分遠くへ行くな。忘れ物するなよ」

 

「確認しました」

 

「お前の場合、荷物より飯を忘れそうなんだよ」

 

「保存食も入ってます」

 

「そういう意味じゃねえんだがな」

 

 よく分からなかった。

 

 次に本屋へ行った。

 

 店へ入った瞬間、店主が顔をしかめる。

 

「今日は立ち読みさせんぞ」

 

「今日は買いません」

 

「じゃあ何しに来た」

 

「明日、ラノアへ行きます」

 

「……そうか」

 

「今までありがとうございました」

 

 店主はしばらくディーンを見た。

 

「お前、そんなこと言えるようになったのか」

 

「言えます」

 

「最初は本を半分だけ売れとか言ってたくせに」

 

「あれは駄目だった?」

 

「駄目に決まってるだろ」

 

「もうしません」

 

「当たり前だ」

 

 店主は鼻を鳴らした。

 

「ラノアなら、ここより本は多いだろうよ」

 

「アルベルトさんもそう言ってました」

 

「なら帰ってくる必要ねえな」

 

「珍しい本があったら持ってきます」

 

「……それなら帰ってこい」

 

「分かりました」

 

 ギルドにも寄った。

 

 何度も依頼を受けた受付で出発を伝えると、受付の女は驚かなかった。

 

「やっぱり行くのね」

 

「知ってた?」

 

「最近ずっとラノア方面の道とか依頼とか聞いてたでしょう」

 

「そうだった」

 

「向こうでも依頼中に魔物を眺めすぎないこと」

 

「最近はちゃんと終わってから見てます」

 

「それなら少しは安心ね」

 

 ロッドたち三人にも会えた。

 

 ちょうど依頼帰りだったらしく、バルクは泥だらけで、エナは疲れた顔をしていた。

 

「ラノア?」

 

 ロッドが聞き返す。

 

「うん。魔法大学に行く」

 

「学生になるのか?」

 

「まだ分からない。入る方法も向こうで聞く」

 

「そこからかよ」

 

「でも、研究してる人がいっぱいいるらしい」

 

「お前には向いてるんじゃないか?」

 

 バルクが笑った。

 

「ただし、向こうで魔物に『もう一回撃たせたい』とか言うなよ」

 

「一回だけなら――」

 

「駄目だ」

 

「分かった」

 

「本当に分かってんのか?」

 

 エナが笑う。

 

「まあ、死なないでね」

 

「うん」

 

 少し考えてから、ディーンは言った。

 

「三人とも、今までありがとうございました。一緒に行ったとき、助かりました」

 

 三人が妙に静かになった。

 

「……なんか気持ち悪いな」

 

 バルクが言った。

 

「なんで?」

 

「いや。ちゃんとしてるから」

 

「ちゃんとした方がいいって教わった」

 

「普段からやれよ」

 

「やってる」

 

「興奮すると消えるだろ」

 

 それは否定できなかった。

 

     *

 

 最後にユリウスの治療所へ向かった。

 

 患者が一人いたので、外で待つ。

 

 しばらくして患者が出てきてから扉を叩いた。

 

「失礼します。今、時間ありますか?」

 

「あるぞ」

 

 中へ入る。

 

 ユリウスは使った器具を片づけていた。

 

「明日の朝、ラノアへ出ます」

 

「そうか」

 

「はい」

 

 それだけ言って、少し迷った。

 

 何を言うかは決めていた。

 

 決めていたのに、実際に言おうとすると妙に言いにくい。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

 ユリウスの手が止まった。

 

「ユリウスさんがアルベルトさんに繋いでくれなかったら、たぶんここまで来られなかった。それ以外も、いろいろ教えてもらったし」

 

「……随分まともな挨拶ができるようになったな」

 

「変?」

 

「いや。それでいい」

 

 ディーンは頷いた。

 

「向こうでも最初からその喋り方をしろよ」

 

「分かってる」

 

「興味のある話になった途端に忘れるな」

 

「それはたぶん無理」

 

「そこを直せと言っているんだ」

 

「でもユリウスさんは、俺が普通に喋っていいって言った」

 

「私にはな。他人にまで適用するな」

 

「分かった」

 

「本当か?」

 

「たぶん」

 

 ユリウスはため息をついた。

 

 それから机の引き出しを開け、一枚の紙を出した。

 

「持っていけ」

 

「何?」

 

「手紙だ」

 

「誰に?」

 

「大学の治癒魔術関係者に、私が知っている者が一人いる。会える保証はないし、何か特別扱いしてもらえると思うな。ただ、名前くらいは出せる」

 

 ディーンは手紙を受け取った。

 

「ありがとう」

 

「それと、向こうで面白いことが分かったら手紙を寄越せ」

 

「治癒魔術?」

 

「それもだ」

 

 ユリウスは少し考える。

 

「君の場合、それだけ調べて帰ってくるとは思えんからな」

 

「魔物も調べたい」

 

「だろうな」

 

「魔術陣も」

 

「ああ」

 

「魔道具も気になる」

 

「分かったから、全部今話すな」

 

 ディーンは口を閉じた。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「ああ。気をつけてな」

 

 治療所を出てから、アルベルトのところへも向かった。

 

 こちらでは長居をしなかった。

 

「明日、ラノアへ行きます」

 

「そうか」

 

「教えてくれて、ありがとうございました」

 

「私は場所を教えただけだ」

 

「それでも」

 

 アルベルトは少しだけ頷いた。

 

「向こうでも調べます」

 

「ああ」

 

「治癒魔術も」

 

「ああ」

 

「それ以外も」

 

「その方がいいだろう」

 

 ディーンは頭を下げた。

 

 扉へ向かおうとすると、背後から呼び止められた。

 

「ディーン」

 

 振り返る。

 

「何か分かったら、今度は君が私に教えてくれ」

 

 ディーンは少しだけ目を見開いた。

 

 教えてもらうために、ここへ来た。

 

 アルベルトは自分より遥かに長く治癒魔術を調べている。自分が知らないものを見て、知らないものを治し、知らない本を読んできた。

 

 その人が、自分に教えてくれと言った。

 

「……分かりました」

 

 今度は、少し考えて付け足す。

 

「分かったら、ちゃんと書いて送ります」

 

「読みやすくな」

 

「練習します」

 

「それも研究のうちだ」

 

 ディーンはもう一度頭を下げた。

 

     *

 

 翌朝。

 

 まだ空が白み始めたばかりの時間に、ディーンは町の門を出た。

 

 商隊は荷馬車四台。護衛はディーンを含めて六人だった。

 

 歩き始めてしばらくして、町が小さくなっていく。

 

 ディーンは一度だけ振り返った。

 

 村を出たときとは違った。

 

 あのときは、外に何があるのかほとんど知らなかった。

 

 今は少し知っている。

 

 金が必要なこと。

 

 本に書かれていることがすべてではないこと。

 

 けれど、本にしか残っていないものもあること。

 

 実際に見ること。

 

 詳しい人に聞くこと。

 

 自分で試すこと。

 

 人に何かを聞くなら、聞いてもらえるように話すこと。

 

 そして、どれだけ調べても分からないことがあること。

 

 それでも、分からないまま終わりにする必要はない。

 

「ディーン、行くぞ」

 

「今行く」

 

 前を向いた。

 

     *

 

 旅は長かった。

 

 最初の商隊とは十日ほどで別れた。

 

 途中の町で報酬を受け取り、次は北へ向かう薬草商の護衛を見つけた。その依頼が終われば数日だけ町に滞在し、宿代を抑えるために短い討伐依頼を受ける。金が減れば働き、道が合えば護衛に混ざる。

 

 以前より、旅はずっとやりやすくなっていた。

 

 ただ移動するのではない。

 

 移動しながら働く。

 

 働きながら知らない土地を見る。

 

 知らないものがあれば記録する。

 

 ある町の宿では、壁に小さな魔道具が取りつけられていた。

 

「これ何?」

 

 宿の主人に聞く。

 

「保温用だよ」

 

「ずっと動いてる?」

 

「魔力が切れるまではな」

 

「誰かが術を使い続けなくても?」

 

「魔道具だからな」

 

「なんで?」

 

「……なんでって、魔道具だからだろ」

 

 答えになっていなかった。

 

 ディーンは食事のあと、その魔道具をしばらく眺めた。

 

 魔術なら、術者が魔力を使う。

 

 魔術陣なら、人間が喋らなくても魔術が起きる。

 

 魔道具なら、さらに人間がその場にいなくても決まった働きを続ける。

 

 翌朝、帳面に書き足した。

 

『魔道具』

 

『誰が魔術を使ってる?』

 

『最初に入れた魔力?』

 

『魔術陣と同じ?』

 

 答えはない。

 

 そのまま残した。

 

 別の日には、護衛中に見たことのない魔物が現れた。

 

 四本脚の獣だった。額から短い角が一本伸びている。前衛の男が剣を構えた瞬間、その足元の土が突然盛り上がった。

 

「土?」

 

 ディーンが呟く。

 

「来るぞ!」

 

「分かってる!」

 

 観察するのは後だ。

 

 横へ走る。

 

 獣が頭を下げて突っ込んでくる。その進路だけ地面を柔らかくすると、前脚が沈んだ。体勢を崩したところへ護衛の剣が入る。

 

 獣が起き上がる。

 

 もう一度、地面が動いた。

 

 詠唱はない。

 

 だが、それだけでは何も分からない。

 

 獣自身が土を動かしているのか。

 

 角に何かあるのか。

 

 別の仕組みなのか。

 

 今は決められない。

 

 まず倒す。

 

 討伐が終わってから、ディーンは死体の前へしゃがみ込んだ。

 

「さっきの土、こいつがやったんですよね?」

 

「たぶんな」

 

「角?」

 

「知らん」

 

「切っていい?」

 

「素材になるから傷つけるなよ」

 

「じゃあ触るだけ」

 

 角、額、脚、口。

 

 順番に見る。

 

 何も分からなかった。

 

 それでも記録した。

 

 少なくとも、人間以外にも魔力らしいものを使って現象を起こす生き物がいる。それはもう何度も見ている。

 

 問題は、どうやっているのかだった。

 

     *

 

 北へ進むにつれて、朝の空気が変わった。

 

 ある朝、宿を出ると息が白くなった。

 

「……白い」

 

 ディーンは立ち止まった。

 

 もう一度息を吐く。

 

 白い。

 

 手で触ろうとすると消える。

 

「何してるんだ?」

 

 同行していた冒険者が聞いた。

 

「息が白い」

 

「寒いからだろ」

 

「なんで寒いと白くなる?」

 

「知らん」

 

「暑いとならない」

 

「そりゃそうだ」

 

「水?」

 

「知らねえって」

 

 ディーンはもう一度息を吐いた。

 

 少し考える。

 

「ラノアで調べられるかな」

 

「お前、何でも大学で調べるつもりか?」

 

「駄目なの?」

 

「……いや。好きにしろ」

 

 大学という場所が、少しずつ楽しみになっていた。

 

 答えがあるからではない。

 

 調べる方法が、今より増えるかもしれないからだ。

 

     *

 

 旅の途中、ディーンは一度、自分の帳面を整理した。

 

 宿の小さな机に、これまで書いた紙を広げる。

 

 火。

 

 水。

 

 土。

 

 風。

 

 詠唱。

 

 無詠唱。

 

 魔物。

 

 魔術陣。

 

 魔道具。

 

 治癒魔術。

 

 それぞれ別のところから始まった疑問だった。

 

 新しい紙を一枚出す。

 

『知りたいこと』

 

『火は何が燃えてる?』

 

『水はどこから来る?』

 

『魔力は何?』

 

『詠唱は何をしてる?』

 

『詠唱なしでも使えるのはなんで?』

 

『魔物はどうやって魔術を使う?』

 

『魔術陣は何をしてる?』

 

『魔道具はどうして動き続ける?』

 

『治癒魔術は何をしてる?』

 

 書き終える。

 

「……多いな」

 

 自分でも思った。

 

 一つ分かれば減ると思っていた。

 

 実際には逆だった。

 

 一つ調べると、二つか三つ増える。

 

 ディーンは紙を眺めた。

 

 火と傷では全然違う。

 

 水と魔道具も違う。

 

 魔物と魔術陣も違う。

 

 それでも、一つだけ同じものがある。

 

 その下に書く。

 

『全部、魔力を使う?』

 

 筆を止めた。

 

「……結局、魔力って何なんだ」

 

 村にいた頃から使っている。

 

 なくなれば眠くなる。

 

 休めば戻る。

 

 多く使えば大きな魔術が使える。

 

 それくらいは分かる。

 

 だが、それが何なのかは知らない。

 

 火になるものなのか。

 

 水になるものなのか。

 

 物を動かすものなのか。

 

 傷を治すものなのか。

 

 全部できるなら、どうして全部できるのか。

 

 しばらく考えて、紙を畳んだ。

 

 今は分からない。

 

 それでよかった。

 

 そのために、ラノアへ向かっている。

 

     *

 

 出発から一月以上が過ぎた頃、街道の先に大きな町が見えた。

 

 遠くからでも、これまで通ってきた町とは規模が違うのが分かった。

 

「あれがラノア?」

 

「ああ」

 

 最後に同行した商人が答えた。

 

 ディーンは目を細めた。

 

「大学は?」

 

「街の中だよ」

 

「どれ?」

 

「ここから分かるわけないだろ」

 

「大きいって聞いた」

 

「着けば嫌でも分かる」

 

 門を抜ける。

 

 人が多かった。

 

 服装も違う。聞き慣れない訛りもある。杖を持った者が珍しくない。店先には魔術具らしいものが並び、見たことのない文字が書かれた本まで置かれている。

 

 立ち止まりそうになる。

 

 だが、まず依頼を終わらせる。

 

 荷を届け、護衛完了の確認を受け、報酬を受け取った。

 

 それから宿を探した。

 

 荷物を置いた。

 

 ようやく自由になった。

 

 宿の主人に聞く。

 

「すみません。ラノア魔法大学はどちらですか?」

 

 教えられた道を歩く。

 

 やがて、大きな建物が見えてきた。

 

 ディーンは足を止めた。

 

 想像していたより大きかった。

 

 だが、建物そのものを見ていたのは最初だけだった。

 

 すぐに別のことが気になった。

 

「あれ全部、大学?」

 

 近くを歩いていた学生らしい青年が振り返る。

 

「そうだけど」

 

「本はどこにある?」

 

「……図書館?」

 

「研究してる人は?」

 

「先生のことか?」

 

「たぶん」

 

「君、入学希望者?」

 

「まだ分からない」

 

「何しに来たんだよ」

 

「調べに来た」

 

 青年は変な顔をして、そのまま歩いていった。

 

 ディーンはもう一度、大学を見る。

 

 あそこに答えがあるとは思っていない。

 

 アルベルトにもそう言われた。

 

 それでも、本がある。

 

 記録がある。

 

 自分とは違うものを見てきた人間がいる。

 

 魔術を使うだけではなく、分からないことを調べている人間がいる。

 

 村を出た頃とは違う。

 

 あの頃は、どこかへ行けば答えを知っている人間がいるような気がしていた。

 

 今はもう、それが違うことを知っている。

 

 誰も知らないこともある。

 

 何十年調べても、分からないこともある。

 

 なら、自分で調べればいい。

 

「……よし」

 

 鞄を背負い直す。

 

 門の向こうには、知らないものがいくつあるのかも分からなかった。

 

 ディーンはラノア魔法大学へ向かって歩き出した。

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