研究レポート:六面世界における魔法について   作:えびかま

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序論15

翌朝、ディーンは図書館の東棟にいた。

 

探すのは魔法陣についての本だ。

 

以前なら棚の端から読み始めていただろう。知らない言葉が出れば別の本を開き、さらに別の疑問を見つけて、一日が終わる。

 

今は目録から必要なものを探した。

 

『魔法陣基礎構造論』

 

『術式線の配置と発動安定性』

 

『魔力供給点に関する考察』

 

三冊を机へ運ぶ。

 

魔法陣は、魔力を受け入れる部分、術式を構成する部分、それらを結ぶ線などから成る。ただし同じ魔術でも魔法陣の形は一つではなく、時代や流派によって異なる。

 

特に気になったのは線だった。

 

構成部を接続する。

 

魔力を伝達する。

 

術式全体を安定させる。

 

いくつかの役割が考えられているらしい。

 

線を短くする。長くする。太さを変える。途中に別の構造を挟む。

 

それだけで、発動しなくなったり、必要な魔力量が変わったりする。

 

ただし、同じ変更でも別の魔法陣では結果が違う。

 

ディーンは帳面に、

 

『線=魔力の通り道?』

 

と書いた。

 

少し考えて、

 

『だけじゃない?』

 

と付け足す。

 

単純ではない。

 

だが、それ以上に気になったことがあった。

 

「……これ、試せる」

 

自分の中にある魔力は見えない。

 

火を出す時と水を出す時で何が違うのかも、自分の感覚でしか比べられない。

 

だが魔法陣なら、変えた場所が紙の上に残る。

 

同じものを何度でも使える。

 

別の人間にも試してもらえる。

 

見えない魔力を直接見ることはできなくても、魔法陣を通した結果なら比べられるかもしれない。

 

時計を見る。

 

講義が始まる時間だった。

 

本を戻し、走りかける。

 

図書館員と目が合った。

 

歩いた。

 

速足で。

 

     *

 

数日後。

 

魔法陣学の教授は、ディーンが持ってきた紙を見るなり言った。

 

「駄目だ」

 

「まだ何も言ってません」

 

机には初級水魔術の魔法陣と、それを少しずつ変えた十枚ほどの写しが並んでいる。

 

「勝手に試すつもりだろう」

 

「線を一本変えるだけです」

 

「だから危ない」

 

完成した魔法陣は、全体で一つの術式として成立している。意味も分からず線を変えれば、発動しないだけで済むとは限らない。魔力が想定外の場所へ集中することもある。

 

「爆発します?」

 

「することもある」

 

「どれくらい?」

 

「嬉しそうな顔をするな」

 

ディーンは口元を戻した。

 

「じゃあ、どうやって調べるんです?」

 

教員はしばらく考えた。

 

「実習用の術式がある。変更を前提に作られたものだ」

 

「使いたいです」

 

「私の立ち会いでな」

 

五日後、実験することになった。

 

     *

 

用意されたのは、ごく少量の水を作る魔法陣だった。

 

攻撃には使えない。

 

机の上には四枚の魔法陣が置かれている。

 

一枚目に魔力を入れる。

 

水が出た。

 

二枚目。

 

水。

 

三枚目。

 

水。

 

四枚目も同じ。

 

「全部一緒じゃないですか」

 

「見た目はな」

 

何度か使ってみる。

 

三枚目で手が止まった。

 

「……これ、ちょっとやりにくい」

 

「何が?」

 

「魔力を入れるのが」

 

「具体的に」

 

言葉に詰まった。

 

また「感じが違う」で終わりかけている。

 

そこで発動までの時間を測った。

 

自分だけでなく、別の学生にも試してもらう。

 

結果にはばらつきがあったが、三枚目だけ発動まで少し時間がかかる傾向が出た。四枚目は逆に早い。

 

並べて比べる。

 

違うのは、線の長さと曲がり方だった。

 

「線だけ変えたんですか?」

 

「この教材ではな」

 

「でも、全部水が出た」

 

「そうだ」

 

ディーンは帳面に書く。

 

『線が違っても水は出る』

 

『発動までの時間は変わった』

 

続けて、

 

『線は属性を決めてない?』

 

と書いたところで、

 

「早い」

 

教員に止められた。

 

「疑問符つけてます」

 

「疑問符は免罪符じゃない」

 

仕方なく、

 

『この実験だけでは不明』

 

と加えた。

 

次は、魔力を入れる位置を変えた。

 

ある場所では何も起きない。

 

別の場所では、ごく少量の水が出る。

 

正しい供給点では、普通に発動する。

 

同じ魔法陣。

 

入れる魔力も同じ。

 

変えたのは場所だけだ。

 

「……中で何か起きてる」

 

術式が魔力を変換する。

 

それ自体は授業で習っている。

 

問題は、その「何か」が何なのかだった。

 

     *

 

それから数か月、ディーンは魔法陣を調べ続けた。

 

講義を受け、既存研究を読み、許可された範囲で構造を変える。

 

線を長くする。

 

接続を変える。

 

分岐を増やす。

 

魔力を入れる場所を変える。

 

発動しない。

 

遅れる。

 

一部だけ発動する。

 

必要な魔力が増える。

 

同じ変更でも、別の魔法陣では違う結果になる。

 

規則らしいものを見つけては、別の例に崩された。

 

一度、許可を取らずに試したこともある。

 

魔力を入れた瞬間、線の一部が焼け焦げた。

 

水は出なかった。

 

教員にはかなり怒られた。

 

その日の帳面には、

 

『勝手に変えない』

 

と書いた。

 

少し考えて、

 

『少なくとも学校では』

 

と付け足した。

 

翌日、それも見つかってまた怒られた。

 

それでも記録は増えた。

 

同じ初級水魔術でも、魔法陣の形は一つではない。

 

線の数も、配置も違う。

 

なのに、出てくるものは水だ。

 

ある日、二つの水魔法陣を並べて眺めていると、隣の学生が言った。

 

「流派が違うだけじゃないか?」

 

「こんなに形違うのに?」

 

「字だって人によって違うだろ」

 

ディーンは二枚を見比べた。

 

同じ意味を、違う形で書ける。

 

「……じゃあ、形そのものが大事なんじゃない?」

 

帳面を開く。

 

書きかけて止まった。

 

まだ分からない。

 

代わりに、

 

『違う形で同じ水が出る。何が同じ?』

 

と書いた。

 

     *

 

その夜、宿の床に実験記録を並べた。

 

水魔術。

 

火魔術。

 

風魔術。

 

数はまだ少ない。

 

発動したもの。

 

しなかったもの。

 

遅れたもの。

 

一部だけ働いたもの。

 

一枚ずつ見ていく。

 

失敗した魔法陣には、線の接続を変えたものが多かった。

 

「線が切れたら、魔力が届かない」

 

それ自体は既存研究にもある。

 

新しい発見ではない。

 

だが、ディーンの指はそのまま線をなぞった。

 

入口。

 

分岐。

 

合流。

 

発動する部分。

 

線を長くすると結果が変わる。

 

分岐を変えても変わる。

 

魔力を入れる場所でも変わる。

 

魔力が線を通る。

 

なら。

 

「……どう通るかも、関係ある?」

 

指が止まった。

 

まだ分からない。

 

そもそも「通る」という理解が正しいかも分からない。

 

帳面を開く。

 

『魔法陣の線は、魔力を運ぶだけ?』

 

その下に、

 

『通り方を変えたら?』

 

と書いた。

 

それ以上は書かなかった。

 

数か月前まで、魔力が見えないことを問題にしていた。

 

今も見えない。

 

だが、入れる場所を変えられる。

 

通る構造を変えられる。

 

その結果も記録できる。

 

なら、見えなくても調べられる。

 

ディーンは床の紙を集めた。

 

明日やることは決まっている。

 

同じ魔法陣。

 

同じ条件。

 

変えるのは、線のつなぎ方だけ。

 

それで何が変わるのか。

 

ようやく、試せる問いになった。

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