盗人少女だって英雄になりたい   作:アポロ09

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2話

 次の日の朝。ヴィクとレナは同じタイミングで起きた。街のどこかでは鶏が鳴いている。レナは、昨日買った食パンを頬張って、ヴィクは新しく買ったバックに荷物を詰め込んでいる。レナに軽く挨拶をしてから路地裏を出るために歩き出す。もう冒険に出発するらしい。レナは手を振って見送った後、二度寝をした。

 

 レナが二度寝から起きて、髪をゴムで結んで、新しい服を着て大通りへ出ようとした。その時、道の途中には見覚えのある装備姿の男がいた。ヴィクだ。レナは肩を叩いて声をかけた。

 

「ねぇ、なんでまだここにいるの? まさか、あんたこの時間ずっと迷って……?」

 

 ヴィクは苦笑いしながら小さく頷いた。この男、帰り道の道順を途中から忘れてしまい、迷ったのだ。重い荷物を持ったままウロウロ。その荷物は少し大きく、道を通りたい人には邪魔であった。幸い、迷ってる間に人は来なかったのだが。レナはヴィクに手招きする。

 

「こっちよ。ついてきて。大通りに出るんでしょ?」

 

 ヴィクは不甲斐なさからか静かに後ろをついて行く。大通りに出ると、大きな声が耳を打つ。多くの店が客寄せのために声を出しているのだ。静かで上品な夜の街並みとは打って変わって、暖かな光に包まれた陽気な街だった。

 

「なあ、レナ。もし君がいいのなら俺のパーティに加わってくれないか?」

 

「え……? なんで?」

 

「実はな、俺のパーティには今一人もいないんだ」

 

 驚きの発言である。レナは口を手で覆って驚きを隠そうとしている。が、驚いた時特有の大きく開いた瞳が隠すことを許していない。ヴィクは続けてこう言った。

 

「俺が行く先々で冒険の費用をギャンブルに費やしてたらとうとう怒られちまってな。ここの一つ前の街でみんなに抜けられたんだ」

 

 驚いていたレナの顔は段々と真顔に戻っていき、そこからさらに冷めた表情に変わった。当然である。勇者らしく、戦いで仲間が亡くなってしまったのならまだしも、ギャンブル狂いのせいで仲間がいなくなったのだから。レナが一夜で見た人物像のままである。

 

「ちょっとそんな曰く付きのパーティは無理。悪いけど他あたって」

 

 案の定、レナは申し出を断った。しかし、ヴィクもここで諦めるわけにはいかない。客引きの声を聞き流しながら淡々と歩く中で、二人の間では熾烈な会話が繰り広げられていた。

 

「そこをなんとか……」

 

「やだ」

 

「レナがいないと道に迷いそうで……」

 

「やだ」

 

「盗みの技術を活かして冒険の手助けを……」

 

「い・や・だ」

 

「魔物とか魔王討伐の懸賞金すごいよ?」

 

「……やだ」

 

 ヴィクが何を言ってもやだの一点張り。お金には少し引っ張られていたが、それでもダメだったらしい。レナとその後ろを歩くヴィクはとうとう街の出口の近くまで来てしまった。

 

「なんでそんなに嫌がるんだよ」

 

「あんたと一緒に冒険とかめんどくさそう。お金全部ギャンブルに使うんでしょ?」

 

 ごもっともである。

 

「……わかった。ギャンブルはもうしない。金の管理はお前に任せる。戦闘とかも俺がほとんどやる。お前は野営の手伝いとか話し相手とかをしてくれればいい。だから、後生の頼みだ。俺のパーティに入って、俺の冒険についてきてくれ」

 

 道の真ん中で深々と頭を下げてヴィクは頼んだ。周りの人間が頭を下げているヴィクと、頭を下げられているレナに注目していることなど気にせずに。一方のレナは突然頭を下げられたことと、周りの人が自分に注目していることもあって耳が赤くなっていた。まるでプロポーズのようなパーティ勧誘も相まってなのだろう。

 

「えっ、えっ、えぇ? え、えっと、じゃ、じゃあ。これからよろしく」

 

 ヴィク、パーティに勧誘成功である。耳だけでなく顔まで赤く染まっているレナは、勢いで言ってしまったことをもう後悔しているらしい。顔を手で覆っている。周囲の歩行者や店の人々からは歓声と拍手があがった。

 

「じゃあ、荷物持って来るからここで待ってて」

 

 そう言うとレナは、店同士の間を壁を連続で蹴って屋根に上り、屋根を伝って寝床へ急いだ。その曲芸のような動きにもまた、歩行者も店の人も拍手を送った。盗みのために磨いた技術を所詮カモとしか思っていなかった人々に褒められる。レナは不思議な感覚に陥っていた。それが理由なのか、時々足を踏み外しそうになることがあった。普段では絶対しないミスだ。

 

 寝床に下りるとせっせと荷物をバックに入れた。割と大きめなので服や、一斤の食パンなんかも入った。荷物を入れると来た道を戻り、ヴィクのもとへシュタッと下りた。

 

「さっ、行くなら行きましょ。どこに向かうの? あと、お金出して。管理は私がするんでしょ?」

 

「えっ、いやちょっとは俺に渡して……っておい! 全部は渡さねぇって。おい、盗るなよ!」

 

「言ってることが違うなぁ。パーティやめようかなぁ」

 

「ごめんごめん、冗談だってば。抜けないでくれよ」

 

 二人とも、笑い合いながら街を出た。街のすぐ外は大きな森である。多くの魔物が生息していて、危険な場所。そんな場所でも構わず入って行く二人であった。街の方からは歓声に混じって、「あれ? 俺の財布が無ぇ!」「私のへそくりが無くなってる!」などと、レナの被害者の悲鳴が聞こえたが、二人は気にせず森へ歩いて行った。

 

森を少し入ったところで、二人は魔物の群れを見つけた。紺色の毛に、金色に輝いた鹿のような額から生えた二本のツノ。長いしっぽに、緑色の目。狼の近縁種である魔物、ヒルッシュだ。夜中、大きな声で遠吠えを響かせているのもその魔物たちである。ヒルッシュの群れの周りには多くの骨があった。人骨も混ざっているらしい。頭蓋骨が落ちている。ある魔王軍幹部もヒルッシュから派生したらしい。そしてその幹部は現在、二人のいるこの森に城を構えているという情報だ。それを聞きつけたヴィクは街から近く、幹部は懸賞金も高いのでここに決めたのだ。ちなみに、ヒルッシュは森に入らなければ安全なので討伐対象ではない。

 

 二人は離れた場所にある茂みにいた。近くには鳥の群れがいて、騒がしいので音も探られないのだ。二人はジッとヒルッシュの群れを観察していた。いや、正確に言えばヴィクは攻略方法を考えるために観察していたが、レナは写真だけでしか見たことのないヒルッシュをかっこいいから見ているだけだった。片手にはバックに詰めてきた食パンの一切れを持っている。

 

「じゃあ、俺は行ってくる。お前はここでジッとしてろ。ここならバレないはず」

 

「『はず』って何、『はず』って。まあ、いいわ。お金のために頑張ってきてねヴィク」

 

「一言余計だなっ!」

 

 茂みから飛び出てヴィクは剣を抜く。その剣の刃渡りはヴィクの足から腰ぐらいまでの長さで、先端に向かって緩やかに細くなる形をしていた。ヴィクは空中で剣を構え、ヒルッシュの群れを奇襲する。ヒルッシュの弱点は脳天だ。なぜそうなのかは不明だが、脳天にも関わらず柔らかくなっている。ヴィクは本でそのことを知っていたので、一体ずつ丁寧に剣を刺していく。爪や牙で他の個体が攻撃してきたら、その時は避ける。それを繰り返すと、ものの十数分でヒルッシュの群れは全滅していた。

 

 レナは茂みの中で、颯爽と倒していくヴィクを見ながらパンを頬張っていた。半分食べ終えた頃にヴィクが倒し終えると、パチパチと小さく拍手をした。小声で「すご」と呟いたのは、茂みの近くで騒いでいる鳥の群れの声にかき消された。レナの後ろからザッザッと草を切る音が聞こえる。レナが後ろを振り返ると人型のヒルッシュがいた。

 

「あれ? 人間だ。しかも子供じゃん。柔らかくて美味しいんだよなぁ。それに珍しい黒髪だ。ちょっと連れて帰ってみようかな」

 

「えっ、ちょっ、やめ……」

 

 ヴィクが茂みに戻るとレナはいなかった。周りを見渡しても見つかる気配はない。不安そうに探していると、ヴィクは地面にパンのくずが落ちていることに気づいた。それも、人の手で意図的に球状に丸められたパンだ。ヴィクはレナに何かあったと悟り、パンくずの落ちている方を辿った。

 

 獣道のような道を進むと、藁でできた家と、木でできた家と、レンガでできた家が並んでいた。藁の家も木の家もボロボロで誰かが住んでいる気配はなかったが、レンガの家からは生活感が溢れ出ていて、煙突からは豚の出汁のいい匂いがする。ヴィクが思い切って窓から覗いてみると、レナが縄で縛られてお湯を張った鍋に入れられていた。それも服ごと。鍋の近くには、人型のヒルッシュがいた。呑気に紅茶を飲んでいる。ヴィクは手配書にあった魔物の幹部を思い出した。写真と一致する顔だ。名前はリスティッシュ。通り名は「卑怯者」。まったくひどい名前である。鍋に入れられたレナは窓から覗くヴィクを見つけると、涙目で訴えかけていた。

 

 ヴィクはレナ救出を第一優先として、家に乗り込むことにした。ヴィクは煙突から家に潜り込んだ。手と足を煙突の壁に押し付けながら少しずつ下りる。もう少しでレナにヴィクの手が届くところでリスティッシュの声がした。ヴィクはすぐに手を引っ込める。どうやらリスティッシュはサラダを作っているらしい。呑気に鼻歌を歌っている。料理に夢中になって隙だらけのリスティッシュをヴィクは見逃さなかった。レナの縄を解き、剣を抜いて一瞬でリスティッシュに詰め寄る。しかし、あと一歩のところで気づかれて、爪で防がれた。何はともあれ、レナは煙突から脱出したので、心配なく戦えるようになった。

 

「魔王幹部の一角リスティッシュだな! 俺の金のために死んでくれ!」

 

 容赦ない一撃をリスティッシュに叩き込むヴィク。手配書にはデッドオアアライブと書かれていたため、死体でもいいのだ。しかし、腹はヒルッシュと同様硬い筋肉と骨で守られていて、斬れない。そこで、ヒルッシュと同じく脳天に剣を突き立てる。が、そこも貫けなかった。

 

「出逢って早々、血気盛んなことだな! お前、勇者だよな! 少しは歯応えがあるよう期待しているぞ!」

 

 リスティッシュは手刀をヴィクの腹に突き立てる。ヴィクは口から胃液と血を吐き出してしまった。装備のおかげで普通の打撃になったが、それでもこの威力。幹部の名は伊達ではないのだ。ヴィクは攻撃をかわすために剣をしまい、致命傷となりうる場所を探すべくかわしながら観察していた。しかし見つからず、しかも何回か避けれず当たってしまっていた。ヴィクの限界が近づく。

 

 ふと窓に目をやると、逃げたレナが指を指している。その方向には鏡が。ヴィクが鏡をみると、リスティッシュの背中が見えた。怪我をしているらしい。血が滲んでいる。猛攻を通しているのは、背中を庇っているからだった。ヴィクはカーテンを破いて、リスティッシュの頭に被せる。

 

「おい、勇者! 何をした貴様ぁ!」

 

そして、血が滲んでいる箇所に剣を突き立てた。血が吹き出す。リスティッシュは呻き声を上げながらも、腕や尻尾を振り回してヴィクを仕留めんとする。しかしその攻撃が当たることはなく、リスティッシュは絶命した。リスティッシュの顔は苦痛で歪みながらも、幸せそうだった。家の中には出汁の匂いと新鮮な野菜の匂いが残っている。

 

 ヴィクは手を合わせた後、リスティッシュの首をなんとか落として布で包んで持った。頭は一週間程度残るが、胴体はすぐにチリになって消えるのでそのままだ。家の外に出ると、お湯で濡れて湯気が立っているレナが仁王立ちして立っていた。怒っているようだ。

 

「バレないって言ったじゃない。バレて、しかもここまで連れてこられて、怖かったんだけど?」

 

「『はず』って言っただろ。でも、危険な目に遭わせてすまなかった。次はお前、俺について来い。戦場の中にいれば俺もお前を守れるから」

 

 ヴィクが次の案を出すと安心したのか、レナはホッと息をして歩き出した。元の草むらに二人で戻ると、レナは地面に座って「ヴィクも座りなよ」と言った。ヴィクはまだ痛む腹を押さえながら座ると、レナは素早くヴィクの腹側の装備を外して痛み止めを塗った。ヴィクの腹はひどく赤くなっていた。

 

「これで一日安静にしてれば治るから。そこで横になってて。見張りは私がしとくから」

 

 ヴィクはレナを心配したが、痛みには耐えられずそのまま寝てしまった。レナはヴィクが寝てから「今日は助けてくれてありがと。かっこよかったよ」と呟いた。静かな夜だったので小さな声もよく響いたが、寝ているヴィクの耳には届かなかった。焚き火をつけて、食パンを焼く。さらに、焚き火で熱した岩で焼いたヒルッシュの肉をパンの上にのせて食べた。焚き火のパチパチという音だけが、夜の森に響いていた。

 

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