日が昇ってきた。レナはうとうと頭を揺らしている。ヴィクはまだ起きてこない。焚き火を消すための水を近くにあった池に汲みに行く。池は朝日に照らされて輝いていた。しかし、輝いて見えたのは朝日だけが理由ではない。レナがよく目を凝らしてみると、蝶の羽を生やした小さな人間が集まっていた。
「おお、こりゃすげぇ。森の妖精だ。中々見れる光景じゃないんだぞ、レナ」
やっと起きたヴィクがレナの後ろから声をかける。しかし、彼の目はレナではなく妖精たちに向けられていた。ヴィクは妖精に深く一礼した。
「ご機嫌よう。私はヴィク。こっちはレナ。魔王軍幹部、リスティッシュを討ち取ったパーティです。王都を通じて全国の勇者への情報提供ありがとうございました。これからも平和のため戦い続けますので、ぜひご贔屓を」
ヴィクがそう伝えると妖精たちは池の上で、人の上半身のような形に集合した。想像を超えた幻想的な風景。レナはその美しさに心を盗まれて、水を汲むことを忘れてしまっていた。やがて、妖精たちが集まったことでできた人の顔はジッと二人を見てから口を開いた。
「よくぞやってくれましたね、お二人とも。感謝します。これといってお礼はできないのですが、こちらをどうぞ」
妖精の十数人が瓶を持ってきた。中にはキラキラした粉が入っていた。レナが受け取ると、さっきまで黄緑だったその粉は黒っぽい緑色に変化した。ヴィクに渡すと、元の色に戻ってしまった。
「それは魔力を持っているかどうか判別できる粉です。我々の羽から出る鱗粉が集まったものなんです。お嬢さんにはちょっと魔力があるようですね。そのぐらいの魔力量だったら、中級の魔術くらいは使えますよ。ぜひ習ってみてくださいね。それと、これはふりかけると傷を癒すこともできるので、今後の旅で使ってください」
「ありがたき幸せ。感謝します、妖精の皆様方」
レナも小さくお辞儀した。後ろで結んでいた腰まである髪が揺れる。髪がパサパサしていたのを気にした妖精の何人かが池の水をかけた。そして、
「お嬢さん。昨日の一言、聞こえていました。美容にも気を使わないと、あの勇者さんは振り向かせられませんよ?」
と、お茶目なことを冗談混じりにレナに言ってきた。レナはかぁっと顔が赤くなってから、
「そんなこと思ってませんけどっ」
と言った。焚き火を消すための水をすっかり忘れていたので桶に水を汲む。レナは自分の髪を触ってみるとサラサラになっていることに気がつき、妖精たちに軽くお辞儀してから焚き火に戻った。妖精たちは大きな手の形になって手を振っていた。
ヴィクはヒルッシュの肉をその辺に落ちていた木の棒に刺して焼いていた。ちょっと焦げたような美味しそうな匂いがレナの鼻に入る。レナは迷わず肉を手に取り、美味しそうに頬張った。ヴィクは咎めることなく、自分もまた肉を手に取り、頬張った。二人とも幸せそうな顔だった。
「ヴィク、もう痛みは引いた?」
「おう、ばっちしよ。もう全然痛くねーわ」
「そう、良かった。あなたがいないとお金が入ってこないのよね。ま、怪我してても仕事はさせるけど」
「ったく、お前は悪魔か。ひどい少女だこと」
言葉とは裏腹にレナは安堵した表情を浮かべていた。やはり、少しは怪我のことを心配していたらしい。今でも、ちょっとだけヴィクの怪我の方を意識している。
「そういえばお前の髪、ちょっと綺麗になってないか? サラサラになってるし」
「えっ、気づいた? さっきの池の水に髪をサラサラにする効果があったみたいなの。気づいてくれてありがとうね」
レナは髪を褒められて素直に喜んだ。森の奥の妖精たちは「やっぱり気になってるじゃん」とか「褒められて、素直に喜んで。まだまだ子供ね」と口々に言っていたが、それがレナの耳に入ることはなかった。レナは上機嫌気味に、
「早く次の街へ行くわよ。次の冒険が楽しみになってきたわ」
と言った。ヴィクは「やれやれだぜ」と言いながら、荷物を準備し、焚き火を消してレナの前に立って歩き始めた。
森を抜けると、野原が広がっていて、奥には小さめの町があった。名前をアステミルという。街の奥には灯台があり、そこから先には海が広がっている。街の横には大きな山があり、上の方ではまだ雪が積もっていた。二人は並んで街に入る。街に人は多くいたが、街並みはちょっとした店や宿屋が並んでいるばかりであった。多くの人が見にきているのは街の中心部にある歴史的な建物だ。名前は「知恵の塔」と呼ばれている。呼ばれているだけで正式名称ではないが、正式名称が分からずじまいなので知恵の塔と呼ばれている。
二人も塔のそばに近づいてみる。白い壁と黒い壁が不規則に並んでいる。その光景はどこか歪だが、美しかった。白い塔は太陽の光を反射し、黒い壁は逆に光を吸収していてそれが神々しさを増していた。
「レナ、中にも入れるらしいぞ。一緒に行こうぜ」
「え、入れるの? 中も綺麗なんだろうなぁ」
しかし、その幻想は中に入ってすぐに終わった。中には壁に沿うように置かれた階段と、柱にもなっている本棚があった。ほこり臭くて、カビ臭くて、真っ暗だった。レナは口に手を当ててゴホゴホしていた。
「なにこれ、きったな……。臭いし……。早く出ようよヴィク」
「……そうだな。出るか」
ヴィクは咳き込んでいるレナを気にして塔を出たが、本当は階段を上りたかったらしい。塔の上を向いている。そんな残念そうなヴィクなど見ずに、レナは山の方を見る。
「こっちの山に幹部がいるの?」
「そうだよ。人間の顔に、狸の体、虎の手足、蛇の尻尾がついているらしいよ。名前はヌエで、通り名は『嵐男』だってさ」
レナは目を輝かせている。面白そうな予感がするとのことだ。
「それより、早く王都直属の換金所に行こう。リスティッシュの首を渡さないと」
二人は換金所に向かった。換金所の係員に魔王軍幹部の一人を破ったことを伝え、首を渡し、九十万ビルを手に入れた。レナは一万ビルだけヴィクに渡し、残った分はパーティの費用としてバッグに詰め込んだ。そして、抜け目のないレナは街の人々から盗んだであろう財布や金品も換金した。そちらは合計二十五万ビルだった。それでもかなり大きな額である。財布がパンパンになったので、レナは何か買いに店へ、ヴィクは一万ビルを握りしめてどこかに行った。小一時間後、レナがヴィクと再び顔を合わせた時にはヴィクは服を着ていなかった。レナはイライラしながら尋ねた。
「ギャンブルしないって聞いたんだけど。私の空耳かしらね?」
「ギャンブルしてこうなったわけじゃないんだ。実は……」
ヴィクはその場で正座して、話し始める。レナは腕を組んで話を聞いた。どうやら話をまとめると、ヴィクがある男からアクセサリーを買うと、法外な価格だった。が、契約をしてしまったらしく買うことになっていて、そのお金のために装備を売ったらしい。レナはヴィクの顔を殴ってから、質屋に金を返して装備を取り返してきた。
「借金しないでよ。まだお金あるけど、余裕は持たせなきゃならないんだよ? 私、パーティ出てもいいんだけど?」
「……レナにはいなくならないでほしいです。すみませんでした」
「よろしい」
ヴィクは手に隠し持っていたイヤリングをレナに渡す。金色のリングに水晶がついただけのイヤリングだ。先ほど買ったアクセサリーとはそれのことだった。レナはヴィクから受け取りったイヤリングとヴィクの顔を見ながらこう言った。
「さっき買ったって言ってたアクセサリーってこれのこと? 私にくれるの?」
ヴィクは何も言わずに頷く。レナは耳につける。頬を赤くしながら「ありがと」とだけ言った。ヴィクは満足そうに笑っていた。二人はその後、宿をとって余計な荷物を置いて行った。
夕方、二人は日が沈むのを見計らって山へ入った。ヌエは夜に動き始めるとの情報があったからだ。木々の間を走り抜ける二人。山の五合目に差し掛かったあたりから雲行きが怪しくなり、そこから上に行くにつれて雨が降り、雷が鳴り始めた。ふと、二人が空を見上げると空中に浮かんでいる人影を見つけた。ヴィクは「あれがヌエだ」と呟くと、なるべく木の密集していない場所を探し、二人で息を潜めた。
「レナ、少し危険な任務を頼みたい。囮としてあいつの注意を引きつけてくれ。その隙に俺はあのでかい木に上ってあいつに急襲を仕掛ける」
「はぁ? 戦闘はあんたの役目だって言ってたじゃない。そんな危ない役ごめんよ」
「ほとんどって言っただろ。大丈夫だ。ほんの一分でいいから」
「……後で甘いもの買わせてよね」
レナはそう言うと、木に上り姿を現した。ヌエはレナの方に意識を傾け、スッと手を伸ばした。すると全ての雷がレナの方へ降りだした。レナは持ち前の瞬足と跳躍技術でことごとくかわしている。雷の怒号が鳴り響くその隙に、ヴィクは背の高い木に上り、ヌエへ斬りかかった。ヌエは反応が遅れたようで、ヴィクは肩から足にかけてズバッと斬ることができた。しかし、傷は浅く、ヌエはすぐさまヴィクへの攻撃を始めた。ヴィクは木から降りて逃げるが、もう遅い。ヌエは雷の量を二分割してレナとヴィクの両方に攻撃をしていた。
レナは軽々と雷を避けていたが、ヴィクは重い鎧のせいで常に間一髪のところで避けていた。レナは約束の時間がとうに過ぎていることに怒っているが、避けることで精一杯である。一方でヴィクも、約束の時間が過ぎていることに気づいていたが、ヴィクもまた、避けるので精一杯であった。ヌエは元の場所から動くことなく、二人に攻撃していた。しかし、長期戦かつ、自分が有利であると戦いに面白さをを欲するのが魔物の性というものである。ヌエは雷の攻撃をやめ、自らに降り注ぐように操作した。空に向かって突き上げた手に雷が降る。雷轟とともに生まれたのは雷の剣。長さも形もヴィクの持つ剣と同じであった。レナもヴィクも、攻撃が来ていないことに違和感を覚え、木の上からヌエの方を見る。そして、自分たちの置かれている状況を知り、絶望した。
「「なんなんだ、あれは!」」
場所は違くとも時を同じくして放たれた二人の言葉は、まさに絶望そのものだった。二人は、急いで合流すべく、ヴィクがヌエに斬りかかったときの木に向かって走った。ヌエはそのことに気付きながらも、獲物を待っていた。二人は、木の上で合流すると、ヌエとその手に握りしめられていた剣を見た。その剣は雷の輝きそのままに、大きく光っていた。ヴィクはレナを木の上に残して、ヌエの前に下りる。レナが、「ちょっ、待ってよ!」と叫んだが、ヴィクは聞く耳を持たなかった。
「お前が魔王軍幹部の一角、ヌエだな? なぜ攻撃が止まったのかは知らんが、その行為。後悔することになるだろうな」
「フッ。『止まった』? 止めてやったんだよ、強がるんじゃない。ただ倒しても興醒めだからな。私の剣の練習相手としてせいぜい死ぬまで頑張ってくれ。構えろ」
ヌエの一声を聞き、ヴィクは剣を構える。ヌエもまた、律儀に剣を構えるヴィクを見て同じように構えた。レナは、そんな二人のことをただ見ていることしかできなかった。突如、何の前触れもなく斬り合いが始まった。ヴィクとヌエの剣が交わるごとに、金属の鈍い音と雷轟が響き渡る。最初は互角の戦いだったが、ヌエは圧倒的なスピードで立ち回り、少し経った段階でヴィクは防戦一方だった。どんどん押し込まれていく。しかし、ヴィクは諦めずに醜く戦い、気を逸らすためかポケットにあった拳銃を投げた。が、ヌエに当たるどころか森の奥へ飛んでいってしまった。
「フハハハハ! 何をしている? 銃は撃つものだぞ。もっとも、正面から撃って私に当たることは無いだろうがな」
ヴィクは小さく舌打ちした。ヴィクは最後の力を振り絞ってヌエへ猛攻をしかける。ヌエは大人しく押し込まれたが、所詮は残りっかすのような力。元の場所に戻っただけだった。ヴィクは逃げ出した。装備を捨て、少しでも速く走れるようにして。ヌエはわざわざ追わず、剣を振るった。ヌエの剣からは雷が飛ぶ斬撃として飛んでいった。ヴィクは大きく跳ぶことで避けれたが、周りの木々はバタバタと倒れた。もう逃げる場所もなく膝をついて下を向くヴィク。
「トドメだ。まぁまぁの剣術だったな」
ヌエは満足したのか、雷の剣は崩壊した。そして、ヴィクの周りだけに雨が降りだした。その雨は段々と凍っていき、空中で止まった。一つ一つが白く染まっていて、ナイフの形をしていた。
「この状況、完全に終わりだな。最後に言い残すことは?」
ヴィクは地面に手をつき、体を丸めた。まるで自分の体を小さくして、何かから避けるように。そして小さな声で「遅いんだよ、バーカ」と呟いた。
「フハハハハ! そんなことをしても私の雪からは逃げられない。さらばッ、だ」
ヴィクに雪が降るその瞬間だった。ヌエの後ろから弾が三発放たれてそれぞれ、頭、胸、腹を貫いていた。腹を貫いた弾はヴィクの髪にかすった後、他の三発とともに森の奥に飛んでいった。血が穴から溢れ出す。
「な、ぜだ。あ、あの女は武、器などな、にもなかっ、たはず」
ヌエは疑問をうめき声で呈しながら振り返り、レナをその目に映してから倒れた。もう数十秒もすれば絶命するだろう。ヴィクは自信気に答えた。
「単純なことだ。俺が投げた拳銃をあいつが拾ってお前に撃った。それだけだ」
「バ、カな。そんなけ、い画、話す時か、んなど……」
「バーカ。言わなくてもわかんだよ。仲間だからな」
最後の言葉を聞く前か後か。ヌエは白目をむいて死んでいた。空中ではナイフの形をした雪がボロボロと崩れ、二人に降りかかった。ヴィクは手を合わせてからヌエの首を胴体から斬り離した。布に包んで持ち、レナの方に向かう。満点の星空がこの時ばかりはヌエを祝福していたように見えた。
「ごめんレナ、君にトドメを刺させてしまって」
「別にそれは良いんだけど……。一分だけって言ったよね? また約束守んなかったじゃん」
ヴィクは目を泳がせていた。レナはその様子を見て呆れ、肩をすくめた。小さなため息を漏らしてから、
「私、街に戻ったら甘いもの食べるからね。約束通り。ま、何はともあれ無事でよかった。お疲れ様、ヴィク」
と言った。ヴィクは雪で濡れた髪を布で拭きながら甘いものを食べることを許可した。二人はゆっくり歩きながら山を下山した。