愛知県高校野球秋季県大会三回戦前日。愛商大名工の選手達は映像をチェックしながら次の対戦相手、
「データで見ると、投球のうち真っ直ぐが大体半分くらい。右バッターにはスライダーとカーブ、左バッターにはスプリットですが、これはそこまでキレがない。しっかり見極めてください」
「配球は基本外、外、変化球。ただ
「初球の入りは七割が真っ直ぐです。積極的にストライク取ってきますから、初球から振りにいってもいいと思います」
「ストレートは高回転がかかっていますが、カウント別でコースを絞りましょう。守備は固いですが無理なシフトや作戦封じはしてきません」
「フォームですが、変化と真っ直ぐにクセはないです。腕の振りも変わらないので、やはり狙いを絞っていくべきです」
愛商大名工のアナリストが、明日の戦い方の最終確認をする。圧倒的な練習設備とデータ野球、集まってくる才能溢れる選手達…
県内で超強豪の地位を確固たる物にする確かな理由がそこにあった
「蓮華学園ですが、打線はさほど警戒する必要はないです。どのバッターも弱点がはっきりしていますし、警戒すべき
日程上投手は苦しい運用をしなければならない蓮華学園と違い、名工は控えも充実している
水流率いる蓮華学園は名工にとっても十分に警戒すべきチームであり、トーナメントの噛み合いを見ても元山が投げるべきという判断を名工監督は下した
口には出さないが、名工には一点取れば勝てるという確信があった。明日は小技でも何でも使って一点を取りに行く野球をするだろう
◇ ◇ ◇
「明日は名工戦だ!先発はおそらく元山が来るだろう…いいか!先制点をやってはいけない。なんとしてでも一点先に取るぞ」
監督がチームに激を飛ばしている。今
とはいってもウチに細かいデータなんて便利なものはない。作戦の統一と明日警戒することの確認くらいだ
俺達が勝つには投手戦しかない。そのための練習しかしてないからな。何とか出塁してチャンスを作るために、正面から勝負はしない
元山は弱点のない投手だ。あっても俺らじゃわからん。だからまともに出塁してまともに返すなんてしないしできないと皆わかってる
─元山攻略の最大のピースである
「
「いやーもうちょっとでなんか掴みそうなんだけどな。それより憲吾、名工相手に自信あるのか」
「ないことはないよ、体がキレてるからな。ちょっとだけ投げたけど狙ったとこほとんど外さないし、明日もこの調子なら抑える自信はあるよ」
だから何とか点が取りたい…皆この秋で成長して、
ただ相性が良くない…例えば
「ホントに...頼むぞ。響。」
◇ ◇ ◇
「やっぱ元山来るよな…打線も左が多い」
試合開始前、
もちろん高校レベルで左右差は関係ないとか、そもそも
でも俺にはこれが効くんだよなぁー……!めっちゃキツイ。外スラもカーブも入ってくる球になるから、見やすくて対処されてしまう
かといって付け焼き刃の対策なんてないししても意味なし!作戦は臨機応変、
─俺達の打順はほとんど固定してある。こっちも対策で右打者を…とか言えるほどのチーム力はない
一番瀬尾先輩、二番岡田先輩、三番俺、四番半田。遠藤は七番
さあ…試合が始まるぞ…
◇ ◇ ◇
「プレイ!」
─試合開始。先攻は蓮華学園。一番の瀬尾が打席に入る
目一杯バッターボックスの内に立ち、ややゾーンに覆いかぶさるように構える
元山がサインにうなずき、投球動作に入る。コンパクトかつ滑らかなフォームからストレートが放たれ…
「シュッ」 スバァン!
「ストライィ!」
…インコース高めに突き刺さった。瀬尾の揺さぶりを全く意に介していない元山が再び動作に入る
「フシッ」 ギュァァァッ
─瀬尾は体に向かってくるボールを見て(当たる!)と思い避ける素振りだけする
スパァン! 「ストライクツー!」
しかし投じられたスライダーは当たることなくミットに収まる。完璧な
追い込まれた瀬尾はフォームを元に戻しバットを短く持つ。なんとしてでも食らいついてみせるという意思で打席に立つ
「フッ」 ギュカッ!
「くっぁ!」 スパンッ!
三球目は外に逃げるスライダーを追っかけ空振り三振。文字通り手も足も出ず完璧に調理された
瀬尾はベンチへ戻り球筋を伝えようとするが、言えるのは一つだけだった
「左は…スライダーは無理だ。追っかけても絶対に当たらない。難しいけど捨てるしかない」
─続けて二番、右の岡田が入る。岡田はノーステップで当てに行く、それかセーフティバントで不意を突いて出塁する算段だった
「フシッ」 シュパァーーッ
コンッ
初球からストレートにバントを決め、三塁側に転がす。しかし名工のサードは警戒していたのか素早く距離を詰め一塁に送球
「アウトォ!」
ベース手前で一塁に送球が届きツーアウトとなった
そして三番水流が打席に入る。フォームは当然変わることはない。水流は外スライダーにやられるのを防ぐためとにかく真ん中から内に来るボールのみに狙いを絞った
「フシュッ」 シュパァーーッ
パシィン! 「ストライク!」
初球は真っ直ぐが
「エイッ」 シュカァーーーッ
スパンッ! 「ストライークツー!」
二球目も全く同じ所に真っ直ぐが決まりツーストライク。待ち方を決めてしまったゆえに簡単に追い込まれてしまった水流は狙いを広げざるをえなくなる
「シュッ」 キュキュッ
三球目は外。手を離れた瞬間、回転がかかっていることに気付く
(外っボール!外れてる!)
パンッ!
「ストライクスリー!」
見逃し三振でスリーアウト。球数は僅か七球でボール球はなし。一から三番が完全に抑えこまれた
両校の監督はそれぞれ思いを巡らせた
(これはキツイな…とにかく我慢するしかない。チャンスはあっても二回か……)
(調子は良さそうだな。一発のある打者だけ全力で投げれば良い…あとは相手の出来次第か)
◇ ◇ ◇
変わって後攻愛商大名工の攻撃。一から三番は全て左打者
先頭が打席に入り構える。その構えの雰囲気から既にこれまでの打者達とは比べ物にならないと水流は感じていた
「ウンッ」 ゴオオオオオオオッ
ズバァン! 「ストライク!」
初球は
「ウシッ」 シュゴオオオオオッ
カキィン!
二球目の外角低め真っ直ぐをスイングするとファール。いきなりバットに当てられ遠藤がサインに迷う
(スライダーカーブはカモにされるかも…まずはこいつだ)
サインはスプリット。ミットは真ん中低めに構えしっかり落とせと目で伝える
「ウッ」 「ボール!」
スプリットはしっかり落ちたが見極められボール。サインはもう一度同じ所にスプリット
「フシッ」 「ボールツー!」
また見極められボール。全く手を出す気配がないため次は高めに真っ直ぐのサイン
「エイヤッ」 カキンッ
打球は転がりショートへ、守る二年
─遠藤は水流の調子から戦い方を変えることにした
(やっぱしっかり当ててくるけど、今日はミットを動かすボールがない。変化もいつもよりキレてる感じがする…ビビらず左にもスラカーブ使っていこう)
その後は二番三番に的を絞らせないようリードする。ストライクゾーンのみで勝負するのではなく、ボール球もうまく使って抑えきる
「ナイスピー憲吾!めっちゃ球きてるぞ!粘られるけど気にすんな!」
「ナイスリード
◇ ◇ ◇
両校予想した通り三者凡退、投手戦の匂いがしてくる。その後はしばらくお互いに抑えていくが、左打者を抑えきれず水流はピンチを背負う場面もある
─しかしその度に
一方の元山は一切の隙のない投球。七回まで許したヒットはなし。当然四球はなし
特に左打者が完全に抑えられ、エラーワンチャンスを狙うことさえ許されない。横滑りするスライダーにバットが当たらないのだ
しかし野球とは一試合の中でチャンスは一回はあるもの。八回の表、先頭の半田がカウント
─ライトから強い返球が帰ってくる、二塁上でクロスプレー。審判の判定は…
…「セーフ!」
「よっしゃああああ!」「響ナイスラン!」「ここだぞここで点とるぞー!」
蓮華学園ベンチが一気に沸き立ち、五番打者が打席に入る。サインは当然バント
「フシッ」 コッ
チーム全体で力を入れたバント、しっかり成功させランナーは三塁へ
ここで名工ベンチがタイムを取る。内野がマウンドへ集まり監督から伝令が飛ぶ
「監督がスクイズあるぞって。いくつか外して様子みて、内野前進ホームで刺せって」
監督からの指示を受け名工ナインが守備位置に戻る
蓮華学園は六番の森。初球は外してボール。二球目も外してボール
ここで
三球目、高めストライクゾーンギリギリの直球…
ギィン!
窮屈なスイングながら何とか叩きつけた打球がセカンドへ、ホームへ送球しまたもクロスプレー。判定は…
…「セーフ!」
「うおおおおおおお!」「森先輩ナイバッチー!」「響ナイスラーン!」
ここに来て先制点を捥ぎ取った蓮華学園。後ろは凡退し八回の裏へ
「ウオァッ!」 「ストライクスリー!」
死力を振り絞り水流が直球を投じる。この回から躱す投球ではなくとにかく真っ直ぐで押しまくり、打者は気迫に押され打ちあぐねる
そのまま三人で抑え八回を無失点。スタミナはもはや限界が近かったが、ちぎれんばかりに腕を振る
─九回の表は三者凡退。元山は許したヒットはなし。失点もイレギュラーからと完璧な投球を披露していたが、ノーヒットでも点が取れるのが野球というスポーツだった
そして場面は九回の裏、球場のボルテージも上がりきった場面で水流がマウンドへ上がる
◇ ◇ ◇
先頭は一番。初球インコース真っ直ぐをストライク。二球目アウトコース真っ直ぐを空振り。そして三球目
「ズァッ!」 カキィン!
球数がかさみコントロールが甘くなってしまった真っ直ぐをセンターへ弾き返され先頭が出塁。すかさず遠藤がタイムを取り間を空ける
二番打者が打席に入る。最初からバントの構え、名工は水流さえ下ろしてしまえば延長で勝てるため当然の判断
「ウァッ!」 コンッ
完璧なバントでワンアウト二塁。打席には三番の左
「フシュッ!」 カキンッ!
初球真っ直ぐを弾かれ打球はセンターへ。二塁ランナーがホームへ突っ込む!
「ウラァ!」 シュパアーーーーーッ!
浅く守っていたセンター岡田からホームへレーザービーム!送球はホームベースドンピシャに届きアウト!
「「「うおおおおおおおおお!」」」
ツーアウト一塁。水流は最後の力を振り絞り名工四番稲垣と対峙する
「クァッ!」 「ボーッ!」
初球スライダーは見切られボール。もう変化球はいつ抜けてもおかしくない
「オアッ!」 「ボールツー!」
アウトローへ投じた真っ直ぐがわずかに低くなりボール。カウントが悪くなったが敬遠はしたくない。稲垣の後ろとは歩かされる稲垣を返す役割であり、二人目のランナーはサヨナラのランナーになるからだ
本来水流が打たれればそこで終わりのようなものだが、それでもここで敬遠は選ばなかった
そして三球目。インローに投じた真っ直ぐ
キンッ
─打球は無情にもレフトスタンドへ。サヨナラのツーランホームランとなり蓮華学園は秋の県大会をベスト16で姿を消すこととなった……
とにかく蓮華学園は打てないですがこれは守備に力を入れているのと打線の核となる左打者が元山に抑えられたからです
誤字脱字報告していただければ幸いです