目を開けた瞬間、最初に思ったのは――寒い、だった。
「……寒っ」
上半身を起こし周囲を見渡してみる
そこにあったのは、見慣れた天井でも、自室の壁でもなかった
星空と木々
鬱蒼と茂った森
地面には落ち葉が積もり、少し離れたところには細い山道が続いている
「…………」
数秒、思考が止まった
「……どこだ、ここ?」
答えてくれるような人間はいない
ポケットを探る
――スマホどころかポケットの感触も何もない
「……は?」
立ち上がろうとして、ふらついた
体がおかしい
視線を落とす
「……え?」
服が違う
見覚えのない、粗末な着物
手も、少し小さい
「夢……?」
頬をつねる
「痛っ」
夢じゃない
周囲を見渡す
明かりやガードレールの見当たらない森、そして着物
自分の見慣れた文明の気配がまるでない
「……異世界転生?」
そんな言葉が頭をよぎった
普通ならあり得ないと笑うところだ
そんな都合のいい話があるわけがない
現に最後の記憶はスマホのソシャゲを周回していた所で途切れている
けれど――
「……いや、でも実際にこうなってるし」
考えても仕方がないとりあえず人里を探そう
そう思って歩き始めた
どれくらい歩いただろう
森を抜けた小さな道に出る
道の先に人家らしきものも見える
「よかった……」
助かったそう思った、その時だった
――ガサッ
「……?」
背後から、草を踏む音
振り返るが誰もいない
「気のせいか……?」
前を向く
――ガサッ
今度は左
「…………」
嫌な汗が背中を伝った
イノシシか熊かはわからないが何かいる
そう確信した瞬間
木の陰から、それが姿を現した
「――こんばんは」
男だった
少なくとも、人間の姿をしていた
だが自分を見る目が、おかしい
笑っている、その笑顔から感じるものは人間の温かさではなかった
まるでご馳走か何かを見るような目
「……誰?」
聞くが男は答えない
ただ、こちらを見ている
そして――
「腹が減ったなぁ」
男の口が、大きく裂けた
風に乗って漂ってくる何かしらが腐ったような臭い
「ウッ…」
悪臭にたまらず鼻を押さえてうずくまる
次の瞬間、男の姿が消えた
「――ッ!?」
バキッ!!
背後から聞こえた音に驚き
咄嗟に動いた足がもつれ地面を転がる
「ぐっ……!」
何が起きたか
立ち上がり音が鳴った方を確認をしようとする
だが、足に力が入らない
さっきまで自分がいた場所を見る
先程まで自分の真後ろにあったであろう木が一本、へし折れていた
そして木の横に立つ男
「…………」
理解できない
人間の力じゃない
そう思い男から距離を取ろうとすると背中に鋭い痛みが走る
「……痛ッ……え?」
血が流れていた
爪で裂かれたような傷
だが、その男の手には何もない
「お前……」
男が笑う
「美味そうだな」
木が折れ
その分、明るくなった月明かりが男の顔を照らしその目が改めて視界に入る
異様に赤い瞳
人間ではありえない牙
「…………」
頭が目の前に居るのが化物だと警鐘を鳴らす
そして思わず口から出た言葉
「……鬼?」
そう呟くと男の動きが止まった。
「ほう?知っているのか?」
その瞬間
頭の中に、ある作品の名前が浮かんだ
鬼。人間を喰う、異常な身体能力
そして――
夜間に出会ったとゆう事実
「…………いやいやいや」
まさか
そんなはずはない
自分にそんなような事がおこる話があるわけがないと――
「まぁ、知ってようが知らなかろうがどうでもいい…おとなしく俺に食われろ!!」
思考が混乱している中で言葉を返さずにいると
鬼が飛びかかってきた
「――ッ!」
咄嗟によけて逃げ、走る、けれど向こうの方が速い
圧倒的に速い、木々を盾にしつつ逃げ回るも追い付かれ
背後から腕を掴まれた
「ぐあっ!」
引き倒され思わず口から声が漏れる
「いただきます」
鬼が口を開き牙を見せつけながら自分を噛みちぎろうと顔を近づける
「誰か――!」
助けてくれ
そう叫ぼうとした
その瞬間だった
「――南無阿弥陀仏」
低い声が響いた
ズドンッ!!
何かが飛んできて横から鬼の顔面に直撃した
「――え?」
鬼の身体が吹き飛ぶ
木々を何本も巻き込みながら、遠くへ転がっていく
何が起きたのかわからず呆然としていると
ズシッ
ズシッ
こちらへ歩いてくる男がいた
大きい
あまりにも大きい
そして、手には巨大な鉄球
もう片方には斧
目は始めから見えていないのだろう閉じられている
数珠を握りしめ、静かに立っている
「怪我はないか」
「…………」
声が出ない
男は俺の返事を待たず、鬼の方へ向き直った
「――鬼よ」
鬼が立ち上がる
「てめぇ……!」
男は動じない
ただ、静かに
「南無阿弥陀仏」
そう呟いたかと思うと鉄球が振り抜かれた
轟音
地面が揺れる
鬼の身体がまた吹き飛ぶ
「…………」
俺はその光景を見ながら、必死に頭を回していた
あの武器、あの服装、あの巨体
そして、何より
さっき鬼を相手にした時の戦い方
俺は、この人を知っている
いや、正確には――
このキャラクターを知っている
「……まさか」
男が鬼を倒し終え、こちらへ戻ってくる
「どうした?」
震える声で俺は尋ねた
「あの……」
「うむ」
「あなたの……名前は?」
男は少しだけ首を傾げた
「私か?」
「はい……」
「悲鳴嶼行冥だ」
「…………」
その瞬間、認めたくは無かったが
今までの全てが繋がった
鬼、日輪刀、鬼殺隊
そして――
目の前にいる男
岩柱
悲鳴嶼行冥
「…………鬼滅の刃……」
思わず呟いた
「ここ……」
喉が震える
「鬼滅の刃の世界かよ……」
そして俺は、まだ知らなかった
この日
鬼に襲われたこと
悲鳴嶼行冥に助けられたこと
その二つが
俺の人生を、完全に変えることになるなんて
そして俺が――
盾柱と呼ばれることになるなんて