ウマ娘プリティーダービー 〜黄金の時代〜   作:リンゴ糖

11 / 12
今と見つめる先
金鯱賞:薫る風


1.王子の帰還

 

九ヶ月ぶりの実戦だった。

 

足の状態は、問題ない。

医師も、そう言ってくれた。

 

それでも、胸の奥でくすぶる思い。

 

本当に、昔みたいに走れるのか。

もう一度、あの場所に戻れるのか。

 

どうしようもなく、不安の芽は主張していて。

 

 

だけど、

 

ゲート前。

芝の匂いが、鼻をくすぐった。

 

――ああ。

 

この匂い。

この空気。

 

懐かしい、なんて言葉じゃ足りない。

 

ゲートが開く。

 

体が、考えるより先に動いた。

脚が、自然に前へ出る。

 

――そうだ。

 

ボクは、走ることが好きなんだ。

 

怖さも、不安も、全部置き去りにして、

ただ前へ、前へ。

 

ゴールを駆け抜けた瞬間、胸いっぱいに広がったのは、

勝敗とは関係ない、純粋な感情だった。

 

「……やっぱり、走るのは楽しいな」

 

今日ぐらいは素直にいこう。

 

 

───

 

2.女王と四強(+1)

 

「お疲れ様」

 

声をかけられて、振り向く。

 

「リスグラシューさん」

 

「九ヶ月ぶり、だったのよね?

 全然そんな感じしなかったわ」

 

「ひとまずは、無事復活…ですかね」

 

リスグラシューは、ふっと肩をすくめる。

 

「…またレイデオロが、うるさくなりそうね」

「あの子、世代間抗争とかテッペン決めるとか、そういうのが、ね」

 

「……同期から聞いてます」

 

「ふふっ、まったく困ったものね」

「私は単純に、走るのを楽しみたいのよ」

 

次もよろしくね。と、

リスグラシューは、優しく微笑んで去っていった。

 

「彼女が、ララっちの言ってた」

 

ラッキーライラックから聞いていた“女王”は気品を感じる女性だった。

 

 

そうして安堵半分、わくわく半分でいると、騒がしい声が飛び込んできた。

 

「アルちゃーん、負けちゃったよー!」

 

「ペルちゃん、でもいい感じだったわ!」

「次の大阪杯は巻き返しよ!」

 

アルアインと、ペルシアンナイト。

四強の一角とそれに比肩する実力の親友コンビ。

 

 

「二人とも、大阪杯に出るんですよね」

 

「はい! アルちゃんと一緒なら頑張れます!」

 

「ペルちゃん……!」

 

「アルちゃん……!」

 

 

何かを感じ取ったダノンプレミアムは、ここからの離脱を図る。

 

「……あの、大阪杯、頑張ってください」

 

「ええ! そうと決まれば特訓よペルちゃん!」

 

「行こう! アルちゃん!」

 

ちゃんと届いたのかどうかは、正直怪しかった。

 

 

───

 

3.見据える先

 

翌日。

 

寮へ戻る途中、廊下の向こうで声がした。

 

「レイデオロ! 久しぶりだぞー!」

 

「おい! ブーの字!

 いい加減“さん”をつけろ!」

 

ブラストワンピース曰く、仲良くなった。とのことだが、

 

「…仲、良し?」

 

ボクと彼女は使用する言語が異なるようだった。

 

 

 

「……なぁ、レイデオロ」

 

ブラストの声が、少し低くなる。

 

「次、大阪杯だろ?」

 

「……もっかい、やりたいぞ」

 

ブラストワンピースの宣戦布告に、レイデオロは獰猛な笑みを浮かべて。

 

「残念だったな。

アタシはドバイだ」

 

「アタシは世界とやってくる」

 

その言葉に、ブラストの表情が変わった。

いつもの無邪気な笑顔が消え、真剣な、研ぎ澄まされた目つきになる。

 

「……いいな、それ」

 

低く、静かな声。

 

レイデオロも、笑みを消す。

 

 

「てめぇはこっちで、キセキあたりとやり合ってな」

 

「……」

 

ブラストは何も言わない。

ただ、まっすぐレイデオロを見つめる。

その視線は、敵を見据える戦士のそれだった。

二人の間の空気が、ピリリと張り詰める。

 

 

――獣。

 

ダノンの脳裏に、ダービーの記憶が蘇る。

 

理解の及ばぬ、野生。

 

あの日もむき出しの狂気を向けてきた。

 

 

 

 

均衡を崩したのは、小さな物音。

 

「…っ」

 

廊下の先に、立ち尽くす影が見えた。

 

エポカドーロだった。

顔色が、明らかに悪い。

 

「……エポカドーロ?」

 

「あっ、ダノンさん」

 

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 

「だ、大丈夫です」

 

笑顔を作っている。

でも、どこか引きつっていた。

 

 

───

 

4.突きつけられたのは

 

 

――あの顔。

 

ブーちゃんの表情、

ダノンさんが以前に言っていた「血に飢えた獣」のようだった。

 

…私には、一度も向けられたことのない顔。

 

菊花賞で、抱きしめてくれたときも。

有馬記念で、「仲間だ」って言ってくれたときも。

 

あのときのブーちゃんは、優しくて、温かくて。

 

でも――

それは、仲間だから。

友達だから。

 

ライバルとして、じゃなくて。

 

ダノンさんや、レイデオロ先輩に向けるような、

あの真剣な顔を、

私には一度も見せてくれなかった。

 

「……そっか」

 

私、ブーちゃんに、

最初から警戒すらされてなかったんだ。

 

…嫌だ。

認めたくない。

 

「私が、一番弱い、から」

 

 

 

───

 

おまけ:感じた何か

 

復帰戦を無事に勝利したボクは屋上で月を見ていた。

 

「今日はおめでとう」

 

「珍しいな、キミがそんな優しい言葉をくれるなんて」

 

「今回だけよ」

 

「そうですか…」

 

なんとなくここなら会える気がしていた。

 

ボクは彼女に聞きたいことがある。

 

「ステルヴィオ、マイルCSでペルシアンナイトさんと走ったよな?」

 

「ええ、それが何?」

 

「…あの人ってなんかこう、変な雰囲気というか」

「うまく言えないけど、なんかなかったか?」

 

「さすがにそれだけでは、私も答えようがないわよ」

 

「だよな」

 

 

あの時、ボクのツッコミの本能が何かを訴えていた。

ボクの理性は、ツッコミの本能ってなんだよと言っていた。

 

…今日はレースで疲れてたんだろう。

 

自分が芸人に染まってることに恐怖を覚えた。

――そんな一日だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。