1.女王と十五人のウマ娘
凱旋門賞の衝撃から三週間。
日本勢が世界の壁に跳ね返された頃、
世界の頂を知るそのウマ娘は東京レース場にいた。
天皇賞(秋)
出走十六人のうち、十人がGⅠウマ娘。
時代の精鋭が集う舞台。
しかし、それらが霞んでしまうほど、アーモンドアイは抜きん出た存在だった。
強大な王者に挑むは十五人のウマ娘。
二番人気、サートゥルナーリア。
同世代を圧倒した怪物、次に狙うは現役最強。
三番人気、ダノンプレミアム。
安田記念の敗戦を経て、巻き返しを誓う、同期の雄。
スワーヴリチャード、アルアイン、マカヒキ。
古豪は牙を研ぎ、
ワグネリアン、ユーキャンスマイル。
同期も世代の頂点に挑む。
名だたるウマ娘たちは、秋の盾を、そして女王の首級を狙っていた。
───
2.「賭け」
実績で負け、直接対決で負け、それでもボクは、最強の座を簡単に諦める気はない。
アーモンドアイへの宣戦布告は、前回は華麗にスルーされてしまった。
同じ轍は踏むまいと、今回はララっち協力の下、完璧なプランを組んできた。
ララっち曰く
「アイさんな、意外と子供っぽいとこあるんよ」
「『勝った方が命令できる』みたいな賭け、どうやろ?」
「案外、効くと思うわ」
持つべきものは友。
信じてるよララっち!
「アーモンドアイ!」
「ボクはダノンプレミアム」
「前回の安田記念では遅れをとったが、改めてキミに勝負を挑む!」
彼女はこちらをちらりと見た。
しかしふいっと離れようとする。
…ここまでは想定内さ!
「アーモンドアイよ、ボクはキミと本気の勝負がしたい」
「どうだろう、余興に、勝った方は相手に一つ命令できるというのは?」
「まさか、逃げはしまいな?」
彼女は足を止め、じーっとこちらを見つめてきた。
どれくらい経っただろう、
彼女の輝く瞳に見つめられると一瞬が永遠にも感じられた。
彼女が視線を切って歩き出す。
でもこれは、
意識させることには成功したのか、な?
───
3.天皇賞(秋)
揃ったスタートから、飛び出したのはアエロリット。
マイルを主戦場とする彼女はスピードを生かしハナを切る。
四番手にサートゥルナーリア。
その一列後ろに、内アーモンドアイ、外ダノンプレミアム。
人気の三人は前にポジションを取った。
先頭のアエロリットはやや早めのペースで前半一千メートルを通過。
隊列に動きはなく、そのまま勝負所の最終コーナーへと向かっていく。
サートゥルナーリアとダノンプレミアムがアエロリットに並びかける。
三人が横一列に並び、道は消えた、はずだった。
直線封じ込められたアーモンドアイ。
しかし焦らない。冷静に進路を見出すと動き出す。
最内アエロリットと内ラチのわずかなスペース。
その隙間をするりと抜け出して、
あっという間に差を広げた。
直線だけで三馬身。
女王の凱旋だった。
───
4.走り出したボク達は
二着以下は混戦で、
一着は突き抜けて。
今回は不利なく、お互いの力を出し切れた。
そう思えたから、二人の間の三馬身が、どこまでも遠い距離に思えた。
「…完敗だ」
感情論を超えて、シンプルな結果論として、そう感じた。
だけど、
「よし、切り替えろ!」
強さの頂に挑むと決めた。
それなら立ち止まってはいられない。
「ワグ、ユーキャン。」
「表彰式が終わったら反省会をしよう」
「今日の三馬身を縮めていこう」
三人は連れ立って歩き出す。
新たな決意を胸にして。
───
三人が歩き出すのをアーモンドアイは離れたところから見ていた。
「アーモンドアイさーん、インタビューお願いしまーす!」
「…はーい!」
スタッフに呼ばれて踵を返す。
最後にちらっともう一度だけ振り返った。
おまけ:怪物ちゃん
「ダノンせーんぱい、今日はおねがいしまーす」
パドックで集中を高めていると、サートゥルナーリアに話しかけられた。
「安田以来ですけど、調子はどうです?」
「それより、またまたアイせんぱいとの対決なんてきっついっすよね」
「せーんぱい? ぼーっとしてどーしましたー?」
…なかなか、おしゃべりな娘のようで、こっちの都合はお構いなしに話しかけてくる。
しょうがない、か。
「ごめんよ、レース前は集中したかったんだ」
「ダノンプレミアムだ。
今日はよろしく」
「やっとこっち見てくれましたねー」
「せーんぱい。 よろしくです」
そう言って手を差し出してくる。
ボクは一瞬昔を思い出して、警戒したが、サートゥルは普通に握手をしてきた。
「えっへっへー」
「せんぱいとはちょっとお話したかったんですよー」
スッと声の温度が下がる。
「お互い“元”怪物として、色々聞きたくて」
へらへらしているが、空気が変わったのを感じる。
「…さてね、ボクはまだ怪物のつもりだよ」
「…うふっ。 せんぱいそれ弁えてる人の発言ですよー」
「今日はあいさつだけにしときまーす」
「お互いがんばりましょうねー」
そう言ってサートゥルは離れていった。
おまけ:反省会
レース後、ボクは決意に任せて同期の二人を反省会に誘った。
「…今日ボク達とアーモンドアイには三馬身の差があった」
「前も後ろも極端な有利不利は無さそうだから、改めて彼女について考えよう」
「…むぅ」
「………」
たぶん、きっと、めいびー、ボクは人選を間違えた。
ワグは、感覚派だからあんまりこういう振り返り的な話、合わないんだよな。
ユーキャンはそもそもかなりの無口だし。
どうしたものか、と考えていると、ユーキャンがワグに耳打ちした。
「…うん、うん、わかったよ」
「ユーが言うには、アイの特徴は先行力と末脚をハイレベルで兼ね備えてること。だって」
「…うん、なるほど。 うん」
「基本的にはその二つはトレードオフだから戦うにはどっちかに特化した方がいいかも。だって」
「…うん、そう、わかった」
「後ろからアイを超える末脚。は考え難いから、前で戦うのが答えだと思う。だって」
「ユーキャン、すごいな!」
「そうだよ。こんな話がしたかったんだ」
「…照れるね」
「…ワグ、そこは訳さなくていいんじゃないかな」
ユーキャンは顔を赤くして、頬をかいていた。
同期の意外な一面を知った。
ーーそんな一日だった。