エリザベス女王杯:二つの石鹸
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1.「お母さんみたい」
天皇賞(秋)の翌日。
トレセン学園の談話室。
「……ララ、ダノンプレミアムに何か話したでしょ」
「突然、賭けを持ちかけてきたの」
昨日のダノンの行動には違和感があった。
だとすると首謀者は、おそらく――
「ふふっ、バレてもうたね」
やっぱりだ。
「アイさん、安田でダノっち無視しちゃったって言うてたからな」
「ちょーっと会話の糸口をな」
いつも通りくつくつ笑いながら、悪びれもせずに続ける。
「で、どうなったん?」
「ちゃんと仲直りできたん?」
「……余計なことしないで」
「ララ、そういうの、お母さんみたいよ」
言ってしまってから、ハッとして口を押さえた。
目の前のララはにやーっとした笑みを浮かべている。
「っ!」
私は脱兎のごとく駆け出した。
「あらー、怒らせてもうたかな?」
残されたララは頭をかいた。
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2. 新時代の台頭
かわいいアイさん成分を補充したウチは、エリザベス女王杯に向けて元気百倍!
エリザベス女王杯にはティアラ三冠を戦い抜いたクラシック級の子たちもやってくる。
一番人気はオークスを制した、ラヴズオンリーユーちゃん。
二番人気は秋華賞ウマ娘のクロノジェネシスちゃん。
アイさんに蹂躙されたウチ達ではなく、希望にあふれたクラシックの二人が上位人気に推された。
「わかってたとはいえ、評価は残酷やなぁ」
ウチは三番人気だが、二人には少し離された評価。
とはいえ、ただで負けるつもりはない。
少し中心から離れて話している二人に声をかける。
「お二人とも、今日はよろしゅうなー」
「シニア相手は初めてみたいやけど、お姉さん負けへんでー」
「うふふ、こちらこそよろしくね」
「はい! 今日は胸をお借りします!」
ラヴズちゃんは大人っぽい子やなぁ、
逆にクロノちゃんは初々しさに溢れとる。
二人とも気合い十分のようだ。
「……せやなぁ」
ウチは微笑み返しながら、
その落ち着いた様子に警戒を一段高めた。
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3. エリザベス女王杯
先手を取ったのはクロコスミア。
二年連続二着。
得意の舞台で得意の逃げ。きっちりハナを取りきった。
ラヴズオンリーユーは好スタートからの二番手追走。
いつもより前だが、掛かっているようには見えない。
クロノジェネシスは六番手あたりでじっくり構え、
ラッキーライラックはその一列後ろにつけた。
クロコスミアは巧みに逃げる。
スローペースに落としながら、二番手には四馬身差をつけて坂の下りへ。
集団が固まる。
前を追って外目にラヴズオンリーユー、最内ラチ沿いをクロノジェネシス。
「ーーここや!」
ラッキーライラックはクロノジェネシスのさらに内を狙う。
そこには道などないはずだった。
京都レース場は内回りと外回りの二種類のコースが存在する。
坂の途中まで同じコースを走り、第四コーナーを回った先で合流する。
その合流地点にはラチが存在せず、最内のさらに内側が一瞬現れる。
ラッキーライラックがクロノジェネシスを抜き去り、ラチが戻る前に最内に潜り込む。
荒れた最内を全力全開。
末脚一閃、前を行くクロコスミアをゴール前差し切った。
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4. 蘇る女王
前回の勝利はチューリップ賞、
その時、彼女は世代の中心だった。
一番人気で臨んだ桜花賞で、彼女は光り輝く一番星と出会う。
そこからは長いトンネル。
一番星はより輝きを増し、
ジュニア女王は地に伏せた。
重賞に挑んでは跳ね返され、
同期の戴冠を見届けることもあった。
それでもーー
「……勇気をもらったから」
走りを見直し、策を練り、力をつけていった。
全ては今日この時のために。
「みんなー! ありがとー!」
「ウチは、ラッキーライラックは、帰ってまいりました!」
だから、
今日という日に、涙は必要なかった。
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5. 二つの石鹸
ラッキーライラックの復活勝利は寮でも盛大に祝われた。
同期に先輩、後輩。彼女が繋いできた縁がそうさせた。
「ラッキーライラック先輩!
おめでとうございます。先輩の復活、近くで見届けさせていただきました!」
「クロノちゃん! ありがとなー、ほらこっちおいで」
呼び寄せるとギュッと抱きしめる。
「おおきにな、ほんと」
「こんな可愛らしい後輩持って、ウチは幸せもんやで」
驚くクロノジェネシスをしっかりホールドすると、右手はよしよしモードになる。
「……ほんまかいらしいな」
「クロノちゃん、ウチの妹にならへん?」
「もぉ、先輩それくらいにしてくださいよ」
「あら、ラヴズちゃんも」
「先輩、クロノちゃんオーバーヒートしてますよ」
「ぷしゅー」
「あらあら、かんにんな」
お祝いの輪はしばらく続いた。
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「ふぃー、ただいま」
「おかえり、ララ」
ひと段落ついて部屋に戻ろうとすると、アーモンドアイに声をかけられた。
「待っててくれたん?」
「違う。ああいうのは苦手だから」
そっけなく告げたアーモンドアイは紙袋を差し出す。
「これは……アイさんから?」
「……違う。ドアノブにかけてあって、見つけちゃったからララが来るまで待ってただけ」
「そーなんかぁ。それでも待っててくれてありがとな」
「うん、それだけだから」
紙袋の中には個包装されたライラックの香りの石鹸が二箱。
一つにはメッセージカードが添えられ、もう一つはそのままだった。
メッセージカードには、
“来週はボクも”
と書かれていた。
「まったく、キザったらしいねん……」
ララはそう言って微笑み、
「アイさんも、ありがとうな」
「……うん」
アイはそう言って離れた。
「まったく、二人とも素直やないなぁ」
二つの石鹸を見るラッキーライラックの視線はどこまでも優しかった。
おまけ:クロクロコンビ?
「にーちゃく、にーちゃく、にーちゃくー」
「そーれでもがーんばーる」
「はーなのなはー?」
「あたしだよ!」
メンコを外して叩きつける!
クロコスミアは荒れているのだよ!
「こんちくしょー!」
「まーた負けたー!」
部屋の床をゴロゴロ転がる。
ゴロゴロゴロゴロ。
勢いあまって椅子にぶつかる。痛い。
現在スタンド前では勝者ラッキーライラックのインタビューが行われている。
敗者のあたしは控え室で暴れていた。
「そりゃーね、劇的な復活勝利のが絵になるでしょうけどね」
「一人くらい、あたしの取材にきてもいーんじゃないの」
あ、だめだ。
またぐちぐちしてる。
ゴロゴロモード発動。
うあー、とうめき声を上げながら床を転がる。
…今のあたしに触れるやつはケガするぜ。
「失礼します!」
「私、クロノジェネシスと申します」
「先輩の走り感動しました。
歴史の瞬間に立ち会えて感謝してます!」
突然扉が開いて、褒められた。
嬉しかったけどこんな姿だったので。
“ケガ”したのはあたしというオチだった。
P.S.
クロノちゃんはいい子で、あの後も凹んだあたしを慰めてくれました。