1.うねりを起こす談話室
年の瀬迫る十二月。
トレセン学園の登校日も、残りわずかとなっていた。
そんなトレセン学園の談話室の一角で盛り上がる一団があった。
「あー楽しみだわ!
クリスマスに、冬休み。
そして有馬記念。
…今年もあっというまだったわね」
「花の女学生の楽しみに有馬が並ぶの、どうなの?」
「いいじゃない。
トレセン生らしくて。」
「それもそーか。」
「…みんなぶっちゃけさ、今回の有馬どう?」
和やかな雰囲気のなか、ウワサ好きのウマ娘が爆弾を投げ込んだ。
えーそれ聞いちゃうー?、なんて言いながらもみんな気になっていたのだろう。
めいめい語り出す。
「ここは、私たちの世代でしょ!
エタリオウ委員長は復活の兆しだし」
「フィエちゃんも凱旋門以来の復帰戦だよ」
「それに何より秋のG1も、ほとんどウチらの世代だよ!」
「…これは、今度こそあたし達の時代きたんじゃなーい!?」
きゃいきゃい騒ぎ出す一団。
しかし、後方から声がかけられた。
「ちょっと待ったー!
世代交代にはまだ早いわよ!」
「あっ、アナタ達は!」
「一個上の先輩!」
だれ?、と問う声を聞き流し、先輩ウマ娘は続ける。
「宝塚記念の衝撃、忘れたとは言わせないわ」
「そして前走のジャパンカップもね」
「なにより私たちのエース、リスグラシューちゃんはオーストラリアで更なるG1勝利を重ねたわ」
「女王と四強が揃い踏み」
「グランプリの再演を楽しみにすることね!」
おーほっほっ!と冗談みたいな笑い方でプロレスを仕掛けてくる先輩。
ここで引いてはウマ娘がすたる。
しかし、続く声はまた別のところから現れた。
「先輩たち、ストップです!」
「そうよ、いくらプロレスでも愛が足りないわ」
声をあげたのはクラシック級のクロノジェネシスとラヴズオンリーユー。
「な、なんだと!
いくらなんでもネームドはズルだろ!」
「おーほっほっ!
モブにも意地があるのよ!」
…こいつらは、いったい何と戦っているんだろう?
ウワサ好きのウマ娘は思った。
「先輩がた! 恐れながら申し上げます!
今回のレースはきっと歴史に残る一戦になります!」
「そんな時に争うなんてもったいないです!」
「そうね、それも愛よ」
…こいつらはこいつらでなんなんだろう?
ウワサ好きのウマ娘は自分の余計な一言を恨んだ。
「ベテラン勢も負けてないぜ!」
「やさぐれクロちゃんこと、クロコスミアもエントリーだ!」
「今回最年長、シュヴァルグランはいつまでも初々しいわ!」
カオスを極めた談話室。
その扉が突如、勢いよく開かれた!
「話は聞かせてもらったで!」
「みんな、この子を忘れてはるわ!」
「最強女王アーモンドアイ、中山レース場に初参戦や!」
現れたのは香港帰りのラッキーライラック。
後ろにはお土産袋を抱えたグローリーヴェイズ。
もう収集がつかなさそうで、ウワサ好きのウマ娘は、
「あー、これ寮長に怒られるんだろうなー」
先に覚悟を固めることにした。
2.最初で最後の女王対決
年末を締め括る大レースということで、有馬記念はレース前もいつもより賑やかだった。
「…パイセンうっす」
「フィエールマンさん。
お久しぶりです!」
凱旋門以来の復帰戦となる二人は再会を喜び合う。
「ブラストワンピースさんは間に合いませんでしたかー」
「…うん、まだ成長中で減量失敗。
復帰戦は来月だって」
ふへー、と返すキセキはチラチラと同期を伺っていて、
「…パイセン、やっぱり寂しい?」
「…あなたはめざといですねー」
「そうですね。
リスグラシューさん、レイデオロさん、スワーヴさんにアルアインさん。
あとはアエロリットさんもですね」
「みなさん、今回で一区切りということで」
「……まぁ、ちょっと寂しいですね」
そう言ってキセキはフニャっと微笑んだ。
───
「クロコ先輩」
「げっ、アエロリット」
「…げっ、ってひどいなぁ」
ティアラ戦線を中心に活躍した二人のウマ娘も今日のレースでラストランとなる。
「こっちとしちゃ、恨み言の一つ二つもありますよ」
「レースとしては相性最悪なんですから」
「そうですね。
スロー逃げのクロコ先輩と、高速逃げの私じゃ、
どっちかが割をくいますもんね」
わかってるならなんで、とやさぐれモードに入りかけたクロコ先輩に、
「私、今日は最初からブッ飛ばします」
「元々、今日はファンのみんなとのお別れのつもりだったので、派手に目立ってきます」
…だから先輩は、
「クロコ先輩も自分のスタイルでやっちゃってください」
「リスグラちゃんや、アイちゃんだけじゃない、ティアラの意地見せてやりましょう」
「…あなた男前すぎて、そういうとこもキライ」
「私は好きですよ、クロコ先輩」
「はいはい、お互いがんばりましょうねー」
───
宝塚記念で掲示板を独占した女王たちはもう一つのグランプリで再び集結した。
「今日が引退レースだけど、またみんなで集まれて嬉しいわ」
リスグラシューが微笑みかける。
「そうね。 キセキちゃんも調整間に合ったし、ペルちゃんもスタンドで応援してくれてるわ」
「うおー! アルちゃーん!」
アルアイン(とペルシアンナイト)もそれに答えた。
「…二人は調子どう?
ジャパンカップの荒れ馬場は堪えたんじゃない?」
「私は問題ないわ。
勝ったし、疲労はあるけど気力は十分よ」
「へんっ! つまんねーこと聞くなってんだ」
スワーヴリチャードとレイデオロは連戦もなんのその。
レイデオロはあのあとマカヒキに師事し、メンタルコントロールを学んでいるようだ。
「ふふっ、余計な心配だったわね」
「それでは、今日の主役にみんなで宣戦布告といこうかしら」
キセキもやってきて、女王と四強が一点を見つめる。
その視線の先には。
「アーモンドアイ、今日はよろしくね」
最強女王がゆっくりと現れた。
「ええ、こちらこそ。
今日は先輩方の胸をお借りします」
アーモンドアイはリスグラシューを見つめて、言葉を返した。
3.有馬記念
スタートは少しバラついて、レイデオロ、キセキらが後方からになった。
アエロリットとクロコスミアにとってはキセキの動きが要注意だったので、キセキの出遅れに気づいた二人は同時に動き出す。
外枠からアエロリットはハナを取り切り、そのまま単独逃げ体勢で後方を引き離す。
クロコスミアは集団の前につけペースをコントロールする。
アエロリットはそのままスピードを緩めず飛ばして行く。
1000メートルの通過は58.5秒。
先頭から十馬身ほど離されて、クロコスミア。
その後方、中団の前にアルアインとエタリオウ。
スワーヴリチャードが続き、そのやや外目にアーモンドアイ。
アーモンドアイを見るように内にリスグラシュー、外にフィエールマン。
出遅れたキセキとレイデオロもここまで押し上げ、並ぶようにサートゥルナーリア。
アエロリット先頭のまま、最終コーナーへ。
各ウマ娘が一斉に仕掛け、集団が縮まる。
直線出口、四人が横一線に並ぶ。
内からアルアイン、アーモンドアイ、フィエールマン、サートゥルナーリア。
中山でG1二勝のサートゥルナーリア坂の入口で抜け出す。
アーモンドアイは伸びない。
しかし四人のさらに外側からリスグラシューがすごい脚で抜け出した。
完璧に抜け出したサートゥルナーリアを、さらに五馬身引き離し、リスグラシューが先頭でゴールを駆け抜けた。
クラシック級が気を吐き、
二着、サートゥルナーリア
三着、ワールドプレミア
凱旋門組も自力の高さを示し、
四着、フィエールマン
五着、キセキ
アーモンドアイは初の掲示板外となる、九着に敗れた。
4.「ありがとうございました!」
レースが終わった中山レース場はどよめきの中にあった。
アーモンドアイの大敗と、リスグラシューの圧勝っぷりにだれもが、一瞬言葉を失ってしまった。
ゴール後、ターフに膝をついたアーモンドアイにリスグラシューがゆっくり近づいていく。
会場の緊張が高まる。
そこに、
「うおーっ! やったなリス子ォ!」
「リスちゃーん!」
「リスグラシューさーん!」
「えっ、きゃっ!」
三人に飛びかかられリスグラシューは下敷きになる。
後ろではスワーヴリチャードが、あちゃー、と額を押さえていた。
「やったな、オイ!」
「グランプリ連覇よー!」
リスグラシューはされるがままにバシバシ叩かれていたが、
「ふっふっふ」
「うふふ」
「あっはっはぁー!」
大声をあげて笑い出すと、
「やってやったわ!」
「最強はわたし!」
潰されたまま、拳を突き上げた。
───
その後リスグラシューはスワーヴリチャードによって助け出された。
最後までバシバシやっていたレイデオロはスワーヴに蹴り剥がされた。
リスグラシューは、アーモンドアイを引き上げると、熱い抱擁を交わし、その手を取って天に突き上げた。
そこに四強が、他の出走メンバーが続いた。
十六人は一列に並び、互いの手を取り合って天に突き上げた。
そして、
「ありがとうございました!」
皆で頭を下げた。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
5.無言のさよなら
トレセン学園の談話室、ラッキーライラックはアーモンドアイを待っていた。
アーモンドアイは元々香港カップに出走予定だったが、直前の体調不良で有馬記念に予定を変更している。
そのため調整に、体調管理のための隔離期間。
さらには有馬へのスケジュール変更で、かれこれ一ヶ月は二人は会っていなかった。
「…アイさんも今回は大変やったしな」
「今日はたっぷりねぎらってあげんとな」
しかし、なかなか戻ってこない。
これは直接、部屋に向かったかな?と考えていると、
「おっ! ようやく見つけたぞ」
「ラッキーライラック、あんたに伝言だ」
美浦寮長のヒシアマゾンが、やってきた。
「あー、言いにくいんだが、
アーモンドアイは今日は調整に使った施設に戻ってきたそうで、トレセンには戻らないようだ」
「向こうの職員さんから連絡が届いててね。
栗東のフジと相談して、待ってそうなヤツらに伝えて回ってるんだ」
ヒシアマゾンは申し訳なさそうに告げる。
彼女が悪いわけではないが、少しショックだったのは確かだ。
「そやったんですね。
先輩も忙しいなか、すんません」
「いいってことよ!
とりあえず消灯も近いし、今日のとこはごめんな!」
ラッキーライラックは感謝を告げると栗東寮に戻ってゆく。
今日は残念だったが、次の機会がある。
そう切り替えたラッキーライラックだったが、
それ以降、アーモンドアイがトレセン学園に戻ってくることはなかった。
挿話:ある少女の独白
あるところに、一人のウマ娘がいました。
家族と暮らし、走るのが好きな、どこにでもいるような少女でした。
少女がジュニア級の頃、母親が亡くなってしまいました。
悲しみに暮れた少女は、周りとの接触を避けるようになりました。
なくなるくらいなら、最初からいらない。そう考えたのです。
ひとりぼっちの少女に、関西弁のウマ娘がちょっかいをかけてくるようになりました。
関西弁は何度遠ざけても、逃げ出してもまとわりついてきます。
少女はだんだん面倒になって、関西弁の接近を認めるようになりました。
…絆されたのではありません。これは効率化です。
少女は早く走ることができました。母親がくれたものだから、大切にしました。
走れば走るほど周りから人がいなくなりましたが、少女には関係ありませんでした。
それよりも母親とのつながりの方が大切でした。
関西弁はいつまでたっても離れていきません。レースで叩きのめしたこともありました。
それでも少女のそばにいようとします。
少女は少しだけ、関西弁に気を許すようになりました。
ある日、少女は関西弁に「お母さんみたいだ」と言ってしまいました。
世話焼きな関西弁を揶揄した言葉でしたが、この言葉を発したとき、少女の中から母親への思いが薄れていました。
何よりも大切だったのに、そのことに気づいた少女は恐怖しました。
少女は気づいてしまいました。自分の中から母親の記憶が薄れ出していることに。
そして、同じくらい関西弁のことを大切に思い始めていることに。
少女は関西弁から離れることに決めました。
関西弁には、自分以外にも大切な人たちがいます。
関西弁もいつか離れていってしまうかもしれないからです。
少女は最後に関西弁にプレゼントを届けると、離れる準備を始めました。
香港のレースに出走予定だった少女は、関西弁も同じく香港に来ることを知りました。
少女は人生で初めて仮病を使いました。
少女はURAに掛け合いました。
「私はG1最多勝の壁を越える挑戦をします。
そのために集中できる環境をください」
URAは少女の夢のために喜んで協力を申し出ました。
少女はこれでトレセン学園に戻らなくても大丈夫です。
「ララ、ありがとう」
少女はもう大丈夫です。
「さよなら」
少女はもう、大丈夫です。