天皇賞(秋):世界が変わった日
1. エポカドーロのいる日常
トレセン学園におよそ一年半ぶりに戻ってきて、周りは色々と変化していました。
レースのこと、社会情勢のことは追ってたから学園内でもそういう対策が取られていたり。
私のいない間に施設や設備が変化したところもあって、時の流れを感じました。
でもそれ以上におどろいたのは人間関係の変化。
私がいなくなった大阪杯はシニア一年目の初め頃で、私達は「女王と四強」を乗り越えようとする挑戦者でした。
それが今では私達の世代も後輩達の壁として立ち塞がっている。
…外から眺めてた私はまだ見上げてるような気分です。
そうそう、世代一番の活躍をしてるアーモンドアイさんは、今G1を七勝で歴代最多に並んでいます。
記録更新のために学園を離れてトレーニングしているとのことで、そのことにララちゃんやダノンさんは複雑な思いを抱いているようです。
あと、人間関係のことでびっくりしたのはフィエちゃん周りのこと。
フィエちゃんは飄々としてて、単独行動が好きなタイプだと思ってたんだけど。
「…フィエ、これ漫画ありがと。だって」
「(コクコク)」
「フィエールマン、京都大賞典でキセキ先輩と戦ったけどさ」
「…先輩、また派手にでおくれてさー」
「なのにすごい追い込みで、ギリギリまで迫られちゃったよ」
「フィエールマン!」
「今日提出の資料、あなただけまだなんだけど?」
「…弁明はいいから、とっとと書きなさい」
いろんな人から声かけられてるし、春天後もなんかみんなにもみくちゃにされてたし。
ブーちゃんはレイデオロ先輩と仲良いし、
ワグちゃんはクラスでも猫みたいな扱いされてるし。
ララちゃんは相変わらずで、同期に後輩に話しかけては交友広げてる。
ダノンさんは…
ダノンさんは、なんというか濃い人たちに好かれてる。
ステルヴィオさんに、フィエちゃん。
後輩のサートゥルナーリアさんに、ダノンキングリーさん。
彼女たち曰くイジリがいがあるらしく、なんか、こう良くない目を向けられている。
「…色々かわっていくんだな」
ちょっとだけ寂しい気持ちが顔を出す。
「…エポカ、どうかした?」
「ワグちゃん…」
「ううん、なんでもないよ」
「…ちがう、なんかある」
「ワグちゃん?」
「なんでも、言って」
「…わたしもちゃんと成長してる、はず」
「あっ、エポカどーかしたかー?」
「…ダノンが何かした?」
「なんでだよ!」
がやがや騒がしくなっていく。
…私が心配しただけだったみたい。
みんな変わっていく。
でも、変わっていないものもあった。
「うん、なんでもないよ」
「…なんて言うか、もどってきたんだなって思っただけ」
私の言葉に小首を傾げたワグちゃんと、腕を組んで頷くフィエちゃんが印象的だった。
───
2. エポカ師匠
エポカドーロは復帰当初は少し戸惑っていたようだが、今では以前のように皆の輪の中に収まった。
ダノンプレミアムは、そう感じていた。
「なあ、エポカドーロ
少し話があるんだけど」
「ダノンさん?
はい、どうしました?」
ダノンプレミアムは周りを気にすると、また放課後に。と言って離れた。
そこには少し怪訝な顔をするエポカドーロと、
目を光らせた二人の影が残された。
───
放課後の教室にはエポカドーロとダノンプレミアム。
そしてニコニコ笑顔を浮かべるステルヴィオとフィエールマンの姿があった。
「あの、エポカさん」
「…あのお二人はいったい?」
「えーと。
面白そうな匂いがする。と言って…」
申し訳なさそうに縮こまるエポカドーロ。
ダノンプレミアムは一つため息をつくとステルヴィオに視線を向ける。
その真面目な視線に表情を引き締めたステルヴィオは
「…ひょっとして秋天のこと?」
「…ああ」
その答えに彼女は、
「ごめんなさい、フィエールマン」
「あなた秋天、出走予定よね」
フィエールマンも察したようで
「…わかった」
「…面白いネタは募集中だから、ね」
そう言って席を外した。
───
「さて、それでは聞かせていただこうかしら」
「なんでキミは自然に残っているんだよ」
「第三者の意見も必要でしょ?」
ダノンプレミアムは一瞬の逡巡の後、受け入れることにしたようだった。
ダノンプレミアムは姿勢を正すとエポカドーロに向かって頭を下げる。
「エポカドーロ、ボクに逃げを教えてくれ!」
「アーモンドアイに勝ちたいんだ!」
放っておけば土下座までしかねない勢いにエポカドーロは慌てて止めに入る。
「ダノンさん!」
「わかりましたから、ストップです!
顔をあげてください!」
「…そうね。 勝算があるからなのよね?」
「…勝算ってほどでもないよ」
「ただ、去年の秋天で彼女より前にいなきゃチャンスはないのはわかった」
「ただ、マイルのペースでは無理だった」
ダノンプレミアムは体を起こしながら続ける。
「…秋天にはキセキさんも出る」
「あの人を大阪杯で抑え込んだキミの力がいるんだ」
ダノンプレミアムはエポカドーロを見据えて、
「アーモンドアイと戦うためにキミの力がいる」
「これはボクと彼女の、キミとキセキさんの二つの“再戦”なんだ」
───
「…わかりました。 そういうことなら私も容赦はしません」
「逃げの心得、テクニック、お伝えさせていただきます」
「…ありがとう」
「ステルヴィオ、キミから聞いててどうだった?」
「…意図はわかった。
できることは協力させてもらうわ」
「ありがとう、友よ」
「…いいわ、おもしろいものは見れたもの」
…アーモンドアイに挑む準備はできた。
あとはやりきるだけだ。
「それなら視聴覚室の申請出しておくわ。貴方たちも準備なさい」
…でも、キミが仕切るのはどうなのかな?
まあ、助かるけどさ。
───
3. ぶつかる視線(再)
特訓の日々はあっという間に過ぎ去って、
勝負の日はやってきた。
東京レース場、ゲート入りを控える場には、相変わらず遠巻きに警戒されているアーモンドアイ。
しかしそこに漂うのは、安田記念でのひりつくような緊張感ではなく、どこかそわそわした雰囲気であった。
「やぁ、みんな待たせたね!」
ダノンプレミアムが現れると周りもニヤニヤしながら拍手で迎える。
そしてアーモンドアイへの道を開けてくれた。
キョトンとするダノンプレミアムに、ダノンキングリーが、
「先輩! 準備しておきました!」
とガッツポーズを掲げる。
余計なお世話だよ!と返しながらもゆっくりとアーモンドアイの元へと向かうダノンプレミアム。
そして跪くと、手を差し出して
「…王子様はね、泣いてるプリンセスを一人にはしないのさ」
言った!
セリフも一緒だよ!
あいつ、安田のなかったことにしてやり直してやがる!
爆笑に包まれる一同。
「さすがです先輩!」
「笑いの神がついてます!」
キングリーもここぞとばかりにイジる。
「みんな、うるさいよ!」
振り返って叫ぶプレミアム。
そして、アイに向き直ると、
「さあ、プリンセス?」
「ボクの挑戦状(ラブレター)は届いたかな?」
言葉は軽いが、その視線には決意があった。
アーモンドアイはため息をつきながら、
「…ダノンプレミアム、言いたいことがあるなら、私に勝ってみせなさい」
その目を見返して、同じく安田のやりとりを再現したのであった。
───
4. 天皇賞(秋)
好スタートを決めたダノンプレミアムはハナを主張。
内の様子を伺いながら寄せていき、第一コーナーまでに先頭を取り切った。
『ダノンさんは、スタートも出足も早いです。
スタートの苦手なキセキさん、スロー逃げタイプのダイワキャグニーさんなら、先手を取れる可能性は高いです』
『ただ、今回外枠なので無理はしないでください』
『キャグニーさんなら同タイプなので、最悪行かせてしまってもリカバーのチャンスはあります』
先頭を行くダノンプレミアムは二馬身のリード。
二番手にダイワキャグニー、少し離れて三番手キセキ。
アーモンドアイはキセキの外、四番手。
ピッタリとダノンキングリーが後につけ、クロノジェネシス、フィエールマンは後方から。
『逃げは“覚悟”です。
自分より足が速い人に勝つために、限界を探って前に出ます』
『自身のスタミナ、末脚。
そして、有力候補の能力をイメージしてください。
マークする対象が増えるほど負担も増えます。
有限のリソースを常に意識してください』
「1000メートルの通過は60.5秒!
ダノンプレミアム、楽な手応えで逃げていきます!」
実況の声と後ろからの足音に気を配る。
ここまではプラン通りだ。
コーナーを抜けて直線へ向かう。
『最終直線まで、先頭をキープできたら、ここからが本番です』
『…逃げに惜しい敗北はありません。
あるのは勝利と、無力感に絶望する敗北です』
『最後の力を振り絞って、先頭で駆け抜けてください!』
直線残り約500メートル。
キセキさん達と一馬身、アーモンドアイはそのやや後方。
「勝負だ! アーモンドアイ!」
必死に粘り込みを図る。
ラスト200メートル。
息遣いが、足音が近づいてくる。
「…まだだ、まだ!」
ラスト100メートル。
アーモンドアイが一瞬並んで、抜き去った。
───
5. 世界が変わった日
「アーモンドアイ、G1八勝目!
皇帝の、覇王の、英雄の!
歴代最多をついに更新です!」
待ちに待った瞬間に、入場制限が続くスタンドから、その何倍もの視聴者の待つ画面越しから、割れんばかりの歓声が上がる。
アーモンドアイは微笑みを浮かべ、手を振ると、最後に両手で八本指を立てて締め括った。
───
ダノンプレミアムはそれらに目を向けることもできず、ゴールの先でうずくまっていた。
絶叫をあげ、地面を叩きつけ、
その身に余る悔しさを吐き出していた。
今までこれほど人前で取り乱すことはなかった。
王子様としての振る舞いは彼女の美学であり、誇りであった。
その身に渦巻くのは悔しさと、焦燥。
お互い引退を意識してもおかしくない。
そんな時期の対決は、最後の勝負かもしれなかった。
流石に落ち着いたが、意気消沈のダノンプレミアム。
記者や、報道陣を連れてアーモンドアイがその横を通り過ぎる。
「次はジャパンカップ」
咄嗟に振り向いたダノンプレミアムに何も答えず、アーモンドアイはその足を進めた。
───
その二週間後、アーモンドアイ陣営が正式にジャパンカップ参戦を表明した。
ジャパンカップには先に、
今年度のティアラ三冠のデアリングタクト、
クラシック三冠のコントレイル。
この二人が参戦を表明しており、三冠ウマ娘三人の対決が決定した。
───
おまけ:トリックスター
「…ごめんねダノン」
天皇賞(秋)で、フィエールマンは後方から末脚一気、アーモンドアイを半馬身差に追い詰める二着だった。
「…ダノンとエポカ、秋天」
「…あの時、イメージできちゃった」
ステルヴィオはすぐに気を使って離れさせてくれたけど、その時点でヒントは十分だった。
「…ダノンの策を利用させてもらって、それでも勝てなかった」
これを知ったらダノンはどう思うだろう。
レース後に取り乱していたダノンを思い出す。
「…謝らないよ、結果には」
だけど、
「…これは一人の手に負えるもんじゃないよ」
───
おまけ:ダノン魂
「あー、お腹いたい」
ダノンキングリーは天皇賞(秋)で、自身初の二桁着順に、そして最下位に敗れた。
「それもこれも、プレミアム先輩のせいだよ…」
ダノンプレミアム先輩。
私の一期上で、我らがダノン軍団の現在の総大将である。
「あの人が、あんなことするから」
「…最強に、正面切って挑むから」
クールでかっこよかった、プレミアム先輩は今では、身の程知らずの傾奇者みたいな評判だ。
私はクラシック級では、ギリギリでG1勝利に手が届かず、シニア級でも弾き返される日々だ。
思い悩んだ日々もあった。
なんで、どうしてと自分を追い込むこともあった。
あったが、なんか弾けて、今は楽しくしてる。
「…先輩、私悔しいですよ」
レース後になりふり構わず絶叫する姿に心が痛んだ。
「…本気が届かない気持ち、知ってるから」
…頭を振って切り替える。
それよりもまずは、
「この笑いすぎた腹筋の筋肉痛をなんとかしないとね」
「先輩にも手伝ってもらわなくちゃ」
今はお楽しみモード、と切り替えたダノンキングリーは総大将にメッセージを送るのだった。