1.足元注意
ワグネリアンとの直接対決を制したダノンプレミアム。
クラシック一冠目の皐月賞に向けて視界良好、一ヶ月後の本番に向けて調整を重ねていた。
ここまでのレース選択、結果に内容も全て予定通り。
すこぶる順調だった。
今や世代の最有力として周りからも期待の声をかけられている。
「ダノンちゃーん、がんばってねー」
「ふふっ、ありがとう!
きっと期待に応えてみせるよ」
…好時魔多し。とはよく言ったもので、足元の注意を怠った彼女は石を踏んづけてしまう。
踏んだその石が尖っていたのは不運というほかなかった。
「いったぁーいっ!」
素っ頓狂な声をあげたダノンプレミアムは、
この後大事をとって皐月賞の回避を発表した。
───
2.休日の過ごし方
足裏の怪我はダメージの程度がわかりづらい。
現状歩くことは可能なので、ウォーキングや上半身を鍛えることにした。
ダービーを、そしてその先を見据えた調整だ。
「せっかく時間ができたことだしね」
この日ダノンプレミアムは阪神レース場を訪れた。
メインレースの桜花賞には先日会ったラッキーライラックが参加する。
無敗のジュニア女王は年明け初戦を制し、一番人気で今日を迎えた。
同じ舞台の阪神JF、チューリップ賞を制した彼女に死角はない。今日はもらったも同然だ。
「…と、先日までのボクなら思っていたんだけどね」
小さくため息をつく。
「ライラックさんも、足元には気をつけなよ」
───
3.踏んづけたのは
桜花賞のラッキーライラックにミスはなかった。
好位につけ、直線で抜け出し、後続を引き離す。
お手本通りの王道パターン。
あとはゴールへ飛び込むだけだった。
そのはずだった。
そのとき、一陣の風が吹き抜けた。
大外から現れた一人のウマ娘が、全てを飲み込み突き抜けた。
アーモンドアイ。
この世代の一番星が、一つ目の勲章を手にした瞬間だった。
───
4.アイとララ
ダノンプレミアムはラッキーライラックの控え室へと向かっていた。
本当は今すぐにでも駆け出したかった。
ラッキーライラックは、ただの顔見知りだ。
まだ友人と呼べるほどの仲ではない。
それでも今はそばにいたいと思った。
「ライラックさん!」
扉を開けた先にいたのは、
「いやー、アイさんさすがやわ〜」
「ララ、離して」
「だーめ。もうちょっと撫でさせてーな」
「そろそろ着替えたいんだけど」
アーモンドアイを抱きしめ、頭を撫でる、ラッキーライラックの姿であった。
「…ライラックさん?」
「あっ、ダノンさん。応援来てくれてたん?」
「あー、うん、そう」
「それはごめんなぁ。
かっこいいとこ見せたかったんやけどな」
普通に会話してるが、その間もアーモンドアイを抱きしめていて、アーモンドアイは逃げ出そうともがいてる。
「仲、いいんだね」
「そーなんよ
ねーアイさん」
「ララ、いいかげん離して」
…なんだこれ。
───
おまけ:ララ、語る
あのあと、アーモンドアイは拘束から抜け出しぴゅーっと音が聞こえそうな勢いで走り去った。
「あぁん、アイさん」
横でライラックさんは情けない声をあげている。
なんだこれ。
「心配して損したよ…」
「そうやったん?やさしいお方やわ〜」
ライラックさんに向き直り目線を合わせる。
あら、大胆。
なんて言って、ライラックさんは目を逸らすから。
「ライラックさん、たぶん世界でボクだけがキミの気持ちが理解できるはずだ」
ライラックさんは俯く。
「ボクは怪我で直接対決できないから、今日のキミとは少し違う」
「でも僕たちはジュニア王者だからね。
相方としてそばに居させておくれ」
「ズルいな、ダノンさんは」
少し潤んだ目がボクを捉える。
「こういう時は一人にしてあげるんがスマートなやり方なんやで」
「おあいにく様、ボクは王子に憧れてるからね」
「ふふっ、なんなんそれ」
───
少し、話そ。
そう言ってライラックさんはお茶を淹れてくれた。
隣に座ってお茶を一口。
「アイさんな、初めて会ったときもっとトゲトゲしくて、警戒心マックスの仔猫さんやったんよ」
「詳しい事情はわからんけど、なんか遠巻きに、寂しそうにみんなのこと見てたからさ」
「こう、捕まえて、わちゃわちゃわちゃってしたったんよ」
…なんか流れ変わったぞ?
「とりあえずかまい倒して、甘やかしてやったら、ちょっと懐くようになってな」
ライラックさんは立ち上がって背を向けた。
「だから、今日アイさんがみんなの前ですごいとこ見せてくれて、嬉しかったのもほんと」
「…悔しかったのもほんと」
振り返った彼女はいつもの人好きする笑顔を浮かべて。
「負ける気はないよ」
「次は勝つ」
彼女はボクに手を差し出し、
「ダノンさんもがんばり、ね」
そう言って、ボクを引き上げてくれた。