1. わがままプリンセスの難題
「…ダノっち、それ本当なん?」
「…あの状況だから、聞き間違えた可能性は否定できない」
だけど、おそらく。
そう続けたボクに、ララっちはため息を一つこぼした。
「…そっかぁ」
「まぁ、そうよな」
秋天の翌日、アーモンドアイの言葉をララっちにも伝え、その意味を考えた。
「…なあダノっち、次走って」
「…香港カップの予定」
「さすがに海外遠征は今からじゃ…」
「そうなるよなー」
ボクは俯き、ララっちは頭を抱えた。
───
2. ティアラ戦線異常アリ
今回のエリザベス女王杯は本命不在。
そんなウワサが、まことしやかに囁かれていた。
昨年の覇者、ラッキーライラックは春に大阪杯を制し、その時は間違いなくティアラ戦線の主役であった。
しかし、荒れ馬場の宝塚記念を六着。
秋への始動戦として選んだ札幌記念も三着に敗れた。
今回も推定一番人気ではあるが、評価を落としていた。
春のヴィクトリアマイルを勝利したアーモンドアイはジャパンカップへ。
クラシック世代では三冠を制したデアリングタクトも早々にジャパンカップ挑戦を明言し、参戦メンバーは若干小粒とされた。
そんな中評価を上げたのは、昨年のヴィクトリアマイル覇者で、今年も三着だったノームコア。
彼女は札幌記念で、ラッキーライラックとの直接対決を制した。
それが評価され、差のない二番人気に推されていた。
三番人気には近走不振が続くラヴズオンリーユー。
結果は全て「異常なし」
実力が全てのティアラ戦線。
この混戦を制するのは誰か?
誰もが主役を狙っている。
───
3. お姉ちゃん対決
「…クロノちゃんの憧れのお姉ちゃんとして、アンタには負けられへん」
「ノームコア! こないだのリベンジや!」
ばばーんっ!とまぬけな効果音を背負って現れたラッキーライラックは、ノームコアに宣戦布告する。
「ラ、ララちゃん?」
「なんや、驚いて声も出ぇへんようやなー」
「そない腑抜けた態度やったらウチがリベンジ果たさせてもらうわ!」
「えっ、なに? どうしたの?」
ひたすら混乱するノームコアを置いてきぼりに、さらなる乱入者が現れる。
「…実姉、偽姉、どちらも姉」
「その愛にかわりはないわ!」
愛の伝道師、ラヴズオンリーユー参戦。
「来おったなラヴズちゃん!」
「ララさん、あなたを止めてみせるわ!」
「……いや、偽姉は偽物なんじゃ?」
ノームコアの言葉は届かない。
「まあ、ええわ。御託はここまで」
「ノームコアちゃん、クロノちゃんの姉の座をかけて勝負や!」
ビシッと指差し、ラッキーライラックはノームコアに宣言する。
「……えっ、負けたら私、お姉ちゃんじゃなくなるの!?」
とんでもない展開に混乱するノームコアに、
「わかったわ。私が立ち会いましょう」
「分かっちゃわないで!」
「ラヴちゃんも乗らないで!」
応えるラブズオンリーユー。
いまだに置いてきぼりのノームコア。
カオス極まりない状況に、緊張していたクラシック世代の子達も笑顔がこぼれた。
それを見たララとラヴズはハイタッチを交わし、ノームコアは釈然としないまま、苦笑いを浮かべた。
───
4. エリザベス女王杯
好スタートを決めたノームコアはそのまま単独逃げの態勢に入った。
前走は札幌記念を勝っているが、主戦場はマイル。
エリザベス女王杯も二年ぶりの参戦。
二番人気に推されているが、距離に関しては明確に不安があった。
勝つための逃げの一手。
前半1000メートルを59.3秒にまとめた。
しかし、例年の京都レース場なら効果的だったかもしれないが、今回は阪神レース場での代替開催。
レース後半の緩やかな下りとゴール直前の急坂は、先行勢の足を削る。
ノームコアの逃げを想定していたラッキーライラックとラヴズオンリーユーは前半は後方に控えて足を溜める。
先に動いたのはラッキーライラック。
第三コーナーから前に進出し、コーナー出口で前をまくって二番手につける。
ラヴズオンリーユーはラッキーライラックをぴったりマークし、コーナー出口では一馬身後ろで、スパートのタイミングを見計らう。
「ラヴズちゃん、そこは一手遅いで」
コーナー出口でノームコアが集団に飲み込まれる。
ノームコアの後ろにいたのはまだ経験の浅いクラシック世代。
結果直線の入口付近はごちゃつき、ラヴズの進路が一瞬狭まる。
必死に捌いたラヴズオンリーユーだったが、
先に前につけたラッキーライラックはそのまま外からゴールまで突き抜けていった。
───
5. もう一人の女王
レース後のラッキーライラックは普段通りだった。
友人が多く、人当たりがいい彼女は今も誰かを慰め、励まし、時にからかう。
この一年は特にティアラの顔として、レース全体を盛り上げてきた。
それはウマ娘だけでなく、レースに関わるスタッフや報道陣に対してもだった。
彼らはラッキーライラックの勝利を心から喜びながら、この後の段取りについて思考を巡らせていた。
彼女の勝利を祝い、連覇の達成を讃える。
それに対して彼女が業界全体への感謝を告げる。
そんな青写真を想像していた。
───
「この度は、連覇達成!」
「あらためておめでとうございます!」
「おおきに、ありがとうございます」
ラッキーライラックはいつものように穏やかに答えると、
「ちょっと、すんません」
とインタビュアーに告げてマイクを受け取った。
そして、
「みたか! アーモンドアイ!!」
「ウチは、ウチはここまできたぞ!!」
いつもの優しいお姉ちゃんの姿ではなく、剥き出しの熱を曝け出す
「逃げんなや!」
「待ってろ、アーモンドアイ!!」
息を荒げて、一気にまくし立てると、
「……お粗末さまでした。なんてね♪」
わざとらしくウインクをして、深々と頭を下げた。
一瞬の静寂の後、スタンドからはどよめきと拍手が上がる。
報道陣もそうきたかと、笑みを浮かべる。
ラッキーライラックはただ、にこやかに微笑んでいた。
───
おまけ:お姉ちゃん対決の行方
「ふっふっふー」
「ノームコアちゃーん」
「お姉ちゃん対決はウチの勝利やでー♪」
ララちゃんがニコニコとやってくる。
…あれほどの想いを吐き出した後で。
「…ねぇ、ララちゃん」
「んー、なんや?」
「その、あの…」
何か言いたい。
私にもできることとか、不安はないのかとか。
でも言葉はうまく出てこなくて、私は結局黙り込んじゃって。
「…ありがとな」
「…ララちゃん、わたひ」
おうおう、よしよし。
なんて抱きしめられちゃった。
「ララ先輩!」
「あらあら、ラヴズちゃんも」
「なんでも言って!」
「協力するわ!」
こんな時にすぐ動けるラヴちゃんはすごい。
「…ありがとな、二人とも」
「でもな、ウチ一人でやるなんて言うてへんで」
「いざって時はちゃんとお願いするし、そん時は頼むで!」
そう言ってララちゃんはいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「あっ、そーや」
「ラヴズちゃん、早速お願いや」
「“例のモノ”かもーん」
「?」
「あっ、アレね!」
そう言うなりラヴズちゃんは飛び出すと、控え室から何かを持って戻ってきた。
「おまたせ、ララさん!」
「はい、住民票ね」
「……えっ?」
ララちゃんの腕の中で固まる。
目の前で何が起きているの?
「ノームコアちゃーん♪」
「お姉ちゃん対決、ウチの勝ちやな?」
ま、まさか!?
「取り出しました、住民票ー」
「ここをちょちょいとー」
「はい! こんなんできましたー♪」
この人、何やってんの!
「ラ、ララちゃん!」
「ついでにも一つ、ちょちょいなー」
「…できた!」
「今日からよろしゅうな、マイシスター♪」
「なんなの!?」
普通に悩むノームコア。ツッコミのキレは上々だった。
───
さすがに全部仕込みの小道具だったそうで、私たち姉妹の戸籍は守護られた。
ただ、
「へへへー」
「ワイルドなララさんもカッコよかったなー」
我が妹、クロノジェネシスは二つ返事で受け入れそうで心配になった。
───
挿話:怪物と、“元”怪物
あるところに足がとっても早いウマ娘がいました。
彼女の素質はすばらしく、その走りを見た人々は、口々に天才だと彼女を褒めました。
彼女は順調に成長し、無傷の三連勝でG1を制しました。
人々は彼女を怪物と讃え、その未来に果てしない夢を見ました。
しかしその後、
皐月賞は審議ありの辛勝。
ダービーは四着敗北で怪物の幻想は崩れていき、
昨年秋天でアーモンドアイに敗れ、
今年宝塚でクロノちゃんにも敗れちゃった。
そーして怪物はふつうのちょっと足の早いウマ娘になったのでした。
めでたし、めでたし。
「…みんな勝手に色々背負わせてきて、勝手に失望する」
「そんなのがイヤになっちゃいまして」
───
ジャパンカップに参戦予定だったサートゥルナーリアが怪我で回避。
そんなニュースを知って、ボクはお見舞いがてら彼女の部屋を訪ねた。
すると彼女は、
「せんぱーい、あたしいま怪我でたいくつなんです」
「ちょっとお茶しません?」
なんて言ってきた。
断ろうと思っていたが、ボクを見るその目がどこか不安に揺れてるように見えて、
「ちょっとだけなら」
ボクは受け入れていた。
彼女は足うごかないのでー。と言ってボクにお茶の用意をさせると昔話風に自分の過去を語った。
「…怪物じゃなくなったあたしは、なんとなくモヤモヤしながら生きてました」
「…たぶんダービーが、きっかけかな?
あの日から色々かわっちった」
いつものニヤニヤした雰囲気で話しているが、その奥の疲れが透けて見えたような気がした。
「…だから、せんぱいが」
「あたしと同じ“元”怪物が、がんばってるのに憧れたんだよね」
彼女の言葉で、ボクが彼女を警戒していた理由が、感じていた違和感が腑に落ちた気がした。
へへ、言っちゃった。
なんてこぼして、彼女は続ける。
今日の核心を。
「…ねぇせんぱい、アイ先輩きっといなくなるつもりだよ」
「あたしたち怪物の行く先は二つ」
「現実に潰されるか、幻想の彼方に消えるか」
あの人は、勝って消えるつもり。
サートゥルナーリアはベッドの上で縮こまっていた。
湯呑みの中には、一口飲んだきりのお茶が、熱を失っていた。