1. 会議は全力でダンサブル
「…ダノっち、話してくれてありがとな」
ジャパンカップから一夜明けて、ボクはサートゥルナーリアとの会話をみんなに打ち明けた。
話を聞いた時の嫌な違和感は、昨日のレースを見て、その輪郭が縁取られたような、そんな感じがした。
「杞憂ならいい」
周りの面々を見渡す。
ワグネリアン。
エポカドーロ。
ブラストワンピース。
フィエールマン。
ラッキーライラック。
「だけど、彼女には前科がある」
昨年の有馬記念の後、彼女は何も言わずトレセン学園を離れた。
ララっちが拳を握りしめるのが見えた。
「だから、今度は止めよう」
「いい加減、あのわがままプリンセスに思い知らせてやるんだ」
ボクはララっちよりも強く拳を握り、突き出した。
「いつまでも、思い通りになると思うなよ!アーモンドアイ!」
「…ダノン、だいぶ私情もれてる」
フィエールマンがゆるくつっこんだ。
───
「ブーもアイを止めるのは賛成だぞ」
「いなくなるのは寂しいんだ」
「うん、そうだよね」
エポカドーロはラッキーライラックの指を解きながら続ける。
「でも、どうします?
何かできることはあるんでしょうか?」
「…すまないが、まだ何も考えていない」
「みんな、知恵を貸してくれ」
今更カッコつけてもしょうがない。
素直に頭を下げるダノンプレミアムに、
「…まったく、この残念王子」
「だぞ!」
「ダノっち、立派になって…」
イジりながらも誰も断らない。
みんな心は一つだった。
───
「…こんな時は作戦名をつけるべき」
「どうしたの、フィエちゃん?」
「どうしたも、こうしたもない。
物語はクライマックス」
「…だったらこっちも盛り上げるべき」
「ブーも賛成だぞー!」
「せやな。作戦名なしはありえへん」
「アーモンドアイ捕獲作戦みたいなオモロない奴もアウトや!」
「…えー」
ノリノリで動き出すみんな。
出遅れるエポカ。
「…まったくキミ達ときたら」
「ダノンさん!」
「ボクからは“オペレーション:フューリー”を提案させてもらうよ」
「ダ、ダノンさん!?」
「…フューリー、怒りと復讐の女神」
「さすがだよ、ワグ!」
「…どんだけ腹立ててるんだぞー」
ダノンプレミアムまで、ボケに回って踊り出した会議は止まらない。
「エポちゃん!
さん、にー、いち、ハイ!」
「えっ、えっ」
「九冠、きゅうかん…」
「キューカンバー! なんて…」
一瞬の静寂のあと、
「…くふ」
「うぷぷ」
「…きゅー、かん、ばーw」
「あーん、エポちゃんサイコーや!」
ツボに入ったようで爆笑する一同。
きゅーかんばー!
きゅーかんばー!
鳴り止まぬコールの中、いたたまれないエポカドーロを置き去りに、
「決定!
プロジェクト:キューカンバー!」
その名が高らかに宣言された。
───
ひとしきり笑ったとで、話は振り出しに戻った。
「それで、どうする?」
「“プロジェクト:キューカンバー”はどないすんの?」
「そうだね、“プロジェクト:キューカンバー”」
「アーモンドアイを引き留めるためにできること、か」
ララっちと真面目に話を進めようとするが、頬がひきつる。これはヤバい。
「…ダノン、話に集中できないから“アレ”呼びでいいんじゃない」
フィエールマンも体を小刻みに揺らして提案した。
ボク達はとんだ劇物を生み出してしまったようだった。
───
そんなダンサブルな会議を見かねた神様の采配か、突然の知らせが届けられた。
「あっ!」
「ララちゃん、ダノンちゃん大変!」
「アイちゃん、さっき学校来たんだけど、学園辞めるとかって理事長室に!」
どうも神様は狂想曲がお好みのようだった。
───
慌てて飛び込んだ理事長室には、
ぐったりした秋川やよい理事長と、補佐役の樫本理子、そして生徒会長のシンボリルドルフの姿があった。
一瞬シンボリルドルフ会長に、鋭い視線を向けられたが、ボク達の姿を認めると困ったような表情を浮かべた。
「アイさんは!」
思わず叫んだララっちに、会長は要点をかいつまんで説明してくれた。
アーモンドアイは現役引退と学園の退学。そしてその後の不干渉を要求した。
引退に関してはここまで協力したURAの思惑もあり、学園を交えた三者の協議となるであろうこと。
学園としては退学は止めたが、本人の意思は固いとのこと。
今はおそらく学生課で必要な書類の申請をしているのでは、ということだった。
「会長さん、おおきに!」
感謝を告げると、飛び出すララっち。続いて駆け出すメンバー。
後ろからは気をつけて走りなさい!
と、シンボリルドルフからのエールが飛んできた。
───
「アイさん!」
学生課にもすでにアイの姿はなかった。
しかし受付の方はさっきまでは居たと教えてくれたので、皆は手分けして探すことに。
「私とブーちゃんは正門に向かうよ!」
「わかった!
ボクは西門に向かってみる!」
「…東門は任せて」
「ウチはいっぺん寮の部屋に行ってみるわ!」
一気に分担を決めて動き出す。
「プロジェクト:キューカンバー、
スタートだ!」
───
2. あっちこっち、追いかけっこ
「エポカ、アイいるかなー」
「どーかな?
とりあえず出口押さえないとね」
正門を目指し小走りで行く。
この学園広いもんねー、なんて話してたら、
「あ、あれ?」
「アイ、だぞ?」
「…ブーちゃん、確保ー!」
「だぞー!」
後ろからの不意打ちに慌てて飛びのくアーモンドアイ。
「ごめんね、アイちゃん!」
「大人しくするんだぞー!」
両サイドから挟み込むようにジリジリ詰める二人に、アーモンドアイは咄嗟に逃げ道を探す。
こう着した状況に、エポカドーロが口を開く。
「ねぇ、アイさん」
「ララちゃん心配してたよ」
エポカドーロとアーモンドアイはほとんど話したことはない。
しかし、
「…アイさんのこと、ララちゃんが色々話してくれたの」
「だからかな、私アイさんのこと知らないのに、知ってるの」
声を届けたい。
いつだって一番に踏み込むのは私の役割だ。
「アイちゃん!」
「あなたのこと教えて!」
「私はエポカドーロ!」
「あなたと友達になりたいの!」
「…やめて」
アーモンドアイは必死に顔を背ける。
頭を抱え、耳を塞ごうとする。
「アイ! つらい時はつらいって言え!」
ブラストワンピースはその悲痛な表情に思わず叫ぶ。
「我慢に慣れちゃダメだぞ!」
「ここのみんなは、大丈夫だ!」
「へんなやつらだけど、おもしろいやつらだぞ!」
アーモンドアイはイヤイヤと首を振り、
「入ってこないでよ!」
学園の中心方向へと逃げ出した。
───
「…寮に手紙が置いてあった?」
『…手紙なんて大層なもんやない』
『“ごめん”とだけ書いたったわ…』
まったく、とララっちがこぼす。
ボクは予定通り西門を押さえたあと、
寮に向かったララっちと連絡を取っていた。
そんな中、エポカドーロからメッセージが届く。
『正門付近でアイちゃんに遭遇しました!』
『ブーちゃんに正門押さえてもらって、私は捜索に戻ります!』
彼女はまだ学園内にいるようだ。
ならばボクの西門か、ワグの東門か。
「ララっち、メッセージは見たね!」
「とりあえず学園に戻って!」
『りょーかい!』
『ダノっちも気ぃつけや!』
ララっちとの会話を打ち切り、ボクは警戒を強めた。
…外の寮に寄ったあと、学園に戻った?
バレないやり方はあるはずなのに、どこかチグハグなアーモンドアイの行動が気になった。
───
東門を守るワグネリアンの前にアーモンドアイが現れる。
後ろを気にしてしきりに振り返るその様子は無敵の女王ではなく、年相応な、不安に濡れた学生の姿だった。
「…アイ」
「っ、なに!」
「…逃げなくていい」
「…ここは通さないけど、わたしは追いかけない」
そう言って両手を広げるワグネリアン。
アーモンドアイよりは小柄なワグネリアン。
しかしその瞳は強い意思を放っていた。
「…どうしてそこまでするの」
「あなたには、私は関係ないじゃない」
ワグネリアンは一瞬の逡巡の後、口を開く。
「…アイ、ごめんね」
「…家族のこと、知っちゃった」
「なっ」
「…わたし、お嬢様、ツヨイネ」
ワグネリアンには、ツテも人脈も権力もある。
少し調べるつもりが、意図せず核心の情報を掴んでしまっていた。
「…かなしみを上書き、なんていわない」
「でも、まわりに目を向けてほしい」
「……あなた、ひどい人ね」
「…ごめん」
「一つ教えて」
「…あなたはどうやって乗り越えたの?」
アーモンドアイの問いに、ワグネリアンは微笑んだ。
「…まだ、のりこえられてない、かも」
「でも、わたしの耳、おかあさんとそっくり」
「…おばあちゃんの書く字は、おかあさんとよく似てる」
「…おとうさんの口ぐせは、おかあさんのがうつったんだって」
だからね、
「おかあさんは、まだいてくれるって、見ててくれるって思えたの」
ワグネリアンは訥々と、それでも想いを伝えようとする。
「…記憶はなくならない、よ」
「きっと、かたちを変えて、そこにあるから」
アーモンドアイは静かに聞きとげると、踵を返す。
「…ありがと」
「でも、私は止まれないの」
「…うん」
「アイは、アイの想い、大事にして」
アーモンドアイはよろよろと走り出す。
残された西門へ、きっとアイツがいる。
そんな予感を抱えながら。
───
『はろー』
「ワグ、どうした!」
『アイが、そっち行ったよ』
『…止めてあげて』
「…わかった」
ある一点を見つめながら通話を切る。
見覚えのある姿が遠くに見えた。
…ヘロヘロなのに、なんで誰にも見つからずに来られるんだよ。
最終ラウンド、スタート。
脳内にゴングが響いた。
───
西門の近くは大きな建物が多い。
アーモンドアイはその影からゆらりと現れた。
「…ダノン」
「やぁ、アーモンドアイ」
「ティーブレイクといかないかい?
キミも喉が渇いただろ?」
「…どきなさい」
「どかないよ」
「どきなさい!」
アーモンドアイが叫ぶ。
いつもの超然とした雰囲気は無く、道に迷った子供のように、不安に押し潰されそうに見えた。
「…なあ、もういいんじゃないかい?」
「キミの足どりを考えたけど、色々不可解なんだ」
「わざわざ学園に現れたり」
「学園の外、寮に訪れた形跡があったり」
「……グラウンド側に逃げれば、どこかの通用口から出れたかもしれない」
キミは、
「迷っているんじゃないかい?」
「……」
アーモンドアイは答えない。
「…レースで散々語ったからね」
「今日のボクは時間稼ぎさ」
アーモンドアイの後ろに人影が見えた。
主役の到着だ。
「あとは任せたよ、ララっち」
───
「…アイさん」
久しぶりの、見覚えのある背中が、ビクッと震えた。
「久しぶりやね、元気してた?」
アーモンドアイは動かない。
「アイさん、おらんようなって、もうすぐ一年やで」
「時が経つのは早いなー」
アーモンドアイは答えない。
「…アイさん」
「おかしいな、言いたいこといっぱいあったんやけどな」
「なんか姿見たら、引っ込んでもうたわ」
アーモンドアイは、
…アーモンドアイは、
「なー、アイさん」
「おいで」
「…ララ」
「やっと、顔見せてくれたな」
「待ってたよ」
ラッキーライラックは両手を広げ、
「…おいで、アイさん」
───
ララの声が聞こえる。
遠ざけようとしてたのに、
優しい声を聞くと、気持ちが揺らぐ。
ララが待ってる。
両手を広げて。
飛び込みたい気持ちを、思い留める。
おかあさん、
わたし、どうしたら。
その時、風が吹いた。
動けない私の背中を押して、一歩踏み出させる。
つよいのに、やさしい風。
おかあさんの好きだった、柊の香りがした。
───
風でたたらを踏んだアイさん。
よろめいた身体を受け止める。
「…ララ」
「おかえり、アイさん」
「っ!」
腕の中で暴れるアイさんを抱き留める。
そういえば、桜花賞の時は逃げられたな、とふと思い出した。
「あかんで、アイさん」
「今のウチは、簡単に負けへんで」
抵抗が弱まっていく。
そして、とうとう項垂れたアイさんは体重を預けてきた。
「確保、かんりょうや」
もう一度、ぎゅっと抱きしめた。
───
3. やっとみんな会えたね
大人しくなったアーモンドアイを連れて、元の教室へ戻る。
その途中、校舎の入り口にフィエールマンがいた。
「あれ、フィエちゃん?」
「…おぅ」
「そーいえばフィエ、途中からいなかったぞ!」
「…みんななら、なんとかすると思って、理事長室から別行動してた、よ」
「お前、このタイミングで何やってんだよ…」
「…みんな、おつかれ」
「こっち、着いてきて」
───
フィエールマンに案内された先は食堂で、
「…ちょっと待ってて」
ドアの隙間から滑り込んでいくフィエールマン。
何か話しているような気がしていたが、
いきなり響く怒号、バタバタ騒ぐ音。
しばらくして、静かになったかと思うと、フィエールマンがひょっこり顔を出した。
「…お待たせ」
「…入って、どうぞ」
───
「アイちゃーん、おかえりー!」
食堂はきれいに飾り付けられ、たくさんの料理も準備されていた。
「えっ、これどうしたの!?」
「…エポカ、褒めて」
「…パーティーの準備オッケー」
「すごいよ、フィエちゃん!」
「…撫でてもいいよ」
ご所望通りに撫でられながら、フィエールマンは続ける。
「…まだまだ」
「かもん、いいんちょ」
エタリオウ、ユーキャンスマイル、グローリーヴェイズ、インディチャンプ。
四人がかりで大きなケーキを持ってくる。
「…お祝いにはケーキだよ」
教室にいたメンバーと、食堂のみなさんに多大な感謝を
「…さあ、パーティーの始まりだぜ?」
───
パーティーは一気に盛り上がり、
食堂は喧騒に包まれた。
なんだかんだでみんなお祭り好きなんだ。
アーモンドアイは、ララっちプロデュースで完璧プリンセスに変身していたが、今はララっちの後ろに隠れている。
完璧プリンセスでも、わがままプリンセスでもない、ララっち曰く仔猫ちゃん。
今後彼女がどんなの態度を取るかわからないが、みんなならまあ、受け止めてしまうのだろう。
そんなことをぼんやり思っていると、
「…彼女、なんとかしちゃったわね」
「みんなのおかげだよ」
「キミも料理とか手伝ってくれたんだろ?」
ステルヴィオ。
彼女にも散々励まされた。
アメ2、ムチ8のスパルタ指導はボクを強くしてくれた。
…正直、もう勘弁願いたい。
「…ちょっと待ってて」
ボクはドリンクを受け取ると、グラスを一つ彼女に預けた。
「改めて、乾杯しよう」
「今日という日に?」
「それもいいけどね」
「我が愛しき、同期に乾杯。なんて」
「いいわね」
「愛しき友に」
ステルヴィオがグラスを向ける。
「我が親友に」
ボクも合わせて差し出す。
「乾杯」
祝福の音が静かに響いた。
物語としては今日でおしまい、明日はエピローグ的なお話になります。
ここまで拙作にお付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは次回の最終回もよろしくです。