1.新潟記念
九月のはじめ。
ダービーで敗れたブラストワンピースは菊花賞への始動をシニア混合重賞の新潟記念を選んだ。
新潟記念は、秋を見据えたシニア級の実力馬が集まる一戦だった。
新潟レース場は、ゴール前に長い直線を持つ。
展開や小細工よりも、最後は脚そのものが問われるコースだ。
クラシック級のウマ娘にとっては、簡単な舞台ではない。
少なくとも、このレースを勝った例は十年、二十年と遡る必要があった。
時代は衝撃とともに動き出した。
ブラストワンピースは直線中程で先団に追いつくとじわりじわりと前に出る。
スパートはかけていない。
巡航速度の、自力の高さだけで周り全てを飲み込み、平らげた。
「うーん、今日は楽しかったぞ!」
「次はどれにしよーかなー」
強さと、底知れなさを見せたブラストワンピース。
次の目標--菊花賞に向けて動き出した。
───
2.菊花賞の展望
今回の菊花賞、有力候補はこの三人。
一人目はブラストワンピース。
ダービーは進路が狭まり伸びきれず五着に敗れたが、先の新潟記念ではシニア級を相手に重賞制覇。
集団がバラけ、自由に動ける展開ならかなり有利になるだろう。
二人目はエタリオウ。
未だ一勝ながら、青葉賞二着、ダービー四着と実績を残している。
あらゆる展開に対応できる器用さは魅力だが、若干決め手に欠ける印象がある。
三人目はエポカドーロ。
G1を勝ち切った経験は、ここでは大きな武器だ。
前走の神戸新聞杯は不利を受け後方からのレースになった。
菊花賞は逃げ脚質も多い。スタートが鍵になるだろう。
「ふーっ」
ネット記事を読み終えると、
携帯を閉じて、軽く伸びをする。
菊花賞に向けて情報を探していたら、思ったより熱が入ってしまった。
「ブラストワンピースさん、か……」
確か、ダノンさんがダービーのあとに話していた。
廊下の陰から突然現れて、標的はお前だ、みたいな顔で笑っていたとか。
「血に飢えた獣みたいだった」
「いや、狂犬というべきかも」
そんな言い方をしていた。
……信じがたいけど、
ダノンさんが、わざわざ嘘をつくとも思えない。
「……本当だったら、怖いなぁ」
───
3.握手
「ん、おまえ菊花賞出るやつだなー。
今日はよろしくたのむぞー!」
会場入りのタイミングでそのブラストワンピースさんに声をかけられた。
大きい…
放たれるプレッシャーに縮こまりそうになる。
だけど、
「エポカドーロです。
今日は負けません!」
拳を握り締め、勇気を振り絞る。
体は少し震えていたが、声は震えていなかった。
ブラストワンピースはニコニコしたまま、こちらに手を伸ばす。
咄嗟のことに、思わず目をつぶって身構える。
「あー、ごめん。
握手しようとしたんだ。」
その声が先程までと比べて、少しだけ寂しそうに聞こえた。
「びっくりさせてごめんなー。
レースではよろしくなー」
背を向けて離れていく彼女をそのままにしてはダメな気がして。
「待って!」
その手を掴んだ。
「ごめんね!
私ビビりだから変な反応しちゃった!」
手は震えてないか、ちゃんと微笑んでいるか。
わからないけどちゃんと伝えよう。
「お互いレースがんばろうね!」
「…っ」
「そうだな!
改めてよろしくな、エポカ!」
向かい合って固く握手を交わした。
───
4.菊花賞
全員が未経験の長距離戦。
本命不在の混戦。
逃げ、先行脚質が揃った出走メンバー。
前に出たい者は多く、
しかし、誰もが仕掛けるのを恐れていた。
積極的に前へ。
消極的に、ペースを落とす。
その矛盾が重なり、
レースは、どこか歪んだ様相を見せ始める。
じわり、じわり。
一団は進み、淀の下りに差しかかる。
直線よーいドン、
スピード比べの気配に、
各々が良いポジションを狙って動き出す。
苦手な末脚勝負に持ち込まれたエポカドーロは前目で囲まれ、身動きが取れない。
ブラストワンピースは大外へ。
大きな体を持て余し、
選べた道はそれしかなかった。
エタリオウが抜けだす。
狭いところを、するすると。
器用さがここで生きる。
――勝負あり。
そう思われた、その瞬間。
さらに内。
もう一人のウマ娘が、弾けるように伸びてきた。
最後の叩き合い。
ハナ差で、前に出たのは――
七番人気。
伏兵、フィエールマン。
デビュー四戦目での、
GⅠ制覇だった。
───
5.あの日の私と、今日の君
京都レース場は、静かな困惑に包まれていた。
人気上位を競り落とし、
二番人気エタリオウをハナ差で破ったのは、
デビュー四戦目、七番人気のフィエールマン。
「誰?」
「エタリオウ、惜しかったな」
「……展開、変じゃなかった?」
皆が感情の置き所に困り、
事態を受け止めきれていない。
そんな様子だった。
「……勝利と困惑の、ぶい」
フィエールマンはスタンドにVサインを送り、
一礼すると、そのまま引き上げようとする。
感情は読み取りづらいが、
足取りが重いのは、疲れだけではないのだろう。
フィエールマンのその雰囲気に、
エポカドーロは、自分の皐月賞を重ねた。
私は、期待されていないなんて言ってしまったけど。
両親がいて、ララちゃんがいて。
見てくれている人は、確かにいた。
彼女にもきっといるはずだ。
エポカは駆け出し、フィエールマンの手を取る。
「すごかった、また走ろう」
なんて言っていいかは、わからなかった。
咄嗟に口をついたのは、
あの日の自分が欲しかった言葉。
がんばったと。
すごかったと。
言ってほしかったんだ。
皐月賞ウマ娘が動いたことで、
観客席も――まずは祝福だよな、
そんな空気へと、ゆっくり変わっていく。
「……離して」
「あっ、ごめんね!」
「違う。今、顔が熱いから……見ないでほしい」
背中を向けた彼女は、袖で目元を拭い、
振り返ると、そのまま抱きついてきた。
「……ありがとう」
彼女の体温を感じながら、
ダービーの日に誓った自分に、
少しは近づけたかな、と思った。
───
6. 戦い終わって
ブラストワンピースは、
駆け出していくエポカドーロの背中を眺めていた。
少し話しただけの自分に、踏み込んできて。
いまも迷わず、フィエールマンのそばに寄り添っている。
「……そういう意味じゃ」
ぽつりと、独りごちる。
「ブーより、よっぽど強いぞ」
強いやつに会いにきて、おもしろそーなやつに会えた。
全身が粟立つ。
尻尾が逆立つ。
理由は、はっきりしている。
ここに来て、よかった。
「エポカー!」
思ったより大きな声が出た。
「ブーも、まぜろー!」
振り向いた二人が目を白黒させた、その次の瞬間。
エポカドーロとフィエールマンは、
まとめて宙に浮いた。
「ちょっ――」
「わっ――!」
「ははっ!」
「今日はみんな、がんばったからなー!」
訳もわからないまま抱え上げられた二人を、
ブラストワンピースは、満足そうに抱きしめていた。
───
おまけ:なぜだ
レースのねぎらいにエポカドーロを訪ねたら、
ブラストワンピースと、菊花賞を勝ったフィエールマンに挟まれていた。
何事か、と様子をうかがう。
……特に不穏な気配はない。
三人で、なんというか、ほわほわしている。
今回はタイミングが悪かったかな、と離れようとした、そのとき。
「あーっ! ダノンプレミアム!」
「おまえー! おまえのせいでブーはなー!」
突然、絡まれた。
「ブーちゃん、その件はね、きっとそれだけ強そうに見えたからだよ。
悪気があったわけじゃないよ」
「むー。エポカがそういうなら」
……助かったのか、これ?
「なぁ、エポカドーロ。
これはいったい、どういう状況なんだ?」
当事者に聞こうとすると――
「……しゃー。しゃー。」
フィエールマンに、威嚇された。
「フィエちゃん!?」
「……なに」
「なにって、えっ?」
「大丈夫。私たち、仲良し」
そう言って、彼女は手を差し出してくる。
よくわからないが、とりあえず応じて手を伸ばすと――
「ちっ」
舌打ちとともに、はたき落とされた。
「フィエちゃん!?」
「違う。今のは、私の地元では親愛の証」
どんな修羅の国だよ。
「そ、そうなんだ……。
じゃあ、私もやってみていい?」
「だめ。それ以外の地域では、ケンカ売るサイン」
さっきの、完全にそれだよね!?
その後も、細かいボケでちくちく刺された。
馴染みの浅い同級生に、なぜか嫌われた。
――そんな一日だった。