1. 世代の輪郭
先週のマイルチャンピオンシップに続き、
今回のジャパンカップも観戦にやってきた一同。
今回は東京レース場。
現地集合となった。
「あっ、ララちゃーん!」
「エポちゃん!
今日はよろしゅうなー」
今日はラッキーライラックも同行していた。
「お二人は初めましてやんな。
ラッキーライラックいいます。
今後もよろしゅう」
「ブラストワンピースだぞー」
「ブーでいいぞー」
「……フィエールマン」
「二人のことは、エポちゃんから聞いとるよ」
「強くて元気なブーちゃんと、面白いフィエちゃんやってな」
そう言いながら、
ライラックは興味深そうに二人を見回す。
「しっかし、ブーちゃん」
「髪の毛ふわっふわのモッフモフやな……」
「ちょっと、もふらせてんかー」
手をわきわきさせて迫り、
「フィエちゃんは、細っこいなー」
「お腹空いてへん?
あめちゃん食べる?」
この距離の詰め方。
あぁ、ララちゃんだな。
エポカドーロはいつもの自分を棚において微笑ましく見守った。
───
少し遅れて、ダノンプレミアムが到着する。
「こってこての大阪スタイルだね。
普段そこまでじゃないでしょ」
「あっ、ダノっち!
怪我、もうええんか?」
「だいぶ良くなったよ。
先週も、彼女たちと京都に行ってきた」
「そっかぁ。」
「復帰も近いん?」
「来年の春からだね。
先週は応援だったけど、今週は偵察って感じかな」
───
全員揃って、スタンドへ向かう。
その道中も、
ララは自然と話の中心に収まっていた。
「復帰を目指すダノっちのリクエストに応えて、今の情勢、整理しとこか」
「私らが警戒すべきは、いっこ上の世代や」
「クラシック三冠を分け合った、アルアイン、レイデオロ、キセキ」
「それに、ダービー二着のスワーヴリチャード」
「この四人は“四強”あつかいやな」
「それより上の世代は、まぁ引退が見えてきとる」
「今が充実期のこの世代は、正直かなりの脅威や」
少し間を置いて、
ララは視線を前に戻す。
「ティアラ路線も、粒揃いやけどな」
「ウチが特に注目しとるのは、リスグラシューさんや」
「この前のエリザベス女王杯で、GⅠ初制覇」
「せやけど、あれは――覚醒やと思っとる」
「四強に、女王」
「女王と四バカ、なんて言われとるけど」
苦笑して、肩をすくめる。
「冗談みたいな呼び名やけど、
実力は冗談やない」
「今日のレースは……」
「ま、腰落ち着けてからにしよか」
───
2. おねがい
スタンドに着いた一行は、
柵に沿って横並びに立ち、ターフを見下ろしていた。
まだゲートは静かだが、
空気だけが張り詰めている。
「今日のジャパンカップな」
ララが、柵に手を置いたまま言う。
「GⅠウマ娘が六人」
「その中には、先に話題に出たキセキさんもおる」
少しだけ視線を走らせる。
「この秋から、逃げを完全に自分のもんにした」
「前に出たら、簡単には止まらへん」
「正直、脅威度は一段上がっとる」
それから、声の調子を変えた。
「――そしてなにより」
「アイさんや」
自然と、全員の意識が一点に集まる。
「みんなもご存知、ティアラ三冠」
「定番のエリ女やなくて、こっちに出てきた」
「他のめぼしいクラシック組はおらん」
「せやから今日は――」
にやりと笑って続ける。
「アイさんの走りが、
ウチらと王道路線との“物差し”になると思う」
───
揃ったスタート。
キセキがそのまま先頭に立ち、レースを引っ張る。
アーモンドアイは三番手。
前半1000メートルは平均ペース。
隊列は、やや縦に伸びていく。
後半に入ると、後方から少しずつバラけ始めた。
先頭のキセキは、ペースを緩めない。
淡々と、しかし確実に。
後続へ強い負荷をかけ続ける逃げだった。
最終直線。
キセキは、まだ先頭にいる。
後続との差はあった。
それでも、アーモンドアイは――
三馬身の差を、一歩ずつ詰めていく。
残り200メートル。
並び、そして抜けた。
そのまま差を広げて、ゴール。
2分20秒6。
世界レコードによる、完勝だった。
───
ゴール板を駆け抜けた後も、
スタンドはしばらく動かなかった。
歓声は、遅れて波のように押し寄せてきたが、
それでも――
目の前で起きたことを、すぐに飲み込めた者は少ない。
数字だけが、先に現実を突きつけていた。
世界レコード。
しかも、ただ一人での独走ではない。
上位が揃って、限界を越えている。
エポカドーロは、知らず息を止めていた。
ダノンプレミアムも、言葉を失ったまま、
ただターフを見つめている。
フィエールマンは、腕を組み、動かない。
そして――
誰よりも強さを求めてきたはずのブラストワンピースですら、
今は押し黙っていた。
ララが、立ち上がる。
一歩、前に出て。
背中を向けたまま、口を開いた。
「……あれが、ウチらティアラ組が戦ってきた相手や」
声は低く、静かだった。
「負けたくない。勝ちたいって思いは、ある」
その背中は、
先ほどより、少しだけ小さく見えた。
「だけど――」
短く、息を吸う。
「おねがい」
そこで、ララは振り返った。
そこにあったのは、
いつもの人好きする笑顔ではない。
「ウチに……」
「ウチに、あの子と向き合う勇気を、ください」
かすかに浮かべた微笑みは、
悲痛なほどに、張りつめていた。
───
3. 受け取ったもの
「ララちゃん!」
エポカドーロが、勢いよくラッキーライラックに抱きついた。
「私ね、ララちゃんに、ずっと頼ってほしかったの」
ラッキーライラックは、腕の中のエポカドーロを静かに見つめる。
「いつも、助けてもらってた」
「気づいたら前にいて、背中を見せてくれて」
エポカは、まっすぐに言った。
「だから今度は」
「私が、ララちゃんの力になる番」
少し照れたように、けれどはっきりと、
がんばる、と意気込むように告げた。
ダノンプレミアムが、軽く咳払いをする。
「……まあ、なんだ」
視線を逸らしながら、照れ隠しのように続ける。
「ボクたちは相棒だろ?」
「巻き込んでくれよ」
「ね、ララっち」
言葉は軽いが、
そこに迷いはなかった。
「……むふー」
フィエールマンも、短く鼻を鳴らして頷く。
最後に、ブラストワンピースが腕を組んだまま言う。
「なにも変わらないぞ」
「今まで通り、走るだけだぞ!」
その一言で、
張りつめていた空気が、わずかに緩んだ。
ララは、皆の顔をゆっくりと見回す。
そして――
ようやく、少しだけ表情が和らいだ。
「……ありがとうな」
ララは、一度深く息を吸い、
ゆっくりと吐き出した。
目元を軽く拭い、
いつもの笑顔に近い表情を作る。
「ほな」
「この話は、ここまで!」
その声には、
もう震えはなかった。
───
4.私がやりました
ララが立ち直ったころ、
会場では、アーモンドアイのインタビューが始まろうとしていた。
─おめでとうございます!
素晴らしいレースでした!
「ありがとうございます!」
「あっ、すみません。
マイク、お借りしても?」
アーモンドアイはマイクを受け取り――
「ありがとうー!」
「みんな! やったよー!」
空に向かって、指を一本、突き立てた。
─そのポーズは、もしかして?
「はいっ!」
「先週のステルヴィオちゃんの真似、させてもらいましたっ」
ほんのり頬を染めて、
「世代の絆、といいますか……」
「そういうの、やってみたくて」
微笑ましいトークに、スタンドがどっと沸く。
───
「アーモンドアイさんも、あのポーズやってるよ!」
エポカドーロは目を丸くしながら、
「でも、彼女って、ああいうの苦手そうじゃなかったかな?」
ふっふっふ――
ラッキーライラックは、怪しげな笑い声をあげる。
「 私 が お 願 い し ま し た 」
満面の笑みだった。
「で、でも、いくらララちゃんでも、そんな!」
「 全 力 で 駄 々 こ ね た ら い け た わ 」
「す、すごい! さすがララちゃん!」
盛り上がる二人を、少し離れた場所から――
「……ブー。ララの情緒が、わかんねーぞ」
「……彼女は、全力なだけ」
「それは時に、滑稽に映る……」
「……そーか。フィエは、かしこいなー」
「いや、それよりもだ!」
「ララっち、アーモンドアイって、もっとこう……無愛想じゃなかったか!」
「さすがや、ダノっち」
「あんたなら気づく思ったで!」
「ま、まさか……!」
ラッキーライラックは、全力のドヤ顔で答えた。
「アイさんは、ウチが育てた」
「素材はええのに、自分に無頓着やからな」
「外見から内面まで――」
「全力でプロデュースさせていただきましたわ」
「もはやメディア対応も完璧」
「仔猫ちゃんにネコ被せたったんや」
「今のアイさんは、そう! まさにプリンセス!」
「ダノっち、自称王子の看板は今日でおろしてもらうで!」
「な、なんだと!」
「ボクにはわかる、あの全身から迸る……ノーブルなオーラが!」
「ララっち、本気なんだね」
「ララっちぃ!」
「こいや! ダノっち!」
うぉー。と騒ぐ声を遠くに聞いて。
「……なー、エポカ?」
「あの二人、放っといて大丈夫かー?」
「うん。きっと大丈夫」
ニコニコ笑顔で、二人を見守るエポカドーロ。
ブラストワンピースとフィエールマンは、
首を傾げながらも、それに倣った。
───
おまけ:ララのお願い
マイルCSの翌日。
机を向かい合わせ、昼食をとるアーモンドアイとラッキーライラック。
もくもくと食べ進めるアイの前で、
ララは両手を組み、満面の笑みでじっと見つめていた。
「アーイさん♪」
「……」
「アーモンドアーイさん♪」
「……なに?」
「昨日のな、マイルCS」
「アイさん、見てた?」
「……見てた」
「そっかぁ」
「ならな、インタビューも見た?」
「……まぁ」
「そっか、そっか!」
「ほんならな、ステルヴィオちゃんのアレも見たよなー?」
「……なにが言いたいの?」
「JC勝ったらな」
「アイさんも、アレやって♡」
「や」
「なんでよー!」
「なんで、やると思うの?」
「えー、お願い!」
「アイさんやったら、絶対カワイイもん」
「だから、やなの」
「おねがいー」
「おねがいー」
「ダメ」
……やっと引いたか。
アイが一息つく。
そのとき。
「アイさん」
ララは、今までとは違う真剣な表情で、正面から向き合ってきた。
思わず居心地が悪くなり、視線を外そうとすると――
「アイさんが、首を縦に振らんのやったら」
「ウチは今から、全力で駄々をこねる」
「……!?」
「アイさんの名を叫んで」
「みっともなく、泣きわめく」
「それで、ええんか?」
「……ララ、なにを言ってるの?」
「ウチは、本気や」
逸らそうとした視線を、強引に引き戻される。
ララの目を見る。
どこまでも澄んだ瞳が、まっすぐこちらを覗いていた。
「……わかったわよ」
「やったー!」
「アイさん、大好きー!」