テーマは「嘘」です。よろしくお願い致します。
「ボク、大きくなったら、パパやママみたいな立派な船乗りになるのだ!」
そう言って天真爛漫に笑った少女がいた。
短い金髪の向かって右側に短い三つ編みを垂らしたギザ歯の少女。
リーンボックスという国で漁師をしているある夫婦の娘。その夫婦と船を同じくして漁師をしている夫婦の息子であるあなたとは、幼馴染の関係にある。
「船乗りになったら、副長にしてあげるのだ!」
そう言って、あなたのことを副長と呼ぶ、大切な、本当に大切なその幼馴染の名前は、セドリィだ。
「副長! 出航の準備をするのだ!」
「はい、船長!」
セドリィの元気一杯の船乗りごっこに付き合うのが、あなたの楽しみであり、喜びであった。その天真爛漫な笑顔が一片であろうと曇ることなど、あってはならないと思っていた。
けれど、いつも天真爛漫なその笑顔が曇る日がやってきた。
ある嵐の日。
あなたとセドリィの両親を乗せた船はその日を境に、ついぞ港に戻ることはなかった。
「パパ……ママ……」
嵐が去って、帰らぬ両親を港で待ちながら涙を流すセドリィに、あなたはどう声をかけていいか分からない。
他の船乗り達も、セドリィやあなたを心配してくれたが、セドリィを泣き止ませるには至らなかった。
「セドリィ」
他の誰も頼れない。だから、あなたはセドリィに思い切って声をかける。
「なんなのだ、副長」
副長。そう言われた時、自分の役目を逆に思い出した。
「船長、僕ら、自分の船を持ちましょう」
「自分の船を……?」
思わぬ言葉に、セドリィがあなたに視線を向ける。
「うん。それで、海に出て、見つけよう。嵐に奪われた僕らの両親を」
あれだけ悩んでいたのに、いざ言葉にしてみたら、その嘘のような言葉はつらつらと出てきた。
「見つける……? パパとママを? 奪い返す……?」
不安げなセドリィにあなたは強く頷く。
「でも、パパとママは……」
「違うよ。二人は嵐に奪われただけ。きっと、奪い返せる」
それはきっとまだ幼いセドリィにしか効かない言葉。いつかセドリィが大人になって、あなたの言葉を嘘だと断じる時が来ても、それまでセドリィが笑顔なら、それでいいと、あなたは思った。
「奪い返す! それって、海賊なのだ!」
果たして、その言葉はセドリィに届いた。
「え?」
ちょっと予想外の要素がついてきたが。
「船、手に入れるのだ! そして、ボクは……ううん、
なんだか良くない方向のような気はした。海賊というのは、略奪を生業とする職業だ。それは、良くないことだと思った。
けれど、さっきまでただ泣くばかりだったセドリィは元気に拳を握って晴れ空を見上げている。
「ならまぁ、いいか」
いつか、大人になる時が来たら、馬鹿な夢だったと笑うときが来るだろう。もしかしたらその時は、あなたが嘘つきと断じられ、ともすれば、絶交を言い渡されることすらあるかもしれない。
それでも、今だけは、セドリィが笑っていてくれることを良しとしたいと思った。
「そうと決まれば、アジトに行くのだー!」
「あ、アジト?」
「ボク……ワガハイ達の秘密基地なのだ! この前作ったの、忘れたのだ?」
「いや、それはもちろん覚えてるけど、あそこがアジトになるってのは今初めて聞いたよ!?」
「だって、今決めたのだ!」
セドリィが走り出す。あなたも慌てて追いかける。
もうすっかり元気なセドリィだ。あなたはちょっとだけ安堵した。
それから、数ヶ月が過ぎた。
「おやぶん! 今日の分の収入っちゅー」
「おぉ、よくやったのだ!」
気がつくと、なにやら部下がたくさん増えていた。
黄色い小柄のネズミたち、テンバイチュー達は、両親がいた時代からセドリィと仲が良かったが、今ではすっかり、セドリィを親分と慕って、海賊の部下気分だ。
セドリィが船を買うための資金はテンバイチュー達が漁業資源の買い占めて売り捌くことによって稼がれている。
(これじゃ海賊っていうかただの買い占め転売集団だよ……)
とはいえ、セドリィは働くには、まだまだ年若く、収入を得る手段は限られてくる。
あなたも日中は船乗り達の手伝いをしているし、セドリィの両親と仲が良かった船乗り達もよく面倒を見てくれているが、それでは船を買うには到底足りないのである。
「これだけのお金があれば、船買えるかなー、なのだ!」
セドリィは溜まっていくお金を見て、ワクワクしながら、フリマアプリを見るセドリィ。その様子はとても可愛らしいのだが。
「副長ーー!!」
夕方、手伝いから帰ってくると、テンバイチュー達が泣きついてきた。
「ど、どうしたのみんな」
「また、おやぶんが先走って船を買っちゃったっちゅ!」
「えぇっ!? 船なんてまだ全然買える段階じゃないでしょ?!」
買い占めての転売――最近は謎の洋館に高値で直販を希望するお得意様までいる――を繰り返しているとはいえ、そんなすぐに船は買えるはずもない。
「そうっちゅが……」
と、テンバイチュー達がセドリィの方に視線を向けるので、あなたもそれに続くと。
「あ、副長! 帰ってきたのだ? 見るがいいのだ! ワガハイ、立派な海賊船を買ったのだ! なんと、かわいいサメちゃんのぬいぐるみまでついてくるのだ!」
「……」
見せてきたスマホの画面には、なるほど、サメのぬいぐるみとその隣に立派な船が並んで置かれている。
(いや、ぬいぐるみのサメと並んでいる時点で、どう考えても模型だよね……)
「副長からもなんとか言ってほしいっちゅー!」
「え、えーっと、船長?」
「ん? どうしたのだ、副長? 船が手に入るのだぞ? もっと喜べ、なのだ!」
「えーっとですね、それ、多分ですが、船の模型……じゃないですかね?」
「え」
虚を突かれたようにセドリィが驚いた顔になる。
「ふ、船……来ないのか? ワガハイ、騙されたのか?」
「いや、出品者に騙す意図はないとは思うんだけど……」
「せ、せっかく稼いだお金をつぎ込んだのに……」
「ま、まさか、これまでのお金、全部つっこんだっちゅか!?」
泣き顔のセドリィにテンバイチューも驚いた様子だ。
目を潤ませ、今にも泣きそうなセドリィ。
「い、いや、船長、きっと僕の勘違いだ。きっとくるよ、船!」
見ていられなくて、思わずあなたはそう言ってしまった。
「副長!! よかった、よかったのだ……!」
それを聞いて、一転、セドリィが笑顔に戻る。
ホッ、とするあなた。
「ホッ、じゃないっちゅ! どうするっちゅか!?」
「ど、どうするって言われても……」
テンバイチューに責められるが、あなたは何も反論できない。
「何も解決になってないっちゅ、問題を先送りにしてるだけっちゅよ!?」
問題を先送りにしているだけ、という言葉がザクリとあなたの胸を刺す。
そうなのだ。セドリィと海賊になること自体が、そもそもセドリィが両親の死を受け入れるまでの問題の先送り。あなたはずっと、セドリィの今、この瞬間の笑顔のために、問題を先送りにし続けているだけに過ぎないのだ。
「また、現物が来たら慰めるしかないよ。サメのぬいぐるみは気にいるから、それでなんとか……」
「実物が届くのは副長が仕事中っちゅよ? 被害を被るのはこっちっちゅ」
「そう言わないでよ、船長を慕う者同士、ね。可能な限り僕も早く帰るようにするから」
まだ、この時は知らなかった。
現物が届くその時、ほぼ同時に、セドリィとテンバイチューによる買い占め転売行為を問題視したこの国の長である「女神」達がこのアジトを訪れることになろうとは。