修行の成果は、クリスマスの前に唐突に訪れた。
修行を始めて以来、トムは日記を正確につけるため、周囲の出来事を注意深く観察するようになっていた。
何を見て、何を聞き、そのとき自分がどう感じたのか。夜にはそれらを一つずつ思い返し、言葉にした。
一方、瞑想では、浮かんだ考えを追わずに手放す練習を繰り返した。
昼間は注意を張り巡らせ、朝にはそれを緩めようとする。
初めは、どちらも力加減が分からなかった。見落とすまいとすれば疲れ、考えまいとすれば余計なことが浮かんだ。
この思考の緊張と弛緩の繰り返しに、どれほどの効果があったのか、トム自身にはよく分からなかった。
多少は物覚えがよくなったとか、朝の目覚めがよくなったとか、その程度だ。
プラシーボと言われても、反論する自信はなかった。
その朝も、最初はいつものように雑念との鬼ごっこを繰り広げていた。
課題のことを考えては呼吸へ戻り、朝食のことを考えてはまた戻る。
ようやく集中できたと思った途端、グリンデルバルドはが読んでいる新聞が気になった。
しかし、そうしているうちに、いつの間にか呼吸へ集中しようとしていたことを忘れた。
そして、忘れたことにも、気づかなかった。
それは奇妙な感覚だった。周囲について間違いなく知覚し、認識もしている。
それにもかかわらず、なぜか思考は伽藍洞であり、無であり、呼吸のリズムに溶けていくようで――
「ブライト君」
呼ばれて目を開けたとき、長い時間が経ったという自覚はなかった。ところが机の時計を見ると、既に二時間が経っている。
いつもなら一度は休憩を挟むところだが、今日は途中で目を開けた覚えもない。
眠ったのだろうか?
でも夢を見た記憶はなかったし、グリンデルバルドが新聞をめくる音も、廊下を通った誰かの足音も鮮明に覚えている。
トムは時計をもう一度確かめ、立ち上がろうとした。
その途端、足首から猛烈な痺れが押し寄せ、中腰のまま机へしがみつくことになった。
「踊りの練習か?」
「いやいやいや……起こしてくれても、よかったんじゃ」
「起こす?」
グリンデルバルドが新聞の上から片眉を上げたので、トムは「声をかけてくれても」と言い直した。
老人は折り目を揃えて新聞を畳み、机へ置いた。
「一月以上かけて、ようやく黙ったのだ。
もう少し静かにしていてもらいたかったのでね」
「え。それって……」
「やっと座っていられるようになった。それだけだ」
足の痺れを、一瞬忘れた。
後ろに立っていた、ずっと仏頂面だった僧は微かに微笑み、トムに向かって一礼した。
トムは唖然とした。自分では、いつもと何が違ったのかも分からない。
それでも、グリンデルバルドが言うのなら、少なくとも昨日までと同じではなかったのだろう。
トムは椅子へ移り、まだ頼りない脚をそっと床へ下ろした。
「これで……閉心術ができたんですか」
「まさか。せいぜい、基礎の基礎の基礎、その土台に手をつけたところだ。
三日もあれば済むと思っていたが、随分と君を買いかぶっていたらしい」
「三日って」
「不満かね。昨日までは、それすらできなかったというのに」
相変わらずの皮肉だったが、少しずづ喜びの実感が出て来た。
しかし、それを言葉にする前にグリンデルバルドは立ち上がった。
「次へ進むぞ。ついて来たまえ」と言われ、トムは痺れの残る脚で後を追った。
*
連れていかれたのは、赤い扉の前だった。
ホグワーツへ来た夜、ネビルから紹介された場所だ――
「そうだ、あの赤い扉には気を付けて、入るときは先生が一緒のときだけ」
「間違えて入ったらどうなるの?」
「うーん。倉庫に行ったり、作業場に行ったり。あと、外へ飛ばされることもある。
扉の気分次第。あいつ気まぐれなんだ」
グリンデルバルドはその扉を四回ノックした。
最初の二回は続けて、少し間を置いて三回目、それより短い間隔で最後の一回。
「覚えたか」
「四回ですね」
「回数だけなら猿にも覚えられる。間を聞きたまえ」
老人はもう一度扉を叩き、トムにも同じことをさせた。
最後の音が響くと、取っ手の奥でかちりと何かが動いた。
「この扉は船内のほかの扉へ通じている。普通に廊下を歩いても、辿り着けない場所へもな」
「間違えたら、どうなるんですか」
「間違えずに叩く理由が分かるだろう」
トムは、忘れないうちに日記へ書いておこうと決めた。
扉の向こうは倉庫だった。積み上がった木箱から真鍮の脚が何本も突き出し、壁には大きな額縁が幾つも裏返して立てかけられている。天井から下がった空の鳥籠では、何も止まっていないはずの止まり木が揺れていた。
棚の上の手袋が指を曲げ伸ばししていたので、トムはそこを避けて通った。
奥には布を掛けられた背の高いものがあり、その前にも箱が積まれていたが、グリンデルバルドが手を動かすと、それらは左右へ滑って道を空けた。
布が持ち上がり、現れたのは鏡だった。天井近くまである古い姿見で、金色の枠には細かな彫刻が施され、獣の足を思わせる脚がついている。トムは上端の文字を読もうとして、息を止めた。これは原作で見覚えがあった。
「みぞの鏡……?」
「ほう。これも知っているのか」
グリンデルバルドがこちらを見た。
トムが「話だけですが」と答えると、老人は近くの椅子を鏡の前へ引き寄せた。
「では、話は早い。ステップツー。普通の鏡と同じものが映るようになるまで、ここに座れ」
*
第二段階の修行は簡単に言うと、みぞの鏡を見ながら瞑想することだった。
この鏡は原作の一巻にも登場した、見る者の心の底からの望みを映す道具だ。
もっとも、グリンデルバルドの説明によれば、ただ不思議な力で願いを見せているわけではないらしかった。
「心は、本人が思うほど行儀よく閉じてはいない。欲しいものを見れば手が動き、恐ろしいものを見れば目を逸らす。
その前に、魔法が拾えるものもある。この鏡は、それを映すのだ」
「じゃあ、何も欲しがらなければ」
「君が何も欲しがらなくなるのを待っていたら、私のほうが先に死ぬだろうな」
トムは口を閉じた。
「願いをなくせと言っているのではない。君の内に留めろと言っている。
鏡が拾うものを与えなければ、残るのは、その椅子に座った君の姿だけだ。
一分間、それを保てるようになったら私を訪ねたまえ」
「一分でいいんですか」
「終えてから言いたまえ」
トムは鏡へ目を向けた。
斜めからでは棚や箱の一部しか見えなかったが、正面へ座ったら何が現れるのだろう。
元の世界の家族か、誰にも追われず暮らせる場所か。自分でも知らなかった何かを、この老人の前で見つけてしまうのは、少し怖かった。
「何が映るか、見てみてもいいですか」
「そのために連れてきたのだが」
トムは恐る恐る腰を下ろした。
鏡の中にも、自分がいた。しかし、今の自分ではなかった。
黒い髪をした三十代前半の男が、見覚えのある部屋でだらしなく寝転がっている。
周囲には本が積まれ、片手には開いた漫画、もう片方の手はポテトチップスの袋へ伸びていた。
その横には、1.5リットルのコカ・コーラが堂々と鎮座している。
懐かしかった。懐かしかったが、もう少し何かなかったのか。
そう思ったところで、積まれた漫画の帯が目に入った。
――『HUNTER×HUNTER』、ついに完結!
完結。え、まじか。生きているうちに?
トムは思わず身を乗り出した。巻数が見えない。鏡の中の自分の肘が邪魔だった。
その腕を少しずらしてくれれば、表紙だけでも確かめられるのに。
「何が見える」
跳ねるように顔を上げると、グリンデルバルドが見ていた。
「……秘密です」
「そうか。隠したいことがあるなら、せいぜい励みたまえ」
それ以上は尋ねられなかった。
聞かれたときより、かえって恥ずかしかった。
グリンデルバルドは、今後は一人でここを使ってよいこと、帰りには入ってきた扉を使うこと、ほかの品には触れないことを告げた。それから、「鏡の前で朝食を逃しても、私に文句を言いに来るな」と付け加え、倉庫を出ていった。
トムが再び鏡を見ると、かつての自分は最後の頁を閉じ、天井を見上げて深く息を吐いた。
何もかも読み終えた者の顔だった。
これを前にして一分間、願いを漏らさない。
トムは椅子へ座り直した。先ほどの質問は、確かに早すぎた。
*
クリスマスが近づくにつれ、船の中は日に日に賑やかになった。
廊下の手すりには緑の枝が巻きつけられ、頭上から下がった小さな星が、生徒の通るたびに瞬いた。
窓の外は相変わらず暗い水だったが、ハグリッドが運び込んだモミの木には、陸の冷たい匂いが残っていた。
その木は、広間の入口を通らなかった。
「ちょいと傾けりゃあ入る」
ハグリッドが押すと、枝が扉の両側へ広がり、ますます抜けなくなった。
トムたちが飾りの箱を抱えて見守っていると、木の向こうからマクゴナガルの声がした。
「ハグリッド。押すのをやめなさい」
「あと少しなんだが」
「その、あと少しで扉が外れます」
ロンが笑い、ネビルが床へ落ちた枝を拾った。
ハンナは木が通れるように箱を壁際へ寄せ、ラベンダーは絡まった飾りの紐と格闘していた。
トムは頭上の星を眺めながら、以前から気になっていたことを口にした。
「魔法使いも、普通にクリスマスを祝うんだね」
「祝わないと思ってたの?」とロンが聞いた。
「キリスト教のお祭りだから、どうなのかなって。ほら、魔女狩りとか、あったでしょう」
ラベンダーが紐から顔を上げた。
「それでクリスマスをやめるの?」
「やめるっていうより、嫌だったりしないのかなと思って」
「昔の人に腹を立てて、僕らがプレゼントをもらえなくなるのは変だろ」とロンが言った。
トムには、すぐに反論が思いつかなかった。
「でも、お祈りをするかどうかは、家によるんじゃない?」とハンナが言った。
「うちは、おばあちゃんがするよ。食べる前に。皆が無事でいられるように、とか」
「うちのおばあちゃんは、来られなかった人の話をする」とネビルが続けた。
「昔は誰がどこへ座っていて、何を食べるのが好きだったとか。だいたい毎年、同じ話だけど」
ネビルは少し笑い、拾った枝を箱へ載せた。
トムは、魔法が使えるからといって、祈ることも、昔を懐かしむこともなくなるわけではないのだと思った。
「それに、イエス様と言ったら偉大な魔法使いだったらしいし」とラベンダーが言った。
「え?魔法界ではそうなってるの?」
「実在するかわからない扱いだけど、悪魔の誘惑を断ち切って、人間の原罪を代わりに背負って亡くなったって」
「うちの父さんは、クリスマスになるとマグルの飾りを見たがるぞ」とロンが言った。
「電気で光るやつ。昔、家でもつけようとした」
「ついたの?」
「母さんが止めた」
そのとき、モミの木が急に細くなり、扉をするりと通り抜けた。
マクゴナガルが杖を下ろす横で、ハグリッドが残念そうに枝を眺めていた。
「せっかく、枝ぶりのいいのを選んだんだがなあ」
「中へ入れば戻します。それから、あなたたち。お話が済んだなら、手を貸してください」
五人は一斉に箱を持ち上げた。ロンがトムへ小声で「ほら、魔法使いのクリスマスにも仕事はある」と言った。
*
飾りつけより難しかったのは、贈り物の用意だった。
船には好きなときに出かけられる店がなく、寄港の際に頼める買い物にも限りがある。
そもそも、トムには自由に使える金がほとんどなかった。例えあっても、孤児院へ何かを送るのは控えたほうがよさそうだ。
だが、クリスマスイブには宴と贈り物の交換会が開かれるらしく、一人一つ、誰に渡ってもよい包みを用意する決まりだ。
それとは別に、世話になった人にも何か渡したいし、リリー、友人たち、先生たち。名前を数えるほど、困った。
「みんな、どうやって用意するの?」
共同休憩室で尋ねると、ロンが怪訝そうな顔をした。
「それ、言っていいのか?」
「中身じゃなくて、手に入れ方だよ」
「ああ。作ったり、持ってるものを交換したり。兄貴たちは、変なものばっかり作ってる」
「それを人にあげていいの?」
「だから、僕は開ける前に振る」
その程度で安全になる品だとよいのだが、とトムは思った。
ネビルは押し花の栞を作っており、ハンナは端切れを縫って小さな袋にするつもりだった。
ラベンダーは包装紙を持っていて、中身より立派に見えるように包めると請け合った。
トムは自分にもできることを考え、倉庫から木材を貰ってきた。
記憶を呼び覚まし、杖でそれを数度つついた。
木材はまん丸に変形し、両側に切れ目が入り、耳のようにパタパタ動いた。
「それ、どうするの?」とハンナが覗き込んだ。
「うーん。昔みたおもちゃみたいなものでね。ハロってやつを作りたいんだ」
「ハロ?」とロンが聞いた。
「まぁ、完成したらみせるよ。今は出来るかわからないし」
*
クリスマスイブの朝も、トムはいつもの時刻に目を覚ました。
鏡の中の自分へ会いに行かなければならなかった。
昨日の鏡の中で、自分はナイトプールにいた。色とりどりの照明の下で美人のちゃんねーたちに囲まれ、耳元で何かをささやかれていた――何という変なシチュエーションのASMRだ……心の底で自分の浅ましさに対して戦慄した。
上着を羽織って共同休憩室へ下りると、暖炉の前にパーシーが立っていた。
小さな紙を片手に、誰もいない椅子へ話しかけている。
「お目にかかれて光栄です。以前から、先生のお仕事について――」
そこで止まり、紙へ何かを書き込む。
トムが邪魔をせず通り過ぎようとすると、パーシーのほうが気づいた。
「おはよう。こんなに早く、どこへ?」
「個人授業の練習です」
「ああ、そうだったね」
パーシーは紙を畳んだ。
いつもより髪が丁寧に整えられ、襟元にも皺がなかった。
「誰かに会うんですか」
「今夜、スラグホーン先生がいらっしゃるんだ。以前、ホグワーツで魔法薬学を教えておられた方だよ。
クィレル先生が紹介してくださることになっている」
トムには覚えのある名前だった。
パーシーは畳んだ紙の角を揃えながら、外国にも教え子が大勢いること、試験や卒業後の勉強について相談できるかもしれないことを話した。
「ここで学んだことを、外でどう認めてもらえるかも聞けるかもしれないんだ」
「それは、よかったですね」
「うん。クィレル先生が、僕の成績について話してくださったらしい。
先生にお手間を取らせたんだから、僕もきちんと準備しておかないと」
紙の折り目から、細かな文字が覗いていた。挨拶だけでなく、質問が幾つも書いてあるらしい。
トムにとって進路はまだ先の話だったが、パーシーには違うのだ。
この船でよい成績を取っても、その先へ道が続いているとは限らない。
「うまく話せるといいですね」
「ありがとう」
パーシーは嬉しそうに微笑んだ。
トムが廊下へ出ると、背後でまた丁寧な挨拶の練習が始まった。
努力が実るよう、トムは心の中で祝福した。
*
夕方の広間は、朝とは別の部屋のようだった。モミの枝には無数の灯がともり、天井から降る雪は料理に届く前に消えた。
卓には七面鳥や焼いたじゃがいも、温かなスープが並び、ロシア風の詰め物入りのパンも山になっていた。
ロンはパンを二つ確保してから七面鳥へ向かった。隣でハンナが「まだ誰も取らないよ」と言ったが、ロンは安心しなかった。
先生たちも普段より長く卓に座っていた。
ハグリッドの笑い声は反対側まで響き、トレローニーは杯を持ち上げるたび、腕輪を盛大に鳴らした。
グリンデルバルドの姿はなかった。
トムは入口を一度見たが、すぐロンにクラッカーの片端を握らされた。破裂音とともに紫の帽子と笛が飛び出し、笛は誰も吹かないうちに鳴り始めた。ハンナが卓布で包んでも、音はなかなかやまなかった。
スラグホーンが現れたのは、その少しあとだった。
腹のよく出た大柄な老人で、立派な口髭と、仕立てのよさそうな上着が目を引いた。外套を預けると、赤くなった手を擦り合わせて広間を見回した。
「いや、外とは大違いだ。実に結構。温かいだけでも、ご馳走だね」
マクゴナガルと握手をし、先生たちへ親しげに声をかける。途中で料理へ目が移り、それを指摘されると、自分も楽しそうに笑った。彼が立ち止まるたび、その周りには人の輪ができた。
しばらくして、リリーが彼を一年生の卓へ連れてきた。
「先生、こちらが今年の新入生たちです」
「おお、そうかね」
スラグホーンは一人ずつ顔を見た。ネビルには両親を知っていると言い、ロンには兄たちのことを尋ねた。
ハンナとラベンダーの家名も確かめ、それからトムへ目を向けた。
「さて、君は?」
「トム・ブライトです」
杯を持つ老人の手が、一瞬止まった。
「トム…ブライト君。魔法の勉強はどうかな?」
「難しいです。でも、できると面白いです」
「それはよい。最初から何もかも簡単では、教えるほうも張り合いがないからね」
「呪文を覚えるのが早いんです」とリリーが言った「とっても。大体のことは1度教えると覚えます」
「ほほう」
スラグホーンはめを輝かせた。トムへクリスマスプレゼントと言って魔法界のお菓子の袋を渡してくれた。
トムが礼を言っていると、そこへクィレルが近づいてきた。半歩後ろにパーシーがいて、朝よりさらに背筋を伸ばしている。
「先生。お久しぶりです。よろしければ、少しお話を」
「おお、もちろん、もちろん。こちらがパーシー・ウィーズリー君だね」
スラグホーンが差し出した手を、パーシーは少し力を込めすぎた様子で握った。
「はい。お目にかかれて光栄です」
「こちらこそ。クィレルから、よい話を聞いているよ」
パーシーの顔が赤くなった。クィレルは隣室なら静かに話せると告げ、二人を広間の外へ案内した。
ロンは兄を見送り、皿へ目を戻した。
「最近、あの挨拶ばっかり言ってたよね」
「知ってたの?」とトムが尋ねた。
「夢に出るくらいには付き合わされたよ」
トムは笑った。扉が閉まる直前、スラグホーンがクィレルへ何か言い、パーシーが頷くのが見えた。
*
その後の贈り物の交換会では、大きな袋が一人ずつ違う包みを吐き出した。
ロンに来たのは掌に収まる木箱で、蓋を開けると「閉めろ!」と怒鳴った。
ロンが広間の向こうを見ると、フレッドとジョージは揃って別の方を向いていた。
ハンナは刺繍入りの手袋を、ラベンダーは匂いの変わる小袋を受け取った。
ネビルの包みは分厚い靴下で、本人は喜んでいたが、ロンは気の毒そうな顔をした。
トムには、小さな手帳が来た。表紙は古かったが中の紙は新しく、最初の頁には「よいことを覚えておくために」とだけ書かれていた。
トムのプレゼントは、上級生であるアンジェリーナへ渡った。彼女が袋を開けると、サッカーボールサイズのまん丸胴体の奇妙なおもちゃが飛び出した。カバー2枚を羽根のように羽ばたかせたりして飛び回り、「ハロ、アンジェリーナ、元気か」と会話するそぶりを見せた。
彼女はまるで喋る巨大なスニッチのだと喜んだ。
……そう思われるのか。
リリーにも異なる色のハロを渡した。
彼女は「ハロ、リリー、好き」としゃべる球体を目の高さに持ってきて観察し、トムが作ったのかと尋ねた。
「はい。変形術と錬金の授業で習ったことを少し応用しました」
「とってもかわいらしいわね」
笑って礼を言われると、用意していた言葉を半分忘れた。
世話になったことを、もう少しきちんと伝えるつもりだったのに。
友人たちとも贈り物を交換し、卓の上は包みと紙屑でいっぱいになった。
椅子へ座り直したとき、上着の内側で箱の角が当たった。最後の一つだった。
「少し、行ってくる」
ハンナはトムの包みを見て頷き、「戻ってきてね。まだ次のゲームがあるって」と言った。
トムは席を離れ、広間を出た。
扉が閉まると、音楽と笑い声が急に遠くなった。
こちらの廊下にも飾りは続いていたが、誰もいない床を小さな灯が照らしているだけだった。
グリンデルバルドは、結局姿を見せなかった。宴が嫌いなのか、誰も誘わなかったのか、それとも彼がいると皆が落ち着かないのか。トムには分からなかった。自分だって、今でも怖いと思っている。何気なく質問しただけで、聞かなければよかったと思う返事をされることも多い。
それでも、一月以上、毎朝付き合ってくれた。ハグリッドから聞いた話も忘れられなかった――何十年も、塔に一人でいた。
その間、クリスマスは何度も来たはずだ。贈り物は届いたのだろうか。特別な日だけでも、誰かが訪ねたのだろうか。
本人に言えば、くだらない感傷だと切り捨てられるに違いない。
だから、授業のお礼ということにしておけばよい。彼から見たら大した品ではないが、自分の成果物だ。
今夜、あの人の分も用意した人間がいたことくらいは伝わるだろう。
角を曲がったところで、部屋から声が聞こえた。
「……もう一度、考えてみてほしいのだよ」
スラグホーンだった。パーシーとの話はもう終わったのだろうか。
トムは扉の下から漏れる明かりを見て、出直そうとした。
「君があの人のために働くなら、アルバスの命は保証する。そういう話なのだ」
足が止まった。
「命は、か」とグリンデルバルドが言った。「寛大なことだ。住まいも用意してくれるのかね。窓に格子のある」
「隠居だよ。公の活動から退き、静かに暮らす。それ以上は求めないと言っている」
「本人が?」
「……あの人の意向として、伝えられた」
短い笑い声がした。
「随分と遠いところから届いた約束だな。途中で中身が入れ替わっていなければよいが」
トムは扉の脇へ寄り、壁に触れないよう身体を縮めた。聞いてはいけない話だった。
それだけは分かったが、立ち去れなかった。
「生徒たちも、ホグワーツへの編入を認めるそうだ」とスラグホーンが続けた。「正規の授業を受け、試験を受け、卒業できる。いつ襲われるか分からない船で、将来を案じながら暮らさずに済む」
「全員、同じ授業を受けられるのかね」
「待遇については、話し合う余地がある」
「では、その話を済ませてから来たまえ」
トムは入学の手紙を思い出した。仕事を割り当て、衣食住を保証し、卒業後の居場所も学校が決める。
クラウチも、親切な申し出のように説明していた。
「君の昔の考えと、何もかも違うわけではないだろう」とスラグホーンが言った。
「魔法使いが自分たちの力にふさわしい立場を得る。その点なら、話し合えるはずだ」
「彼が、自分以外の誰を、自分の隣へ立たせた?」
「そういう意味では――」
「私は魔法族を、マグルに怯えて隠れる境遇から引き上げようとした。
彼は魔法族の半分を、残る半分の足元へ押し込もうとしている」
椅子の軋む音がした。
「才ある子供が生まれても、まず家系図を開く。役に立てば血が濃かったことにし、逆らえば汚れていたことにする。
面白い仕組みだ。君は、それで何代先まで人を選べると思う?」
「現に、国は動いている」
「動かす者が、まだ残っているからだ。血筋で席を埋めるのは簡単だが、その席の仕事まで先祖がしてくれるわけではない」
スラグホーンが息を吐いた。
「君が、他人の支配欲を責めるとはね」
「私のものは、よく知っているのでね。見覚えがあるのだよ」
しばらく、どちらも話さなかった。トムは汗ばんだ手で包みを持ち直した。
部屋の中の静けさに比べ、遠い広間の音楽がひどく無邪気に聞こえた。
「私は、子供たちの話をしているのだ」
スラグホーンの声から、宴席での柔らかさが消えていた。
「さっきまで、新入生と話していた。よく笑う子たちだったよ。まだ、自分が何になれるかも知らない。
その子たちが、数年後には杖を持って戦わされるのかね? 死ねば、新聞にはテロリストと書かれる。
名前さえ載らないかもしれん」
「それを決める者に言いたまえ」
「真面目に勉強し、先へ進もうとしている子もいるのだ。そんな子に、努力した先は戦場だと言いたいのか?」
トムは、パーシーが持っていた紙を思い出した。
何度も畳まれた紙に、細かな字で並べられた質問を。
「政府はもう安定している。国外にも認められ、商売も続いている。明日にでも崩れる政権ではない。
いつまで待たせるつもりだ?」
「ならば、その安定した政府に、子供を追い回すのをやめるよう勧めたまえ」
「私に、それができると思うかね」
「こちらを説得するほうが安全だとは思っているようだ」
スラグホーンが何か言いかけ、やめた。
「君にとっても、魔法族同士で殺し合い、力を失い続けるのは望むところではないだろう」
「抵抗する者がいなくなれば、殺す者も手を休める。見事な和平案だ」
「ゲラート。私は、何もかもよいと言っているのではない。守れるものを守ろうと言っているのだ」
「君が守れると思うものを、だろう」
トムには、老人が薄く笑っている顔が浮かんだ。
「だが、分かった。考えておこう」
「本当に考えてくれ」
「クリスマスの贈り物としては、ずいぶん重い。開けるのにも時間が要る」
スラグホーンは笑わなかった。
杯へ何かを注ぐ音がした。トムがそっと片足を引くと、話題が変わった。
「石は、そこに置いてあるのか」
「ああ」
「まるで文鎮だな」
「紙が飛ばずに済む」
「命の水は作れる。それは分かる」とスラグホーンが言った。「だが、アルバスの治療に必要なものが、すべて揃うわけではない」
「薬の話がしたくて来たのかね」
「そこは、私にも分かる話だからね。命をつなぐことはできても、身体に残った呪いまで取り除けるわけではないだろう。
あの処方には、足りないものがある」
「何だと思う?」
「不死鳥の涙だ」
フォークス、とトムは思った。なぜ今まで忘れていたのだろうか!
ダンブルドアの傍らにいるはずの、赤と金の鳥。
言われてみれば、船へ来てから一度も見かけていなかった。
「アルバスには、長年の友がいた。普通なら、誰より容易く手に入れられただろう。
しかし、今は違う。ホグワーツで、あれが何を受けたかは聞いている。悪霊の火だ」
トムの指が、箱の縁へ食い込んだ。
獣の姿を取り、逃げる者を追い、魔法の品まで焼き尽くした炎を覚えている。
「不死鳥は灰から生まれ直す。だが、その灰に火が残っていたら?」
グリンデルバルドは答えなかった。
「生まれ直そうとするたびに焼かれる。雛になる前に、また灰へ戻される。
炎が外へ漏れぬよう封じておくだけで、精いっぱいなのだろう」
トムは扉を見つめた。死んだのではない。生き返れないのでもない。
生き返ろうとするたび、焼かれているのだ。
「別の不死鳥が、都合よく涙を流してくれるとも思えん。商人が本物と称して売る小瓶を、アルバスへ使うわけにもいくまい。
石があれば助かると、皆は思っているのではないかね?」
「君は、皆によく話を聞いてきたらしい」
「私は君に聞いている」
スラグホーンの声が、少し震えた。
「肝心な材料がない。
それでも希望を持たせ、ここに留める。黙っているのは、欺瞞ではないのか」
部屋が静かになった。トムは、今度こそすぐに否定してほしかった。涙はある。
代わりが見つかった。フォークスも、もう助かっている。どれでもよかった。
「君の物差しで、私の仕事を測るな、ホラス」
返ってきた声は冷たかった。
「これは、私の能力の話ではない」
「そうかね。君に入手できないものは存在せず、君に解けない呪いには手立てがない。
今の話は、そう聞こえたが」
「できると言うなら、なぜ――」
「君へ手順を説明するために、ここで暮らしているわけではない」
スラグホーンは黙り、やがて長い溜息をついた。
「……分かった。今夜は、これ以上言うまい。また来るよ」
「次は菓子でも持ってきたまえ。今夜の話よりは歓迎できる」
椅子が動き、足音が近づいた。トムは、ようやく我に返った。
廊下を戻るには扉の正面を横切らなければならない。すぐ脇に別の部屋があったので、取っ手を掴んだ。
鍵は掛かっていなかった。
身体を滑り込ませ、後ろ手に扉を引いた。暗がりの中で椅子の脚へぶつかりかけ、かろうじて踏みとどまる。
外ではグリンデルバルドの部屋の扉が開き、明かりが廊下へ広がった。
息を殺していると、背後で布が擦れた。振り向くより早く、誰かの手が腕に触れた。
「静かに」
聞き覚えのある声だった。
扉の隙間から漏れた光が、眼鏡の縁を照らした。その下に、固く結ばれた口元が見えた。
パーシーだった。
キリストと魔法界のかかわりのところ、もうちょっと詳しくなるよう修正するかもです。
どの一年生が好き?
-
トム
-
ロン
-
ハンナ
-
ラベンダー
-
ネビル