パーシーの手は、トムの腕を強く掴んでいた。
もう片方の手では口元に指を立て、扉の隙間を睨んでいる。
トムが頷くと、ようやく指が緩んだ。
廊下で扉が閉まり、重い足音が近づいて来る。トムは上着の中の包みを押さえた。
今、ハロが挨拶を始めたらどうしよう。持ち運ぶ間は動かないようにしてあるが、万が一と言うこともある。
幸い、スラグホーンの足音はそのまま物置の前を通り過ぎた。
二人は音が消えてからもしばらく固まったまま動けず、パーシーは慎重に扉を少し開けた。
「どこから聞いた?」
彼の振り返った顔は恐ろしいほど青白かった。
「ダンブルドア先生の命は保証する、というところから」
「僕は、スラグホーン先生に聞きそびれたことがあって来たんだ。君は?」
「プレゼントを渡しに」
トムが包みを見せると、パーシーは一度だけ頷いた。
「今の話は、誰にも言わないでくれ。忘れることにしよう」
「……先輩も?」
「言わないさ。広めても騒ぎになるだけだ」
トムは頷いた。聞きたいことはたくさんあったが、椅子と敷物に挟まれたこの部屋で、パーシーに尋ねても仕方がなかった。
廊下へ出ると、グリンデルバルドの部屋からはまだ明かりが漏れていた。
包みを持つ手に力を込めたが、扉を叩く勇気はでなかった。パーシーも待とうとはせず、二人は黙ったまま広間へ戻った。
*
「お帰り、閣下」
フレッドが足で椅子を引いた。
「執務室はお選びになりましたか?」
「まず椅子だろ」とジョージが言った。「名前を彫ってもらわなきゃ、誰が座るか分からない」
パーシーは立ち止まった。
トムは、彼がいつものように双子の課題か態度について何か言うと思ったが、ただ腰を下ろし、杯を取った。
フレッドとジョージが顔を見合わせた。
「……どうだったんだ?」
「参考になるお話だったよ。紹介状も書いてもらった」
パーシーは杯の中へ目を落とした。
ジョージが口を開きかけたが、何も言わなかった。
トムも席へ戻った。
ハンナはすぐ、上着の膨らみに気づいた。
「渡せなかったの?」
「お客さんがいたから。明日にする」
「パーシーと一緒だったのか?」とロンが聞いた。「あいつ、変だぞ」
「帰りに会ったんだ」
「何か言ってた?」
トムは向こうの卓を見た。パーシーは俯き気味で、杯を両手で包んでいる。
まだ、一口も飲んでいなかった。
「ごめん。よく分からない」
ロンは眉を寄せたが、それ以上は聞かなかった。
代わりに、皿に残してあったデザートを差し出した。
「取っといた」
「ありがとう」
トムは無理やり笑顔を作った。
*
翌朝、トムは鏡の倉庫へ向かう前に、グリンデルバルドの部屋を訪ねた。
老人は煮込んだ魔法薬をかき混ぜていた。傍らには朝食の皿があり、赤い石も数枚の羊皮紙を押さえている。
昨夜あんな話があった場所とは思えないほど、いつもどおりだった。
「おはようございます」
「もう鏡を黙らせたのかね」
「いいえ」
トムは少しドキドキしながら、包みを差し出した。
「メリークリスマス、先生」
グリンデルバルドは振り返り、しばらく包みとトムを交互に見た。
トムは腕を下ろしたくなるのをこらえた。
「授業のお礼です。作ったので」
老人は火を小さくすると、ようやくそれを受け取り解いた――掌にのるサイズの緑色の球体が現れた。こいつはアンジェリーナに渡したものよりずっと小さくしたため、左右の蓋を揃えるのには苦労した。
「底の出っ張りを押してみていただけますか?」
グリンデルバルドが指で触れると、左右の蓋が開いた。
「ハロ。センセイ。オハヨウ」
「挨拶をする文鎮かね」
「少し飛びます」
「文鎮としては重大な欠陥だな」
ハロは掌から浮き上がった。老人の顔の前を一周するはずだったが、左へ傾き、新聞の国際面へ突っ込んだ。グリンデルバルドは指で押し起こし、インク壺の隣へ置いた。
「……それで?」
「え?」
「ほかにも用があるのだろう。昨夜は、二人とも随分と熱心に聞いていたではないか」
トムの手が、解かれた紐を持ったまま止まった。
「……気づいていたんですか?すみません。その、お話の途中だったので……」
「それで隣の部屋で感想を述べ合うことにしたのかね。行儀のよい生徒たちだ」
どこまで知られているのか分からなかった。パーシーとの約束を思い出し、トムは口を閉じた。老人はやれやれと言う様子で首を振った。
「聞きたいことがあるのであればさっさと済ませなさい。君ほど時間を持て余していないものでね」
予想外の展開に、トムは少し口を詰まらせた。
質問はいくつも考えてきたのに、最初に口から捻り出せたのは、最も子供じみたものだった。
「先生は向こうへ行くんですか」
「私が何と答えたか、聞いたのだろう」
「考えておく、と」
「では、聞き違えてはいない」
「本当に考えるんですか?」
グリンデルバルドは薄く笑った。
「断ってほしいような言い方だな」
「はい」
「それは、期待に添えず残念だった」
ちっとも残念そうではなかった。トムは膝の上で紐を握った。
「ダンブルドア先生の治療に、不死鳥の涙が足りないというのも、本当なんですか」
「事実だ」
「フォークスが、悪霊の火で……」
「それもだ」
あまりに短い返事だった。
トムは続きを待ったが、老人は黙ったまま、こちらを見ていた。
「でも、何か方法があるんですよね?」
「今度は、どう答えてほしい?」
「そういうことじゃなくて」
「そうかね」
「先生!」
「で」
グリンデルバルドは近くの椅子に座り、背もたれへ身を預けた。
「足りないものが分かった。それで、君は何をする?」
「……え?」
トムは口を開いたが、言葉が出なかった。
「その、僕には…」
「君には?」
「…何もできません」
「そうか。君の記憶からまた何かアイデアをプレゼントしてくれると思ったのだが、
本当にまともに飛べない球を一つ持ってきただけだったとはね」
机の上のハロは無邪気に耳をパタパタさせる――昨日までは、ちゃんと飛べたのに。
「では、君に今できることは?」
「……閉心術の練習です」
「覚えていたか」
グリンデルバルドはトムから興味を失った風に立ち上ると、そのまま再び魔法薬をかき混ぜる作業へ戻った。
「君はアルバスに伝えたいことがあるのだろう。役に立つかもしれないと。違うかね」
「違いません」
「ソビエトの件で、確かに君は自身の価値を証明した。しかしテングになるな。その記憶について、誰かに仕込まれたものが潜んでいないか。それを調べるのが君の仕事だ」
トムは紐から手を離した。指に赤い跡がついていた。
盗み聞きした自分が悪いのはわかっている。
でも少し不安になって尋ねただけで、なぜここまで言われなくてはならないのだろうか
今ここで怒鳴り、椅子を蹴り、もう来るものかと扉を叩きつけたら、どれほど気が晴れるだろう――十一歳なら、それくらいしてもおかしくない。相手も、少しは言いすぎたと思うかもしれない。
いや、この老人は思わない。ズレた椅子の位置を戻せと言うだろう。
前世で受けたアンガーマネジメント講習会の資料が、こんなときに限って鮮明に思い出された。怒りに任せて行動する前に、間を置きましょう。おかげでまた怒鳴るタイミングを失った。
トムは奥歯を噛みしめ、息を吐いた。
――自分は何を期待していたのだろうか。この人について少しは理解したはずなのに。
「分かりました」
声を絞り出し、何とか挨拶をする。
「お時間をいただいて、ありがとうございました」
一礼すると、グリンデルバルドは振り返りもせずに頷いた。
慰めも、呼び止める言葉もなかった。
トムは扉を静かに閉め、廊下を数歩進んだところで、ようやく大きく息を吐いた。
やっぱり、あんな講習会は受けなければよかった。
――その日の修行は、全くと言っていいほど、うまくいかなかった。
*
クリスマスが終わっても、クリスマス休暇はまだまだ続く。
船の飾りはしばらく残り、広間のモミの木はまだ灯をともしていたし、廊下の星も、生徒が下を通るたびに瞬いた。
ただし、宴の料理は少しずつ姿を変え、翌日の肉料理が次の日にはパイへ、その翌日にはスープへと移っていった。
そんな中、トムは毎朝、鏡へ通った。
鏡の中には、城のホグワーツが現れるようになった。
高い窓の向こうに芝生が広がり、その先で湖が光っている。
自分と四人の友人が長机を囲み、本や羊皮紙を広げていた。
何か特別なことをしているわけではない。
ロンがハンナへ自分の課題を差し出し、断られている。ラベンダーが横から口を挟み、ネビルはインク壺を倒しかけて慌てていた。
毎日授業を受け、課題に追われ、同じ場所へ帰ってくる。それだけの光景だった。
トムは、それを見るのが少し楽しみになっていたーーこれはおそらく、修行としては考えられる限り最悪の展開だった。
日課後は広間へ向かい、寝癖をつけたままのロンやネビルと合流した。
午前中は共同休憩室で課題を片づけることになっていたが、ロンによれば「課題を広げる」と「課題をする」は別の作業であり、その間には十分な休憩が必要で、上級生たちに交じって魔法使いのチェスやゴブストーン、クディッチ盤などを遊んだ。
パーシーも共同休憩室には来ていた。しかし、皆の輪へ入るより、隅の机で手紙を書いていることが多くなった。羽根ペンが止まると、同じ行を長い間眺め、それから紙を丸めてしまう。
誰かが近づけば本を上へ置き、声をかけられれば返事はするものの、すぐ机へ向き直った。トムもあれから彼とはあまり会話できていない。ショックを受けていたようだったが、下級生の自分が相談しにいったところで、より彼の悩みを増やすだけだろうと考えた。
一方、ウィーズリー家の双子はそんなことなどいざ知らず、兄の手紙に大いに興味を示した。
「大臣、国際親書の進捗はいかがですか?」
「これ以上では条約調印が遅れてしまいますぞ!」
初めは「うるさい」と言っていたパーシーも、やがて返事をしなくなった。
すると、双子の行動はエスカレートして、彼が椅子から立つたびにファンファーレが鳴るようになり、挙句の果てには羽根ペンが勝手に仰々しく彼の肩書を書き始めた。
しかし、パーシーは何も反応せず、ただ淡々と別のペンを取りに行った。
「最近、あいつ、つまらないな」
ジョージがそう言うと、フレッドは笑った。
二人は少し寂しそうに兄の出ていった扉を見ていた。
*
十二月二十九日の午後、トムたちは暖炉のそばで課題を広げていた。
ロンが羊皮紙を測り、まだ3センチ足りないことに気が付くと、トムの宿題から写せる場所を探そうとした。
その時だった。突然隅の机から椅子を引く音がした。
「いい加減にしろ!」
パーシーが立っていた。机の羊皮紙から、甲高い声が響いた。
「拝啓、偉大なる――パーシー様の栄光ある――に際し――」
彼が杖を振ると、声は止まった。
フレッドとジョージはまだ笑っていた。
「挨拶は立派なほうがいいだろ」
「何度も書き直してたから、手伝ってやったんだ」
「頼んでない!」
パーシーは紙を押さえた。文字がいくつか、指の下から逃げ出した。
「人が真面目にやっていることを、何だと思ってるんだ?」
「ちょっとした冗談じゃないか」
「君たちには、何でもそうだろうな!」
「そんな大事な手紙だったのか?」
「自分の将来について書いていたんだ。君たちも少しは考えたらどうだ!
いつまでこんなバカげたことを続ける?」
ジョージの笑みが消えた。
「俺たちは考えてないって?」
「考えているなら、勉強しろ。
その成績で何になれるつもりなんだ?
恥ずかしくないのか!?」
ロンの羽根ペンが止まった。
フレッドは机から手を離した。
「悪かったな。お前ほど立派じゃなくて」
「そういう話じゃない!僕は君たちが少しでも親を安心させるような行動を取ったらどうだと言っている」
「ふん。結局俺たちみたいな弟がいて、恥ずかしいってことだろ」
「ああ。君たちのそのくだらない生き方に、これ以上僕を巻き込まないでくれ!」
「そうかい。だからそういう風に手紙に齧り付いていたのか。
俺たちから離れるために。
じゃあとっととその立派な知り合いのところへ行けばいい」
パーシーの口元が固まった。
「そうすることになるかもしれないね」
ジョージが何か言いかけたが、フレッドはもう扉へ向かっていた。
「じゃあ、邪魔して悪かったな」
双子が出ていくと、ロンが立ち上がって追った。
パーシーも机の手紙を片付けはじめた。
何枚かが床へ落ちた。
ネビルが拾いに行こうとしたが、パーシーは杖を振って一瞬ですべてを掻き集めた。
そして、双子とは別の出口から出ていった。
他の一年生たちは唖然としていた。
トムは少し迷ったが、ほおっておけないような気がして、パーシーを追いかけた。
*
パーシーは窓のある廊下で足を止めていた。
窓の向こうには暗い水しか見えなかったが、追いついたトムが声をかけるまで、じっとそちらを向いていた。
「君か。すまないね、見苦しいところを見せた」
「いいえ。その……」
何を言えばよいのか、ここまで来ても決まっていなかった。
気にしないでください、では軽すぎる。
双子も悪気はなかったのだと言えば、なおさら怒らせそうだった。
そもそも、あの二人の気持ちを代わりに説明できるほど、トムは何も知らない。
パーシーの抱えた羊皮紙では、文字が一つ、まだ行間を逃げ回っていた。
彼はそれに気づくと、杖先で押さえて元の場所へ戻した。
「忘れ物なら、ないと思うけど」
「そうじゃなくて……少し、お話ししてもいいですか」
「構わないよ」
いつも質問をしに行ったときと同じ返事だった。
トムはひとまず会話のきっかけを切り出した。
「ダンブルドア先生のことで、グリンデルバルド先生に聞いたんです」
パーシーの手が止まった。
彼は廊下の両側へ目を向け、人がいないことを確かめてから声を落とした。
「例の治療の件かい?」
「はい。涙が足りないのも、フォークスのことも、本当だそうです」
「治せるのか?」
「そこは、答えてくれませんでした」
パーシーは唇を結び、抱えていた紙へ目を落とした。
「そうか」
「それと、先生は、僕たちが聞いていたことに気づいていたみたいです」
「僕のことも?」
「二人とも熱心に聞いていた、って」
眼鏡の奥で目が閉じられた。しばらくして、パーシーは壁へ背を預けた。
「そういうことは、お見通しなんだな」
トムは頷きかけて、やめた。あの老人への不満なら、いくらでも同意できる。
しかし、今はそのために来たわけじゃない。
「でも、方法がないとも言いませんでした。何か考えているのかもしれませんし……」
言葉が尻すぼみになった。
グリンデルバルドの部屋で、自分が聞きたがっていたことを、そのままパーシーへ言おうとしている。何の根拠もないのに。
パーシーはこちらを見ていた。
トムが次の言葉を探していると、彼は大きく息を吸い込んだ。
「すまない。君にまで気を遣わせてしまった」
「そんなことは」
「あるだろう。さっきから、何を言えば僕を怒らせないか考えている。
流石の僕でもわかる」
図星だった。
トムが黙ると、パーシーは紙の端を揃え直した。
「君だって、あの話を聞いて不安だったはずだ。
それなのに、僕の機嫌まで取らせることになってしまった。
上級生のすることじゃないね」
「機嫌を取りに来たわけじゃありません」
思ったより強い声が出た。トムは慌てて言い足した。
「いつも、僕の質問を聞いてくれるので。
何か困っているなら、今度は僕が聞けないかなと思ったんです。
助けられるかは分かりませんけど」
パーシーは少し驚いた顔をした。
それから、戸惑ったような笑みを浮かべた。
「君に話しても、困らせるだけだよ」
「それでも、ただ自分で心配しているよりは……」
そこまで言って、口を閉じた。話したくないことまで聞き出すつもりはなかった。
しかし、パーシーは立ち去らず、窓の縁へ羊皮紙を置き、語り始めた。
彼の両親であるウィーズリー夫婦や兄たちは今は勉強していなさいと言う。
未来についてはダンブルドアが回復すれば、きっと何とかなる、と。
パーシー自身もそれで安心できればよかった。
しかし、今この瞬間でも兄や両親たちはテロリスト扱いされている。
――そして、校長の回復の兆しはいつまでたっても見えてこない。
だから、せめて自分の勉強が無意味にならないために、何か安心の材料が欲しかった。
「それでいろいろ確かめたいことがあって、スラグホーン先生と手紙のやり取りをしていたんだ。あいつらには、出世の挨拶にしか見えなかったらしい」
「何か、方法はあったんですか」
「外国の学校へ問い合わせることはできる。
費用も条件もあるけどね。それから……」
少しためらい、上着の内側から封筒を取り出した。
「ホグワーツへの紹介状ももらった」
トムは紋章を見て息をのんだ。
蛇と鷲とアナグマが描かれており――獅子はいなかった。
「城のほうの、ですか」
「ああ。スラグホーン先生はここから離れたいなら、編入の相談に応じると」
トムの顔を見て、パーシーはすぐ付け加えた。
「決めてはいない。行くと返事をしたわけじゃないよ」
スラグホーンによれば、パーシーは純血で、成績がよい。
ダンブルドアのシンパであるウィーズリー家の一員が離反したのであれば、格好のプロパガンダになる。今のあの人なら、決して悪いようにはされないだろう、と。
トムはそれが野心のあるパーシーにとって魅力のある話だということは分かった。
分かったことが、少し嫌だった。
「あっちで仕事に就ければ、何かできるかもしれない。
もし万が一にだけど、この船が何かに会ったとき、僕の方で助けることが出来るかもしれないし」
「ご家族のために?」
「それもある……でも多分、自分のためでもあるよ。全部、弟たちのためだと言うつもりはない。行きたいと悩むだけで、家族を捨てることになるか?」
トムは首を振った。誰でも脳内で損得勘定をするのは当たり前だ。
たとえそれが、正しくないことであっても。
「ご家族には、その話を?」
「最後まで聞いてもらえると思うかい?」
パーシーは封筒をしまった。
「何を書いているかも聞かなかったんだぞ。城からの手紙なんて見せたら、どうなるか」
トムは返事を探したが、見つからなかった。
パーシーは紙を抱え、「聞いてくれてありがとう。少し気が楽になった」と言った。
それから一人で、来た道を戻っていった。
*
その夜、ロンは靴を脱ぎながら「パーシーなんか放っておけってさ」と言った。
ネビルは心配そうな顔をした。
「本当に、放っておいていいのかな」
「分からない。でも、ずっとあいつの話をしてた。放っておけって言いながら」
「トム、パーシーのほうの様子みにいったよね。そっちはどうだった?」
トムは日記を閉じ、ネビルの質問に答えた。
「成績のことは、言いすぎたと思ってる雰囲気だった」
「だったら謝ればいいのに」
「双子も、手紙のことを謝るべきだと思う」
「言うかなあ」
ロンは靴を寝台の下へ押し込んだ。
「新年まで、あのままかな」
*
翌朝、鏡の中のホグワーツにはパーシーもいた。
ロンの課題を覗き、何かを指摘している。
ロンは嫌そうな顔をしていたが、羊皮紙を取り上げようとはしなかった。
トムは呼吸へ戻ろうとした。しかし、昨夜のロンの声が脳内に響き、それを邪魔した。
その次には、双子にからかわれても言い返さず、冷めた飲み物を両手で包んでいたパーシーの姿。
原作のことを思い出す。
彼はホグワーツを卒業後、魔法省の官僚となった。野心を持ち、権威に目がくらんだため、ハリーやダンブルドアを危険視する政府側に立ってしまった。最終的には和解することに成功するが、しかし、それまでは家族と絶縁状態だった。
この世界でも、同じようなことが起きてしまうのだろうか?
そして、万が一そうなった場合、果たして和解するチャンスはあるのか?
悪い予想がどんどんひどくなり、心の中がざわつき続け、ついに――
「ええい」
声に出して椅子を引いた。
――こんなところで、自分は何をしているのだろう。
グリンデルバルドの言った通り、自分は魔法についてはぺーぺーだ。
玩具一つ満足に飛ばせない。それは認めるしかなかった。
けれど、何もかもそうだろうか?
確かに、パーシーは先輩だ。この船ではトムよりずっと多くのことを知っている。
しかし、年齢は十五歳だったはずだ。前世まで足せば、自分はそのトリプルスコアくらい年上のはずのだ。
偉そうなことを言える人生だったかと問われれば困るが、ストレス社会で揉まれた経験は、少なくとも船の上で暮らしてきた自己承認欲求モンスターの意識高い系青少年よりマシなはずだ。
私はカフェの隅で悩んでいる若者へ、黙って温かい飲み物を出せるような、ダンディなマスターになりたかったのではなかったか。
鏡の中、友人たちがまだ机を囲んでいる。
トムはそこから目を離し、深呼吸をすると倉庫を出た。
*
パーシーの寝室を探すのには、少し時間がかかった。
上級生の寝室へ行く用事などなかったからだ。途中で会った生徒に教えてもらい、ようやく扉へ辿り着くと、息を整えてノックした。
出てきたのは、背の高い上級生だった。
手に靴下を持ち、トムを見下ろして少し驚いた顔をした。
「パーシーさんは、いますか」
「いるけど。何かあった?」
「少し、話したいことが」
上級生は部屋の奥を振り返り、「パーシー、お客」と呼んだ。しばらくして、パーシーも寝間着のまま現れた。
「トム?どうしたんだ」
「これから時間、ありますか?」
「え?」
「見せたいものがあります!30分後、赤い扉の所に来てください!」
パーシーは口を開き、それから、トムの後ろに誰もいないことを確かめた。
「何かあったのか?」
「来てもらえれば分かります。お願いします」
どうも、もっとも信用されない頼み方をしている気がした。
それでも頭を下げると、パーシーは困惑したまま頷いた。
「分かったよ。まず着替えさせてくれ」
*
「それで、見せたいものって?」
約束の時刻になる少し前に、ロンが双子を連れてきた。
フレッドは上着のボタンを一つ掛け違え、ジョージは欠伸の途中だった。
「ちょっと待って。あと一人、呼んであるんだ」
「朝食を持ってくる人なら歓迎するよ」とフレッドが言った。
「ベッドでもいい」とジョージが続けた。
そのとき、廊下の向こうからパーシーが現れた。
ジョージの欠伸が止まり、フレッドは舌打ちした。
「おい、どういうつもりだ」
「あいつも呼んだのかよ」
「僕が全員を呼びました」
パーシーも足を止めた。双子を見て、それからトムへ非難の目を向けて口を開いた。
「僕には何も言わずに?」
「言ったら、来てくれない気がして」
「それは、言わなくていい理由にはならないよ」
正論だった。
トムが返答に詰まると、フレッドが壁から背を離してパーシーへ話しかけた。
「何だ、僕たちがいると困るのか?」
「そういう話をしているんじゃない」
「じゃあどういうつもりなんだ!」
「ちょっとまって!たんま。
きっとトムも何か考えがあってこんなことをしたんだ。
まずは話を聞こうよ」
ロンが二人の間へ口を挟んだ。
パーシーは唇を結び、腕を組んだ。
双子も不機嫌そうだったが、ひとまず口を閉じてくれた。
ナイス!
トムは友人の転機にほっと息をついた。
「こんな形で集めてしまい、申し訳ありません。でも、説明するより、見てもらったほうが早いと思います、この中へどうぞ」
赤い扉を、教わったとおりの間隔で四回叩いた。
取っ手の奥で音がして、扉が開く。
向こうに並ぶ棚を見た途端、双子の顔つきが変わった。
「こいつは驚いた」
「ここは初めてだな」
二人はトムの肩越しに中を覗き、そのまま倉庫へ入っていった。
フレッドの手が、棚の端で指を曲げ伸ばししている手袋へ伸びる。
「駄目です!」
トムは慌ててその腕を掴んだ。
「ここはグリンデルバルド先生が物置に使っているんです。
何が危ないか、僕にも分からないので」
「本人より危ないものは、そうないだろうけどね」
フレッドは残念そうに手を引っ込めた。
手袋のほうは、まだ誘うように指を動かしていた。
トムは二人がついてきていることを何度も確かめながら、棚の間を進んだ。
パーシーも黙って歩いていたが、フレッドが何かへ顔を近づけるたび、そちらへ目を向けていた。
*
「これです」
四人を鏡の前へ案内すると、トムは普段使っている椅子を脇へ退けた。
「みぞの鏡といって、見た人が心から望んでいるものを映します」
「今の僕は、ここにあるものを片っ端から調べたいんだけど」とフレッドが言った。
「多分、そういうのより、もっと深いところにある願いです。
こんなふうになれたらいいとか、こうだったらよかったとか。
ただ、本当にそうなるわけじゃありません。未来を教えてくれる鏡ではないので」
説明しながら、不安になった。三人が何を見るのか、トムは知らない。
しかし、原作では喧嘩をしても、離れていても、家族だった。
それならば、きっと――
フレッドは、そんな心配をする時間も与えず、鏡の前へ進み出た。
金色の枠を見上げ、真正面へ立つ。その顔から、からかうような笑みが消えた。
「何だよ」とジョージが尋ねた。
「店だ」
「店?」
「僕たちの」
ジョージがすぐ隣へ入った。
しばらく鏡を見つめ、それから目を丸くした。
「本当だ。棚が上まであるぞ。おい、客がいっぱいだ」
「見ろよ、あの箱。ずる休みスナックボックスだ」
「どれだ?」
「真ん中の棚。ゲーゲー・トローチが山ほど入ってる。
ちゃんと元に戻せるようになったらしい」
「こっちじゃカナリア・クリームが一番売れてるぞ。あ、また一人、羽が生えた」
フレッドが笑い、ジョージは少し首を傾げた。
「どこだよ。誰も変わってない」
「その、同じものを見ているわけではないんです」
トムが補足した。
「隣に立っていても、それぞれ自分の願いが見えます」
「じゃあ、お前の店より、僕の店のほうが繁盛してるな」
「こっちは客が外まで並んでるぞ」
「みんな…笑ってる…」
「ああ」
ロンは兄たちの肩の間から爪先立ちで覗こうとしたが、二人が身を乗り出したので何も見えなかったらしい。諦めて踵を下ろした。
「母さんがいる」
ジョージの声が、急に小さくなった。
「いるな」とフレッドが答えた。
「怒ってない」
「こっちもだ」
二人とも、それきり黙った。
やがてフレッドが、鏡へ耳を近づけるように顔を傾けた。
「何か言ってる」
「聞こえません。姿が映るだけです」
「そうか。……いや、でも、分かるよ」
ジョージは笑っていた。いつもの、誰かが引っかかるのを待っている笑い方ではなかった。
「母さん、僕たちの肩を抱いてる。看板を見ろって、誰かに指してるんだ」
「こっちは、店の中を案内してるところだ。何を見せても感心してる」
フレッドは鏡から目を離さず、少し照れたように鼻を擦った。
「一度も、もっとまともなことをしろって顔をしない」
パーシーが二人を見た。
ジョージはその気配に振り向きかけ、目が合うと、また鏡へ顔を戻した。
*
しばらくして、ロンが「次、パーシーだろ」と言った。
双子は名残惜しそうに脇へ寄った。
パーシーは鏡の前へ進み、初めは枠の彫刻を確かめるように見上げていた。
しかし、視線が鏡面へ落ちると、すぐに眉が上がった。背筋が伸び、口元が少し緩む。
「やっぱり大臣か?」
フレッドが言い、ロンに肘で突かれた。
パーシーは聞いていなかった。
「今より、大人になっている。式典みたいだ。何か、もらって……」
言葉が途切れた。トムは服の裾で、汗ばんだ手を拭いた。
「父さんと母さんがいる。父さんが、僕の肩に手を置いている。
母さんは……泣いてるけど、悲しいんじゃない」
パーシーは少し笑った。それから口元を引き締めたが、すぐまた緩んだ。
「パーシーさん。その……ほかの家族も、いますか?」
「え?」
パーシーは一瞬トムを見て、もう一度鏡へ向き直った。
視線が少し横へ動いた。
そのまま何も言わなくなったので、トムは失敗を覚悟したが、次の瞬間――
「……いるよ」
「僕たちも?」とロンが尋ねた。
「ああ。君も、ジニーも。ビルとチャーリーも」
そこで、また言葉を切った。
フレッドが腕を組み直した。
ジョージは棚のほうを向いていたが、何も見てはいないようだった。
「フレッドとジョージも、いる」
パーシーは鏡を見つめたまま言った。
「何してる?」とフレッドが尋ねた。
パーシーの耳が赤くなった。
「僕を、祝ってくれてる」
「僕たちが?」
「そうだよ!」
少し苛立った声だったが、続きは小さかった。
「二人とも、抱きついてきて……何か言っている。多分、おめでとうって」
倉庫が静かになった。ロンまで、足を動かすのをやめていた。
パーシーは鏡から離れた。急にひどく気恥ずかしくなったらしく、眼鏡を押し上げ、上着の皺を伸ばした。
「これで満足かい?」
トムは答えられなかった。
何か言わなければと思ったが、先に口を開いたのはジョージだった。
「僕のところにも、君がいたよ」
パーシーの手が止まった。
「店に?」
「ああ。商品を手に取ってた。伸び耳だと思う。
真面目な顔で箱の裏を読んで、それから試してた」
「僕のほうにもいた」とフレッドが言った。「カナリア・クリームを見て、笑ってたよ」
パーシーは双子を交互に見た。
「僕が?」
「驚くよな。僕も驚いた」
フレッドは笑いかけたが、からかう言葉は続けなかった。
「君が店に来ても、説教して帰ると思ってた」
「僕だって、君たちが何をしても文句を言いたいわけじゃない」
「大抵、言うだろ」
「君たちが大抵、何か仕掛けるからだよ」
いつもの調子になりかけたところで、三人とも口を閉じた。
パーシーが鏡へ目を戻した。
もう正面には立っていないので、そこには倉庫の棚しか映っていなかった。
「……ちゃんと見たことは、なかったかもしれない」
双子が顔を上げた。
「君たちが何を作ろうとしているのか。
どうせ、また誰かを困らせるものだろうと思っていた」
「困らせるものもあるけどね」とジョージが言った。
「ジョージ」
「あるだろ。そこは嘘をつけない」
フレッドは肩をすくめ、それからパーシーを見た。
「僕たちも、君が真面目にやっていると、からかわなきゃ損みたいに思ってた」
「損?」
「そうだ」
「どうして?」
フレッドとジョージと目を合わせた。
どちらかが先に話すのを待っているようだった。
やがてジョージが、上着のポケットへ両手を突っ込んだ。
「覚えてないか。昔、君の羽根ペンに細工したこと」
「どれのことだよ」
返事があまりに早かったので、ロンが吹き出した。
フレッドは少しだけ気まずそうに鼻を擦った。
「母さんへの手紙だよ。君がどう近況報告するか悩んでいたとき」
「書いた言葉が、全部僕は優等生です。偉いですになるやつ」とジョージが続けた。
パーシーの眉が動いた。
「あれか。インクのせいだと思って、三回も入れ替えた」
「最後には、紙いっぱいに優等生って書かれてた」
ロンが声を上げて笑った。
パーシーも口元を押さえたが、隠しきれなかった。
「あれには困ったよ。何を書いても駄目で、とうとうペンに向かって怒鳴ったんだ」
「そう。それで、自分で笑っただろ」
ジョージの声が少し静かになった。
「僕たちがやったって見つけても、怒らなかった。
もう一回やってみろって言ったんだ」
パーシーは双子を見た。
「……そうだったかな」
「そうだったよ。他の子まで呼んできて見せびらかしてた」
「あんなふうに笑わせたの、初めてだったんだ。
君はいつも本を読んでるか、僕たちに静かにしろって言ってるかだったから」
「それで、その晩に話したんだよ。ああいうのを、もっと作れたらって」とジョージが言った。「店いっぱいに並べて、金を払ってでも欲しいって言う人がいたら、ずっと作っていられるだろ」
パーシーは何も言わなかった。
双子も、今度は冗談を付け足さなかった。
「僕が笑ったから?」
「きっかけの一つだよ」フレッドが肩をすくめた。「この船ってたまにすげー暗い雰囲気のときがあるからな」
「知らなかった」
「言ってないからね」
「言ってくれれば――」
そこでパーシーは口を閉じた。少し考えてから、言い直した。
「いや。言われても、僕はまず課題を終わらせろと言ったかもしれない」
双子が揃って頷いたので、パーシーは苦笑した。
「それで…また笑わせたかったんだよ。
ところが、近ごろは何をやっても怒るから」
「もっとひどいことをしたのか?」
「……まあ。そうなると、こっちも意地になるだろ」
パーシーは呆れたように息を吐いた。けれど、今度は背を向けなかった。
「この前は、悪かったよ」
ジョージが言った。フレッドも、間を置いて頷いた。
「僕も」
「……僕も、言いすぎた」
パーシーは二人の顔を見た。まだ体は強張っていたが、今度は目をそらさなかった。
「君たちが、何も考えていないと言ったのは、取り消す」
フレッドがジョージを見た。ジョージもフレッドを見た。
それだけで何か決まったらしく、二人が同時に近づいたので、パーシーは一歩後ずさった。
「何だ?」
「予行演習」とフレッドが言った。
二人が左右から抱きついた。
パーシーの眼鏡がずれ、片方の腕が上着ごと挟まった。
「おい、やめろ。まだ何も――」
「じゃあ、予約分だ」とジョージが言った。
「出世したときに、もう一回やる」
「人前では絶対にやめてくれ!」
パーシーは抗議したが、二人を突き放しはしなかった。
自由なほうの手が少し迷い、それから、どちらかの背中をぎこちなく叩いた。
ロンがトムの隣へ来た。
「よくこんなこと、思いついたな」
トムはようやく、握りしめていた手を開いた。
「うまくいくか、分からなかった」
「だろうな。さっき、ひどい顔してたぞ」
鏡の前では、パーシーが眼鏡を直しながら、フレッドの掛け違えたボタンを指摘していた。
フレッドは下を見て、ジョージはなぜ教えなかったのかと責められている。
トムは脇へ退けた椅子に腰を下ろした。
ダンディなマスターなら、ここで気の利いた一言くらい言うのだろう。
しかし、トムには、ほっとして座り込むので精一杯だった。
*
兄弟たちがトムの計らいに感謝を述べた後、パーシーは眼鏡を掛け直して小さく咳払いをした。
「その……まだ、話していないことがある」
彼は上着の内側へ手を入れ、折り畳んだ手紙を取り出した。
端はきちんと揃っていたが、折り目のところだけが少し擦れていた。
「スラグホーン先生から、紹介状をいただいたんだ」
「外国の学校への?」とロンが尋ねた。
パーシーは首を振った。
「ホグワーツだよ。城のほうの」
フレッドとジョージはその場で固まった。
「僕の成績なら、編入を認めてもらえるかもしれないそうだ。
正式な試験も受けられるし、卒業後の進路についても、相談に乗ってくださると」
誰も口を挟まなかった。パーシーは手紙を見下ろした。
「正直に言うと、心が動いた。ここで勉強を続けて、その先に何があるのか、僕には分からなかったから。それに、向こうで地位を得られれば、君たちのためにも何かできるんじゃないかと思ったんだ」
「僕たちも来ていいって?」とロンが聞いた。
「いや。そこまでは……」
「じゃあ、それは兄貴が考えただけだろ」
パーシーはすぐには答えなかった。手紙の角を親指で撫で、それから頷いた。
「そうだね。僕が、そうだったらいいと思っただけだ」
トムは鏡へ目を向けた。さっきまで、そこには誰もが望んだものが映っていた。
手紙の中にも、人は似たようなものを見つけるのかもしれなかった。
「行くのか?」
フレッドの声からは、からかう調子が消えていた。
パーシーは一度鏡の中を見た。その後、目線を兄弟たちに戻す。
「……断ろうと思う」
「でも、将来のことまで考えるのをやめるつもりはないよ。外国で試験を受ける方法があるなら調べたいし、スラグホーン先生にも、そちらについては引き続き伺うつもりだ」
「それは、いいんじゃないか」とジョージが言った。
「父さんと母さんにも話せよ」とロンが続けた。「手紙をもらったことも、全部」
「ああ」
パーシーは紹介状を畳み直した。今度は、折り目を何度も押さえたりはしなかった。
「返事を書く前に、相談する」
「その間は静かにしてるよ」とフレッドが言った。
「できるのかい?」
「努力はする」
「二人同時には難しいかもしれないけど」とジョージが付け加えた。
パーシーは呆れたように首を振ったが、手紙をしまうときには、少し笑っていた。
そこでロンが、待ちかねたように片手を上げた。
「それで話は終わった?
僕も鏡を見たいんだけど?」
今週はここまで(~10/4)