パーシーの手は、トムの腕を強く掴んでいた。もう片方の手では口元に指を立て、扉の隙間を睨んでいる。トムが頷くと、ようやく指が緩んだ。
廊下で扉が閉まり、重い足音が近づいてきた。トムは上着の中の包みを押さえた。
今、ハロが挨拶を始めたらどうしよう。持ち運ぶ間は動かないようにしてある。しかし、つい昨日まで「ハロ」と言わせるたびに左の耳だけ開いていた玩具を、こういうときに信用してよいものだろうか。
幸い、スラグホーンの足音は物置の前を通り過ぎた。パーシーは音が消えてからもしばらく待ち、ようやく扉を少し開けた。
「どこから聞いた?」
振り返った顔は青白かった。
「ダンブルドア先生の命は保証する、というところから」
パーシーは口元を固くした。
「僕は、スラグホーン先生に聞きそびれたことがあって来たんだ。君は?」
「プレゼントを渡しに」
トムが包みを見せると、パーシーは一度だけ頷いた。
「今の話は、誰にも言わないでくれ。忘れることにしよう」
「……パーシーさんも?」
「言わないさ。広めても騒ぎになるだけだ」
トムは頷いた。聞きたいことはたくさんあったが、椅子と敷物に挟まれたこの部屋で、パーシーに尋ねても仕方がなかった。
廊下へ出ると、グリンデルバルドの部屋からはまだ明かりが漏れていた。
包みを持つ手に力を込めたが、扉を叩く勇気はでなかった。パーシーも待とうとはせず、二人は黙ったまま広間へ戻った。
*
「お帰り、大臣閣下」
フレッドが足で椅子を引いた。
「執務室はお選びになりましたか?」
「まず椅子だろ」とジョージが言った。「名前を彫ってもらわなきゃ、誰が座るか分からない」
パーシーは立ち止まった。トムは、いつものように双子の課題か態度について何か言うと思ったが、彼はただ腰を下ろし、杯を取った。
フレッドとジョージが顔を見合わせた。
「……どうだったんだ?」
「参考になるお話だったよ。紹介状も書いてもらった」
パーシーは杯の中へ目を落とした。ジョージが口を開きかけたが、何も言わなかった。
トムも席へ戻った。ハンナはすぐ、上着の膨らみに気づいた。
「渡せなかったの?」
「お客さんがいたから。明日にする」
「パーシーと一緒だったのか?」とロンが聞いた。「あいつ、変だぞ」
「帰りに会ったんだ」
「何か言ってた?」
トムは向こうの卓を見た。パーシーは杯を両手で包んでいる。まだ、一口も飲んでいなかった。
「ごめん。よく分からない」
ロンは眉を寄せたが、それ以上は聞かなかった。代わりに、皿に残してあったデザートを差し出した。
「取っといた」
「ありがとう」
トムは無理やり笑顔を作った。
*
翌朝、トムは鏡の倉庫へ向かう前に、グリンデルバルドの部屋を訪ねた。
老人は煮込んだ魔法薬をかき混ぜていた。傍らには朝食の皿があり、赤い石も数枚の羊皮紙を押さえている。
昨夜あんな話があった場所とは思えないほど、いつもどおりだった。
「おはようございます」
「もう鏡を黙らせたのかね」
「いいえ」
トムは少しドキドキしながら、包みを差し出した。
「メリークリスマス、先生」
グリンデルバルドは振り返り、しばらく包みとトムを交互に見た。
トムは腕を下ろしたくなるのをこらえた。
「授業のお礼です。作ったので」
老人は火を小さくすると、ようやくそれを受け取り解いた――掌にのるサイズの緑色の球体が現れた。こいつはアンジェリーナに渡したものよりずっと小さくしたため、左右の蓋を揃えるのには苦労した。
「底の出っ張りを押してみていただけますか?」
グリンデルバルドが指で触れると、左右の蓋が開いた。
「ハロ。センセイ。オハヨウ」
「挨拶をする文鎮かね」
「少し飛びます」
「文鎮としては重大な欠陥だな」
ハロは掌から浮き上がった。老人の顔の前を一周するはずだったが、左へ傾き、新聞の国際面へ突っ込んだ。グリンデルバルドは指で押し起こし、インク壺の隣へ置いた。
「それで?」
「え?」
「ほかにも用があるのだろう。昨夜は、二人とも随分と熱心に聞いていたではないか」
トムの手が、解かれた紐を持ったまま止まった。
「……気づいていたんですか?すみません。その、お話の途中だったので……」
「それで隣の部屋で感想を述べ合うことにしたのかね。行儀のよい生徒たちだ」
どこまで知られているのか分からなかった。パーシーとの約束を思い出し、トムは口を閉じた。老人はやれやれと言う様子で首を振った。
「聞きたいことがあるのであればさっさと済ませなさい。君ほど時間を持て余していないものでね」
予想外の展開に、トムは少し口を詰まらせた。
質問はいくつも考えてきたのに、最初に口から捻り出せたのは、最も子供じみたものだった。
「先生は向こうへ行くんですか」
「私が何と答えたか、聞いたのだろう」
「考えておく、と」
「では、聞き違えてはいない」
「本当に考えるんですか?」
グリンデルバルドは薄く笑った。
「断ってほしいような言い方だな」
「はい」
「それは、期待に添えず残念だった」
ちっとも残念そうではなかった。トムは膝の上で紐を握った。
「ダンブルドア先生の治療に、不死鳥の涙が足りないというのも、本当なんですか」
「事実だ」
「フォークスが、悪霊の火で……」
「それもだ」
あまりに短い返事だった。トムは続きを待ったが、老人は黙ったまま、こちらを見ていた。
「でも、何か方法があるんですよね?」
「今度は、どう答えてほしい?」
「そういうことじゃなくて」
「そうかね」
「先生!」
グリンデルバルドは、面倒くさそうに息を吐いた。
「で?」
「……え?」
「足りないものが分かった。それで、君は何をする?」
トムは口を開いたが、言葉が出なかった。
「その、僕には…」
「君には?」
「…何もできません」
「だろうな。今朝は、まともに飛べない球を一つ持ってきたところだ」
机の上のハロは無邪気に耳をパタパタさせる――昨日までは、ちゃんと飛べたのに。
「では、君にできることは?」
「……閉心術の練習です」
「覚えていたか」
グリンデルバルドは椅子に座り、背もたれへ身を預けた。
「君はアルバスに伝えたいことがあるのだろう。役に立つかもしれないと。違うかね」
「違いません」
「ならば、その記憶を、もう少し確かめられるようにしたまえ。何を本当に覚えているのか、どこから先を君が補っているのか。誰かに仕込まれたものが潜んでいないか。それを調べるのが君の仕事だ」
トムは紐から手を離した。指に赤い跡がついていた。
確かに盗み聞きした自分が悪いのはわかっている。
でも少し不安になって尋ねただけで、なぜここまで言われなくてはならないのだろうか
今ここで怒鳴り、椅子を蹴り、もう来るものかと扉を叩きつけたら、どれほど気が晴れるだろう――十一歳なら、それくらいしてもおかしくない。相手も、少しは言いすぎたと思うかもしれない。
いや、この老人は思わない。壊した椅子を直せと言うだろう。
トムは奥歯を噛みしめ、息を吐いた。前世で受けたアンガーマネジメント講習会の資料が、こんなときに限って鮮明に思い出された。怒りに任せて行動する前に、間を置きましょう。おかげで今、怒鳴るタイミングを失った。
「分かりました」
声を絞り出し、何とか挨拶をする。
「お時間をいただいて、ありがとうございました」
一礼すると、グリンデルバルドは頷いた。慰めも、呼び止める言葉もなかった。
トムは扉を静かに閉め、廊下を数歩進んだところで、ようやく大きく息を吐いた。
やっぱり、あんな講習会は受けなければよかった。
――その日の修行は、最後までうまくいかなかった。
*
クリスマスが終わっても、クリスマス休暇はまだまだ続く。船の飾りはしばらく残り、広間のモミの木はまだ灯をともしていたし、廊下の星も、生徒が下を通るたびに瞬いた。
ただし、宴の料理は少しずつ姿を変え、翌日の肉料理が次の日にはパイへ、その翌日にはスープへと移っていった。
そんな中、トムは毎朝、鏡へ通った。
鏡の中には、城のホグワーツが現れるようになった。高い窓の向こうに芝生が広がり、その先で湖が光っている。自分と四人の友人が長机を囲み、本や羊皮紙を広げていた。
何か特別なことをしているわけではない。ロンがハンナへ自分の課題を差し出し、断られている。ラベンダーが横から口を挟み、ネビルはインク壺を倒しかけて慌てていた。
毎日授業を受け、課題に追われ、同じ場所へ帰ってくる。それだけの光景だった。
トムは、それを見るのが少し楽しみになっていた。修行としては、恐らく最悪だった。
日課後は広間へ向かい、寝癖をつけたままのロンやネビルと合流した。午前中は共同休憩室で課題を片づけることになっていたが、ロンによれば「課題を広げる」と「課題をする」は別の作業であり、その間には十分な休憩が必要だった。
パーシーも共同休憩室には来ていた。しかし、皆の輪へ入るより、隅の机で手紙を書いていることが多くなった。羽根ペンが止まると、同じ行を長い間眺め、それから紙を丸めてしまう。
誰かが近づけば本を上へ置き、声をかけられれば返事はするものの、すぐ机へ向き直った。
双子は、兄の手紙に大いに興味を示した。
「大臣閣下、今年の予算案ですか?」
「お菓子への課税は反対だ。国民が黙ってないぞ」
初めは「うるさい」と言っていたパーシーも、やがて返事をしなくなった。すると、双子の行動はエスカレートして、彼が椅子から立つたびにファンファーレが鳴るようになり、挙句の果てには羽根ペンが勝手に彼の肩書を書き始めた。
しかし、パーシーはただ淡々と別のペンを取りに行った。
「最近、あいつ、つまらないな」
ジョージがそう言うと、フレッドは笑った。
二人は少し寂しそうに兄の出ていった扉を見ていた。
*
十二月二十九日の午後、トムたちは暖炉のそばで課題を広げていた。
ロンが羊皮紙を測り、まだ3センチ足りないことに気が付くと、トムの宿題から写せる場所を探そうとした。
その時だった。突然隅の机から椅子を引く音がした。
「いい加減にしてくれ!」
パーシーが立っていた。机の羊皮紙から、甲高い声が響いた。
「拝啓、偉大なる――パーシー様の栄光ある――に際し――」
杖が振られ、声は止まった。フレッドとジョージはまだ笑っていた。
「挨拶は立派なほうがいいだろ」
「何度も書き直してたから、手伝ってやったんだ」
「頼んでない!」
パーシーは紙を押さえた。文字がいくつか、指の下から逃げ出した。
「人が真面目にやっていることを、何だと思ってるんだ?」
「ちょっとした冗談じゃないか」
「君たちには、何でもそうだろうな!」
「そんな大事な手紙だったのか?」
「自分の将来について書いていたんだ。君たちも少しは考えたらどうだ!いつまでこんなバカげたことを続ける?」
ジョージの笑みが消えた。
「俺たちは考えてないって?」
「考えているなら、勉強に使えばいい。その成績で何になれるつもりなんだ?恥ずかしくないのか!?」
ロンの羽根ペンが止まった。
フレッドは机から手を離した。
「悪かったな。お前ほど立派じゃなくて」
「そういう話じゃない」
「俺たちみたいな弟がいて、恥ずかしいんだろ」
「人の話を聞けと言っているんだ!」
「そんなに嫌なら、立派な知り合いのところへ行けばいいじゃないか。そんなに俺たちから離れたいのかよ」
パーシーの口元が固まった。
「そうすることになるかもしれないね」
ジョージが何か言いかけたが、フレッドはもう扉へ向かっていた。
「じゃあ、邪魔して悪かったな」
二人が出ていくと、ロンが立ち上がって追った。
パーシーも紙を集め始めた。
何枚かが床へ落ち、トムが拾いに行く前に、自分で掻き集めた。
彼は双子と別の出口から出ていった。
他の一年生たちは唖然としていた。トムは少し迷ったが、ほおっておけないような気がして、パーシーを追いかけた。
*
パーシーは窓のある廊下で止まった。
何も見えない暗い水を眺め、追いついたトムへ顔を向けた。
「君か、少し見っともないところを見せてしまったね。すまない」
「いいえ」
トムは隣へ立った。
パーシーの抱えている紙では、文字が一つ、行間を行ったり来たりしていた。
彼のプライドだとかストレスだとか、そういうのを刺激しないよう、言葉を慎重に選ぶ。
パーシーもそれを察したのか、少し気まずく微笑むと、「何か用かい?」と逆に聞いてきた。
「ダンブルドア先生のことで、グリンデルバルド先生に聞きました」
「まって」
パーシーは顔色を変え、廊下を見て、他に人がいないことを確認した。
「例の治療の件?」
「はい。先生の方は私たちが聞いていたことに気がついていたみたいです」
「僕のことも?」
「二人とも熱心に聞いていた、って」
パーシーは大きく息を吸い込んだ。
「それで?」
「涙が足りないのも、フォークスのことも、本当だそうです」
「治せるのか?」
「答えてくれませんでした」
「そうか…」
彼は酷く失望した様子で、壁に背を預ける。
「私はできることをやれ、と言われました」
「君は一年生だ。治療まで君が心配しても、どうにもならないよ」
「でも、皆、よくなるのを期待していて…先輩は?」
「僕も期待していたさ。よくなってほしいよ。ただ、いつになるかは誰も教えてくれないんだ」
逃げていた文字を杖で叩き、元の行へ押し戻しながらパーシーは語る。
両親であるウィズリー夫婦や兄たちは今は勉強していなさいと言う。
ダンブルドアが回復すれば、きっと何とかなるって。
パーシー自身もそれで安心できればよかった。
しかし、今この瞬間でも兄や両親たちはテロリスト扱いされている。
そして、自分の勉強も無意味の様に思えた。
パーシーは手に持っていた紙を持ち上げ、整理した。
「それでまだいろいろ確かめたいことがあって、手紙のやり取りをしていたんだ。
あいつらには、出世の挨拶にしか見えなかったらしい」
「何か、方法はあったんですか」
「外国の学校へ問い合わせることはできる。費用も条件もあるけどね。それから……」
少しためらい、上着の内側から封筒を取り出した。
「ホグワーツの招待状ももらった」
トムは紋章を見て息をのんだ。
蛇と鷹とアナグマが描かれており――獅子はいなかった。
「城のほうの、ですか」
「ああ。スラグホーン先生はここから離れるなら、編入の相談に応じると」
トムの顔を見て、パーシーはすぐ付け加えた。
「決めてはいない。行くと返事をしたわけじゃないよ」
スラグホーンによれば、パーシーは純血で、成績がよい。
ダンブルドアシンパであるウィズリー家から離反したのであれば、格好のプロパガンダの的になるため、決して悪いようにはされないだろう、と。
トムはそれがパーシーにとって魅力のある話だということは分かった。
分かったことが、少し嫌だった。
「あっちで仕事に就ければ、何かできるかもしれない。
もし万が一にだけど、この船が何かに会ったとき、僕の方で助けることが出来るかもしれない」
「ご家族のために?」
「それもある……でも多分、自分のためでもあるよ。全部、弟たちのためだと言うつもりはない。行きたいと少し思っただけで、家族を捨てることになるか?」
トムは首を振った。誰でも脳内で損得勘定をするのは当たり前だ。
たとえそれが、正しくないことであっても。
「ご家族には、その話を?」
「最後まで聞いてもらえると思うかい?」
パーシーは封筒をしまった。
「何を書いているかも聞かなかったんだぞ。城からの手紙なんて見せたら、どうなるか」
トムは返事を探したが、見つからなかった。
パーシーは紙を抱え、「聞いてくれてありがとう。少し気が楽になった」と言った。
それから一人で、来た道を戻っていった。
*
その夜、ロンは靴を脱ぎながら「パーシーなんか放っておけってさ」と言った。
ネビルは心配そうな顔をした。
「本当に、放っておいておいていいのかな」
「分からない。でも、ずっとあいつの話をしてた。放っておけって言いながら」
「トム、パーシーのほうの様子みにいったよね。そっちはどうだった?」
トムは日記を閉じ、ネビルの質問に答えた。
「成績のことは、言いすぎたと思ってる雰囲気だった」
「だったら謝ればいいのに」
「双子も、手紙のことを謝るべきだと思う」
「言うかなあ」
ロンは靴を寝台の下へ押し込んだ。
「新年まで、あのままかな」
*
翌朝、鏡の中のホグワーツにはパーシーもいた。
ロンの課題を覗き、何かを指摘している。
ロンは嫌そうな顔をしていたが、羊皮紙を取り上げようとはしなかった。
トムは呼吸へ戻ろうとした。しかし、昨夜のロンの声が脳内に響き、それを邪魔した。
その次には、双子にからかわれても言い返さず、冷めた飲み物を両手で包んでいたパーシーの姿。
原作のことを思い出す。
彼はホグワーツを卒業後、魔法省の官僚となった。野心を持ち、権威に目がくらんだため、ハリーやダンブルドアを危険視する政府側に立ってしまった。最終的には和解することに成功するが、しかし、それまでは家族と絶縁状態だった。
この世界でも、同じようなことが起きてしまうのだろうか?
そして、万が一そうなった場合、果たして和解するチャンスはあるのか?
悪い予想がどんどんひどくなり、心の中がざわつき続け、ついに――
「ええい」
声に出して椅子を引いた。
――こんなところで、自分は何をしているのだろう。
グリンデルバルドの言った通り、自分は魔法についてはぺーぺーだ。
玩具一つ満足に飛ばせない。それは認めるしかなかった。
けれど、何もかもそうだろうか?
確かに、パーシーは先輩だ。この船ではトムよりずっと多くのことを知っている。
しかし、年齢は十五歳だったはずだ。前世まで足せば、自分はそのトリプルスコア分の差があるのだ。
偉そうなことを言える人生だったかと問われれば困るが、ストレス社会で揉まれた経験は、少なくとも船の上で暮らしてきた自己承認欲求モンスターの意識高い系青少年よりマシなはずだ。
私はカフェの隅で悩んでいる若者へ、黙って温かい飲み物を出せるような、ダンディなマスターになりたかったのではなかったか。
鏡の中、友人たちがまだ机を囲んでいる。
トムはそこから目を離し、深呼吸をすると倉庫を出た。
*
パーシーの寝室を探すのには、少し時間がかかった。
上級生の寝室へ行く用事などなかったからだ。途中で会った生徒に教えてもらい、ようやく扉へ辿り着くと、息を整えてノックした。
出てきたのは、背の高い上級生だった。
手に靴下を持ち、トムを見下ろして少し驚いた顔をした。
「パーシーさんは、いますか」
「いるけど。何かあった?」
「少し、話したいことが」
上級生は部屋の奥を振り返り、「パーシー、お客」と呼んだ。しばらくして、パーシーも寝間着のまま現れた。
「トム?どうしたんだ」
「これから時間、ありますか?」
「え?」
「見せたいものがあります!30分後、赤い扉の所に来てください!」
パーシーは口を開き、それから、トムの後ろに誰もいないことを確かめた。
「何かあったのか?」
「来てもらえれば分かります。お願いします」
どうも、もっとも信用されない頼み方をしている気がした。
それでも頭を下げると、パーシーは困惑したまま頷いた。
「分かったよ。まず着替えさせてくれ」
*
「それで、見せたいものって?」
約束の時刻になる少し前に、ロンが双子を連れてきた。
フレッドは上着のボタンを一つ掛け違え、ジョージは欠伸の途中だった。
「ちょっと待って。あと一人、呼んであるんだ」
「朝食を持ってくる人なら歓迎するよ」とフレッドが言った。
「ベッドでもいい」とジョージが続けた。
そのとき、廊下の向こうからパーシーが現れた。
ジョージの欠伸が止まり、フレッドは舌打ちした。
「おい、どういうつもりだ」
「あいつも呼んだのかよ」
「僕が全員を呼びました」
パーシーも足を止めた。双子を見て、それからトムへ非難の目を向けて口を開いた。
「僕には何も言わずに?」
「言ったら、来てくれない気がして」
「それは、言わなくていい理由にはならないよ」
正論だった。トムが返答に詰まると、フレッドが壁から背を離してパーシーへ話しかけた。
「何だ、僕たちがいると困るのか?」
「そういう話をしているんじゃない」
「じゃあどういうつもりなんだ!」
「ちょっとまって!たんま。きっとトムも何か考えがあってこんなことをしたんだ。
まずは話を聞こうよ」
ロンが二人の間へ口を挟んだ。
パーシーは唇を結び、腕を組んだ。
双子も不機嫌そうだったが、ひとまず口を閉じてくれた。
トムはほっと息をついた。
双子も機嫌をひどく悪くしたようだが、一旦引き下がってくれた。
「説明するより、見てもらったほうが早いと思います」
赤い扉を、教わったとおりの間隔で四回叩いた。
取っ手の奥で音がして、扉が開く。
向こうに並ぶ棚を見た途端、双子の顔つきが変わった。
「こいつは驚いた」
「ここは初めてだな」
二人はトムの肩越しに中を覗き、そのまま倉庫へ入っていった。
フレッドの手が、棚の端で指を曲げ伸ばししている手袋へ伸びる。
「駄目です!」
トムは慌ててその腕を掴んだ。
「ここはグリンデルバルド先生が物置に使っているんです。何が危ないか、僕にも分からないので」
「本人より危ないものは、そうないだろうけどね」
フレッドは残念そうに手を引っ込めた。
手袋のほうは、まだ誘うように指を動かしていた。
トムは二人がついてきていることを何度も確かめながら、棚の間を進んだ。
パーシーも黙って歩いていたが、フレッドが何かへ顔を近づけるたび、そちらへ目を向けていた。
*
「これです」
四人を鏡の前へ案内すると、トムは普段使っている椅子を脇へ退けた。
「みぞの鏡といって、見た人が心から望んでいるものを映します」
「今の僕は、ここにあるものを片っ端から調べたいんだけど」とフレッドが言った。
「多分、そういうのより、もっと深いところにある願いです。こんなふうになれたらいいとか、こうだったらよかったとか。ただ、本当にそうなるわけじゃありません。未来を教えてくれる鏡ではないので」
説明しながら、不安になった。三人が何を見るのか、トムは知らない。
しかし、原作では喧嘩をしても、離れていても、家族だった。
それならば、きっと――
フレッドは、そんな心配をする時間も与えず、鏡の前へ進み出た。
金色の枠を見上げ、真正面へ立つ。その顔から、からかうような笑みが消えた。
「何だよ」とジョージが尋ねた。
「店だ」
「店?」
「僕たちの」
ジョージがすぐ隣へ入った。
しばらく鏡を見つめ、それから目を丸くした。
「本当だ。棚が上まであるぞ。おい、客がいっぱいだ」
「見ろよ、あの箱。ずる休みスナックボックスだ」
「どれだ?」
「真ん中の棚。ゲーゲー・トローチが山ほど入ってる。ちゃんと元に戻せるようになったらしい」
「こっちじゃカナリア・クリームが一番売れてるぞ。あ、また一人、羽が生えた」
フレッドが笑い、ジョージは少し首を傾げた。
「どこだよ。誰も変わってない」
「その、同じものを見ているわけではないんです」
トムが補足した。
「隣に立っていても、それぞれ自分の願いが見えます」
「じゃあ、お前の店より、僕の店のほうが繁盛してるな」
「こっちは客が外まで並んでるぞ」
ロンは兄たちの肩の間から爪先立ちで覗こうとしたが、二人が身を乗り出したので何も見えなかったらしい。諦めて踵を下ろした。
「母さんがいる」
ジョージの声が、急に小さくなった。
「いるな」とフレッドが答えた。
「怒ってない」
「ああ」
二人とも、それきり黙った。
やがてフレッドが、鏡へ耳を近づけるように顔を傾けた。
「何か言ってる」
「聞こえません。姿が映るだけです」
「そうか。……いや、でも、分かるよ」
ジョージは笑っていた。いつもの、誰かが引っかかるのを待っている笑い方ではなかった。
「母さん、僕たちの肩を抱いてる。看板を見ろって、誰かに指してるんだ」
「こっちは、店の中を案内してるところだ。何を見せても感心してる」
フレッドは鏡から目を離さず、少し照れたように鼻を擦った。
「一度も、もっとまともなことをしろって顔をしない」
パーシーが二人を見た。ジョージはその気配に振り向きかけ、目が合うと、また鏡へ顔を戻した。
*
しばらくして、ロンが「次、パーシーだろ」と言った。
双子は名残惜しそうに脇へ寄った。
パーシーは鏡の前へ進み、初めは枠の彫刻を確かめるように見上げていた。
しかし、視線が鏡面へ落ちると、すぐに眉が上がった。背筋が伸び、口元が少し緩む。
「やっぱり大臣か?」
フレッドが言い、ロンに肘で突かれた。
パーシーは聞いていなかった。
「今より、大人になっている。式典みたいだ。何か、もらって……」
言葉が途切れた。トムは服の裾で、汗ばんだ手を拭いた。
「父さんと母さんがいる。父さんが、僕の肩に手を置いている。母さんは……泣いてるけど、悲しいんじゃない」
パーシーは少し笑った。それから口元を引き締めたが、すぐまた緩んだ。
「パーシーさん。その……ほかの家族も、いますか?」
「え?」
パーシーは一瞬トムを見て、もう一度鏡へ向き直った。視線が少し横へ動いた。
そのまま何も言わなくなったので、トムは失敗を覚悟したが、次の瞬間。
「……いるよ」
「僕たちも?」とロンが尋ねた。
「ああ。君も、ジニーも。ビルとチャーリーも」
そこで、また言葉を切った。
フレッドが腕を組み直した。ジョージは棚のほうを向いていたが、何も見てはいないようだった。
「フレッドとジョージも、いる」
パーシーは鏡を見つめたまま言った。
「何してる?」とフレッドが尋ねた。
パーシーの耳が赤くなった。
「僕を、祝ってくれてる」
「僕たちが?」
「そうだよ」
少し苛立った声だったが、続きは小さかった。
「二人とも、抱きついてきて……何か言っている。多分、おめでとうって」
倉庫が静かになった。ロンまで、足を動かすのをやめていた。
パーシーは鏡から離れた。急にひどく気恥ずかしくなったらしく、眼鏡を押し上げ、上着の皺を伸ばした。
「これで満足かい?」
トムは答えられなかった。
何か言わなければと思ったが、先に口を開いたのはジョージだった。
「僕のところにも、君がいたよ」
パーシーの手が止まった。
「店に?」
「ああ。商品を手に取ってた。伸び耳だと思う。真面目な顔で箱の裏を読んで、それから試してた」
「僕のほうにもいた」とフレッドが言った。「カナリア・クリームを見て、笑ってたよ」
パーシーは双子を交互に見た。
「僕が?」
「驚くよな。僕も驚いた」
フレッドは笑いかけたが、からかう言葉は続けなかった。
「君が店に来ても、説教して帰ると思ってた」
「僕だって、君たちが何をしても文句を言いたいわけじゃない」
「大抵、言うだろ」
「君たちが大抵、何か仕掛けるからだよ」
いつもの調子になりかけたところで、三人とも口を閉じた。
パーシーが鏡へ目を戻した。
もう正面には立っていないので、そこには倉庫の棚しか映っていなかった。
「……ちゃんと見たことは、なかったかもしれない」
双子が顔を上げた。
「君たちが何を作ろうとしているのか。どうせ、また誰かを困らせるものだろうと思っていた」
「困らせるものもあるけどね」とジョージが言った。
「ジョージ」
「あるだろ。そこは嘘をつけない」
フレッドは肩をすくめ、それからパーシーを見た。
「僕たちも、君が真面目にやっていると、からかわなきゃ損みたいに思ってた」
「損?」
「何というか……何も言わずに通り過ぎると、負けた気がするんだ」
「何にだい?」
「そこまでは考えてなかった」
ロンが呆れたように息を吐いた。トムは少し笑いそうになったが、堪えた。
「この前は、悪かったよ」
ジョージが言った。フレッドも、間を置いて頷いた。
「僕も」
「……僕も、言いすぎた」
パーシーは二人の顔を見た。まだ少し身構えていたが、今度は目をそらさなかった。
「君たちが、何も考えていないと言ったのは、取り消す」
フレッドがジョージを見た。ジョージもフレッドを見た。
それだけで何か決まったらしく、二人が同時に近づいたので、パーシーは一歩後ずさった。
「何だ?」
「予行演習」とフレッドが言った。
二人が左右から抱きついた。パーシーの眼鏡がずれ、片方の腕が上着ごと挟まった。
「おい、やめろ。まだ何も――」
「じゃあ、予約分だ」とジョージが言った。
「出世したときに、もう一回やる」
「人前では絶対にやめてくれ!」
パーシーは抗議したが、二人を突き放しはしなかった。
自由なほうの手が少し迷い、それから、どちらかの背中をぎこちなく叩いた。
ロンがトムの隣へ来た。
「よくこんなこと、思いついたな」
トムはようやく、握りしめていた手を開いた。
「うまくいくか、分からなかった」
「だろうな。さっき、ひどい顔してたぞ」
鏡の前では、パーシーが眼鏡を直しながら、フレッドの掛け違えたボタンを指摘していた。
フレッドは下を見て、ジョージはなぜ教えなかったのかと責められている。
トムは脇へ退けた椅子に腰を下ろした。
ダンディなマスターなら、ここで気の利いた一言くらい言うのだろう。
しかし、トムには、ほっとして座り込むので精一杯だった。
*
兄弟たちがトムの計らいに感謝を述べた後、パーシーは眼鏡を掛け直して小さく咳払いをした。
「その……まだ、話していないことがある」
彼は上着の内側へ手を入れ、折り畳んだ手紙を取り出した。
端はきちんと揃っていたが、折り目のところだけが少し擦れていた。
「スラグホーン先生から、紹介状をいただいたんだ」
「外国の学校への?」とロンが尋ねた。
パーシーは首を振った。
「ホグワーツだよ。城のほうの」
フレッドとジョージはその場で固まった。
「僕の成績なら、編入を認めてもらえるかもしれないそうだ。
正式な試験も受けられるし、卒業後の進路についても、相談に乗ってくださると」
誰も口を挟まなかった。パーシーは手紙を見下ろした。
「正直に言うと、心が動いた。ここで勉強を続けて、その先に何があるのか、僕には分からなかったから。それに、向こうで地位を得られれば、君たちのためにも何かできるんじゃないかと思ったんだ」
「僕たちも来ていいって?」とロンが聞いた。
「いや。そこまでは……」
「じゃあ、それは兄貴が考えただけだろ」
パーシーはすぐには答えなかった。手紙の角を親指で撫で、それから頷いた。
「そうだね。僕が、そうだったらいいと思っただけだ」
トムは鏡へ目を向けた。さっきまで、そこには誰もが望んだものが映っていた。
手紙の中にも、人は似たようなものを見つけるのかもしれなかった。
「行くのか?」
フレッドの声からは、からかう調子が消えていた。
パーシーは一度鏡の中を見た。その後、目線を兄弟たちに戻す。
「……断ろうと思う」
「でも、将来のことまで考えるのをやめるつもりはないよ。外国で試験を受ける方法があるなら調べたいし、スラグホーン先生にも、そちらについては引き続き伺うつもりだ」
「それは、いいんじゃないか」とジョージが言った。
「父さんと母さんにも話せよ」とロンが続けた。「手紙をもらったことも、全部」
「ああ」
パーシーは紹介状を畳み直した。今度は、折り目を何度も押さえたりはしなかった。
「返事を書く前に、相談する」
「その間は静かにしてるよ」とフレッドが言った。
「できるのかい?」
「努力はする」
「二人同時には難しいかもしれないけど」とジョージが付け加えた。
パーシーは呆れたように首を振ったが、手紙をしまうときには、少し笑っていた。
そこでロンが、待ちかねたように片手を上げた。
「それで話は終わった?
僕も鏡見ていい?」
今週はここまで(~10/4)
どの一年生が好き?
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