「皆さん、落ち着いて! ここから動かないこと。ブライトさん、座って」
ハロが耳を広げたまま、彼女の肩の高さで浮いていた。
名指しされたトムは、しぶしぶ座った。
「ゲラートの部屋! 侵入者!」
「分かりました。案内してください」
マクゴナガルはリリーへ短く指示し、廊下へ出る。
扉が閉まる直前、緑の球体がくるりと回り、先生を追って去っていった。
ま、魔改造されてる……。
「みんな、点呼を取るわよ! 顔が見えるように並んで!」
リリーが大きな声を上げた。
上級生たちは頷き、慣れた様子でほかの生徒たちを整列させる。
その間にリリーが名簿を取り出し、低学年から名前を呼び始めた。
廊下では慌ただしい足音が重なっていた。大人たちが忙しく歩き回っているようだった。
「侵入者って、本当に大丈夫かな。それに、石は……」
トムが小さく呟くと、隣のネビルが入口を見た。
「まだ分からないよ。でも、先生たちがいるんだ。信じよう」
彼も扉を見たまま、不安げに膝の上で手を握った。
*
グリンデルバルドの部屋の扉は、半分開いていた。
鍵も蝶番も壊れておらず、隙間から薬草の匂いが漂っていた。
マクゴナガルが到着したとき、老人はすでに机の前に立っていた。
積まれた本も薬瓶も、ほとんど動いていない。
赤い石が紙の束を押さえ、その下に金属の匙の先が差し込まれていた。
匙の柄は、不自然な角度へ曲がっている。
「誰かが触れたのでしょうか?」
「持ち去ろうとしたのだろう。まずは手で掴み、次に匙を差し込んで引き剥がそうとしたが、できなかった。最後には呪文を試したらしいな」
「……持ち上げられなかったのですか?」
「私以外には持ち上げられんようにしてある」
彼は石をつまんだ。
石はあっさり持ち上がった。
「単純で強力な魔法こそ、急いでいる者には厄介なものだよ、ミネルバ」
「石を動かした! 石を動かした!」
「今のは私だ。少し静かにしたまえ」
老人が耳へ触れると、ハロは口を閉じた。
マクゴナガルは緑のおもちゃと石を見比べた。
「侵入した人物の姿は分かりますか?」
「残念だが、そこまでの仕掛けはつけておらん。一年生が、調べれば理解できる範囲に留めた」
「……随分と高度な教材ですね」
彼女は思わず少し肩を落とした。
グリンデルバルドは賢者の石を元の場所に置く。
「少なくとも、この船に石を狙う者がいて、ここまで来た。それは確かになった」
「そのために、目につく場所へ置いていたのですか?」
「隠しておけば、誰が欲しがっているかも分からん」
「子供たちも出入りする部屋です。試すような真似には賛成できません」
グリンデルバルドが答える前に、義足の音が廊下に響いた。
「下の倉庫まで調べた。余計な人間はいない」
ムーディーが入口で止まった。
肩越しにトンクスが顔を出す。鮮やかだった髪は、目立たない、くすんだ茶色になっていた。
「岸のほうを見てきたよ。近くにほかの連中はいませんでした。残っていたマントと杖は、まとめてあります。それに、乗船者の数も合っているみたいです」
青い義眼が部屋の中へ向いた。
グリンデルバルドも頷いた。
「乗船を認められていない者がいれば、船が教えてくれるはずだ。
船内に姿を隠して潜んでいる者はおらん」
「……ならば、乗っている者の行動を確かめるしかあるまい」
ムーディーは机へ近づいたが、匙には触れなかった。
義眼は棚の奥を覗いていた。
「この部屋へ最後に入ったのは誰だ。警告が出たとき、それぞれどこにいた」
「マッドアイ……船にいるのは、信頼できる人たちです」
マクゴナガルがそう答えると、廊下の向こうからほかの先生たちが戻ってきた。
小走りで来て息を切らしたフリットウィックが、眼鏡を直した。
「出航まで、あと三時間ほどです。板は戻せますが、保護の魔法をもう一度確かめなければ」
「分担は?」
「私が船外側、ミネルバは船内側を見てください」
「では、急ぎましょう」
マクゴナガルが答えた。
ムーディーの義眼が二人を交互に見た。
「修理は止めるな。終わり次第、この場所を離れたほうがいい。
だが、動きながらでもいいから話を聞かせろ」
大人たちはそれぞれの役割に応じて分かれて動き始めた。
マクゴナガルは去り際にもう一度石を見て、口を開いた。
「今度こそ、安全な場所へ移してください」
「置き場所は変える予定だ。今夜のうちにな」
彼女は頷き、早足で去っていった。
グリンデルバルドはしばらく、その場に立っていた。
やがて誰もいなくなったのを確かめると、賢者の石を持ち上げてまじまじと眺め――ハロの口の中へねじ込んだ。
*
ムーディーが占い学の先生を見つけたのは、上の階の、香の匂いが濃い廊下だった。
トレローニーは教室の戸口に立っていた。
何枚ものショールを肩へ重ね、胸元の首飾りを片手で握っている。
厚い眼鏡の奥の目が、杖を持って近づいてくる男を見て、いっそう大きくなった。
「ああ、ようやく。先ほどから、ひどく不穏な気配が――」
「夕食の間、どこにいた?」
ムーディーが遮った。
トレローニーは口をつぐんだ。
「ここに。外の空気が私には合いませんので」
「ずっとか?」
「ええ。今夜は星の配置にも乱れがありましたし、騒がしい場所では、内なる目が――」
「内なる目の話は後だ。部屋を出たか、出なかったか」
首飾りを握る指に力が入った。
「お茶を取りに、少しだけ。ですが、それは騒ぎの前です」
「どの階へ行った?」
「下の配膳室です」
「誰に会った?」
彼女は答えかけ、口を閉じた。
腕を動かすと、いくつもの腕輪が細かく鳴る。
「……誰にも。皆さん、外にいらしたのでしょう」
青い義眼が彼女の肩越しに回った。
机には星図と採点途中の答案が広がり、脇に寄せられた茶器からは、まだ甘い香りがしていた。
「杖を見せろ」
トレローニーが一歩下がった。
「私を疑っていらっしゃるの?」
「確認している」
「皆さんが戦っている間に、私が何かをしたと?」
「杖を調べれば済む。出せ」
トレローニーはショールの下から杖を取り出し、突き出した。
ムーディーが受け取り、最後に使われた魔法を確かめると、空中に小さな茶碗の影が浮かび、すぐに消えた。
「茶器を温めましたの」
トレローニーが言った。
声が尖っていた。
「その前も調べてくださって結構です。
答案を束ね、その前には、棚の天球儀を下ろしました」
ムーディーは返事をせず、確認を続けた。
廊下へ戻ってきたトンクスが戸口から中を覗き、首をすくめた。
「マッドアイ。下へ行った時刻も、ほかの人の話と合わせてみようよ」
「そうする」
男は杖を返した。
「お茶を取りに行った時刻を、思い出しておけ」
「申し上げましたでしょう。最初から、胸騒ぎがしていたのです」
「次は胸騒ぎの段階で知らせろ」
足音が廊下の先へ遠ざかった。
トレローニーは杖を胸へ抱え、憮然とした顔で深く息を吸った。
首飾りも腕輪も、一緒に震えた。
*
生徒たちへ伝えられたのは、船内に余分な人間はおらず、岸の敵も退いたということだった。
――ただし、部屋へ入った者は捕まっていない。
それを聞いて、生徒たちのひそひそ話は止まらなかった。
先生が通ると口を閉じ、離れるとまた続ける。
船の傷は内側からつけられた。
岸の敵は、先生たちを外へ出すために待っていた。
その間に、誰かが部屋へ入った。
「だから、最初からそういう計画だったのよ」
ラベンダーが声を落とした。
広間の端には毛布が積まれている。今夜は全員、ここで寝るらしかった。
「船を止めて、先生たちを外へ出して、それから石を盗むの」
「ずいぶん面倒な盗み方だな」
ロンが言った。
「グリンデルバルド先生を相手にするんだから、そのぐらいするでしょう」
「しても、盗めなかったんだろ?」
「そこまでは、まだ聞いてないわ」
ハンナが二人の間へ顔を寄せた。
「あの部屋、先生がいなくても入れるでしょう。
誰かが入っていくのを見ても、気にしなかったと思う」
「僕も、物を届けに行くことがあるし」
ネビルが言った。
トムは机の上の赤い石を思い出した。
あのごちゃごちゃした机では、赤い石はただの文鎮扱いだった。
「でも、誰が?」
その問いには、一年生たちも黙った。
向こうの卓で、誰かが毛布を取り合っている。暖炉の近くでは、上級生たちが小さい子へ温かい飲み物を渡していた。
広間には、自分たちが毎日見ている顔ばかりがあった。
「……知っている人を、片っ端から疑うのも嫌だよね」
ハンナがそう言うと、全員が大きく頷いた。
*
船が動き始めたのは、暖炉の前でデニスが眠ってからだった。
床の奥で低い音がした。
水差しの水面が震え、吊るされた灯りが小さく揺れる。
窓の向こうの岸が、ゆっくり横へ動き始めた。
遠ざかる木々の根元には、まだ霧が残っていた。
ほぼ同時に、マクゴナガルが広間へ戻ってきた。
「船の修理と確認が終わりました。これから水中へ潜ります」
あちこちで息を吐く音がした。
窓へ近づこうとした生徒たちが、先生の視線を受けて足を止める。
「今夜は、ここで休みなさい。寮へ取りに行かなければならない物がある人は、申し出ること。先生が付き添います」
フレッドが手を上げた。
「僕の寝台が必要です、先生」
「毛布で足ります、ウィーズリーさん」
「じゃあ、ジョージのいびきが聞こえない場所を」
「僕のいびきが聞こえるってことは、君が寝てないんだろ」
ジョージが言った。
近くの上級生たちが、ようやく少し笑った。
マクゴナガルは双子を順番に見て、毛布の山を指した。
「まだお元気でしたら、毛布を配るのを手伝いなさい」
二人はすぐに毛布を取りに行った。
机が壁際へ寄せられ、床へ敷物が広がった。
先生たちが通路を残して寝る場所を作り、暖炉に近すぎる敷物を少し離す。
クィレルが扉から入る冷たい空気を止め、眠っている小さい子の足元へ毛布を掛けた。
トムも自分の敷物へ戻った。
横になると、背中が床へ沈むように感じた。
日記は寝室に置いてある。
取りに行きたいとは思ったが、そのために先生の手を借りるほどのことではなかった。
今日は、頭の中でまとめるしかなかった。
*
翌朝、窓の向こうは再び暗い水だった。
岸も、森も、見えない。
灯りの届くところを小さな魚の群れが過ぎていく。
広間には敷物と毛布が残り、寝返りを打つたびに、誰かの足へぶつかりそうになった。
ロンは起き上がり、肩を回して顔をしかめた。
「床って、寝るためにはできてないんだな」
「寝る前に気づけばよかったのに」
ジニーが言った。
彼女の髪も片側だけ盛大に跳ねていたが、ロンの髪はもっとひどかった。
毛布を畳み、敷物を寄せ、ようやく机の周りへ座る。
朝食が運ばれてくると、子供たちがパンを取り始め、ロンは早々におかわりを頼んだ。
その間、マクゴナガルが全員へ説明した。
「皆さん、自由に寮へ戻って構いません。
ただし、授業は通常どおりに行いますので、遅刻のないように」
ロンは口にパンを銜えながら、信じられないという顔をした。
残念ながら、ホグワーツの時間割は敵の襲撃くらいではびくともしないようだ。
「ただし、昨夜のグリンデルバルド教授の部屋への無断侵入については、調査を続けています。勝手に誰かの荷物を調べたり、噂だけで人を問い詰めたりしないこと。不審なものを見つけた場合は、触れずに先生へ知らせなさい。また、当面はムーディーさんとトンクスさんが船に滞在し、巡回にも加わってくださいます」
上級生たちの卓で悲鳴が上がった。
「まさか」
「トンクス先輩まで?」
当人は椅子にもたれ、にやにやしていた。
*
一年生の男子たちは新しく来た子供たちの荷物を彼らの寮へ運んでいた。。
子供たちは廊下の角で立ち止まり、窓を覗き、扉の向こうを気にした。
とりわけコリンは、壁の絵が動くたびに足を止める。
デニスはそのたびに兄の鞄へぶつかり、同じ絵を見上げた。
「この人たち、ずっとここにいるの?」
「ときどき、ほかの絵へ行くよ」
「じゃあ、隣の人はどこへ?」
絵の中の魔女が、面倒くさそうに扇を閉じた。
「朝食だよ。あんたたちも、朝からそんなに質問ばかりしていると、お腹が空くだろうに」
コリンは口を開けたまま、一年生たちを見た。
ロンが肩をすくめる。
「僕たちに聞くより、本人に聞いたほうが早いだろ?」
*
自分たちの寝室の前を通りかかると、ネビルは扉を開けて中を見せた。
「ここが僕たちの部屋。君たちの寝る場所から遠くないから、困ったら呼びに来ていいよ」
「夜中でも?」
コリンが聞いた。
「困ったことによるけど」
「光るクラゲがいたら?」
「それは、朝に教えて」
そんな中、ルーナは壁際の棚を見つめ、ぼそりと尋ねた。
「……それ、本物?」
ネビルが振り返った。
棚の鉢植えには、薄い紫の縁を持つ葉が重なっていた。
「アグラオフォティスのこと?」
「うん。絵では見たことがあるけど、生きているのは初めて」
ルーナは近づき、手を背中で組んだ。
鉢には触れず、少し横から葉の形を眺める。
「伝説の植物で、もう残っていないかもって、お母さんが言ってた。昔は、悪い力を追い払うのに使ったんでしょう」
「うん。闇の力を払う草だって」
ネビルの声が少し弾んだ。
鉢の前を空け、ルーナをそばへ招いた。
「グリンデルバルド先生が、ニュート・スキャマンダーさんにもらったんだ」
「その人、私も知ってる」
ジニーが言った。
コリンは、分からない名前がまた増えたという顔で、二人を見比べている。
「植物を探す人なんですか?」
「生き物を調べる人だよ。すごく有名なんだ。どうしてこの草を持っていたかまでは、僕も知らないけど」
ネビルは鉢の脇にある細い棒を取った。
土へ差して湿り具合を調べ、帳面へ書きつけた。
「先生が言うには、世界中を探しても、もう一本あるかどうか分からないんだって」
ロンは口をあんぐりと開けた。
「待てよ。そんな草が、ずっと僕たちの部屋にあったのか?」
「あったよ」
「僕、水をやろうとしたことがあるぞ」
「だから、やらないでって言ったじゃないか」
トムは鉢を見た。
寮へ来た最初の日から、そこにあった。
葉を剪定するところも、水の量を測るところも、何度も見ている。
そのたびに、ネビルは植物の世話が好きなのだと思っていた。
まさか、絶滅危惧植物のレッドリストの最初に名前が載っているレベルだとは。
「そんなに貴重なら、先生たちのところへ置かなくていいの?」
尋ねると、ネビルは帳面を閉じた。
「最初は、先生のところにあったんだ。でも、一度、枯れかけて」
ルーナが顔を上げた。
ネビルは一枚の葉を下から支え、窓の光へ傾けた。
紫の縁が、透けるように明るくなる。
「この子、もともとは大理石の山に生えるんだよ。船の中とは、全然違うでしょう。
土が乾いたからって、すぐ水をやると駄目なんだ。葉の様子も見ないと」
葉から手を離し、鉢の向きを少しだけ変えた。
「先生たちは忙しいし、ずっとそばにはいられないから。
僕が見て、変わったことを伝えていたんだ。そうしたら、ここで世話をしていいって」
トムは、寝る前にネビルがいつも鉢を確かめていたことを思い出した。
「……下手に触らないほうがよさそうだな」
「うん。まあ。世話は僕に任せてくれると助かる」
ルーナは葉の間を覗いていた。
「真ん中だけ、色が違うね」
「新しい葉だよ。まだ開いてないんだ」
「いつ、大きくなるの?」
窓のそばにいたデニスが、初めて尋ねた。
ネビルは彼の目の高さへ少しかがんだ。
「あと半年くらい。順調に育てば、そのころには薬に使えるようになると思う」
「全部、取っちゃうの?」
「それは、先生と相談する。まだ、育て方が分からないところもあるから」
デニスは鉢とネビルを交互に見た。
「大変だね」
ネビルは少し笑った。
「うん。でも、昨日も一日、ちゃんと待っててくれた」
ネビルはこぼれた土を拭き取り、子供たちの荷物を持った。
船底の奥では、低い音が続いていた。
誰かが廊下を歩き、扉が開き、遠くでトンクスが「坊主ども元気にしてたか」と言う声と悲鳴を上げる上級生たちの声が聞こえた。
植物の葉は、船の振動に合わせてゆっくり揺れた。
*
ホグワーツの石造りの廊下には、夜の冷気が残っていた。
闇祓い局長アントニオ・ドコロフは、副校長室の前で外套についた泥を払った。
袖は焼け、革の手袋には裂け目がある。
扉を叩くと、中から入れという声がした。
この時、ベラトリックス・レストレンジは机の向こうに座っていた。
報告書を閉じ、ドコロフの袖へ目をやる。
「その格好では、うまくいかなかったようね」
「船はいた。協力者の言った湖に、言った時刻に」
ドコロフは机に地図を広げた。
「外板を外して修理していた。部下に監視させたが、向こうに見つかった」
「マントを着せていたのでしょう?」
「グリンデルバルドがいるんだ。それに、ムーディーもいたようだ」
ベアトリクスの指が、机の上で止まった。
「戦闘になり、三人を失ったが、何とか逃げ出せた」
「こちらを待ち構えていたのではなくて?」
「子供を外で食わせていた。こちらに気づいてから船へ戻している。伏兵も、退路を塞ぐ者もいなかった。罠なら、もう少し手際よくやるだろうよ」
ドコロフは地図の湖を指で叩いた。
「少なくとも、停泊場所の話は本当だった。協力者を切るには早い」
ベアトリクスの唇に、冷ややかな笑みが浮かんだ。
「不死鳥の騎士団。立派な名前をつけたものね。正義だの忠誠だの、お互いに褒め合って……結局は、自分が可愛いだけじゃない」
椅子の背にもたれ、地図を見下ろす。
「次に連絡が来たら、監視だけで帰ってこないことよ」
「人数を増やすか?」
「船を潰しなさい。逃げ込む場所ごとね」
ドコロフは地図を畳んだ。
「閣下への報告は?」
椅子の脚が床を擦った。
「何を報告するの?」
ベアトリクスが立ち上がった。
「船を見つけて、逃がした。それだけでしょう。閣下はお忙しいのよ。
こんなことで、お耳を煩わせるつもり?」
「グリンデルバルドがいる」
「分かっているわ!」
机に振り下ろした手が、インク壺を倒した。
黒い染みが書類へ広がる。ベアトリクスは杖を振り、壺を壁へ叩きつけた。
ドコロフは飛んできた破片を避けた。
「杖もまともに使えないじじぃが?次で終わらせればいいのよ!
あの方に、失敗を一つずつ数え上げる必要はないでしょう!」
ドコロフは黙っていた。
彼女は乱れた髪を払い、机の前へ戻った。
「もういいわ。準備をなさい」
廊下へ出ると、ドコロフは扉を閉めた。
中で、また何かが割れた。
彼は肩をすくめ、懐から小さな羊皮紙を取り出した。
協力者の情報どおり、船の停泊を確認。
監視中に発覚、交戦。三名未帰還、一名帰還。船は離脱。
ムーディー、およびグリンデルバルドを確認。
次の連絡を待ち、再攻撃を準備中。
それだけを書き、畳んだ。
ベアトリクスが何と言おうと、報告しなかった責任まで負うつもりはなかった。
ドコロフは主人宛ての手紙に封をして、梟小屋へ向かった。