俺のハリポタなんか変   作:パシフィカ

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このお酒なんか変

三月も終わりに近づいた週末、トムは図書館の机にかじりついていた。

開いた参考書の隣で、緑色のハロが耳を動かしている。

 

クリスマスにグリンデルバルドへ贈り、誕生日に返されたものだ。見た目はそれほど変わっていない。しかし、中身は明らかに魔改造が施されており、ザクとガンダムくらいの差があった。

 

呼べば来るし、障害物があれば避ける。

眠っている相手には小声で話し、無視されると枕を押す――これはかなり余計な機能だが、まるでAIが搭載されているように感じる。

 

だが、詳しく調べていくと、使われている魔法は殆ど一年生の教科書にも載っていた。

ただし、組み合わせが酷く複雑で、耳を動かす仕掛けが音を聞き分ける魔法と繋がり、最後には飛行の制御に影響を与えている。

 

「ハロ、右の耳だけ動かして」

「ミギ!」

「そっちは左」

 

と、そんな風にしていると、突然肩に手を置かれた。

 

「トム!まだここにいたのかよ。早く来てくれ」

 

 振り返るとロンが立っていた。彼はトムの開いている本と、その周りに積まれた本を見て、少し顔をしかめていた。

 

「ずっと続けてたのか?」

「ようやく分かりそうなんだけど」

「それ、さっきも言ってたぞ」

「え、さっきも来てたの?」

「来たよ。返事もしただろ」

 

 記憶になかった。ハロを見ると、元気よく耳を開いた。

 

「キタヨ!」

 

     *

 

ロンに連行されたのは、いつもの空き教室だった。

珍しく彼の提案で作戦会議が開かれる様子だ。

 

際へ寄せた机には羊皮紙が広げられていたが、今日は焼き菓子がない。すでに座っていた三人も、何の話かはまだ聞いていないらしかった。

 

ロンは扉を閉め、椅子へ腰を下ろした。それからラベンダーの羽根ペンを借り、羊皮紙の真ん中へ『トレローニー先生』と書いた。

 

「怪しいと思わないか?」

「何が?」

 

 ラベンダーの質問は、もっともだった。

 

「最後まで聞いてくれ。船の水漏れのことだよ。あの先生、いつも一人で食事してるだろ。広間へ来たときも、自分の瓶から酒を足してる」

「お酒でしょう?」

「本人はそう言ってる。でも、実際の中身は知らないだろ」

 

 そう答えつつ。ロンがトムへ顔を向けた。

 

「前そんな話してたよな。ポリジュースって魔法薬で誰かが先生に化けて、船に入り込んだのかもしれない」

「えっと、自分の飲み物を持っている人が、全員ポリジュース薬を飲んでるわけじゃ――」

「しかも、襲撃のときも外にいなかった。石を盗みに行く時間はあったんだ」

 

 ラベンダーはそれを聞くと眉をひそめた。

 羽根ペンを取り返し、先生の隣へ『ハグリッド、ムーディー』と書き加えた。

 

「それなら、この二人も怪しいわ。ハグリッドはいつも自分のお酒を飲んでるし、ムーディーは……あれ、何を飲んでるの?」

「ムーディーさんは、水漏れのときにはいなかったよ、それに石を盗まれそうになったときも、外で戦ってたし」

 

 ハンナが口を挟んだ。

 ラベンダーは少し考えるそぶりを見せ、ムーディーの名前に二本の取り消し線を引いた。

 ロンはそれを見て、追加で指摘した。

 

「ハグリッドもバーベキューの間から戦いが終わるまでみんなと一緒にいたし、賢者の石を盗む時間はなかったぞ」

「でも、大掃除のときは船にいたから。船を傷つけた可能性は否定できないわ。それに彼なら魔法生物を訓練させて代わりに石を盗ませようとしたかも」

「流石にそれは言いがかりだろ」

「でもムーディーは疑う余地のあるものは疑えって言うわ」

「それ言ったら掃除のときに船にいた先生たちと言うか生徒含めて全員が怪しいことになっちまうだろ」

 

ロンが机へ肘をついた。

 

トムは彼らの言い争いを聞いて、天井を仰ぎ、椅子の背へ寄りかかった。

ムーディーズブートキャンプの副作用が、とうとう出始めてしまった。

 

「ムーディーは先生たちについて取り調べしていたよ。何か分かってたら、そのままにはしないと思うけど」

「3週目の教訓。敵を過小評価せず、見方を過大評価せず、だ。ムーディーだって見落とすことがあるかもしれないし、トレローニー先生に化けている奴が上手なのかも」

「ロンはいつもトレローニー先生のことからかうよね。天文学の宿題が嫌いだからって先生に嫌がらせするのはちがうでしょ」

「君の方こそ、どうしていつもそんなにトレローニー先生の肩を持つんだよ」

「それは……」

 

 ラベンダーは口をつぐんだ。少しして、下唇を噛んでから言った。

 

「あの人は、すごい人なの」

「だから――」

「二人とも、やめようよ」

 

 ハンナが割って入った。

 

「ほかの大人に相談すればいいでしょう。ムーディーさんかマクゴナガル先生とか」

「ムーディーに言ったら確実に何でポリジュース薬を知ってるんだって尋問が始まるぞ。

 先生の場合は『ウィーズリーさん、先生方の飲み物より、ご自分の宿題の締め切りに注意を払いなさい』って言われる」

 

 少し似ていた。

 ネビルが笑いかけたが、ハンナを見て口を閉じた。

 

 確かに、今の話だけでは相談しづらい。

 一人で食事をし、自分で持ってきたものを飲んでいるだけで「ん?妙だぞ」ってコナン君よろしく少年探偵団し始めるのは不可解だろう。

 

 場がそんな風に硬直していると。

 

「……中身が分かれば、いいんだよね」

 ネビルが、羊皮紙に残った二人の名前を見ながら言った。

 

「コップとかに残ってる分なら、少し取れるかもしれない」

「取る?」

 

 ハンナが聞き返した。

 

「瓶ごとじゃないよ。ほんの少し」

「量の話じゃなくて」

「何も入ってなければ、二人とも疑わなくて済むし」

 

「それだ!」

 ロンがすぐに頷いた。

 ラベンダーも考え込んでから、顔を上げる。

「確かに、悪くない案ね」

 

「待って。え、いま盗むって話をしてる!?」

 

 トムが言うと、ロンは少し声を落とした。

 

「大げさに言うなよ」

「本人に聞かずに取るんだろ?」

「聞いたら、駄目って言うに決まってるじゃないか」

「分かってるんじゃない」

 

 ハンナがため息をついた。

 

「それに、どうやって調べるの?誰も見分けられないでしょう」

「トムは?」

「無理」

「じゃあ、ムーディーに聞こう」

 

 ロンは机へ身を乗り出した。

 

「調べ方だけ。誰の飲み物かは言わなくていいだろ?」

 

トムとハンナはどうやってこの生粋なグリフィンドール3人を止めるべきか悩み、目を見合わせた。

 

 

     *

 

結論的に、5人による厳粛な多数決の結果、3対2で先生の飲み物を盗むことが決定された。

トムとハンナは制止しようとしたが、彼らだけに任せるのも怖かったため、結局折れる形で協力することにした。

 

木曜日の課外訓練が終わると、ロンは出口へ向かう生徒たちを見送り、ムーディーへ近づいた。

ついさっきまで足が棒になったと床へ座り込んでいたのに、もう元気になっていやがる。

 

「あの、質問してもいいですか」

「何だ」

「どうして、いつも自分で用意したものしか飲まないんですか」

 

隣で道具を片づけていたトンクスが、ぷっと吹き出した。そして、笑いを堪える様子で口を開いた。

 

「……マッドアイはね、他人の飲み物だと、誰が何を入れたか分からないって――」

「余計な口を挟むな」

 

ムーディーの杖が動き、トンクスの唇がぴたりとくっついた。

 

彼女は何か言おうとして頬を膨らませ、ムーディーを睨んだ。

それから自分の杖を抜き、その場から離れた。

 

「今の説明のとおりだ。毒や魔法薬を混ぜられる可能性は、常に考えておく必要がある」

「でも、僕たちは毎食、自分で用意できないですよね?それで、この場合はどうやって調べればいいのかなって」

 

トムが続けると、青い義眼がこちらへ向いた。

 

「何か飲んだのか?」

「飲んでません」

「誰かに渡された?」

「いえ。調べ方を知りたいだけです」

 

ムーディーは訝しげに顎を撫でる、五人を見渡したあと、道具の棚から小さな真鍮の箱を取り出した。

 

「簡単なものなら、これだ」

 

蓋の内側には文字盤があり、手前には浅い窪みがついていた。

 

「液体を一滴落とす。魔法薬が混ざっていれば、針が動く。ただし、種類までは分からん」

 

彼は水で一度試してから、そこへ小瓶の中身を垂らした。

薬の混ざった水を落とすと、針が右へ跳ねた。

 

「反応しなかったら、安全なんですか?」

トムが尋ねる。

 

「容器にかけられた呪いまでは調べられん。これ一つで何でも分かると思うな」

 

五人は順番に試させてもらった。水だけでは動かず、薬の混ざった水では動く。

ネビルが窪みを洗い損ねたときは、ただの水でも針が振れた。

 

「前の薬が残っとる。よく洗え」

「あ、はい」

 

ネビルが洗い直している間に、ロンが尋ねた。

 

「これ、借りてもいいですか?」

「何を調べる」

「紅茶とか、カボチャジュースとか」

 

「食堂を検査場にする気?」

口を元に戻したトンクスが、棚の向こうから顔を出した。

 

「樽へ直接突っ込まないでよ」

「一滴でいいんだろ」

「そう。マッドアイの瓶で試すときは、先にあたしを呼んでね」

「ニンファドーラ」

 

彼女は素早く口を閉じ、口にチャックをするポーズを取った。

ムーディーは箱をロンへ渡した。

 

「明後日の夕食までだ。試したものと結果も書いてこい。妙な反応が出たら、口に入れずに知らせろ。常に警戒せよ!」

 

「「「「「はい!」」」」」」

 

     *

 

翌日の放課後、五人はハグリッドの部屋を訪ねた。

扉を開けたハグリッドは、片手で額を押さえていた。

 

「おう……入れ。声は、ちいと小さく頼む」

「具合悪いの?」

「昨日、飲みすぎた。椅子はそっちだ。籠には座るなよ」

 

暖炉では、サラマンダーが燃える薪の間を這っていた。棚の大きな籠からは、青緑色の首がするすると伸び、五人の顔を覗き込んでいる。

目が合うと、羽毛の生えた頭がさっと引っ込んだ。

 

「オカミーだ。まだ人見知りしとる」

「噛むの?」

 

ロンが尋ねた。

 

「怖がらせなきゃな」

「怖がってるみたいだけど」

「だから、そっと座れ」

 

ハグリッドはやかんからお茶を注ぎ、硬そうなパンと一緒に並べた。

二日酔いによいというそのお茶は、湯気だけで目が覚めそうな匂いがした。

 

「それで、今日はどうした」

 

ハンナがカップを受け取り、言った。

 

「船で飼えるペットって、何がいいかなと思って、相談したいんです」

「おう、それならパフスケインだ。おとなしいし、世話も難しくねえ。カエルもいいぞ」

「鼠や猫は?」

ロンが聞いた。

 

「壁を齧る癖のあるやつは駄目だ。船が嫌がる。猫の方は修理の道具置き場やら、配管の隙間やら色んな所に入り込むからな。

 飼うなら、ちゃんと居場所を確かめられるようにせにゃならん」

 

「ケセランパセランは?」

 

ラベンダーが尋ねると、ハグリッドはすぐに首を振った。

 

「あいつらは駄目だ」

「どうして? 可愛いじゃない」

「増える」

「少しくらいなら」

「少しで済まん。今でも数え直すたびに違うんだ。マクゴナガル先生から、これ以上、船へ散らすなと言われとる」

 

棚の奥で、白い塊がふわりと浮いた。

ハグリッドは片手でつかみ、籠へ押し戻した。

 

「ほらな」

 

 説明の途中で、彼はまた額を押さえた。

 

「先生も、これ飲んだら?」

 ハンナがお茶を指す。

「飲んどる。三杯目だ」

「何をそんなに飲んだの?」

 ロンが尋ねた。

「もらいもんだ。うまかったんで、ついな」

 

ハグリッドは椅子の脇から大きな瓶を持ち上げ、どんと机へ置いた。五人のカップが揺れる。

ロンが身を乗り出した。

 

「これ、一晩で?」

「最初から全部入ってたわけじゃねえ」

「でも、ここまで減ったんだろ」

「おまえらには、まだ早い」

 

ハグリッドは瓶を机の端へ寄せた。ちょうど、ラベンダーとネビルの間だった。

 

トムは二人を見ないようにして、暖炉を指した。

 

「サラマンダーは、火を消したらどうするんですか?」

「しばらくなら外でも平気だ。だが、こいつのいる間は火を絶やさんようにしとる。見てみるか?」

 

ハグリッドが暖炉へ身をかがめ、トムとロンも近づいた。

火の中で尾が揺れ、サラマンダーが薪の上へ乗る。

 

「ほら、手を出すなよ」

「出さないよ。熱いだろ」

「おまえに言っとるんじゃねえ」

 

 オカミーの首が、ロンの肩越しに伸びていた。

 ロンが慌ててよける。その後ろで、かすかに瓶の栓が鳴った。

 ハグリッドが顔を上げかけたので、トムは急いで聞いた。

 

「この二匹、同じ部屋で大丈夫なんですか?」

「仲は悪くねえぞ。こいつも暖かいのが好きでな」

「僕を間に挟むのは、やめてほしいんだけど」

 

オカミーの首を避けながらロンが言い、ハグリッドが笑った。

その声が頭に響いたのか、すぐに顔をしかめる。

 

机へ戻ると、ネビルはパンを両手で持ち、ラベンダーはカップを見つめていた。

大きな酒瓶には、きちんと栓が戻っていた。

 

     *

 

「取れた?」

部屋を出てから、ロンが尋ねた。

ラベンダーがポケットから小瓶を出した。

 

「ネビルが瓶を持っててくれたの。思ったより重かったわ」

「次は僕だな」

「ハンナもお願い。こぼしたら大変だから」

「最初から私まで数に入れないでよ」

 

ハンナはそう言いながら、鞄からハンカチを出した。

 

     *

 

一方、占い学の教室の前には、甘い香の匂いが漂っていた。扉を叩くと、少し間を置いて返事があった。

 

「お入りなさい……」

 

部屋は暖かく、窓には厚い布が掛かっていた。トレローニーは奥の肘掛け椅子に座り、膝の上にカードを広げていたが、五人を見ると箱へ収めた。

 

「まあ、ブラウンさん。それに他の1年生の皆さんも。何かお困りですか」

「先生、あの、最近よく見る悪夢のことでちょっと相談なんですけど」

 

 ラベンダーが一歩進み出た。

 

「階段を下りているのに、何度も同じところへ戻る夢を見たんです。急いでいるのに、全然進めなくて」

「目が覚めたあとも、怖かった?」

「はい。少し」

 

 先生は頷き、そばの椅子を勧めた。

 

「怖い夢が、すべて不幸の予兆とは限りませんよ。食べすぎや、寝る前の読書で見ることもあります。

 まず、どんな夢だったか詳しく聞かせてごらんなさい」

 

ラベンダーが話し始めると、トムたちも空いた席へ腰を下ろした。

机の隅に、小さな瓶が置かれている。広間で先生が飲み物へ垂らしていたのと同じものらしい。

ロンが見つけ、ハンナへ目配せした。

 

「悪い予兆だったら、どうするんですか?」

 

ラベンダーが尋ねた。

 

「いつもより慎重に過ごすことです。行こうとしていた場所を変える、出かける時間を遅らせる。

 夢に出たものを覚えておけば、気づけることもあるでしょう」

「出かけなければ、大丈夫?」

「部屋の中でも転ぶことはありますよ」

 

 先生は細い指を立てた。

 

「怖がって何もしなくなるのは、よくありません。夢は書き留めて、同じものを何度も見るようなら、またいらっしゃい」

 

 ラベンダーは真剣に頷いた。

 その脇で、ロンが瓶へ手を伸ばした。ハンナが鞄で手元を隠す。

 トムは先生の顔を見ていたが、栓を抜く小さな音がすると、厚い眼鏡がそちらへ動いた。

 

「先生」

 

 トムは思わず声を上げた。

 

「ハロウィンのとき、僕を見ておっしゃったことなんですけど」

 

 トレローニーの目が、こちらへ戻った。

 時間稼ぎにするには、もう少し気楽な質問があったかもしれない。だが、口にすると、自分でも答えを聞きたくなった。

 

「僕の運命って、そんなに変なんですか?」

 

先生はすぐには答えなかった。

 

「こちらへ来てごらんなさい」

 

トムは椅子を寄せた。先生は彼の手を取り、掌を見たあと、顔を覗き込んだ。眼鏡の向こうで、目が大きく見えた。

 

「ええ。今見ても、奇妙です」

「悪いほうに?」

「短命の相が出ているのです。あなたの年頃ではもう……」

 

言葉が切れた。

 

トムの後ろで、誰かが椅子を動かした。

 

「死んでいるはず、ということですか」

「相を見る限りでは、そう読めます。ですが、あなたはここにいる」

 

先生は彼の手を返した。

以前なら、外れたのだと思えば済んだ。けれど、トムにはそう言い切れない事情があった。この身体の持ち主が、本来はどうなるはずだったのか。

自分が来なければ、孤児院のあの夜を生き延びられたのか。

 

「運命は、一筋の道ではありません」

 

 先生は卓の上へ指を滑らせ、途中で左右へ分けた。

 

「川のように、幾つもの流れに分かれています。私たちは船を漕ぎながら、その先を選ぶ。どこへ着くかは、選んだ流れによっても変わるのです」

「じゃあ、僕は違うほうへ進んだんじゃ?」

「普通なら、そう考えます。ですが、あなたには、その先が見えない。川自体がないのです……私にも、説明がつきません」

 

トムは自分の掌を見た。さっきまで汗をかいていたのに、今は少し冷えていた。

 

「運命を変える方法はありますよね?」

 

 ネビルが聞いた。

 

「前、ラベンダーが借りた本を僕も少し読みましたけど、偉業を達成することで運命が変わるって」

「そういうことを成し遂げる人が、いないとは言いません」

 

トレローニーは頷いた。

 

「けれど、それは今いる川から無理やり他の川へ移動するようなものです。船を岸へ乗り上げさせれば、壊れるかもしれません。渡り切るだけの大きさと、頑丈さが必要です。誰にでもできることではないのですよ」

「じゃあ、悪いほうへ流されてても?」

「見える分かれ道を探すことです。無理に岸を越えようとする前に」

 

ネビルはまだ考えているようだった。

トムも、返された手を膝の上へ置いたまま、別のことを考えていた。

 

自分が助かったことで、何かが変わっている。それ自体は間違いない。コリンとデニスがここへ来たのも、自分が名前を伝えたからだ。

よいことばかりならいい。

 

だが、自分が死ぬはずだったというのなら、その死はどこへ行ったのだろう。

――もし、それが本当は救世主になるべきだった少年の方へ行ってしまったとしたら?

「僕が死ななかったせいで、代わりに誰かが死ぬことは、ありますか」

口にしてから、友達の前で聞くべきではなかったと思った。

「別の子供が、その……僕の代わりになるようなことです」

 

トレローニーは眉を寄せた。

 

「あなたが生きているから、ほかの子が死ななければならない。そんな決まりを、私は知りません」

「移ることは?」

「死の運命を、別の誰かへ移し替える方法もです。少なくとも、私の知識にはありません」

 

 先生はトムの顔を確かめるように見た。

 

「何か、心当たりがあるのですか?」

「いえ。もし、そういうことがあるならと思って」

 

トムは首を振った。

背後でハンナが鞄を閉じた。ロンは両手を膝へ置き、いつもより背筋を伸ばしている。採れたらしかった。

ラベンダーが夢の相談のお礼を言い、五人は立ち上がった。扉へ向かう途中、トレローニーがトムを呼び止める。

 

「ブライト君。今ここにいるあなたまで、占いの結果に合わせる必要はありませんよ」

 

トムは振り返り、頷いた。

 

     *

 

空き教室へ戻ると、ロンが検査器を机へ置いた。

いつもなら先に何か言うラベンダーも、今日は黙って椅子へ座った。トムは小瓶を二本並べ、ハグリッドのほうを手元へ寄せた。

 

水で器具を確かめてから、一滴落とす。

針は動かなかった。

 

「ほら」

ロンが言った。

「次はトレローニー先生のほうだ」

 

ネビルはほっとした顔で、羊皮紙へ『反応なし』と書き込んだ。

ラベンダーがもう一本の試料を寄せる。

 

窪みを洗い直し、もう一度水で試した。針は動かない。

それを拭き取り、トレローニーの酒を落とす。

そして、トムにとって予想外のことが起きた

 

——針が右へ振れた。

 

「……見た?」

 

 ロンが言った。全員見ていた。

 

「待って。もう一回洗って」

「洗ったよ」

「私がやる」

 

 ハンナが検査器を引き寄せた。水を替え、窪みを洗い、順番に試す。

 針はまた、文字盤の半ばまで進んだ。

 

 ラベンダーの羽根ペンが止まった。

 

「本当に入ってたんだ」

「風邪薬かもしれないわ」

「風邪なんかひいてなかっただろ」

「頭痛の薬かも」

「だったら、普通に飲めばいいじゃないか」

 

「ロン」

 

トムが呼ぶと、彼は泣き出しそうなラベンダーの様子に気がつき、口を閉じた。

 

「これじゃ、何の薬かは分からない。ムーディーも言ってただろ」

「じゃあ、誰か詳しい人に見てもらうしかないのか」

「うん」

 

 トムは小瓶へ栓をした。

 

「ポッター先生に聞いてみよう」

「取ったところから説明するんだぞ」

 

ロンが箱を閉じようとしたとき、ラベンダーが手を伸ばした。

 

「待って」

 

 彼女は小瓶を見ていた。

 ロンが手を離しても、しばらく何も言わなかった。

 

「先生は、偽物じゃないと思う」

「だから、それを調べてもらうんだろ」

「分かってる。でも、あの人が悪いことをしてるみたいに、言わないで」

 

ロンは困った顔でトムを見た。

トムにも、何と返せばいいか分からなかった。

ハンナが、ラベンダーのそばへ椅子を寄せた。

 

「何か知ってるの?」

 

ラベンダーは頷きかけ、ためらった。

「同じ部屋の先輩から聞いたの。先生、昔はもっと占ってくれたんだって。出かける前の人にも、いつも危ないからやめたほうがいいって、何度も」

 

「それで?」

「沢山の人が帰ってこなかったの」

 

 ロンが口を閉じた。

 

「一人だけじゃないわ。怪我をした人も、捕まった人も。あとになって、先生が言ってたとおりだったって……みんな、そういう話をしたんだって」

 

 ラベンダーは羽根ペンを置いた。

 

「先輩は、私が先生を褒めたとき、あんまり当たる当たるって言わないほうがいいって。先生、喜ばないからって言ってた」

 

トムは、先ほどのトレローニーによる夢の話についての解説を思い出した。原作の彼女ならどう説明したのだろうか。嬉々と誰の不幸の予兆だろうと言うように思えた。

 

「それから、占いを途中でやめることが増えたらしいの。結果を聞かれても、今はよく見えないって」

 

「でも、それと薬は……」

 

 ロンは言いかけて、やめた。

 

「分からないわよ」

 ラベンダーの声が少し震えた。

 

 トムは、栓をした小瓶を鞄へしまった。

 

 先生の言葉を聞いて、自分は少し安心した。生き延びたせいで、誰かが代わりに死ぬわけではない。その言葉を信じたいと思った。

 

 では、トレローニーはどうなのだろう。

 危ないと言った相手が戻らなかったとき、先生には誰が、大丈夫だと言ってくれたのだろうか。

 

 




~10/16まで少し忙しいため、その間の更新は少し難しくなります。
少々お待ちください。

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