週末、トムは図書館の机にかじりついていた。
開いた参考書の隣で、緑色のハロが耳を動かしている。
クリスマスにグリンデルバルドへ贈り、誕生日に返されたものだ。見た目はそれほど変わっていない。しかし、中身は明らかに魔改造が施されており、ザクとガンダムくらいの差があった。
呼べば来るし、障害物があれば避ける。
眠っている相手には小声で話し、無視されると枕を押す――これはかなり余計な機能だが、まるでAIが搭載されているように感じる。
だが、詳しく調べていくと、使われている魔法はほとんどが一年生の教科書にも載っていた。
ただし、組み合わせがひどく複雑で、耳を動かす仕掛けが音を聞き分ける魔法と繋がり、最後には飛行の制御に影響を与えている。
「ハロ、右の耳だけ動かして」
「ミギ!」
「そっちは左」
と、そんな風にしていると、突然肩に手を置かれた。
「トム! まだやってたのか? みんな待ってるぞ」
振り返るとロンが立っていた。彼はトムの開いている本と、その周りに積まれた本を見て、少し顔をしかめていた。
「ずっと続けてたのか?」
「ようやく分かりそうなんだけど」
「それ、さっきも言ってたぞ」
「え、さっきも来てたの?」
「来たよ。返事もしただろ」
記憶になかった。ハロを見ると、元気よく耳を開いた。
「キタヨ!」
*
ロンに連行されたのは、いつもの空き教室だった。
今回は、珍しく彼の提案で作戦会議が開かれるらしい。
窓際へ寄せた机には羊皮紙が広げられていたが、今日は焼き菓子がない。すでに座っていた三人も、何の話かはまだ聞いていないらしかった。
ロンは扉を閉め、椅子へ腰を下ろした。それからラベンダーの羽根ペンを借り、羊皮紙の真ん中へ『トレローニー先生』と書いた。
「怪しいと思わないか?」
「何が怪しいのよ?」
ラベンダーの質問は、もっともだった。
「まあ、最後まで聞けよ。船の水漏れのことだ。あの先生、いつも一人で食事してるだろ。広間へ来たときも、わざわざ自分の瓶から酒を足してる」
「お酒でしょう?」
「本人はそう言ってる。でも、実際の中身は知らないだろ」
そう答えながら、ロンはトムへ顔を向けた。
「前に言ってたよな。ポリジュース薬。あれで誰かが先生に化けてるとしたら? 先生の顔で、堂々と乗り込んできたのかもしれないぞ」
「えっと、自分の飲み物を持っている人が、全員ポリジュース薬を飲んでるわけじゃ――」
「しかも、襲撃のときも外にいなかった。石を盗みに行く時間はあったんだ」
ラベンダーはそれを聞くと眉をひそめた。
羽根ペンを取り返し、先生の隣へ『ハグリッド、ムーディー』と書き加えた。
「それなら、この二人も怪しいわ。ハグリッドはいつも自分のお酒を飲んでるし、ムーディーは……あれ、何を飲んでるの?」
「でも、ムーディーさんは水漏れのとき、まだ船にいなかったよ。それに、石が盗まれそうになったときも、外で戦ってたでしょう?」
ハンナが口を挟んだ。
ラベンダーは少し考えるそぶりを見せ、ムーディーの名前に二本の取り消し線を引いた。
ロンはそれを見て、追加で指摘した。
「ハグリッドだって、バーベキューから戦いが終わるまで、ずっと僕たちと一緒だったじゃないか。いつ石を盗みに行くんだよ」
「でも、大掃除のときはいたわ。船を傷つけることはできたでしょう? それにハグリッドなら、何か生き物を仕込んで、石を取ってこさせるくらいできるかもしれないじゃない」
「おい、それはさすがに言いがかりだぞ」
「ムーディーは、疑う余地があるなら疑えって言ってたわ」
「それなら、掃除のときにいた全員を調べなきゃならないぞ。先生も生徒も。僕たち五人もだ」
ロンが机へ肘をついた。
トムは彼らの言い争いを聞いて、天井を仰ぎ、椅子の背へ寄りかかった。
ムーディーズブートキャンプの副作用が、とうとう出始めてしまった。
「ムーディーは先生たちにも話を聞いてたよ。何か分かってたら、そのままにはしないと思うけど」
「三週目の教訓。敵を過小評価せず、味方を過大評価せず、だろ? ムーディーだって見落とすさ。化けてるやつが、よっぽどうまくやってるのかもしれない」
「あなた、いつもトレローニー先生をからかってるじゃない。天文学の宿題が嫌いだからって、先生を犯人にすることはないでしょう」
「君こそ、どうしてあの先生のことになると、何でもかばうんだよ?」
「それは……」
ラベンダーは口をつぐんだ。少しして、下唇を噛んでから言った。
「あの人は、すごい人なの」
「だから――」
「二人とも、やめようよ」
ハンナが割って入った。
「私たちだけで決めないで、相談しようよ。ムーディーさんか、マクゴナガル先生に」
「ムーディーに言ったら、まず僕たちが尋問されるぞ。いつ見た、何回見た、どうしてポリジュース薬を知ってるかって。
マクゴナガル先生なら『ウィーズリーさん、先生方の飲み物より、ご自分の宿題の締め切りに注意を払いなさい』って言われる」
少し似ていた。
ネビルが笑いかけたが、ハンナを見て口を閉じた。
確かに、今の話だけでは相談しづらい。
一人で食事をし、自分で持ってきたものを飲んでいる。それだけで「ん? 妙だぞ」とコナン君よろしく少年探偵団を始めたら、先生たちも困るだろう。
話が行き詰まったところで、ネビルが口を開いた。
「……中身が分かれば、いいんだよね」
羊皮紙に残った二人の名前を見ている。
「コップとかに残ってる分なら、少し取れるかもしれない」
「取る?」
ハンナが聞き返した。
「瓶ごとじゃないよ。ほんの少し」
「量の話じゃなくて」
「何も入ってなければ、二人とも疑わなくて済むし」
「それだ!」
ロンがすぐに頷いた。
ラベンダーも考え込んでから、顔を上げる。
「それなら、先生じゃないって証明できるわ」
「ちょっと待って。今、それを盗もうって話になってない?」
トムが言うと、ロンは少し声を落とした。
「大げさに言うなよ」
「本人に聞かずに取るんだろ?」
「聞いたら、駄目って言うに決まってるじゃないか」
「分かってるんじゃない」
ハンナがため息をついた。
「それに、どうやって調べるの?誰も見分けられないでしょう」
「トムは?」
「無理」
「じゃあ、ムーディーに聞こう」
ロンは机へ身を乗り出した。
「調べ方だけ。誰の飲み物かは言わなくていいだろ?」
トムとハンナはどうやってこの生粋のグリフィンドール三人を止めるべきか悩み、目を見合わせた。
*
結局、五人による厳粛な多数決の結果、三対二で先生の飲み物を盗むことが決定された。
トムとハンナは制止しようとしたが、彼らだけに任せるのも怖かったため、結局折れる形で協力することにした。
木曜日の課外訓練が終わると、ロンは出口へ向かう生徒たちを見送り、ムーディーへ近づいた。
ついさっきまで足が棒になったと床へ座り込んでいたのに、もう元気になっていやがる。
「あの、質問してもいいですか」
「何だ」
「どうして、いつも自分で用意したものしか飲まないんですか」
隣で道具を片づけていたトンクスが、ぷっと吹き出した。そして、笑いを堪える様子で口を開いた。
「マッドアイはね、誰かが親切にお茶をいれてくれたって、何が入ってるか分かったもんじゃないって――」
「余計な口を挟むな」
ムーディーの杖が動き、トンクスの唇がぴたりとくっついた。
彼女は何か言おうとして頬を膨らませ、ムーディーを睨んだ。
それから自分の杖を抜き、その場から離れた。
「そのとおりだ。毒でも魔法薬でも、混ぜるのは一瞬だ。口に入れるものから目を離すな」
「でも、僕たちは毎食、自分で用意するわけにはいきませんよね。出されたものを調べる方法はありますか?」
トムが続けると、青い義眼がこちらへ向いた。
「何か飲んだのか?」
「飲んでません」
「誰かに渡された?」
「いえ。調べ方を知りたいだけです」
ムーディーは訝しげに顎を撫でた。五人を見渡したあと、道具の棚から小さな真鍮の箱を取り出した。
「簡単なものなら、これだ」
蓋の内側には文字盤があり、手前には浅い窪みがついていた。
「液体を一滴落とす。魔法薬が混ざっていれば、針が動く。ただし、種類までは分からん」
彼はコップの水を一滴落として試してから、コップへ小瓶の中身を垂らした。
薬の混ざった水を落とすと、針が右へ跳ねた。
「反応しなかったら、安全なんですか?」
トムが尋ねる。
「魔法薬でない毒もある。容器に呪いがかかっているかもしれん。針が動かんからといって、何でも飲んでいいわけじゃないぞ」
五人は順番に試させてもらった。水だけでは動かず、薬の混ざった水では動く。
ネビルが窪みを洗い損ねたときは、ただの水でも針が振れた。
「前の薬が残っとる。よく洗え」
「あ、はい」
ネビルが洗い直している間に、ロンが尋ねた。
「これ、借りてもいいですか?」
「何を調べる」
「紅茶とか、カボチャジュースとか」
「食堂を検査場にする気?」
口を元に戻したトンクスが、棚の向こうから顔を出した。
「樽へ直接突っ込まないでよ」
「一滴でいいんだろ」
「そう。マッドアイの瓶で試すときは、先にあたしを呼んでね」
「ニンファドーラ」
彼女は名前を聞いて顔をしかめたが、口にチャックをする仕草で返した。
ムーディーは箱をロンへ渡した。
「明後日の夕食までだ。試したものと結果も書いてこい。妙な反応が出たら、口に入れずに知らせろ。常に警戒せよ!」
「はい!」
五人の声が揃った。
*
翌日の放課後、五人はハグリッドの部屋を訪ねた。
扉を開けたハグリッドは、片手で額を押さえていた。
「おう……入れ。声は、ちいと小さく頼む」
「具合悪いの?」
「ゆうべ、ちいと飲みすぎてな。椅子はそっちだ。そこの籠には座るんじゃねえぞ」
暖炉では、サラマンダーが燃える薪の間を這っていた。棚の大きな籠からは、青緑色の首がするすると伸び、五人の顔を覗き込んでいる。
目が合うと、羽毛の生えた頭がさっと引っ込んだ。
「オカミーだ。まだ人見知りしとる」
「噛むの?」
ロンが尋ねた。
「怖がらせなきゃな」
「怖がってるみたいだけど」
「だから、そっと座れ」
ハグリッドはやかんからお茶を注ぎ、硬そうなパンと一緒に並べた。
二日酔いによいというそのお茶は、湯気だけで目が覚めそうな匂いがした。
「それで、今日はどうした」
ハンナがカップを受け取り、言った。
「船で飼うなら、どんなペットがいいかなと思って。ハグリッドに相談したくて来たの」
「おう、それならパフスケインだ。おとなしいし、世話も難しくねえ。カエルもいいぞ」
「鼠や猫は?」
ロンが聞いた。
「壁を齧る癖のあるやつは駄目だ。船が嫌がる。猫は道具置き場だろうが、配管の隙間だろうが、どこへでも入り込むからな。
飼うなら、ちゃんと居場所を確かめられるようにせにゃならん」
「ケセランパセランは?」
ラベンダーが尋ねると、ハグリッドはすぐに首を振った。
「あいつらは駄目だ」
「どうして? 可愛いじゃない」
「増える」
「少しくらいなら」
「少しで済まん。今でも数え直すたびに違うんだ。マクゴナガル先生から、これ以上、船へ散らすなと言われとる」
棚の奥で、白い塊がふわりと浮いた。
ハグリッドは片手でつかみ、籠へ押し戻した。
「ほらな」
説明の途中で、彼はまた額を押さえた。
「ハグリッドも、これを飲んだら?」
ハンナがお茶を指す。
「飲んどる。三杯目だ」
「何をそんなに飲んだの?」
ロンが尋ねた。
「もらいもんだ。うまかったんで、ついな」
ハグリッドは椅子の脇から大きな瓶を持ち上げ、どんと机へ置いた。五人のカップが揺れる。
ロンが身を乗り出した。
「これ、一晩で?」
「最初から全部入ってたわけじゃねえ」
「でも、ここまで減ったんだろ」
「おれの飲む量はいいんだ。おまえらは手を出すなよ」
ハグリッドは瓶を机の端へ寄せた。ちょうど、ラベンダーとネビルの間だった。
トムは二人を見ないようにして、暖炉を指した。
「サラマンダーは、火を消したらどうするんですか?」
「しばらくなら外でも平気だ。だが、こいつのいる間は火を絶やさんようにしとる。見てみるか?」
ハグリッドが暖炉へ身をかがめ、トムとロンも近づいた。
火の中で尾が揺れ、サラマンダーが薪の上へ乗る。
「こら、近づきすぎるなよ」
「近づいてないよ。熱いじゃないか」
「おまえに言っとるんじゃねえ」
オカミーの首が、ロンの肩越しに伸びていた。
ロンが慌ててよける。その後ろで、かすかに瓶の栓が鳴った。
ハグリッドが顔を上げかけたので、トムは急いで聞いた。
「この二匹、同じ部屋で大丈夫なんですか?」
「仲は悪くねえぞ。こいつも暖かいのが好きでな」
「仲がいいなら、僕を挟まずにやってくれないかな」
オカミーの首を避けながらロンが言い、ハグリッドが笑った。
その声が頭に響いたのか、すぐに顔をしかめる。
机へ戻ると、ネビルはパンを両手で持ち、ラベンダーはカップを見つめていた。
大きな酒瓶には、きちんと栓が戻っていた。
*
「取れた?」
部屋を出てから、ロンが尋ねた。
ラベンダーがポケットから小瓶を出した。
「ネビルが瓶を持っててくれたの。思ったより重かったわ」
「次は僕だな」
「ハンナもお願い。こぼしたら大変だから」
「最初から私まで数に入れないでよ」
ハンナはそう言いながら、鞄からハンカチを出した。
*
占い学の教室の前には、甘い香の匂いが漂っていた。扉を叩くと、少し間を置いて返事があった。
「お入りなさい……」
部屋は暖かく、窓には厚い布が掛かっていた。トレローニーは奥の肘掛け椅子に座り、膝の上にカードを広げていたが、五人を見ると箱へ収めた。
「まあ、ブラウンさん。お友達もご一緒なのね。さあ、お入りなさい。何か心を悩ませていることでも?」
「先生、夢のことで見ていただきたくて。同じ悪夢を何度も見るんです」
ラベンダーが一歩進み出た。
「階段を下りているのに、何度も同じところへ戻る夢を見たんです。急いでいるのに、全然進めなくて」
「目覚めたあとにも、その恐ろしさが残っていたのですね?」
「はい。少し」
先生は頷き、そばの椅子を勧めた。
「恐ろしい夢が、すべて不幸の訪れを告げるとは限りませんよ、あなた。食べすぎや、寝る前に読んだもののせいということもあります。
さあ、覚えていることを、順に話してごらんなさい」
ラベンダーが話し始めると、トムたちも空いた席へ腰を下ろした。
机の隅に、小さな瓶が置かれている。広間で先生が飲み物へ垂らしていたのと同じものらしい。
ロンが見つけ、ハンナへ目配せした。
「悪い予兆だったら、どうするんですか?」
ラベンダーが尋ねた。
「いつもより慎重に過ごすことです。行こうとしていた場所を変える、出かける時間を遅らせる。
夢に出たものを覚えておけば、気づけることもあるでしょう」
「出かけなければ、大丈夫?」
「閉じた扉が、すべての災いを防いでくれるわけではありません。部屋の中でも、転ぶことはあるでしょう?」
先生は細い指を立てた。
「恐れにばかり心を奪われてはいけませんよ。夢は書き留めておきなさい。同じものを繰り返し見るようなら、また私のところへ」
ラベンダーは真剣に頷いた。
その脇で、ロンが瓶へ手を伸ばした。ハンナが鞄で手元を隠す。
トムは先生の顔を見ていたが、栓を抜く小さな音がすると、厚い眼鏡がそちらへ動いた。
「先生」
トムは思わず声を上げた。
「ハロウィンのとき、僕を見ておっしゃったことなんですけど」
トレローニーの目が、こちらへ戻った。
時間稼ぎにするには、もう少し気楽な質問があったかもしれない。だが、口にすると、自分でも答えを聞きたくなった。
「僕の運命って、そんなに変なんですか?」
先生はすぐには答えなかった。
「もう少し、こちらへ……手をお見せなさい」
トムは椅子を寄せた。先生は彼の手を取り、掌を見たあと、顔を覗き込んだ。眼鏡の向こうで、目が大きく見えた。
「ええ……やはり、普通ではありませんね」
「悪いほうに?」
「夭折の相です。若くして命を落とす者に現れる相。あなたの年頃では、すでに……」
言葉が切れた。
トムの後ろで、誰かが椅子を動かした。
「死んでいるはず、ということですか」
「この相に従うならば。けれども、あなたはこうして私の前に座っている……」
先生は彼の手を返した。
以前なら、外れたのだと思えば済んだ。けれど、トムにはそう言い切れない事情があった。この身体の持ち主が、本来はどうなるはずだったのか。
自分が来なければ、孤児院のあの夜を生き延びられたのか。
「運命は、一筋の道ではありません」
先生は卓の上へ指を滑らせ、途中で左右へ分けた。
「川のように、幾つもの流れに分かれています。私たちは船を漕ぎながら、その先を選ぶ。どこへ着くかは、選んだ流れによっても変わるのです」
「じゃあ、僕は違うほうへ進んだんじゃ?」
「ええ、そうであれば説明がつきます。けれど、あなたの場合は……その先の流れが、見えないのです。川そのものが途絶えている。これは、私にも説明のつかないことです」
トムは自分の掌を見た。さっきまで汗をかいていたのに、今は少し冷えていた。
「あの……運命を変える方法も、あるんですよね?」
ネビルが聞いた。
「ラベンダーが借りた本を、僕も少し読んだんです。大きな偉業を成し遂げると、運命も変わるって書いてあって……」
「運命の流れを変えるほどの偉業……ええ、そうした人物が現れることはあります」
トレローニーは頷いた。
「けれど、それは今いる川から無理やり他の川へ移動するようなものです。船を岸へ乗り上げさせれば、壊れるかもしれません。渡り切るだけの大きさと、頑丈さが必要です。誰にでもできることではないのですよ」
「じゃあ、悪いほうへ流されてても?」
「まずは、目の前の分かれ道を探しなさい。無理に岸を越えようとする前に、自分の進める道を見定めることです」
ネビルはまだ考えているようだった。
トムも、返された手を膝の上へ置いたまま、別のことを考えていた。
自分が助かったことで、何かが変わっている。それ自体は間違いない。コリンとデニスがここへ来たのも、自分が名前を伝えたからだ。
よいことばかりならいい。
だが、自分が死ぬはずだったというのなら、その死はどこへ行ったのだろう。
――もし、それが本当は救世主になるべきだった少年の方へ行ってしまったとしたら?
「僕が死ななかったせいで、代わりに誰かが死ぬことは、ありますか」
口にしてから、友達の前で聞くべきではなかったと思った。
「別の子供が、その……僕の代わりになるようなことです」
トレローニーは眉を寄せた。
「あなたが生きているから、ほかの子が死ななければならない。そんな決まりを、私は知りません」
「移ることは?」
「誰かに定められた死を、別の者へ移し替える……そのような方法も、私の知る限りではありません」
先生はトムの顔を確かめるように見た。
「何か、心当たりがあるのですか?」
「いえ。もし、そういうことがあるならと思って」
トムは首を振った。
背後でハンナが鞄を閉じた。ロンは両手を膝へ置き、いつもより背筋を伸ばしている。採れたらしかった。
ラベンダーが夢の相談のお礼を言い、五人は立ち上がった。扉へ向かう途中、トレローニーがトムを呼び止める。
「ブライト君。占いの結果に合わせて、生きていることまで悔やむものではありませんよ」
トムは振り返り、頷いた。
*
空き教室へ戻ると、ロンが検査器を机へ置いた。
いつもなら先に何か言うラベンダーも、今日は黙って椅子へ座った。トムは小瓶を二本並べ、ハグリッドのほうを手元へ寄せた。
水で器具を確かめてから、一滴落とす。
針は動かなかった。
「ほら」
ロンが言った。
「次はトレローニー先生のほうだ」
ネビルはほっとした顔で、羊皮紙へ『反応なし』と書き込んだ。
ラベンダーがもう一本の試料を寄せる。
窪みを洗い直し、もう一度水で試した。針は動かない。
それを拭き取り、トレローニーの酒を落とす。
そして、トムにとって予想外のことが起きた。
――針が右へ振れた。
「……見た?」
ロンが言った。全員見ていた。
「待って。もう一回洗って」
「洗ったよ」
「私がやる」
ハンナが検査器を引き寄せた。水を替え、窪みを洗い、順番に試す。
針はまた、文字盤の半ばまで進んだ。
ラベンダーの羽根ペンが止まった。
「本当に、何か入ってたんだ」
「風邪薬かもしれないわ」
「風邪なんかひいてなかっただろ」
「頭痛の薬かも」
「じゃあ、どうしてわざわざ酒に混ぜるんだよ」
「ロン」
トムが呼ぶと、彼は泣き出しそうなラベンダーの様子に気がつき、口を閉じた。
「これじゃ、何の薬かは分からない。ムーディーも言ってただろ」
「じゃあ、僕たちじゃ、ここまでってことか」
「うん」
トムは小瓶へ栓をした。
「ポッター先生に聞いてみよう」
「どうやって手に入れたかも、聞かれるぞ」
ロンが箱を閉じようとしたとき、ラベンダーが手を伸ばした。
「待って」
彼女は小瓶を見ていた。
ロンが手を離しても、しばらく何も言わなかった。
「先生は、偽物じゃないと思う」
「だから、まだ決まってないだろ。これから調べてもらうんじゃないか」
「分かってる。でも、あの人が悪いことをしてるみたいに、言わないで」
ロンは困った顔でトムを見た。
トムにも、何と返せばいいか分からなかった。
ハンナが、ラベンダーのそばへ椅子を寄せた。
「何か知ってるの?」
ラベンダーは頷きかけ、ためらった。
「同じ部屋の先輩から聞いたの。先生、昔はもっと占ってくれたんだって。出かける前の人にも、いつも危ないからやめたほうがいいって、何度も」
「それで?」
「帰ってこなかった人が、たくさんいたの」
その場にいた全員が凍りついた。
「一人だけじゃないわ。怪我をした人も、捕まった人も。あとになって、先生が言ってたとおりだったって……みんな、そういう話をしたんだって」
ラベンダーは羽根ペンを置いた。
「私が先生の占いはすごいって言ったら、先輩に言われたの。あんまり、当たる当たるって言わないほうがいいって。先生は、それを喜ばないからって」
トムは、先ほどの夢の話を思い出した。原作の彼女なら、嬉々として誰かの不幸の予兆だと告げていたのではないか。少なくとも、トムの記憶にある彼女はそういう先生だった。
「それから、占いを途中でやめることが増えたらしいの。結果を聞かれても、今はよく見えないって」
「でも、それと薬は……」
ロンは言いかけて、やめた。
「分からないわよ」
ラベンダーの声が少し震えた。
トムは、栓をした小瓶を鞄へしまった。
先生の言葉を聞いて、自分は少し安心した。生き延びたせいで、誰かが代わりに死ぬわけではない。その言葉を信じたいと思った。
では、トレローニーはどうなのだろう。
危ないと言った相手が戻らなかったとき、先生には誰が、大丈夫だと言ってくれたのだろうか。
~10/16まで少し忙しいため、その間の更新は少し難しくなります。
少々お待ちください。
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