トムが息を切らせて最後の段を駆け上がった瞬間、状況はこうだった。
まず、廊下の冷たい床にネビルが倒れている。
彼は四つん這いになって必死に立ち上がろうと藻掻いている。
その先では、ロンが不格好な肘掛け椅子を盾のように抱え込み、怯えた様子で後ずさっている。
ラベンダーは――まるで目に見えない大槌で叩きつけられたかのように、廊下の壁にもたれかかったまま、ぴくりとも動かない。髪の生え際から不気味な赤黒い筋が滴り、彼女の頬を汚していた。
そして、トレローニーの部屋の扉は内側から凄まじい力で破壊されていた。引き裂かれた木屑の向こうから、ぬうっと伸びてきた太い腕――そこには、おぞましい灰色の剛毛がびっしりと生え揃っていた。
「来るな! 来るなァ!」
ロンの悲鳴を上げる。
しかし、その生物はロンの恐怖を嘲笑うかのように、悠然と扉の残骸を踏みしだいた。
戸口の薄暗がりに現れたのは、狼とも人間ともつかない、不条理に引き伸ばされた長く痩せた悪夢の輪郭だった。
獣の首のまわりに、奇妙に色鮮やかな布が絡みついている。
それは、トレローニー先生がいつも幾重にも気味悪く巻きつけていた、あのビーズ飾りのショールの一枚だった。
「……トレローニー先生!」
トムは心臓が口から飛び出しそうな衝動を抑え、ポケットから杖をひったくった。
ロンへじりじりと肉薄する怪物に向かって、喉が裂けんばかりの声で叫ぶ。
「こっちだ!」
だが、狼人間はトムを視界にさえ入れなかった。
濁った黄色い瞳はロンだけに釘付けにされていた。
次の瞬間、怪物は爆発的な速度で突進した。
長い鉤爪が、ロンが盾にしていた椅子の木枠へ容赦なく食い込み、硬いオーク材を果物のみどのように引き裂く。悲鳴とともに、ロンが床へ転がった。
「変われ!」
トムが叫ぶと同時に、引き裂かれた椅子の破片が生き物のようにのたうち回り、太い蔦へと変形して狼人間の胴体をがんじがらめに締め上げた。
その隙にロンが這うようにして後方へ逃れる。
怪物はそこで初めて、自身の自由を奪ったトムへとそのおぞましい不気味な顔を向けた。
しかし、勝利の予感は一瞬で打ち砕かれた。怪物がいななき、背を震わせた瞬間、その身体を縛っていた親指ほどもある蔦が、まるで腐った糸屑のようにぶちぶちと音を立てて弾け飛んだのだ。呪文など、最初から何の抵抗にもなっていなかった。
狼人間――魔法省指定危険度:XXXXX(五つ星)。
それはドラゴンやバジリスク、あるいは吸魂鬼(ディメンター)と同等の、個人の魔法使いが単独で交戦することを決して許されない最上位の怪物だった。
成人魔法使いであっても直ちにその場から姿を現わしで逃走することが推奨される、生ける破壊兵器。
「アァァアオーーーーーンッ!!」
トレローニーであった怪物が天を仰ぎ、凄まじい咆哮をあげた。
乱杭歯の隙間から粘り気のある汚れたよだれが床へしたたり落ちる。
弾かれたゴム鞠のような速度で、四足の獣がトムの視界を埋め尽くした。
――まともに戦えば死ぬ。全員がここで噛み殺される!
防衛術の授業が、ブートキャンプの経験が、ここですぐに逃げろと叫んでくる。
しかし、廊下の先を見る。そこには動けない仲間たちがいる。
彼らを置いて逃げれば、次の標的が誰になるかは明白だった。
トムの凍りついた頭を、無理やり支配した。時間を稼ぐしかない。
「グリセオ」
狼人間が激しく踏み出そうとした床を狙い、滑る呪文を叩き込む。
一瞬、怪物の足元が狂った。しかし、獣の肉体は恐るべき適応力を見せた。
瞬時に指先から黒い爪を伸ばすと、大理石の床板に深く突き立て、強引に体勢を復元したのだ。
「フリペンド!」
間髪入れずに放った衝撃呪文の青白い光が、狼人間の胸へまともに命中した。
だが、怪物はわずかに身じろぎしただけで、その突進の速度を落としさえしなかった。
迫り来る牙が肉眼で視認できるほどの距離に迫る。
もう、まともな呪文を練り上げる時間はない。
トムは思考を放棄し、本能だけで魔力をかき集めた。
最近の授業で習った、最も単純で、最も強烈な光の術――。
「ルーモス・ソレム!」
爆発的な閃光が、狭い廊下を昼間のように照らし出した。
不意を突かれた怪物が悲鳴のようなうめき声をあげ、両腕で顔を覆ってよろめく。
「やった!」
トムは光に灼かれる目を強引に開け、怪物の脇をすり抜けるようにして、ネビルたちの元へと飛び込んだ。
*
「ロン! ネビル! 早く動け!」
トムは叫びながらラベンダーの傍らに膝をついた。
彼女の意識は深く沈み、揺さぶってもかすかな呻きを返すだけだった。
顔を真っ白にしたロンが駆け寄り、二人がかりで彼女の両脇を抱えて引きずる。
先頭のネビルが、壊れたトレローニーの部屋の扉を指差した。
「こっちだ! 中に入るんだ!」
廊下の奥では、眩暈から立ち直った狼人間が狂暴に頭を振っていた。
壁の漆喰に深く爪を立て、こちらを値踏みするように見据えている。
三人がかりでラベンダーを部屋の中へと引きずり込んだ瞬間、ネビルが狂ったように杖を振り返った。
「レパロ!」
修復呪文によって床に散乱していた木片が生き物のように跳ね上がった。破れた板がひとりでに継ぎ合わさり、千切れた蝶番が凄まじい金属音を立てて枠へ収まる。
最後の隙間が閉じた瞬間と、外側から数十キロもの質量が激突した瞬間は、完全に同時だった。
ズゥン、と扉全体が内側へ向かって不気味に歪む。
「何か持ってこい! 早く!」
ロンが叫び、近くにあった重い肘掛け椅子を全力で扉へ押し付けた。ネビルも加わる。
トムはラベンダーを床へ寝かせると、部屋の隅の小卓に杖を向けた。
天板を縮め、逆に脚を狂ったように引き伸ばす。歪な形に変わったつっかえ棒を、ネビルたちが扉の取っ手と床の隙間へと強引に噛み込ませた。
直後、再び凄まじい衝撃。バリバリと木肌が悲鳴をあげる。
「トム……これ、もつか?」ロンの声が恐怖で震えていた。
「分からない!とりあえず支えて!」
トムはラベンダーに向き直った。
彼女の顔色は、部屋の埃の白さよりも青褪めていた。
ハンカチを傷口に当てるが、布地は一瞬で毒々しい赤に染まる。
頭を打った人間を動かすリスクが頭をよぎったが、あの場に残せば肉塊にされていた。だが、連れてきたからといって安全なわけではない。
「ラベンダー。聞こえるか? ラベンダー!」
応答はない。呼吸は浅く、今にも絶えそうだ。
扉を押さえる二人の荒い息遣いと、怪物が扉を引っ掻く不快な音が部屋に満ちる。
トムは血に濡れたハンカチを恐る恐る持ち上げた。
どくり、どくりと、自分自身の心臓の音が耳の奥でうるさいほどに響く。
トムの記憶の底から、ピンフリーが治療術を施す際の、特有の杖の動きが鮮明に浮かび上がってきた。まるで憂いの篩を使っているような独特な状態だった。
魔力が傷口に浸透し、肉が引き締まり、痛みが引いていくあの感覚。
なぜか今、その「構造」がはっきりと理解できた。
高度な治癒魔術ではない。失敗すればどうなるか分からない。
だが、指先が勝手に動いていた。
「エピスキー」
トムの杖先から、凝縮された淡い緑の光が溢れ、ラベンダーの額へと吸い込まれていった。
奇跡のような光景だった。
溢れ出ていた鮮血がピタリと止まり、割れた肉が自ら合わさるようにして細い線へと変わっていく。
そしてなんと次の瞬間、ラベンダーの細い眉が痛ましげに動いた。
「……痛い……」
「動くな、ラベンダー。頭を強く打っているんだ」トムは喉の奥から溜まった息を吐き出した。
「何が……先生は……?」
彼女の視線が、部屋の扉へと向いた。
同時に、残忍な破壊音が響いた。つっかえ棒の中央に、深い亀裂が走っていた。
*
「離れろ!!」
トムの叫びと同時に、扉が爆散した。
肘掛け椅子ごと吹き飛ばされたロンが床を転がり、ネビルも巻き添えを食らって倒れ込む。二人の上へ、へし折れた木枠の破片が容赦なく降り注いだ。
狼人間は破壊された戸口からその巨大な身体を強引にねじ込み、部屋の空気を一変させる。
その黄色い瞳が、身動きの取れない二人を冷酷に見下ろした。
「目を閉じろ!ルーモス・ソレム!」
トムは再び光の術を放った。
しかし、学習した怪物はすでにその目を完全に閉じ、顔を背けることで閃光をやり過ごした。
光が収まると、狼人間はまるで人間のように口元を歪め、獲物を確実にとらえるための足取りを踏み出した。
「この……!」
いつの間にか身を起こしていたラベンダーが、外套のポケットから何かを掴み出した。
「みんな!顔を伏せて!」
宙を舞ったのは、彼女がクリスマスに貰ったという小さな布袋――魔法の匂い袋だ!普段なら鞄の中でほのかに香る程度の小さな袋だ。
ラベンダーは必死に杖を振った。
「フリペンド!」
魔法の衝撃を受けた袋が、狼人間の鼻先で正確に爆発した。
縫い目が裂け、濃縮された匂いが怪物の顔面を完全に包み込む。
部屋中に、鼻を刺すような強烈な芳香が飛散した。
人間の何千倍もの嗅覚を持つ人狼にとって、それは劇薬に等しかった。
怪物は激しく頭を振り、くしゃみと咳を繰り返しながら狂ったように後ずさる。
自身の爪で鼻先を引き裂きながら悶絶していた。
「下だ!」
椅子の下から這い出したネビルが、床を指差して叫んだ。
「この真下は空き教室だ! 床を抜けば落とせる!」
トムははっとなって狼人間の足元を見た。
そうだ!床板を何かに変えればいい。何か容易にすり抜けるものに。
「砂に変えろ! あいつの足元を狙うんだ!」
ロンも、ラベンダーも、死に物狂いで杖を突き出した。
「「「「変われ!」」」」
四人の焦燥と魔力が、一斉に狼人間の足元へ集中した。
硬い木製の床板がざらつき、みるみるうちに流動的な砂へと崩壊していく。
しかし、即興の合体魔法は均一ではなかった。
怪物の片足がズブズブと底なしの砂へ沈み込む一方で、もう片方の足は依然として硬い梁(はり)の上にとどまっている。
獣が涙に濡れた黄色い瞳を剥き出し、凄まじい殺意を込めて彼らを睨み据えた。
足りない――魔力が足りない!
トムは杖を握る手に血がにじむほど力を込めた。
その時、古い床の奥底から、普段の歩行では決して感じ得ない、地鳴りのような低い振動が伝わってきた。
それはまるで、船そのものが彼らの危機に呼応し、力を貸そうとしているかのように。
――メリメリと、完全に板の継ぎ目が開いた。
四人の魔法を超えた領域まで、床全体が砂の滝となって崩落を始める。
狼人間が跳躍しようと強靭な後ろ脚を縮めたが、すでにそれを支える足場はどこにも存在しなかった。灰色の巨躯が宙を掻き、大量の砂とともに暗黒の穴へと吸い込まれていく。
下で、机や椅子が凄まじい音を立てて粉砕される音が響いた。
直後、穴の縁から無数の木の根が伸び、網の目のようにつながって新しい床を形成していく。最後に小さな隙間が閉じると、そこには頑丈な、節だらけの木肌が広がっていた。
*
トムは、鉛のようになった杖をやっとの思いで下ろした。
全員が、今起きたことが信じられないというように、新しく出来上がった床を見つめている。
「……落ちた、のか」ロンが掠れた声で呟いた。
ネビルは深く頷こうとしたが、そのまま力尽きたように床へ尻餅をついた。
トムも膝の震えを抑えきれず、その場に崩れ落ちた。
生き延びるために脳内を満たしていたアドレナリンが一気に引き、指先が凍りついたように冷たくなっていく。
「だから、先生を疑うなって言ったのに」
「君だって、一緒に替えただろ」
「あなたが、確かめれば済むって言ったんでしょう」
「こんなの、分かるわけないだろ!」
二人の声には、いつもの勢いがなかった。
言い争う二人の声には、いつもの毒気はなく、ただ生き延びたことへの虚脱感だけが漂っていた。
トムの口から、乾いた笑いが漏れる。
こんな状況でも普段通りでいられる仲間の存在が、妙に彼を安心させた。
「その話は、後にしよう」
「そうだね。とにかく、今のうちに他の先生方を――」
立ち上がろうとして、床に手をついた瞬間だった。
手のひらを通じて、床の底から狂気じみた高周波の振動が伝わってきた。
――嘘だろ
「逃げ……」
トムの言葉が完成するより早く、床板が爆散した。
階下から突き上げてきた灰色の影が、新造されたばかりの床を完全に粉砕したのだ。
飛び散る木片がトムの視界を奪い、横腹に凄まじい衝撃を受けて彼は部屋の隅の棚へと吹き飛ばされた。
受け身を取る暇もなく、背中を強打し、肺の空気がすべて押し出される。
呼吸ができない。
埃が舞う視界の向こうで、ロンとネビルが倒壊した家具の下で身悶えしているのが見えた。
――そして、ラベンダーは、むき出しになった床の上で仰向けに倒れていた。
その真上に、執念の塊と化した狼人間が、容赦なくのしかかる。
彼女の細い腕が怪物の胸を押し留めようとしていたが、そんなものが通用するはずがなかった。怪物の裂けた顎から、生温かい唾液が彼女の顔へ滴り落ちる。
杖を……呪文を……!
トムは腕を動かそうとしたが、肉体が思考に追いつかない。
何もかもが、遅すぎた。
トムの視界から急速に色彩が失われ、世界が奇妙なモノクロームへと変貌していった。
目の前の光景に、全く別の「記憶」が重なる。崩壊する城の石畳。
冷たくなっていく少女。そして、その肉体を貪ろうとする、狼のような男の影――。
ラベンダー・ブラウン。
原作の歴史において、彼女は『ホグワーツの戦い』で狼人間に襲われ、命を落とす運命だったはずだ。
占いの本に描かれていた女神たちを思い出した。
糸を紡ぎ、長さを測り、鋏を添える手。
そんなはずはない。
時も、場所も、相手さえ違う。
それでも、同じところへ戻されるのか。
誰が何をしても、あの光景に至るのか。
違う。
運命のせいにするな。
もし自分が、この世界にポリジュース薬の知識を持ち込まなければ。
もし自分が、先生の秘密を事前に正しく対処していれば。
ハリーがいないことさえ、自分がこの世界に存在することの歪みのせいかもしれないというのに。
また死なせるのか?
掌の中で、杖が異常なまでの熱を持ち始めた。
木肌の奥で、何かが激しく脈打っている。
それは言葉ではなく、純粋な「力」の回路だった。
かつて嵐の日に垣間見た魔法。映画の記憶の中で見た、あの男の所作。
パリの墓地で、あるいはニューヨークの地下鉄の線路で、ゲラート・グリンデルバルドが、ほとんど無造作に、指先一つで空間そのものを叩き割った、あの圧倒的な闇の魔術――
なぜその力の通し方が分かるのかなど、どうでもよかった。
ただ目の前の怪物を、ラベンダーの肉体から引き剥がす純粋な力だけを欲した。
トムの杖先から、それまでのホグワーツの授業では決して見ることのない、不気味なほどに冴え渡った青白い魔力の波紋が全方位へと解き放たれた。
それは光というよりも、空間そのものを圧縮して放たれた衝撃波だった。床の砂や破片が綺麗な同心円を描いて弾け飛び、狼人間の巨大な質量を真横から直撃する。
凄まじい破壊音とともに怪物の身体が宙へ浮き、部屋の最奥の棚へと文字通り叩きつけられた。天球儀が割れ、無数の茶器や古書が、がらがらと音を立てて怪物の上に崩れ落ちていく。
指先からすべての感覚が消え去り、杖が手からこぼれ落ちる。
肉体の奥底にある生命力そのものを根こそぎ吸い上げられたかのような、絶対的な虚無感。
呪文の戦果を見届ける前に、視界は急速に暗転し、床の冷たさを感じる間もなく、トムの意識は深い闇へと沈んでいった。
*
ラベンダーは、詰まっていた息を激しく吐き出した。
胸を圧迫していたあの絶望的な重みが、信じられない力によって消し去られていた。
視界を覆う漆喰の埃の向こうで、部屋の奥の重い棚がゆっくりと横倒しになるのが見える。
何が起きたのか、彼女の頭では理解が追いつかなかった。
濡れた頬を拭おうとして、自分の右手にまだ杖が握られていることに気づく。
すぐ近くで、トムが糸の切れた人形のように倒れていた。
「トム……?」
声をかけた積もりだったが、喉が引きつって掠れた音しか出ない。
その時、部屋の奥の残骸が不気味に蠢いた。
灰色の剛毛に覆われた腕が、うず高く積もった本を押し退け、再びその姿を現したのだ。
狼人間は片足を引きずりながらも、まだ死んではいなかった。
低く狂暴な唸り声をあげ、執念深くラベンダーを睨みつける。
後ろへ下がろうとしたが、床の油分で肘が滑り、足の筋肉が麻痺したように動かない。
あれはトレローニー先生だと頭の片隅で思っても、目の前の牙の恐怖を消すことはできなかった。
自分のせいで、先生の薬を台無しにしてしまったという罪悪感が、彼女の身体を縛りつける。
「ごめんなさい……先生……」
恐怖のあまり、細い声が漏れた。
狼人間は止まらない。一歩、また一歩と確実に距離を詰めてくる。
その時、怪物の横で、わずかに何かが転がる音がした。
傾いた棚の天板の上を、一つの大きな水晶玉が滑り落ちていく。
それはまるで、見えない糸に引かれるように、いくつかの障害物に当たりながら向きを変え、棚の縁からまっすぐ落下する軌道を描いた。
身体は動かない。手も届かない。
だが、ラベンダーの目が、その水晶玉を捉えた。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
悲鳴に近い呪文とともに、ラベンダーは杖を突き出した。
床からわずか数インチのところで、水晶玉の落下がピタリと止まった。
杖を握る彼女の手が激しく震えるのに合わせ、空中の一点に留まった球体も小刻みに震えている。
授業でやったのは、ただの軽い羽根だった。その次は小さな木切れだった。
これは、それよりもずっと重い――。
でも、やることは同じよ。持ち上げるの。もっと、高く!
頭の奥で、心臓が破裂しそうなほどの痛みが走る。
ラベンダーの執念に導かれ、水晶玉は狼人間の背丈を越え、その脳天の真上へと静かに、しかし確実に上昇していった。
怪物は頭上の凶器に気づいていない。
牙を剥き出し、いよいよ彼女に飛びかかろうと前肢に力を込める。
その口が完全に開いた瞬間――ラベンダーは、涙に濡れた目で杖を思い切り振り下ろした。
「落ちて!!」
ゴゥン、と鈍く重い衝撃音が部屋に響き渡った。
頭頭部への強烈な一撃を受け、狼人間の巨躯ががくりと折れる。
そして、そのまま崩れるように、巨体が前方に倒れ込んできた。
ラベンダーは悲鳴を上げて横へと転がった。
すぐ耳元で床板が激しく鳴り響き、怪物の鋭い爪が彼女のローブの裾をかすめて床を引っ掻く。
彼女は硬直した。
目を閉じたまま、次に訪れるであろう致命的な痛みを待った。
しかし――何も起きなかった。
恐る恐る目を開けると、狼人間は床に完全に伏せ、ぴくりとも動かなくなっていた。
その側頭部には、激しい衝撃で無数のひびが入った水晶玉が、小さく、頼りなく揺れたあと、静かに転がり止まっていた。
ラベンダーは杖を向け続けた。
心臓の音がうるさい。まだ動き出すかもしれないという恐怖が、彼女の身体を支配していた。さっきも、倒したと思ったはずなのだ。
「ラベンダー!! ラベンダー、無事か!?」
埃の向こうからロンの声が聞こえたが、彼女はそれに答えるだけの気力を、もう一滴も残していなかった。
戦闘シーン書くのってばか難しくない?
更新は
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質より量。毎秒更新しろ。