俺のハリポタなんか変   作:パシフィカ

8 / 35
厳正なるアンケートの結果、あまりにも結果がばらけました。
チャッピー先生と相談の上、この内容になりました。


この誓いなんか変

十一月最初の朝。広間の天井には、逃げ出した紙の蝙蝠が一匹ぶら下がっていた。

 

昨夜は群れになって卓の上を飛び回っていたのに、今は片方の翼だけをときどき動かしている。その下でロンが欠伸をし、ジャムの瓶へ手を伸ばした。トムは黙って瓶を押してやった。

 

「ありがとう。昨日、母さんが帰る前に寝ろって言ったとき、寝とけばよかった」

「フレッドたちの部屋へ行くからだよ」

 

ネビルが言うと、ロンは恨めしそうに彼を見た。

 

「何をしてたか聞いたら、君だって行けばよかったと思うぞ」

「何をしてたの?」

「……今は説明する元気がない」

 

ラベンダーが笑い、ハンナは紙の蝙蝠がオートミールへ落ちてこないか気にしていた。窓の外には暗い水しか見えなかったが、食卓には昨夜の菓子が残り、大人たちの会話にも祭りの名残があった。

 

トムの皿には、冷めたトーストが半分以上残っていた。空腹ではある。

ただ、目が覚めてからずっと、昨日の廊下を思い出していた。

 

引き延ばされた声。勝手に浮かんだ記憶。

そして、散らばった飾りの向こうからこちらを見ていた老人の顔。

 

あの人は、何を見たのだろう。

 

まだ何も言われていないのは、怪しまれていないからなのか。それとも、もう調べる必要がなくなったからなのか。考えても答えは出ず、トーストだけが硬くなっていった。

 

入口に赤い髪が見えたとき、トムは顔を上げた。

リリー・ポッターはマダム・ポンフリーと話しながら入ってきたところだった。

 

袖を肘までまくり、空の薬瓶を三本持っている。広間を見回した彼女と目が合うと、トムが立ち上がるより先に、こちらへ歩いてきた。

 

「おはよう。昨日、私を捜していたんですって?」

「……はい」

「ポピーから聞いたの。すぐに来られなくて、ごめんなさい」

 

リリーは普段どおりに微笑んだが、その目は少し腫れていた。

その顔を見た途端、用意していた言葉が出てこなくなった。

 

昨日は、夫と息子の命日だったはずだ。どこかで墓参りができたのだろうか。

それとも、そんなことさえ許されずに、十年前の夜を思い出していたのか。

トムには聞けなかった。

 

「あとでも、大丈夫です」

 

絞り出すようにそう言うと、リリーは彼の皿を一度見てから、少しかがんだ。

 

「今、話したいことでしょう? さあ、行きましょう」

 

トムは頷いた。

 

     *

 

リリーが連れていってくれたのは、薬草の手入れに使う小部屋だった。

棚には空の植木鉢が積まれ、窓際の箱から丸い葉がいくつも顔を出している。彼女は抱えていた薬瓶を置き、作業台にあった土の袋を退け、椅子を二脚引き寄せた。

 

「ここなら、午前中は誰も使わないわ。扉は閉めてもいい?」

 

聞かれて、トムは少し驚いた。

それから頷いた。リリーは向かいへ座り、待っていてくれた。

 

トムは膝の上で指を組み直した。遠回しに始めようとしても、どこから話せばよいのか分からない。結局、いちばん言いにくかったことから口にした。

 

「その……昨日、グリンデルバルド先生に、開心術を使われました」

 

リリーの顔から笑みが消えた。

 

「開心術を……? 待って、今もどこか具合が悪い?」

「今は、大丈夫です。ただ、誰かに相談したくて」

「何があったのか、最初から話してくれる?」

 

トムは、飾りつけの途中で両手が塞がったことから説明した。

杖を出すのが面倒で、落ちかけた飾りをそのまま浮かせた。そこへグリンデルバルドが来て、いつからできるのかと聞かれた。

 

「杖を使わずに、狙った場所へ動かしたの?」

「はい。孤児院でも、少しはできました。でも、学校に来てからのほうが簡単で……先生には、普通はできないことだと言われました」

 

リリーは考え込んだ。

 

「そのあと、先生の声が変になって、船に来た目的を聞かれたら、昔のことが勝手に頭の中へ出てきました」

 

前世のことは口に出せなかった。世界的ベストセラーの児童文学のことも。そこを伏せて話しているだけでも、手のひらは緊張で湿っていた。

 

「次に、お前は誰だ、というようなことを聞かれて。それで、クラウチのときと似ていると思いました。また、勝手に何かさせられると思って……嫌だと思ったら、周りの飾りが飛んだんです」

 

リリーはすぐには答えず、トムの顔を確かめるように見た。

 

「怖かったでしょう」

 

トムは頷いた。

 

「本人には、私から話をするわ。ただ、一つ聞いてもいい?

 開心術という言葉は、どこで知ったの?」

 

喉の奥が詰まった。覚悟していた質問だった。

しかし、いざ答えようとすると、言葉が出てこない。

トムは大きく息を吸い込み、答えた。

 

「訳があって、孤児院にいたころから知っていました」

 

リリーは少し眉を寄せた。

 

「誰かに魔法を教わっていたの?」

「いいえ、そういうわけではないです」

「杖を使わずに物を動かすことについても、何か思い当たることはない?」

 

転生の特典、とか?

 

頭に浮かんだ答えは、あまりにも説明に向かなかった。

そもそも、そうだという証拠はない。

五年間練習した成果かもしれないし、類いまれな才能なのかもしれない。

自分が理由を知りたいくらいだった。

 

ただ、生まれ変わったことを話せば、知識の出どころは説明できる。

その先はどうなる。何の本を読んだのか。誰についての物語だったのか。

その少年は、どうして生き残ったのか。

 

トムは顔を上げられなくなった。

 

自分があの夜を変えたという証拠はない。

田舎の病院で生まれた自分が、巡り巡ってゴドリックの谷に影響を与えたという確証もない。それでも、この世界には、自分という、いるはずのない人間が一人増えている。ほんの小さな違いが、どこかで大きくなっていたとしたら。

 

自分が来なければ、彼女の息子は生きていたのだとしたら。

 

「……言えません」

 

声が小さくなった。

 

「すみません。誰かに止められているわけじゃないんです。

 ただ、うまく説明できなくて」

 

リリーはしばらく彼を見つめていた。

それから、作業台へ置いていた手を膝に戻した。

 

「言いたくない理由があるのね」

 

そう聞かれると、頷くことしかできなかった。

 

「僕は、普通なら知らないはずのことを知っています。でも、全部が正しいわけじゃありません。合っていることも、違っていることもあって……何も知らないふりをしていていいのか、分からないんです」

 

ひどい説明だった。分からないことを、さらに増やしているだけだ。

 

「クラウチが来たとき、僕はあの人の名前を知っていました。

だから、ついていっていいのか迷いました。

先生のことも、名前を聞いたときに分かったんです」

 

緑色の瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。

 

「あの人は、先生を犯罪者だと言いました。

でも、僕は先生なら大丈夫だと思って、あなたの手を取りました」

 

あのときは、ほかに信じられるものがなかったのかもしれない。

けれど、そのあとリリーは、追われながら食べ物を分けてくれた。

眠れる場所を探し、疲れて立ち止まれば待っていてくれた。

それらの出来事は、本には書いていなかった。

 

「理由を言えないのに、信じてほしいなんて変ですよね。

 でも、先生に話したかったんです。また勝手に、頭の中を調べられる前に」

 

リリーの視線が一度だけ扉へ向いた。船には子供も怪我人もいる。

素性の分からない知識を持った少年を、ただ信じると言って済ませられるはずがないことくらい、トムにも分かった。

 

彼女はしばらく目を閉じて考え、それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「あなたが、本当にそう思って話していることは信じるわ。誰だって秘密はあるもの。

 でも、あなた自身に危険がないか、まだ分からない。

 少しでいいから、ほかに何か教えてもらえる?」

「……ダンブルドア先生になら、お話しできることがあると思います」

 

恥ずかしかった。

リリーは自分を信じようとしてくれているのに、彼女にすべてを伝えることはためらっていた。まだ目が腫れている彼女を、これ以上傷つけてしまいそうで怖かった。

 

「先生に、直接?」

「はい。取り次いでいただけませんか」

 

リリーは少し考え、それから立ち上がった。

 

「具合を確かめてみましょう。私も一緒に行くわ」

 

     *

 

廊下では、リー・ジョーダンが籠を抱えて逃げ回る紙の蝙蝠を回収していた。

一匹を入れるたびに二匹が出ていく。リリーが杖を振って逃亡者をまとめて籠へ戻すと、彼は大げさに頭を下げた。

 

「ありがとうございます。来年は全部、飛べない蛙にします」

「廊下で踏まれないものにしてちょうだい」

 

そんな会話ができることが、トムには少し不思議だった。

自分の頭の中だけが大事件で、船では片づけも授業もいつもどおりに進んでいた。

 

医務室の手前で、リリーがポンフリーに声をかけた。短時間ならば、と念を押され、二人でダンブルドアの部屋へ向かう。だが、扉に着く前に、向こうからその扉が開いた。

 

出てきた老人を見て、トムの足が止まった。

 

ゲラート・グリンデルバルドは、空になった小さな杯を片手に持っていた。

リリーを見て、それから彼女の隣へ目を向けた。

 

「何の用だ」

「ダンブルドア先生に、トムからお話があるそうです」

「今は会わせられん」

 

 即答だった。老人は後ろ手に扉を閉めた。

 

「ポピーには、面会できると聞きました」

「この少年の事情を聞いたうえでの判断か?」

 

 リリーの顔が硬くなった。

 

「昨日のことなら、私もお話ししたいと思っていました」

「ならば、こちらへ来たまえ。病人の扉の前でする話ではない」

 

老人は隣の調合室へ向かった。

トムは、リリーの袖をつかみかけて手を止めた。彼女はその手を見て、足を止めた。

 

「ここで待っていて」

 

そう言ってリリーは調合室へ入っていった。

 

トムはしばらくその場に固まっていた。

だが、やがて頭を振って自分を奮い立たせ、調合室の扉をノックした。

グリンデルバルドは怖かった。でも、自分のいないところで話が進み、すべて決まってから呼ばれるのは、もっと怖かった。

 

     *

 

 調合室には薬草の苦い匂いが満ちていた。火に掛かった鍋の中で、泡がゆっくり潰れている。グリンデルバルドは火を弱めながら、話の続きを口にした。

 

「……彼に悪意があると言っているのではない。学びたいという望みは本物だろう。だからといって、安全だという証明にはならん。本人も知らぬ命令、特定の相手に触れることで発動する呪い、記憶に隠された仕掛け。いずれも、善意だけでは防げない」

「そのようなものが、見つかったのですか」

「いや。抵抗されたため、確かめられなかった」

 

 リリーは一歩前へ出た。

 

「だから、もう一度調べると?」

「無断で開心術を使うつもりはない。だが、疑念が晴れぬまま、今のアルバスの前へ連れていくことも認められん。私なら、その子供を通して病人を暗殺する方法を十三通りは思いつく」

 

 その言葉に、トムは床へ目を落とした。

 

「この子はクラウチに意思を奪われかけたのです。ようやく安全な場所へ来たと思っていたのに、あなたはまた、頭の中を無理やり探った!」

「この船を安全にしておくことが、私の仕事だ」

「疑う理由があることと、あなたが何をしてもよいことは別です」

 

鍋の泡が一つ、音を立てて弾けた。

老人は振り向き、リリーを見たまま、しばらく黙っていた。

 

トムは唇を湿らせた。

 

「……何を、見たんですか」

 

グリンデルバルドの目が戻った。

 

「本だ」

 

心臓が、大きく打った。

 

「君は本を読んでいた。そこにはホグワーツについて書かれていた。私はその名を見た。そして君は、その本をひどく楽しんでいた。魔法界とは一切関わりのない、マグルの孤児院で育ったそうだな。その説明と、君の記憶をどう結びつければよい?」

 

トムには、リリーの顔を見る勇気がなかった。老人がどこまで知っているのかも分からない。少しだけ説明しようとして、知られていなかったことまで教えてしまうかもしれなかった。

 

「私ではなく、アルバスになら話せるのか」

 

答えられずにいると、老人はそれを肯定と受け取ったらしかった。

 

「そうか。人を選ぶ判断力はあるらしい」

 

皮肉なのか、感心されたのか、分からなかった。

 

この人は、かつての闇の魔法使いだ。今はダンブルドアを治療している。マグルの勇気を認め、子供たちに逃げ方を教えている。それでも、昨日は何の断りもなく自分の心へ入ってきた。

 

転生や、知っている物語の先の展開まで話すべきか。

しかし、それを悪い方向に利用されたら?

考えすぎかもしれない。

けれど、その可能性に目をつぶって話せるほど、この人を知らなかった。

 

特に、今役に立ちそうな情報――分霊箱の話など、彼の前ではできない。

人を殺して魂を引き裂き、死から逃れようとする魔法だ。

魔法の中で最も邪悪なる発明で、だれもそれを語りもせず、説きもしない。

 

そんな話を、かつて世界を支配しようとした男に?

 

無理だ。

 

「……話せません」

 

グリンデルバルドは頷いた。

 

「ならば、面会は待ちなさい」

「先生!」

「急を要する知らせなら、ポッター夫人を通して伝えればよい。

 今さら秘密の出どころまで明かせとは言わん。だが、本人を病室へ入れることは別だ」

 

トムは体の脇で拳を握った。

聞いてもらう前に、ここで終わってしまうのか。

 

「……知られたくない秘密なのだな」

 

老人はトムのきつく閉じた口を見て、呟くように言った。

 

「他人が手を出さぬことに期待して、自分の秘密を守れると思うのは愚かだ」

「普通は、勝手に覗かないと思います」

 

リリーがすぐさま言葉を挟んだ。

 

「普通の者だけが、彼に近づくとでも?」

 

グリンデルバルドの回答を聞いたトムの頭に、クラウチの笑顔が浮かんだ。

手を引き戻せなかった感覚まで、一緒についてきた。

 

「やめろと懇願することはできるだろう。しかし、聞き入れるかは相手が決める。君はその判断に、今後もすべてを預けるつもりか」

「だからこそ、安心して学べる場所が必要なのです!

 あなたのしたことを、教育の一部だったことにはしないでください。ここは学校です」

 

グリンデルバルドは答えなかった。

トムは自分の手を見た。次に同じことがあったときも、何かが壊れるまで抵抗するしかないのだろうか。そのたびに誰かに助けてもらうのか。

 

「ときに、ブライト君、閉心術を知っているか?」

 不意に、グリンデルバルドが尋ねた。

 

「心の中に壁を作って、心を読まれたり、入り込まれたりするのを防ぐ術、だと思います」

 

「ふん。よくある説明だな。だが、何を内側へ収めるのかも知らず、どう守る?」

 

もう誰も、トムが本来持っていないはずの知識を語ったことを疑わない。

老人はそのまま続けた。

 

「そもそも閉心術とは心の境界を確かめるための術だ。自分が何を見て、何を聞いて、何を思ったのか。それを正しく認識し、魂を見つめ直す。自分の記憶を自分で辿れれば、不自然な空白や、感情と結びつかぬ命令に気づく手掛かりにもなる」

 

「それって……何かされていたら、自分で見つけられるんですか」

 

「そうだ。少なくとも、浮かんでくる記憶を、何も考えずに自分のものだと受け入れ続けるよりはよい」

 

昨日のように周囲を壊すだけでは、安定した防御にならない、と老人は付け加えた。

探られていると気づかなければ、抵抗することすらできない。

 

「君の秘密を私に渡さず、安全を確かめたいのなら、君自身が調べることだ。

 そのための手順は教えられる」

 

 トムは顔を上げた。

 

 え、この人は今、何て? やばい混乱して来た。

 つまり、閉心術を教えるって言った?

 

「そんな、無茶です。大人でも簡単に身につく技術ではありません。

 まだ一年生なのですよ」

 

 リリーは思わず口を挟んだ。

 

「直ちに習得しろとは言っていない。

 だが、私に調べさせず、本人にも確かめられぬというのであれば、少なくとも現状では、アルバスとの面会を認められん」

 

 トムは老人を見つめた。

 

「……でも、練習のためには、レジリメンスを繰り返しかけられるんですよね」

 

原作ではスネイプがハリーへ閉心術を教えていたが、その内容は乱暴そのものだった。

スネイプは何度も、無理やりハリーの心をこじ開けていたのだ。

 

「ふむ」

 

グリンデルバルドは眉を上げた。

 

「その知識には、随分と偏りがあるようだな。実際に心を探らせ、抵抗を覚えるやり方もある。だが、正統な方法としては自分の心を扱う訓練をさせる。幸い、君にはその時間がある」

 

「じゃあ、開心術を使わずに練習できるんですか?」

 

「ああ。少なくとも、君が自分の記憶を完全に掌握する段階までは」

「どうして、信じられるんですか」

 

 トムは納得できなかった。

 言ってから肩がこわばったが、言葉は続いた。

 

「先生が今、言ったんです。他人が手を出さないことを期待するだけでは、駄目だって」

 

 老人はまるで生徒の成長に満足したように頷いた。

「そのとおりだ」

 

しばらく、誰も話さなかった。

リリーが二人を見比べ、それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「では、破れぬ誓いを」

 

トムは彼女を見た。

 

「私が結び手になります。無断でこの子の心を探らないと、誓っていただけますか」

 

冗談を言っている顔ではなかった。トムは慌てて口を開いた。

 

「それって、破ったら――」

「死ぬ」

 

グリンデルバルドが言った。

 

部屋が急に静かになった気がした。そこまで求めたつもりはなかった。

平和ぼけと言われたらそれまでだが、相手に命まで差し出させる話になるとは思っていなかった。

 

「ほかの保証でも構わないのよ」

 

リリーがトムに言った。

 

「今日決める必要もない。

 ただ、あなたに信じなさいと言うだけでは済まないことだから」

 

「私はアルバスの安全を確かめたい。そのために君の協力が要る。

 君は、自分の心が勝手に探られぬ保証を求めている。条件は明瞭だ」

「でも……」

「破らなければよい。私が何を選ぶかまで、君が心配する必要はない」

 

 リリーは老人の顔を見たまま、言った。

 

「脅して同意させることも、抜き打ちで試すことも、認めません」

「文言を決めなさい」

 

     *

 

精神領域への干渉に関する誓約

 

本誓約において、ゲラート・グリンデルバルドを「甲」、トム・ブライトを「乙」とする。

 

**第一条(無断干渉の禁止)**

 

甲は、乙の事前の自由かつ明示的な同意を得ることなく、開心術その他の呪文、魔法薬、魔法の品その他これらに類する手段を用いて、乙の記憶、思考、感情その他の精神活動を探知、閲覧、抽出または改変してはならない。

 

**第二条(説明および同意の取得)**

 

甲は、前条に定める行為を行う場合、その都度、目的、方法、対象範囲および合理的に予見できる影響を乙が理解できる言葉で説明し、当該行為について個別に同意を得なければならない。取得した同意は、説明された目的、方法および範囲に限り効力を有する。

 

**第三条(同意の推定の禁止)**

 

乙の沈黙、不作為、抵抗の欠如、過去の同意または授業への出席をもって、当該行為への同意があったものとみなしてはならない。

 

**第四条(同意の強制等の禁止)**

 

甲は、魔法、脅迫、欺罔その他乙の自由な判断を妨げる手段によって、同意を取得してはならない。また、同意の拒否または撤回を理由として、乙に不利益な成績評価その他の報復的処遇を行ってはならない。

 

ただし、同意の有無とは独立した安全上の懸念に基づく必要最小限の措置は、前項の報復的処遇に含まれない。甲は、当該措置の理由を乙および乙を保護する教職員に説明し、その必要性を再検討しなければならず、当該措置を同意の取得を迫る手段として利用してはならない。

 

**第五条(同意の撤回および即時中止)**

 

乙は、理由を示すことなく、いつでも同意を撤回できる。甲は、乙が言葉または事前に定めた合図によって撤回の意思を示した場合、直ちに当該行為を中止しなければならない。

 

甲は、当該行為に先立ち、発言を要しない中止の合図を乙と定めなければならない。また、乙が意思表示を行えない状態に陥ったことを認識した場合には、直ちに当該行為を中止しなければならない。

 

**第六条(第三者を介した迂回の禁止)**

 

甲は、第三者に対する指示、依頼、誘導その他の働きかけによって、本誓約により禁止される行為を代行させてはならない。

 

**第七条(適用除外)**

 

乙が自発的に行う発言を通常の会話として聞くこと、および魔法的手段を用いずに乙の言動から推測することは、本誓約によって禁止されない。ただし、前各条の禁止を迂回する目的で行われるものを除く。

 

また、本誓約の締結および履行を担保するために必要な誓約魔法そのものには、第一条を適用しない。ただし、これを乙の秘密の探知その他、本誓約の目的を逸脱する行為に利用してはならない。

 

**第八条(乙の反対給付義務の不存在)**

 

乙は、本誓約の締結を理由として、秘密の開示、授業への参加、甲への協力その他の反対給付義務を負わない。

 

     *

 

心を覗かない、というだけでは制約の範囲が曖昧になるとのことで、リリーとグリンデルバルドは小一時間の討論を繰り広げた。

 

グリンデルバルドは途中で一度鍋へ戻り、火を消して蓋をした。

 

リリーは出来上がった条文を一つずつ読み上げた。

要するに、無断で心を探らない。必要なときは、その都度説明して許可を得る。断っても、嫌がらせをしない。やめてと言えば、やめる。ほかの誰かに代わりに覗かせるのも駄目、ということだった。

 

「では、先生に会えないのは?」

 

トムが尋ねると、リリーは第四条を指した。

 

「あなたが開心術を断った罰として、面会を禁じることはできないわ。

 ただ、安全を確かめる必要は残る。別の方法を探すことも含めて、私たちで話し合う。ずっと会わせないままにしてよい、という意味ではないの」

 

グリンデルバルドも頷いた。

 

「君から何かを話すと決めたとき、それを聞くことまで禁じる誓いではない」

「はい。それは、分かっています」

 

リリーがそばにしゃがんだ。

 

「あなたが同じ誓いを立てる必要はないわ。

 この約束のために、秘密を渡す必要もない。分かった?」

 

もう一度、頷いた。

 

「それでは、杖を」

 

トムは自分の杖を差し出した。

一方、グリンデルバルドは杖ではなく、骨ばった右手を伸ばし、トムの杖の先端近くを握った。

 

えっと、杖は?と疑問に思った。

だが、リリーは驚く様子もなく、その手と杖が触れるところへ、自分の杖先を置いた。

 

彼女が最初の条項を読み上げる。

 

「以上、第一条に定める義務を履行することを、誓いますか」

「誓おう」

 

細い炎がリリーの杖先から現れ、トムの杖と、それを握る老人の手へ絡みついた。熱いと思って身構えたが、焼ける痛みはなかった。二つ目、三つ目と約束が重なるたびに、炎は杖を伝い、二人の手元を巡った。

 

トムは老人の顔を見た。皺のある頬に赤い光が揺れていたが、誓約の最後まで、その表情は変わらなかった。

 

やがて炎が消え、リリーが杖を下ろした。グリンデルバルドも手を離した。

 

「これで、話を続けられるかね」

 

信用した、とまでは思えなかった。昨日のことも消えない。それでも、目を合わせたら何かを奪われるのではないかと、ずっと力を入れていた肩が少し下がった。

 

「……閉心術を、教えてください」

「何のために?」

 

トムは壁の向こうを見た。そこには、まだ会えていない人がいる。伝えなければならないことも、変わらず頭の中に残っていた。

 

「何を話すか、自分で決められるようになるためです」

 

 老人は頷き、新しい紙へ日時と部屋の名前を書いて、トムに差し出した。

 

「この日まで、自主訓練をしなさい。まずは記憶を辿る。

 今日一日の出来事を、順を追って思い出すことだ。

 自分が見たことと、他人から聞いたことと、自分で推測したことを混ぜずに。

 内容を書いて提出する必要はない」

「それだけですか」

「できてから、そう言いなさい」

 

トムは紙を受け取った。

授業が増えた。

しかも、よりによって、昨日自分の心を覗いた男との個人授業だった。

 

部屋を出る前に、リリーは面会についてもう一度念を押した。

グリンデルバルドは、訓練を一度受ければ安全だということにはならない、と答えたが、ほかの方法も含めて検討することには同意した。

 

廊下へ出ると、トムはようやく長く息を吐いた。

 

「大丈夫?」

「はい。……たぶん」

 

リリーはそれ以上の返事を求めなかった。

 

「急いで伝えたいことがあれば、私から先生へ届けるわ。あなたが話してよいと思う範囲で」

「ありがとうございます」

 

ダンブルドアの部屋の前を通り過ぎた。

結局、扉を叩くことすらできなかった。

それなのに、ここへ来る前とまったく同じ場所へ戻った気はしなかった。

 

見たこと。聞いたこと。推測したこと。

 

前の人生の記憶がある。それを自分は、転生と呼んでいる。だが、なぜそうなったのか、この世界に何をもたらしたのかは、何も分かっていない。

 

まずは、覚えていることと、そうだと思い込んでいることを、分けるところから始めようと思った。




中途半端にトムが匂わせたというオチになります。

はよ言えや、状況悪化したらどないすんねんの気持ちは私もあるのですが、チャッピー先生のアシスタントとしてはこれくらいが限界です。

閉心術の修行方法はオリジナルです。あくまでフィクションですので、マネしないでください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。