青峰大輝 in ブルーロック   作:AIで小説を上手く書きたい!

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第003話 狙われた左足

 七星虹郎は、石狩の後ろへ半歩ずれた。

 

 十数メートル四方の部屋に十二人。逃げる場所はあっても、全力で走り続けるほどの広さはない。壁際へ追い込まれれば、横へ避けるしかなくなる。

 

 青峰は部屋の中央にいた。

 

 その右足の下に、ボールがある。

 

 石狩を盾にしても、青峰が横へ動けば見つかる。そう考えて離れようとすると、石狩が先にこちらを見た。

 

「後ろにいないで。下がれない」

「あ、すんません」

 

 七星は右へ離れた。

 

 青峰から五メートルほど。七星のさらに右に氷織がいて、反対の壁際には二九一番の男がいる。全員がボールを見ながら、少しずつ動いていた。

 

 時計は百二十秒を切った。

 

 青峰はまだ蹴らない。

 

 足裏でボールを横へ転がす。そのたびに、正面にいる誰かが身を引いた。七星も、右足へ体重を移した。

 

 ここへ来るまでに、サッカーで人と競ったことなら何度もある。全国から呼ばれた時は、嬉しかった。まだ顔も知らない選手に勝って、もっと上でプレーするつもりだった。

 

 初めての勝負が、鬼ごっこになるとは思わなかった。

 

 けれど、終われば一人いなくなる。

 

 百三十六秒だけで、代表になる道まで閉じられる。

 

「蹴らねえのかよ」

 

 二九一番が言った。青峰から一番遠い位置だった。

 

「蹴るよ」

 

 青峰はそちらを見ずに答える。

 

 石狩が中央から左へ動いた。青峰の正面に立ち続けるのを嫌ったのだろう。大きな一歩だった。

 

 青峰の右足が動いた。

 

 低いボールが、石狩の左足へ飛ぶ。

 

 石狩は上体を引いた。右足も動いた。だが、今まさに床へ下ろした左足には体重が掛かっていた。

 

 脛にボールが当たった。

 

 電子音が鳴り、画面の鬼の表示が切り替わる。

 

 残り百六秒。鬼、石狩幸雄。

 

「うわ……」

 

 七星は思わず声を漏らした。

 

 速いだけではなかった。石狩は撃つ動作を見て避けたのに、ボールが来た側の足だけを動かせなかった。

 

「着くの、待ってたんやな」

 

 隣で氷織が小さく言った。

 

「え?」

「左足。床につくまでは撃たへんかった」

 

 七星がもう一度青峰を見る前に、石狩が動いた。

 

 跳ね返ったボールを一歩で追い、右足を振る。

 

 青峰は既に横へ離れていた。その先にいた二九一番が、遅れて身体をひねる。

 

 ボールが腿に当たった。

 

 また電子音。

 

「くそっ!」

 

 二九一番はボールを止め、すぐに蹴り返そうとした。石狩は離れる。近くにいた短い髪の男へ狙いを変え、強く蹴った。

 

 男が跳び上がる。ボールは足の下を通り、壁に当たった。

 

「後ろ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

 振り向いた男の踵へ、跳ね返ったボールが触れた。

 

 鬼の表示がまた変わる。

 

 壁も使える。知っていたはずのルールが、目の前で初めて自分の逃げ道を狭くした。

 

 七星は背後を確かめ、壁から離れた。

 

*

 

 次の鬼は、七星を追ってきた。

 

 ドリブルで近づき、二メートルほどの距離で足を振る。七星は右へ逃げた。シュートは足の横を通り、壁に当たる。

 

 七星は止まらずに走った。

 

 鬼の男が回収し、また追ってくる。ほかの選手が近くにいても、男は同じ七星へ身体を向けた。

 

「何で俺ばっか……!」

 

 思わず言うと、男の目が上がった。

 

「当たりそうだからだよ!」

 

 もう一度撃たれる。

 

 今度は正面だった。七星が横へ跳ぶと、後ろにいた氷織の足元へボールが飛んだ。氷織は避けかけたが、七星の身体で見えるのが遅れたらしい。

 

 脹脛に当たった。

 

 七十二秒。鬼、氷織羊。

 

 七星は氷織から距離を取った。

 

 氷織のすぐ近くには青峰がいた。誰より近い。少し強く蹴れば、脚に届きそうだった。

 

 青峰は逃げなかった。

 

「ほら。いるぞ」

 

 正面から氷織を見る。片足をわずかに後ろへ引いていた。

 

 当たった瞬間に、蹴り返すつもりだ。

 

 七星にもそれが分かった。

 

 氷織は青峰を見て、左へボールを持ち出した。青峰が一歩寄る。その直前に、氷織の左足が壁へ向かってボールを蹴った。

 

 壁に斜めに当たったボールが、内側へ跳ね返る。

 

 袖を捲った男の腹に当たった。

 

「っ、てえ!」

 

 男が腹を押さえる。氷織は、その時にはもう青峰からもボールからも離れていた。

 

「近い方にいるだろ、俺が」

 

 青峰が言う。

 

「当てたら、すぐ僕に返すつもりやったやろ」

 

 氷織は走りながら答えた。

 

「そっちと蹴り合う理由、今はないわ」

 

 青峰は動きを止めた。

 

「だったら最初からそっち行けよ」

 

 七星は、ようやく一度大きく息を吐いた。

 

 青峰に勝つための試験ではない。最後に鬼でなければいい。

 

 氷織は、それを選んだ。

 

 七星も選ばなければならない。逃げられる場所へ走るだけでは、追う側に行き先を決められてしまう。

 

 そう考えたところで、捲った袖の男がこちらを見た。

 

 また自分だ。

 

 七星は床を蹴った。

 

*

 

 一度目のボールは、右へ避けた。

 

 二度目は、同じ方へ出ようとして誰かと近づきすぎた。七星が速度を落とすと、鬼の男も前へ出てくる。

 

 近くの選手は助けてくれない。自分が巻き込まれないように、先に離れる。

 

 当たり前だった。

 

 七星も、さっきは石狩の後ろへ隠れようとした。

 

 袖の男が右足を引く。

 

 七星は右へ跳んだ。

 

 ボールは、そこへ来た。

 

 右の足首に当たり、壁際へ転がる。

 

 残り二十七秒。

 

 鬼、七星虹郎。

 

「よしっ!」

 

 袖の男が離れていく。

 

 七星はボールへ走った。息が詰まる。見上げた時計から、一秒ずつ消えていく。

 

 ボールに追いつくと、自分の左足のそばにあった。

 

 正面に氷織がいる。今なら蹴れる。

 

 七星は右足で蹴りやすい場所へボールを動かした。

 

 その一触の間に、氷織が横へ逃げた。

 

 七星のシュートは誰にも当たらず、壁を打った。

 

「くそっ!」

 

 拾いに走る。

 

 左でそのまま蹴れば、間に合ったかもしれない。だが、今は外したことを考えている時間さえ惜しかった。

 

 二十秒。

 

 正面の石狩は足を細かく動かしている。青峰は、こちらへ来いと言うように待っていた。

 

 七星はそちらへ蹴らなかった。

 

 青峰なら、当てても取り返してくる。氷織が避けた相手を、今の自分が選ぶ理由はなかった。

 

 右の壁際に二九一番がいる。

 

 その左側には別の選手がいて、逃げられる幅が狭い。

 

 七星は二九一番へ向かった。

 

「こっち来んな!」

 

 男が下がる。壁まで二歩ほど。七星が撃つふりをすると、男は右へ身を引いた。

 

 まだ蹴らない。

 

 七星はボールを一つ前へ運び、男の進む方へ足を振った。

 

 膝を狙ったシュートは低くなった。

 

 それでも、男が避けようと置いた足へ当たった。

 

 残り八秒。

 

 鬼、二九一番。

 

 七星はその場から離れた。

 

 助かった、と思った。

 

 思うには、まだ早かった。

 

*

 

 二九一番は、跳ね返ったボールを右足で止めた。

 

 七秒。

 

 青峰が中央から近づく。

 

「ほら、撃てよ」

 

 二九一番の顔が一度そちらへ向いた。

 

 七星は、その男が迷ったのを見た。すぐ近くまで青峰が来ている。当てるだけならそちらが近い。だが蹴り返されれば、残り時間はほとんどない。

 

 男は青峰を避け、七星へ身体を向け直した。

 

 六秒。

 

 七星は右へ逃げようとした。

 

 その先へ、二九一番の右足が向く。

 

 さっきと同じだった。

 

 袖の男にも、逃げたところへ当てられた。追われている間、ずっと右へ避けていた。左側へボールが来ても、右足で扱える向きに身体を直していた。

 

 見られている。

 

 七星は右足で床を蹴った。

 

 今度は、左へ。

 

 シュートが身体の右側を通り過ぎた。

 

 着地が乱れ、手をつきそうになる。七星は膝を曲げて踏みとどまり、すぐに壁から離れた。

 

 四秒。

 

 ボールが跳ね返る。

 

 二九一番が走る。七星へは向き直らず、今度は近くにいた別の選手へ蹴った。

 

 相手が跳ぶ。

 

 その下をボールが通った。

 

 二秒。

 

 二九一番が、さらに追う。

 

 最後の一歩で足を伸ばしたが、ボールには届かなかった。

 

 ゼロ。

 

 終了の音が響いた。

 

 七星はしばらく、壁から離れたまま立っていた。最後のボールが、誰にも当たらず床を転がる。自分の足元へ近づいてきて、もう一度身を引きそうになった。

 

 終わっている。

 

 画面にも、そう出ていた。

 

 脱落、二九一番。

 

「待てよ」

 

 男が言った。

 

「今、最後、当たってないのか。そっち、靴に……」

 

 跳んで避けた選手が首を振った。

 

 画面の絵心も、判定は変えなかった。終了時点で鬼だったのは二九一番。その事実だけを告げ、退出するよう促す。

 

 男は青峰を見た。

 

「お前が途中で来るから」

「俺に撃ちゃよかっただろ」

 

 青峰が答える。

 

 男の口が開き、閉じた。

 

 七星は目を逸らせなかった。

 

 自分が当てた相手だった。あそこで二九一番を選ばなければ、今ここに残れなかったかもしれない。

 

 男は壁際へ戻り、置いてあったバッグを拾った。誰も、続けて話しかけなかった。

 

 扉の前で一度だけ止まる。

 

「これだけで、終わりかよ」

 

 七星には返事ができなかった。

 

 男が出ていくと、扉が閉まった。

 

 十二人いた部屋に、十一人が残った。

 

*

 

 青峰は床のボールを止めた。

 

 最後の二球は、どちらもこちらへ来なかった。相手が顔を上げた時には、蹴り返すつもりでいた。足元へ来たらそのまま返す。少し外なら、自分で追って当て直す。

 

 そんな余裕が、向こうには見えていたのだろう。

 

 青峰が歩いて近づいただけで、二九一番は狙いを変えた。ゲームは終わり、相手は出ていった。勝った実感は、ほとんどなかった。

 

「青峰くん」

 

 石狩が近づいてきた。

 

「最初の、俺が左足つくのを待った?」

 

「ああ」

 

「大きく動きすぎた」

 

 石狩は足元へ目を落とした。青峰はその顔を見上げた。

 

「次はもっと細かく、って言うつもりか」

 

「そうする」

 

「好きにしろよ」

 

 石狩は顔を上げた。

 

 青峰は別の方へ歩きかけたが、大きな身体がすぐ近くに残っていた。近づくために出した一歩さえ、ほかの選手より長い。前へ伸びた膝へもう一度当てるところを、青峰は頭の中で試した。

 

「俺が近づいてんのに、同じところに立ってたら当たるぞ」

 

「今は終わってるだろ」

 

 石狩が答える。青峰は鼻を鳴らして歩き去った。

 

 石狩の長い脚が、さっきより大きく開いた。次に当てるなら同じ膝を狙っても避けられるだろう。青峰は一度だけ振り返った。だったら、今度はどこへ蹴るか。考えかけたところで、もう試験が終わっていることを思い出した。

 

 少し離れたところで、七星が自分の足首を触っていた。氷織に何か尋ねる声が聞こえる。

 

「俺、そんなに同じ方に避けてました?」

 

「右へ出ると、右足で蹴り返しやすいんやろ。追われたら、ずっとそっち向いてた」

 

「……それ、やってたっすね」

 

「最後は変えたけど」

 

 七星は閉まった扉を見た。

 

 青峰も閉まった扉を見た。二九一番は、サッカーの試合をする前に帰らされた。

 

 全国から集めるだけ集めて、百三十六秒で捨てる。絵心は脅しただけではなかった。

 

 自分なら落ちない。それは変わらない。だが、相手が残るとは限らなかった。昨日の四番は仕事へ帰り、今の男は次に蹴る権利ごと失った。気になる奴がいたとしても、のんびり再戦を待っていれば会えなくなる。

 

 青峰はボールを足元へ引いた。こんな遊びで終わらせず、さっさと試合を組め。画面の消えた壁へ、もう一度目を向けた。

 

 画面が点いた。

 

「残った十一人。お前らはこれから、同じチームとして戦う」

 

 絵心の声に、七星が顔を上げた。

 

「チームZ。それがお前らのチーム名だ」

 

「同じって、こいつらと?」

 

 袖を捲った男が言った。ついさっきまで、七星を追い回していた選手だ。七星もその男を見て、すぐには何も答えなかった。

 

 青峰はボールから足を離した。

 

 同じ側へ入れるらしい。さっき氷織の当てた一球を、次は自分へ通させる。そのくらいは試すことがある。

 

 絵心は翌日からの施設の利用と、最初の対戦までの日程を告げた。今夜は指定の居室で休み、朝に一次選考の説明を受ける。質問をまとめる暇もなく、画面は消えた。

 

 青峰は真っ先に出口へ向かった。

 

「ちょっと待てって」

 

 丸刈りの男が呼び止めた。

 

「名前くらい覚えないと試合にならねえだろ」

 

「呼ばれりゃ振り向くわ」

 

「お前が呼ぶ方だよ」

 

 青峰は足を止め、並んだ十人を見た。

 

 名乗ったのは三人だけだった。胸の数字を見ていたせいで、他は顔と名前がつながっていない。

 

 丸刈りの男が、一人ずつ名乗るよう促した。

 

 青峰は壁へ肩を預けた。七星が隣へ来かけると、顔を向ける。それだけで七星は半歩離れた。

 

「何だよ」

 

「いや。帝光の試合、見たことあるんで」

 

「だから?」

 

「こんな近くにいるの、変な感じするっす」

 

 青峰は返事をしなかった。

 

 七星の視線が、一度足元へ落ちた。青峰が小さく膝を動かすと、さっきのボールを避けるように身体を引く。

 

 まだ当てられると思っているらしい。

 

「終わってんだろ」

 

「分かってるっす」

 

 返事と、身体の動きが合っていなかった。青峰は足を止めた。七星は、青峰が足を動かすだけで身構えていた。さっきは自分が狙われていなくても、いつボールが飛んでくるか分からなかったのだ。

 

 名前を知っているというだけで、妙に打ち解けた顔をされることがある。相手は自分が何点取ったかを覚えていて、こちらはその相手がどう蹴るかを知らない。

 

 七星も、画面越しに青峰を見ていた一人だった。

 

「どの試合」

 

「地区の決勝っす。六点入れたやつ。途中、倒れながら逆の足で撃って」

 

「覚えてねえ」

 

 七星の声が止まる。

 

 嘘ではなかった。六点取った試合はいくつもあった。倒れかけて撃ったこともあった。その時に誰が前へ来たかは、試合の名前だけでは戻ってこなかった。

 

 七星は少し黙り、それから続けた。

 

「俺、あれ見て、シュートの練習したんすよ。倒れる方は危ないんで、左で早く撃つ方だけ」

 

 青峰はそちらを見た。

 

「じゃあ、さっき何で持ち替えた」

 

「……とっさに。右の方が当たると思って」

 

「当たんなかったろ」

 

「はい」

 

 七星は逃げずに頷いた。褒めてもらうための話を途中で失敗の話へ変えられ、気まずそうだった。

 

 青峰は壁から離れた。

 

「やれるんならやれよ。試合で」

 

 褒めてほしそうに昔の映像を話す顔より、いま失敗を指摘されて唇を結んだ顔の方が、青峰にはまだましだった。試合でもその顔で来ればいい。

 

 丸刈りの男が最後に名前を言い終えた。皆が動き始め、七星は一拍遅れてついてきた。

 

*

 

 部屋へ移っても、話は青峰のところへ戻った。

 

「あいつがいるなら、普通に勝てんじゃねえの」

 

 声の主は、鬼ごっこで七星を追った男だった。隠すほどの声でもない。青峰は荷物を開けたまま、その顔を見た。

 

「お前が何できるか知らねえけどな」

 

「いや、お前が点取るだろって話」

 

「だから、お前は何すんだよ」

 

 男の頬が少し動いた。

 

「お前に出してやるよ」

 

「届くとこにいなきゃ出せねえだろ」

 

「入った途端、偉そうだな」

 

 男が立った。青峰も顔を上げたが、座ったままだった。

 

「気に入らねえなら、出さなくていいぞ」

 

「じゃあ、こっちに取りに来んなよ」

 

「先に取れりゃな」

 

 丸刈りの男が間に入った。

 

「まだルールも分かってねえんだ。明日蹴って決めればいいだろ」

 

 男はすぐには座らなかった。青峰も目を逸らさない。

 

 試合に出れば球を寄越せと言うくせに、先にそうすると言えば突き放す。相手から見れば、面倒な奴に違いなかった。

 

 だが青峰には、そもそも自分が得点することを男に許してもらう必要がなかった。渡してやると言う前に、相手から奪って来い。そのボールなら要求する。

 

 言葉にする代わりに、青峰は横になった。

 

「おい。話、終わってねえ」

 

「俺は終わった」

 

 頭の上で、丸刈りの男が長く息を吐いた。

 

 七星の声はしなかった。

 

 少しして、氷織が言った。

 

「ボール持たせたら分かるやろ。前の試合で何点取ったとか、言い合ってても変わらへんし」

 

 青峰は目を開けた。

 

「お前、パス出す方もできんだろ」

 

「蹴るのは、そこそこ」

 

「さっき、壁の角度見て当てただろ。あれと同じくらいの速さで、前に出せ」

 

 氷織は青峰を見た。

 

「誰もおらんとこやったら?」

 

「俺が行く」

 

「向こうにも一人おったら?」

 

「俺に出せっつってんだよ」

 

 氷織は返事をせず、青峰のシューズへ目を落とした。鬼ごっこで自分が避けた時、青峰は当たること自体を嫌っていなかった。むしろ当て返すつもりで、逃げるより近づいてきた。

 

 ここでも同じだった。先に難しさを説明して、自分へのボールを減らされるのが気に入らない。

 

 氷織は一つ頷いた。

 

「じゃあ、明日」

 

 やけに簡単に返事が来たので、青峰はもう一度顔を向けた。

 

「そこそこ、で済ませんなよ」

 

「受けてから文句言うてな」

 

 氷織はそれだけ言い、離れた。

 

 青峰は起き上がりかけた身体を戻した。近くにボールがあれば、いま出せと言っていた。だがここは寝る部屋で、練習場の案内は明日になっていた。

 

 新しい相手を待つ時間だけは、小さい頃と大して変わらなかった。

 

*

 

 七星は消灯までの間、さっき青峰へ話した試合を思い出していた。

 

 配信された映像の、後半の途中だった。

 

 青峰には二人の守備者がついていた。抜こうとしたところへ三人目が身体を入れる。七星なら一度ボールを戻す。相手の足が揃うのを待って、別の場所へ走り直す。

 

 青峰は戻さなかった。

 

 一人目に足を当てられ、前へ倒れかけながらボールを浮かせた。二人目が跳ぶ前に、その下を身体ごと抜ける。落ちてきたボールを左足で撃った。

 

 当時の七星には、なぜボールが足元から離れているのに奪われないのかが分からなかった。何度見ても、守る側は一度ずつ遅れた。次の動きを決めて追いつこうとした時には、青峰がもう別のことをしていた。

 

 七星が覚えていたのはゴールだった。

 

 今日、すぐ近くで見たのは、その後の青峰だった。

 

 生き残ったことを喜ばず、取り返しに来なかった相手に腹を立て、仲間になると言われても顔色を変えない。勝つのだから明るい人なのだろうと、勝手に思っていた。

 

 気さくではなかった。話しかければ何か教えてくれる人でもない。

 

 それでも試合で隣にいれば、あの得点を近くで見られる。

 

 そこまで考えて、七星は顔を上げた。

 

 隣で見るために来たのではなかった。

 

 今日、誰より近くで青峰を見ようとしていた自分は、そのまま終わればいいと思っていたのだろうか。左で撃てた一球を、右へ持ち替えて外した。青峰には、そのことしか聞かれなかった。

 

「七星くん」

 

 氷織が小声で呼んだ。

 

「足、大丈夫?」

 

「あ、はい。当たったとこは、もう」

 

「よかった。明日、出せるなら右に開いてくれる?」

 

「何で右なんすか」

 

「さっき、逃げる時に一番速く出られた方。広いところなら、ボールも運べるんちゃうかなって」

 

 七星は膝へ手を置いた。

 

 右へ逃げる癖は、青峰に狙われた。それでも、相手から離れる最初の一歩は氷織も見ていた。その向きに広い場所があれば、今度はボールを持って走れるかもしれない。

 

「俺、前にも入りますよ」

 

「うん。そこで欲しかったら呼んで」

 

 氷織が横になった。

 

 青峰のいる方へ目を向けると、まだ目が開いていた。七星と視線が合う。

 

「何見てんだよ」

 

「明日、同じチームなんすよね」

 

「さっき聞いただろ」

 

「はい。だから、俺の方も呼んでください。ボール取ったら、前を見るんで」

 

 青峰は少し黙った。

 

「遅え球、出すなよ」

 

 七星は頷いた。

 

 頷いたところで、何でもできるわけではなかった。けれど明日、青峰へ出すためにボールを持つのなら、まず自分が相手から取らなければならない。

 

 青峰のゴールをそばで眺めるだけなら、ここへ来る前と変わらない。明日は自分からボールへ行く。七星は、青峰に当てられた左の靴へ目を落とした。

 

*

 

 照明が落ちた後も、青峰は眠れなかった。

 

 寝るにはまだ早い。昼間は移動して、百三十六秒の間に一球蹴っただけだ。せっかくここまで来たのに、まだ蹴り足りなかった。

 

 七星の言った試合を、もう一度思い出そうとした。

 

 芝の色も、相手の番号も浮かばなかった。あの頃の映像には、いくつもの似た得点が残っている。見ていた奴の方が、自分よりよく覚えている。

 

 自分で決めたはずなのに、翌日まで残らない。

 

 青峰は横向きになった。

 

 幼い頃、近所の年上を初めて抜いた日のことなら覚えていた。ゴールには入らなかった。抜いた勢いのまま蹴って、脇のフェンスへ当てた。後ろから追ってきた相手が笑い、シュートまで入れて一本だと言った。

 

 悔しくて、次の日もその相手を待った。

 

 その翌日も来た。

 

 いま同じ顔が浮かばないのは、ゴールを覚える気がないからではなかった。覚えていたくなる試合が減っていた。

 

 廊下で扉の閉まる音がした。

 

 青峰は目を開ける。

 

 この部屋にいない相手も、別の部屋で明日を待っている。呼ばれた三百人のうち、まだ足元を見たのは十一人だけだった。

 

 氷織の一球には、蹴る前の迷いがなかった。

 

 石狩は当てられた後、すぐに当て返した。

 

 それで自分を止められるかといえば、話は別だ。青峰が期待するには、まだ何も足りなかった。それでも、机の上で同じ案内をめくっていた時よりは、明日試せるものがあった。

 

 青峰は寝返りを打ち、扉へ背を向けた。

 

 氷織が蹴れるというなら、最初の一本から前へ走る。届かなければ、こっちから奪いに行く。

 

 止めたつもりになっている相手がいるなら、その目の前でもう一度入れる。

 

 明日も全く同じなら、あの眼鏡の男に直接文句を言ってやる。

 

 そう決めて、ようやく目を閉じた。

 

 

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