連邦捜査部
“新しい学校?”
「はい。このキヴォトスでは、トリニティ、ゲヘナ、ミレニアムなど大きな学校はありますが、小さいながらの学校も存在します。今回の件はその新学校なのですが……」
目の前の生徒、七神リン。連邦生徒会の首席行政官を務めている彼女は、困惑の表情で2枚の地図を広げた。
「提出された承認申請書に問題はなく、設立にあたって必要となる生徒の最低人数も満たしています。本来なら、後は私達が承認の判子を押して終わりなんです」
“本来なら?”
「はい。問題は……場所」
リンが指で示した所に目を向ける先生。そこへリンは、もう1枚の地図を重ねた。すると彼の目は疑問から驚愕に変わる。
“此処って……!”
「はい……。ブラックマーケット。退学者や休学中の不良生徒達が蔓延る、無法地帯。そこから提出された書類だったのです」
ブラックマーケットの事は先生も覚えている。砂漠に佇む学校……アビドス高校の借金の件で、返済金の流れを掴むために赴いた事があったのだ。
「異常事態と判断した我々は、直ちに調査班を送りました。その結果が……これです」
次にリンが出したのは、数枚の写真。だが写っている光景はどれも先生の記憶に無い。整えられた街並み、統一された制服銃器、ヘルメット団と思しき生徒達が重機などを駆使して工事している写真まである。
“これは凄いね……”
「申請書にある代表者、『黒淵ユウ』。彼女が、現在のブラックマーケット……いえ、旧ブラックマーケットの殆どの実権を握っています」
“相当慕われてるんだね、彼女は。そうでもしないと不良だった生徒達がこんなに生き生きとした目にならないよ”
写真の生徒達は、みな輝いて見えた。もしこれがユウと呼ばれる生徒によって無理やり行なわれているのだとしたら、こうはならない。先生としては、承認しても良いのではと思っていた。
しかし、リンの目は鋭く冷たかった。
「先生。彼女らは、元々は退学者です。そしてブラックマーケットで違法行為をしてきた生徒達でもあります。そんな生徒達が統率された武力を持つ……。これの意味が分かりますか?」
“…………”
「連邦生徒会の、現段階の総意としては『要警戒勢力』です。連邦生徒会長が失踪した時、矯正局に入れられていた生徒達はこのD.U.地区に襲撃を掛けました。……その再来を恐れています」
リンは先生に頭を下げた。
「だからこそ、先生にお願いしたいのです。彼女達の真意を、学園設立の目的を、明らかにして欲しい」
リンは語る。要警戒勢力と認識しておきながら、なぜ向こうからの申請を却下しないのか。それは、犯罪集団だからという単純な理由で却下した時のリスクが大き過ぎるからだと。その様な事をすれば、それこそ先程言ったD.U.地区襲撃の再来が現実のものになってしまう。
向こうが連邦生徒会を襲撃しないという、確実な証拠が欲しいのだ。
「お願いします……!」
先生にとって、断る理由が無かった。
そうして、旧ブラックマーケットこと、「SOL学園設立予定地」へとやって来た先生。隣に立つのはゲヘナ学園風紀委員長の空崎ヒナ。ゲヘナ学園のトップが早々にSOL学園の存在を嗅ぎつけたらしく、彼女はその調査を命じられたらしい。
そんな2人の眼前に広がるのは、無法者たちの街……では無かった。
「夜間警備疲れたぁ〜」
「ジュース買って帰ろう。開発局が最近、柑橘風味の微炭酸飲料を作ったってさ」
「次の建物は何だっけ。壁の修復?」
「弾痕が結構あるらしいから、壁そのものを交換かもねぇ」
「こちらアント3、商業エリアの異常なし」
統一されたオリーブドラブの改造ミリタリージャケットを羽織った生徒達が、何気ない日常のように会話をしている。2人一組で巡回している生徒達もいて、かつて訪れたブラックマーケット時代とは何もかもが違っていた。
「信じられない……」
これにはヒナも驚きを隠せず、先生も頷いた。それと同時に、これ程まで治安を回復させたユウの手腕の片鱗が見えた気がした。そこへ、1台のジープがクラクションを鳴らして2人に近付いてきた。ヒナは咄嗟に先生を守る位置に立つ。
運転席から降りてきたのは、ヒナと同じくらいの小柄な生徒。頭髪と同じ黒い瞳、しかしその目にハイライトは無かった。
「……シャーレの先生と、その護衛?」
“そうだよ。君は?”
「……コードネーム『ホーク』」
その名乗りにヒナは少しだけ怪訝な顔をした。
「コードネーム? なぜ本名を名乗らないの」
「……失礼なのは承知。だけどこの名前で呼ばれる事に慣れてる。そう呼んで欲しい」
“分かった。よろしくね、ホーク”
「……ん」
ホークと名乗る少女は、無表情ながら頷いた。