ブルーアーカイブ -蒼宙に刻まれた異端- 作:カメオ >o-o<
「…着いた」
ユメちゃんの住むマンションに着いた。
寒いなぁ…。早く中に入りたい。
インターホンを鳴らす。
「は~い!」
中からドタドタと足音が近づいてくる。
あ、いつも通りに振舞わなきゃ。ユメちゃんには心配を掛けたくない。
「え、リリスちゃん!?」
「こ、こんばんは、ユメちゃん!」
言葉が詰まってしまう。まだあのショックが抜けきっていないみたい。
今、私はうまく笑えているだろうか?うまく話すことが出来ただろうか?
…なんだっていいや。
「…」
「…どうしたのっ?」
ユメに無言で見つめられている。
やっぱり、どこかぎこちなかったかな?
私って駄目だな~、あんなことで取り乱しちゃってさ。ただのちょっとした出来事だったじゃん。
…あれ?なんでこんなに胸が痛いんだろう。なんだか苦しい…。
「…リリスちゃん、なにか…」
風が強く吹く。
風にあおられて、思わず体が震える。
……凍えてしまいそう。さっきより、ずっと寒くなってきた。
「…とりあえず、中に入って?なにか温かい飲みもの出すよ」
「ありがとう、ユメちゃんっ」
なんでだろう…、自然と喋れない。いつもみたいに話せばいいじゃん。どうして?
「ちょっと汚いけど、我慢してね」
「だ、大丈夫!入れてくれただけで嬉しいよっ!」
「…」
疑われちゃってる?何の視線なんだろ。
探るような感じもないし、敵意みたいな感じでもない。よくわかんないや。
この変な気分を紛らわすために部屋を見渡す。
随分と広いねぇ。一人暮らしにしては十分すぎるだろう。1ldkってやつかな?
「はいどうぞ、ココアだよ」
「あ、ありがとう、ユメちゃん。…ユメちゃんって、ここに一人で住んでるんだよね?家賃とかどうしてるの?」
「えっとね、このマンションの家賃ってすごく安かったんだよ。だからここに住み始めたの」
「へぇ~。ユメちゃんって、ずっとアビドスに住んでるの?」
「うん。昔からここに住んでるよ。家族も一緒だったんだけどね……」
「あ…、ごめんね。言いたくないこと聞いちゃってっ」
「大丈夫だよ!別に気にしてないから!」
「…」
「…」
聞かなくてもいいことを聞いちゃった。自分のことは知られたくないのに、他人のことは知ろうとするなんて…、最低だ。
…もう、なんも話すことがないや。すごく気まずい。
いや、あった。ずっと頭から離れない、あのやり取り。
「っ…」
また体が震え始める。
ココアを飲み、温かいはずのカップを両手で包み込んでも、体の芯から冷えていくような感覚が消えない。
静かな部屋の中、頭の奥で、あの時の父の声が何度も何度もこだまする。
『お前が知ったところで、何も変わらない』
……変わらない? どうして?
私がアビドスの力になりたいと願ったから?
それとも、最初から私なんて数に入っていなかったから?
知ろうとすることすら許されないなんて、そんなの……あまりにも冷たすぎる。
さらに、何よりも思い出したくなかった言葉が脳裏に突き刺さる。
『すべては、お前のためだ』
「っ……!」
思わず、カップを取り落としそうになる。
私のため?
みんなとの思い出を奪われて、居場所をなくして、明日が見えなくなってしまうことが、どうして私のためになるの?
お父さんが私を大切に思ってくれているのは嘘なんかじゃないはずなのに。
なのにどうして、その言葉がこんなにも私を傷つけるの?
そして最後に落とされた、あの謝罪の言葉が蘇る。
『…すまない』
謝らないでよ。
そんな風に、諦めたような、線を引くような顔で謝らないで。
あのたった一言が、父と私の間に深い溝を作ってしまったのだと感じるたびに、胸の奥が締め付けられる。
――それだけじゃない。
父の言葉だけでなく、あのとき自分が父にぶつけてしまった言葉が、今になって牙をむいて自分に返ってくる。
『みんながいない未来なんて、私は生きていけないよ』
あんな言い方をするつもりじゃなかった。
お父さんを責めたかったわけでも、傷つけたかったわけでもない。
だけど、あのときの私はあまりにも苦しくて、必死で、どうしようもなくて――。
「……うっ……」
込み上げてくる熱いものを飲み込もうと、震える手でマグカップを握りしめる。
だけど、もう限界だった。
手の中のココアはすっかり冷めていた。それなのに、胸の奥の冷たさは少しも消えてくれない。
私なんて、いないほうがーー
「……リリスちゃん」
ふわりと、優しく温かい気配が近づいてきた。
いつからそこにいたのだろう。ユメちゃんが、いつの間にか私の隣にそっと座っていた。
無理に問い詰めたり、理由を急かしたりするような気配はない。
ただ、私の冷えきった手をそっと包み込むように、ユメちゃんの手が重なる。
「……無理しなくて、いいんだよ」
その声を聞いた瞬間、心の中で張り詰めていた細い糸が、プツリと音を立てて切れた。
張り詰めていた緊張がほどけると同時に、堰を切ったように涙があふれ出す。
「うっ……、ゆめ、ちゃん……っ」
声にならない声で名前を呼ぶと、ユメちゃんは何も言わずに、ただ強く、優しく私を抱きしめてくれた。
誰にも言えなかった恐怖も、お父さんに拒絶されたように感じた悲しさも、自分が放ってしまった言葉への後悔も。
ユメちゃんの胸に顔を埋める。
温かくて、優しい匂いがした。
すべてをその温もりに預けるように、私は子どもみたいに声を上げて泣いた。
「うっ……うあああぁっ……! ゆめ、ちゃん……っ、ゆめちゃん……!」
一度あふれ出した涙は、もう止まってくれなかった。
私はユメちゃんの服をぎゅっと掴み、しゃくりあげる。
いつもなら「私はみんなの希望になるんだ」なんて強がってみせるのに、今の私には、そんな格好いい言葉なんて一つも残っていなかった。
ただ恐怖と混乱に呑み込まれて、縋りつくことしかできない。
「よしよし……大丈夫だよ、リリスちゃん。ここにいるよ……」
ユメちゃんは私の背中を、ゆっくりと優しく叩いてくれる。
その手のひらの温もりを感じるたびに、張り詰めていた何かが少しずつ緩んでいく。
けれど、それと一緒に、今まで押し込めていた感情まであふれ出してしまう。
「おとうさんが……お父さんがねっ……! 私に、何も教えてくれないの……っ! ハリス中学校が……アビドスがなくなっちゃうのに……っ! 『お前が知ったところで何も変わらない』って……あんな冷たい顔で……っ!」
途切れ途切れの声で、胸の中に溜まっていた苦しさを吐き出す。
「私……お父さんのこと、ずっと信じてたのに……っ。アビドスのことを一番に考えてくれてると思ってたのに……! なのに、『私のため』だなんて言って、理由も教えてくれないんだよ……っ! ねぇ、ユメちゃん……私、捨てられたの……? お父さんに、いらないって言われたの……っ? そんなのやだよ、わからないよ、どうして……っ!」
ぐしゃぐしゃになった顔をユメちゃんの肩に押し付け、言葉にならない声を漏らしながら、何度も首を振った。
「それに……私、お父さんにあんな酷いこと言っちゃった……っ。『みんながいない未来なんて生きていけない』なんて叫んで、逃げるみたいに家を飛び出して……っ! お父さんを傷つけたくなかったのに、私……どうしたらいいのか、全然分かんなくて……っ! こわいよ、ユメちゃん、私……っ!」
支離滅裂な私の訴えを、ユメちゃんは途中で口を挟むことなく、ただじっと受け止めてくれる。
「……そっか。辛かったね、リリスちゃん。お父さんのことが大好きだからこそ、そんな風に言われたら、悲しくて胸が痛くなっちゃうよね……」
頭を撫でてくれるユメちゃんの声は、どこまでも穏やかで、包み込むように温かい。
「私ね、ユメちゃん……すごく、こわいよ……っ。ハリス中学校がなくなったら、ユメちゃんやニアと過ごす毎日も……全部消えちゃうのかなって……。お父さんの言ってることも分からなくて、自分のことも分からなくなっちゃいそうで……すごく寒くて、苦しいの……っ」
「……消えないよ」
ユメちゃんは、私を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「学校がどうなっても、今まで一緒に過ごした時間は消えないよ。それに、私もここにいる。リリスちゃんが私を頼って来てくれたこと……私、すごく、嬉しいんだよ?」
「ゆめちゃん……っ」
「だから、私の前では強いリリスちゃんでいなくていいの。弱音も、泣き顔も、ぐしゃぐしゃになった姿も――ぜんぶ、私に見せて?」
その優しい言葉に、頭が焼けるような熱を感じて、また涙があふれてくる。
「うっ……うあああぁっ……!」
私は再びユメちゃんの胸に顔を埋めた。
身体の芯にあった冷たい塊が、ユメちゃんの腕の中で少しずつ溶けていくような気がした。
お父さんへの疑問も、不安も、後悔も、何一つ解決したわけじゃない。
それでも、今はただ、この温もりに縋りついているだけで、少しだけ息ができるようになっていた。
「ありがと……っ、ありがと……ユメちゃん……、私を置いていかないで……っ」
「うん。絶対に置いていかないよ。……気が済むまで、ずっとこうしていようね、リリスちゃん」
外の冷たい風の音を遠くに聞きながら、私はユメちゃんの腕の中で、いつまでも静かに泣き続けた。
どれくらい泣いていたのだろう。
気がつけば、あれほど止まらなかった涙も、少しずつ落ち着いていた。
ユメちゃんの服を掴んでいた手からも、いつの間にか力が抜けている。
「……落ち着いた?」
「……うん。ごめんね、ユメちゃん。服、濡らしちゃった……」
「ふふっ。そんなこと気にしなくていいよ」
ユメちゃんは、私の頭を優しく撫でてくれる。
その手つきがあまりにも自然で、また泣きそうになってしまった。
「リリスちゃん、少し横になろうか。今日はもう、ゆっくり休もう?」
「でも……」
「大丈夫。何も心配しなくていいからね」
そう言って、ユメちゃんは私の手を取った。
その手に導かれるまま、私はユメちゃんの部屋へ向かう。
部屋の中は静かで、柔らかな明かりが灯っていた。
整えられたベッドを見て、ようやく今夜はここで過ごすのだという実感が湧いてくる。
「ベッド、使っていいよ。私も一緒に寝るから」
「えっ、でも……ユメちゃんのベッドなのに」
「そんなこと言わないで。せっかく来てくれたんだから、私の隣にいて?」
「……いいの?」
「もちろんだよ」
ユメちゃんは、当たり前のことのように微笑んだ。
私は少し迷ってから、ベッドの端に腰を下ろす。
ふかふかの布団。いつもとは違う部屋の匂い。隣には、ユメちゃんがいる。
それだけなのに、さっきまでの寒さが少し遠のいた気がした。
「じゃあ、電気消すね」
「うん」
部屋の明かりが消える。
窓の外から、風が吹く音がかすかに聞こえていた。
布団に入ると、ユメちゃんがすぐ隣に横になる。肩が触れそうな距離にいるのに、私はなぜか少し緊張してしまった。
「……ユメちゃん」
「なぁに?」
「私……明日になったら、また何も分からないままなのかな」
口にした途端、胸の奥が重くなる。
お父さんが何を考えているのか。どうして学校を閉じようとしているのか。これから私たちがどうなってしまうのか。
何一つ分からない。
明日になっても、きっと答えは見つからない。
「……そうかもしれないね」
ユメちゃんは、無理に否定しなかった。
「でも、今夜は一人じゃないよ。私がここにいるから」
「……うん」
しばらく、二人の間に静かな時間が流れた。
「ねえ、リリスちゃん」
「なぁに?」
「私ね、昔は家族と一緒にここで暮らしていたんだよ」
「……そうなんだ。さっきも言ってたね」
「うん。家族みんなで暮らしていた頃は、毎日がずっと続いていくんだって思ってたなぁ」
ユメちゃんの声は、どこか懐かしそうだった。
「今は、家族と離れて暮らしているんだよね?」
「そうだよ。でも、私はここに残ることにしたの。アビドスが好きだったし、ここで頑張りたいこともあったから」
「そっか……。ユメちゃんも、いろいろ考えて決めたんだね」
「ふふっ。そうだね。私なりに、いっぱい考えたんだよ」
そう言って、ユメちゃんは小さく笑った。
「でもね、今こうしてリリスちゃんと一緒にいられることも、私にとって大切な時間なんだよ」
「……私と?」
「うん。リリスちゃんとお話ししたり、一緒にご飯を食べたり、何でもないことで笑ったり。そういう時間が、私は好きなんだ」
「えへへ……。私もだよ」
自然と、そんな言葉が口から出ていた。
「だからね、これからも一緒にいたいな」
「……!」
「悲しいときだけじゃなくて、楽しいときも、嬉しいときも。リリスちゃんの隣にいられたらいいなって思うんだ」
その言葉が、胸の奥にゆっくりと染み込んでいく。
私は布団の中で、そっとユメちゃんの手を探した。
指先が触れる。
ユメちゃんはすぐに気づいて、私の手を握り返してくれた。
「……ユメちゃん」
「なぁに?」
「私も……ユメちゃんと、ずっと一緒にいたいな」
「……うん。ありがとう、リリスちゃん」
ユメちゃんの指が、私の指に優しく絡む。
「……明日も、ここにいていい?」
「うん。もちろんだよ」
ユメちゃんは、握った手を少しだけ強く握り返した。
「リリスちゃんがここにいたいって思ってくれるなら、私はいつだって歓迎するよ」
「……ユメちゃん」
「もう、一人にしないから」
その声は、静かな部屋の中に優しく響いた。
私は握られた手に、少しだけ力を込める。
お父さんのことは、まだ何も分からない。
学校のことも、みんなとの未来も、何一つ解決していない。
それでも。
今夜だけは、何も考えずにいてもいいのかもしれない。
「……ありがとう、ユメちゃん」
「ふふっ。どういたしまして」
ユメちゃんの手が、私の髪をそっと撫でる。
「おやすみ、リリスちゃん」
「……おやすみなさい」
目を閉じる。
隣から伝わる温もりと、握られた手の感触を確かめながら、私はゆっくりと息を吐いた。
明日がどうなるのかは、まだ分からない。
だけど今は、この温もりのそばにいたい。
そう思いながら、私は少しずつ眠りに落ちていった。
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
いつもより少し早く目が覚めた私は、隣に目を向ける。
そこには、静かな寝息を立てているリリスちゃんの姿があった。
昨夜は、あんなに泣いていたのに。
今は少しだけ穏やかな表情で眠っている。
……よかった。
そう思うと同時に、昨夜のことが頭をよぎった。
お父さんのことを話すリリスちゃんは、とても苦しそうだった。
いつも明るくて、誰にでも優しくて、困っている人がいれば迷わず手を差し伸べる。
そんなリリスちゃんが、あんなふうに泣いているところを見たのは初めてだった。
きっと、今までずっと我慢していたんだと思う。
私の前でだけでも、少しは弱いところを見せてくれた……それが、嬉しかった。
「……リリスちゃん」
小さく名前を呼んでみる。
けれど、返事はない。
まだ眠っているみたい。
私は起こさないように気をつけながら、そっと布団を整えた。
昨夜、握っていた手の感触を思い出す。
あのとき、リリスちゃんは私の手を離さなかった。
そして私も、離したくなかった。
「ふふっ……」
思わず、小さく笑みがこぼれる。
もう、一人にしないから。
そう約束したんだ。
だから、今はゆっくり休んでほしい。
昨日のことも、学校のことも、これからのことも。
すぐに答えを出さなくたっていい。少なくとも、今日くらいは。
私はもう一度、リリスちゃんの寝顔を見つめた。
まだ眠っている。
……このまま、もう少し眠っていてほしいな。
そんなことを思ってしまう。
もちろん、いつまでもこのままでいいわけじゃない。
リリスちゃんには、学校で待っているみんながいる。
ニアちゃんも、タキナちゃんも。
それでも、今だけは。
今だけは、私のそばで安心していてほしい。
「……大丈夫だよ、リリスちゃん」
眠っている彼女に、そっと声をかける。
「私が、ちゃんと守ってあげるからね」
その言葉を胸の中でもう一度繰り返してから、私は静かにリリスちゃんを起こすことにした。
やがて、リリスちゃんのまつげが小さく揺れる。
「……ん……」
「おはよう、リリスちゃん」
私が声をかけると、リリスちゃんはゆっくりと目を開けた。
「……ユメちゃん?」
「うん。おはよう」
「……あれ? 私……」
まだ寝ぼけているのか、リリスちゃんは周囲を見回している。
それから、昨夜のことを思い出したように、少しだけ表情を曇らせた。
「……そっか。昨日、ユメちゃんのところに来たんだったね」
「うん。よく眠れた?」
「……うん。ありがとう、ユメちゃん」
そう言って微笑むリリスちゃん。
けれど、その笑顔にはまだ少しだけ疲れが残っているように見えた。
私はそんなリリスちゃんの髪を、そっと撫でる。
「よかった。まだ眠たかったら、もう少し寝ていてもいいからね」
「でも、もう朝だよ?」
「ふふっ。朝だからって、急いで起きなくてもいいんだよ」
「……そうかな?」
「そうだよ。今日はゆっくり休もう?」
そう伝えると、リリスちゃんは少し困ったように笑った。
その表情を見て、私は改めて思う。
今は、無理をさせたくない。
リリスちゃんが安心して休めるように、私にできることをしてあげたい。
そのためにも、まずは今日一日、ここでゆっくり過ごしてもらおう。
「そうだ。リリスちゃん、朝ごはんはどうする?」
「えっ? あ、食べるよ! ユメちゃんの手料理、楽しみだなぁ」
「ふふっ。じゃあ、簡単なものだけど用意するね」
「やったぁ!」
やっぱり、リリスちゃんには笑っていてほしい。
そう思いながら、私はベッドから立ち上がった。
「それじゃあ、リリスちゃんはここで待っていてね」
「うん!」
部屋を出ようとしたところで、背中から声がかかる。
「……あ、ユメちゃん」
「なぁに?」
「私も何か手伝おうか?」
振り返ると、リリスちゃんはもう起き上がろうとしていた。
「ふふっ。ありがとう。でも、今日はいいよ」
「えー? でも、私ばっかりお世話になっちゃってるし……」
「そんなこと気にしなくていいんだよ」
私はベッドのそばまで戻り、リリスちゃんの肩にそっと手を添える。
「昨日、いっぱい頑張ったでしょう? だから今日は、ゆっくり休んでほしいな」
「……でも」
「ね?」
優しくそう言うと、リリスちゃんは少し考えるように視線を落とした。
「……分かった。今日はユメちゃんに甘えちゃおうかな」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
そう言って、私はリリスちゃんの頭を撫でた。
私は部屋を出て、キッチンへ向かった。
簡単な朝食を用意していると、リリスちゃんも少ししてから部屋を出てきた。
「あれ? リリスちゃん、起きてきちゃったの?」
「えへへ。いい匂いがしたから、つい……」
「ふふっ。もう少しでできるから、座って待っていてね」
「はーい!」
テーブルに朝食を並べ、二人で向かい合って座る。
「いただきます!」
「いただきます」
リリスちゃんは美味しそうに朝食を口に運んでいた。
「ん~! おいしい! やっぱりユメちゃんのご飯は最高だね!」
「ふふっ。ありがとう」
そんな何気ない会話を交わしながら、穏やかな朝の時間が過ぎていく。
……この時間が、ずっと続けばいいのに。
そんなことを考えながら、私はリリスちゃんの笑顔を見つめていた。
少しだけ、いつものリリスちゃんらしい明るさが戻った気がする。
「それと、今日は私が少し出かけてくるね」
「出かけるの?」
「うん。ニアちゃんとタキナちゃんに、昨日のことを少し説明してこようと思って」
その言葉に、リリスちゃんの表情がわずかに曇る。
「……そっか。二人にも心配かけちゃってるよね」
「大丈夫だよ。私から話しておくから」
「でも、私も一緒に行ったほうが……」
「リリスちゃん」
私は、少しだけ声を柔らかくして名前を呼んだ。
「今日はここで休んでいてほしいな」
「……」
「今は、無理にみんなと会わなくてもいいんだよ。昨日のことも、まだ気持ちの整理がついていないでしょ?」
リリスちゃんは何か言いたそうにしていたけれど、やがて小さく頷いた。
「……うん。分かった」
「ありがとう。帰ってきたら、またお話ししようね」
「うん。待ってるね、ユメちゃん」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。
待っていてくれる。
私が帰ってくる場所を、ここにしてくれる。
「ふふっ。じゃあ、なるべく早く帰ってくるね」
「えへへ。楽しみにしてる!」
……大丈夫。
今日は私が、ちゃんと話をしてくるから。
リリスちゃんが安心して休めるように。
そう願いながら、私は家を出る準備を始めた。
16日
第十一話 誰かのための嘘
『心配しなくても大丈夫っ!』
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