第一節:何の変哲もない日常
チュンチュン...
鳥のさえずりが、深い底から意識を引き上げる。
「…ん”~…ふぁぁ~」
文字、びっしりと書いてある文字。最初に目に入ったのはそれだった。しばらく思考も億劫になりそれを茫然と見つめていると、だんだん意識がはっきりとしてくる。
「あれ…いつの間にか寝ちゃってた…?」
ゆっくりと体を起こす。あたりを見れば、いつもの図書室。唯一小窓から差し込む朝日が、昨晩との違いを眩しく主張していた。
『コンコン』
ビクッ
『天子様、また図書室でおやすみになっていたのですか?お食事の用意ができております、早く出てきてくださいね』
扉越しにお屋敷の使用人の声が聞こえる。何となく億劫になり、返事もせずにぼんやりと入口の扉を眺めていると、足音とともに声の主は遠ざかっていった
「行かないと…」
今一度顔を前に向ければ、そこには昨日読みながら寝落ちした、分厚い本が開いてあった。枕代わりに顔をうずめて寝てしまっていたはずなのに、不思議と折り目もなく綺麗なままだ。
「なんだったっけ、この本…」
未だとろい頭を動かして昨日の記憶をたどると、途中まで読んだ内容が頭の中でよみがえってくる。
「確か…堕天目録、だっけ…?」
記憶が確かであれば、この本の内容としては、神がこの世界を創造した時に生み出したとされる天使。その中でも、免罪問わず神に罰せられ、地の底に追放された者たちを描いた本だったはずだ。
「設定がしっかりしてて面白かったな…まるで本当にこの世にいるみたいに」
くすっと笑う。幼いころから本の中の世界に思いを馳せてきた自分にとって、それはとても魅力的な世界であり、それと同時にとても遠い世界だと思い知っている。具体的には、5年前の、私が10歳の誕生日の時に兄から何気なく伝えられた、現実ではありえない空想という概念を、大きな衝撃と共に刻み込まれた。
「ふっ…んん~…よし」
立ち上がり、眠気がまとわりつく体を伸びで目覚めさせていく。グググ...っと、関節が悲鳴を上げるくらい背筋を伸ばすと、ようやく朝の清々しい気分が体に訪れた。
「これは後で読み直そ、今はご飯が大切。」
くるりと本に背を向ける。本と向き合う時間は楽しいが、現実の時間ももちろん大切。特にお腹が空いてるならなおさらだ。ぱたぱたとドレスを揺らしながら扉に行き、部屋から出ていく。いつもと同じ、なんの変哲もない日常。
だが、いつもどおりの中で、机の上のあの本だけが、妙に頭に残っていた。