堕天使に幸あれ   作:立つ風

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第四節:誘蛾

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 落ちている

 

 最初の思考はそれだった。

 悲鳴、怨嗟、不協和音

 風切り音のように絶えず周りから聞こえる声を無防備に受け止めながら、意識が再開していく。

 

「……ぁ」

 

 目の前には闇…いや、これは闇ではないのだろう。

 ここまで禍々しく、嫌悪と恐怖を抱く闇はこれまでの人生の中で見たことがない。

 

(そうだ……わたしは……)

 

 ぼんやりと辺りを見回すと、上の方から光が差し込んでいる。

 見覚えのある、穏やかな光。

 

(あそこ……かえら……なきゃ……)

 

 だが、どんなに思っても、この体が動かない。

 ここに来てから、空気に当たっているだけで体が危険信号を出し続け、こわばり続けるのだ。

 この調子では、半人前の魔術なぞ使えるわけもない。

 手の先を光に向けるのが精いっぱいの私をあざ笑うように、光はどんどん遠く、小さくなっていく。

 

 落ちていく中、頭の中で今までの日々が呼び起こされる。

 今回は、みんなの顔だけじゃない。

 

 図書室で、つい本の世界にのめりこみすぎて、疲れて倒れるまで本を読んだこと。

 私の焼いたお菓子を、お兄さまが遠回りながらも褒めてくれたこと。

 お父さまに異国の世界の話をせがんだこと。

 お母さまから、難しいながらも優しく魔術を教えてくれたこと。

 転んでけがしちゃったとき、ミエルさんが丁寧に手当てをしてくれたこと。

 

 全部全部、大切で、大好きで、かけがえのない日々

 

「……やだ……!」

 

(絶対に……みんなのもとに……日常に……!)

 

 体をよじって必死にもがき続ける。

 諦めるわけにはいかない、これで終わりだなんて.絶対に.

 

(……あれ……?)

 

 今までずっと見ていた、無限に広がっている闇が

 

(もっと……暗く……?)

 

 ……いや……これは近___

 

「う……!? ぐ……あぁァァ!?!?」

 

 目に、腕に、足に

 

 粘液のようにドロッとした何かが、蠢きながらまとわりついていた。

 

「うあぁ……! やだ……! やだ……けほっけほっ!? ぐが……! ごぼ……うぅ……」

 

 どんなに体をよじろうとも、闇は群がり続ける。

 

 足、腹、腕、口、目

 何処であっても際限なく、闇が私に流れ込み、

 体が、心が、どうしようもないほど蝕まれていく

 

 もう、自分の体でさえも制御は利かない。

 思考も記憶も感情も、すべて栓が壊れたように溢れ出る。

 

「あァぁぁアぁぁぁぁァl!!!」

 

 それだけではない。

 穢れた情報が私の中身に混ざっていく。

 

 厄、恐怖、不安、憎悪、死

 それらはすべてこの情報の中では浅いものだった。

 何せ、比べるものの桁が違う。

 理解できない事象、物質、理

 本来人間では到底扱えない情報が、残らず私を飲み込んでいく。

 

「ひ……ハはは……ふひヒはハはは!」

 

 さっきまで胸にとどめていた思いが押し流される。

 

 皆の顔が黒く濁っていく。

 

(わタしハ……なニを……)

 

 腕の力が抜けていく。

 

 もう豆粒ほどに小さくなった光から、目を離す

 

(ワたしハ……イミなんテなインだ……ズッと……こコニ……)

 

 荒れ狂う内面は、いつしか意識さえ押し流していく。

 私が出来るのは、ただ落下を受け入れるのみ。

 

(ごメん……ナさい……)

 

 もう頭は回らない。

 そうして、混沌が私を飲み込み___

 

 

 キィィィィン!!!

 

 

 そうして、意識がなくなる寸前、

 

 轟音とともに、何かが近づいてくる気配がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 飛び続ける

 

 闇を切り裂いて向かう先はただ一つ

 

 光

 

 意識が出来る前、頭の記録でしか覚えてないそれを目指して、私は上がっていく。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^^

 

「行くわよ」

 

 光を見た瞬間に、体が動き出した。

 強引にマルドゥの体を抱え、翼に仕舞う。

 

 

『ええ!? なんで仕舞うの~!?』

 

 翼から聞こえる声を無視し、勢いよく上空に飛び立つ。

 

『え? え? 飛んでる~!? ご主人様どこ行くの~!?』

 

「……外よ」

 

『…ええ~!! お外にいけるの!? やった~!!』

 

「……」

 

 私は、なぜ飛んでいるのだろうか。

 外については、天使だったころの記録として覚えていても、そこに特別な何かを感じることはなかった。

 だからここにいる間、悪性情報に辟易することは合っても、外のことを想うことはなかった。

 

 ただ考え続け、ドゥと過ごす。

 

 ここでやったのはそれくらいだ。

 そんな私が、まるで虫のように、光に誘われている。

 

 理解不能。

 だが、この内から湧き上がる感情は止められない。

 

 そうして、私は力を込め、より一層強く翼をはためかせた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 キイィィィィン

 

 しばらく飛んでいると、上から何かが降ってくるのが見える。

 

「……人間?」

 

 その姿は、闇に全身蝕まれ続けていてよく見えないが、人型であることは感じ取れた。

 なぜこの孔に人間が落ちてきたのだろうか……いや、そんなことを考えている暇はない。

 

 今まさに、小さく閉じようとしている光に突き進__

 

『どうするの~? ご主人様~』

 

「……」

 

 その人間との距離はどんどん縮まっていく。

 

「ご主人様~?』

 

 ……まぁ……助ける意味もないが、これぐらいなら支障にはならない。

 

 翼に力を籠め、その闇に速度そのままに突っ込み、その人型をひっかける。

 

「……ァ?」

 

 チラッと見ると、それは人間の少女だった。

 闇に犯され続けているが、微かに息はある。

 

(……いや、そんなことより今は)

 

 その少女から目を離し、脇に抱えて更に上昇していく。

 

 上を見れば、そこには光りと共に、孔が見えている。

 しかし、その孔は今まさに急激に収縮し始めていた。

 

「もっと……早くッ!」

 

 何故目指すのかという疑念は、今はもう消し飛んでいた。

 ただ、飛び続ける。

 答えは、ここから出た後で構わないだろう。

 

 今一度力を入れ直す。

 

「はあぁぁぁぁッ!!」

 

 翼から濁流のように衝撃を出しながら、その収縮に比例するように速度を上げる。

 いくらこの身体が、天使の時よりずっと衰えたとはいえ、これぐらいの力は残っている。

 

 もう孔は目と鼻の先。

 だが……収縮の速度も、加速度的に上がっていた。

 

(間に合わない…ッ!)

 

 力の限り手を伸ばし、何とか孔に手をかけようとするが、明らかに遅れている。

 

(これを逃したら……ここから出られない……変われない……!)

 

 それだけは、嫌だった。

 

 だが、どんなに思っても現実は変わらない。

 そんな私をあざ笑うように、孔は無情にも目の前で閉じ切___

 

『てやぁぁぁぁ!!!!!』

 

「な……ッ!?」

 

 いつの間にか、ドゥが翼から飛び出していた。

 ドゥの体は、閉まりかけた孔にすっぽりとはまる。

 

『うぐぐ~!? き、キツい〜……でも、まだまだー!!!』

 

 その状態でドゥは体をよじって強引にその孔を広げ

 

『ご主人様~!!』

 

「……助かったわ、ドゥ」

 

 その猶予を逃さず、ドゥを押し上げるようにして孔を突破する。

 

 そうして

 

 私たちは光に包まれた。




ようやっと出会いましたね
ここまでは1話でまとめるつもりだったのに…導入が全然終わらない…。
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