火曜日の朝。
「……はぁ、どうしよう」
溝口は、パソコンの画面を見ている。
「ヤバい搬入口に入れられる前に、『内通者』が逃がしてくれたし、書類もいい感じに整理してくれたことだろう。だから早く戻ってこれたのは良いが……絶対にここから下がらないと思って買い戻したし、これ以上の損失はないんだがなぁ……」
昨日の放課後、溝口は『ネジ怪人』として、ソーラーに襲い掛かった。
しかし、ヘリオスの乱入と、ハイドロキッズたちが遊び始めたこともあり、結果的にライダーキックで敗北。
完璧な情報を手に挑んだはずだが、負けてしまった。
そして、彼の体を連れ込む先である『警察署』の中で、『ヤバい搬入口』に入れられる前に、内通者の手引きで逃がしてくれる。
それゆえに、こうして火曜の朝。溝口は会社の社長室で項垂れることができるわけだ。
もしも帰ってくるのがもっと後になったら、空売りの損失が大きくなってハゲていただろう。
「……しかし、『螺芯兵スクリュード』も、『電磁魔王ダイオースクリュー』まで出して負けるとはな」
土曜の夜、会社に来た犀川を思い出した。
「ライノ怪人……中位怪人とはいえ、アイツが負けたことは考慮しておくべきだったか」
損失を出したことは悔しいが、いつまでも引きずっているわけにはいかない。
今日も、社長として仕事がある。
「……面白いカード。引くことすらできずに終わるとは。情けない戦いだ」
一枚のカードを取り出した。
フェルマーの最終定理
魔法カード
①:3以上の自然数をnとして扱い、自分フィールドのモンスター2体のそれぞれのレベルをn乗して合計した数字が、相手モンスター1体のレベルをn乗した数字と同じ場合に発動できる。相手モンスターを全てリリースする。
「……こういう、面白いカードがあるのだと、小娘に教えるのも粋ではあるが、実際に使う前に負けてはな。はぁ……」
カードをデッキに入れなおすと、溝口は背中を背もたれに押し付ける。
「空売りの損失、400万かぁ。裏路地でスコアを狩ろうか。九月の夜風は体にきついが、仕方がない」
大きくため息をついて気持ちを切り替えると、溝口は仕事にとりかかった。
★
一方、空閑ソーラーの社長室にて。
株価の上昇によって空売りしていた者が損をしている中、その株価が上がった会社としては、当然、嬉しいことだ。
法人スコアが高ければ税制優遇があったりする世の中ではあるが、株価も高ければ銀行からの信用も高くなったりする。
会社を評価する物差しはたくさんあり、それらを総合的に高めていくことが必要だ。
「上位怪人の討伐で、確かに空閑ソーラーの株価は上がったが……思ったほどの伸びはないか」
社長室で、空閑義春は、パソコンを見ていた。
そこには『遊戯省』のホームページが表示されており、怪人一覧で、『ネジ怪人・上位』と表記されている。
要するに。
昨日倒した怪人が、『上位怪人』であると、国が認めているということでもある。
「最近は、スティル一味やカメレオンを倒していたが、あれらよりも明確に、格上の怪人だ。それを倒したというのに、あまり伸びていない、やはり、『共闘』だったせいか」
怪人の討伐報道だが、今回は、ライダーが2名表記されている。
仮面ライダーソーラー【サンライズ】
仮面ライダーヘリオス【ハイドロキッズ】【プロミネンス】(推定)
「……カテゴリまでは表記される。いつも通りの報道だ」
義春はSNSをチェックする。
『ヘリオスって誰?』
『ハイドロキッズって、あの可愛い子供のやつだよな?』
『プロミネンスって装備だろ』
『ハイドロキッズとプロミネンスか。ラクガキ工房が作ったデザイナーズセットじゃん』
『これ、ソーラーだけだと勝てなかったんじゃね? 流石に上級は単独で無理だろ』
SNSには多くの意見が載っている。
多くは『ヘリオスがいったい何者なのか』という点を話題にしているが。
その中で、ぽつりぽつりと、『ネジ怪人はソーラー単独では勝てなかったのでは?』という話が出ている。
「……昨日、帰ってきた歩佳に聞いたところでは、『一人では倒されていた』らしいな。そういう意味では、法人スコアを守ってくれたヘリオスに感謝すべきところではあるが……」
デュエルスコアだが、法人も持つことが可能であり、空閑ソーラーにおいては歩佳が『仮面ライダーソーラー』として管理している。
多くは社長が持っていることが多いものの、怪人に襲われたら終わりのため、専属ライダーを雇えるなら持たせることも多い。
もちろん、『犯罪覚悟で持ち逃げ』などということになったら終わりなので、そのあたりの管理は注意が必要だ。
もっとも、空閑ソーラーにおいては懸念する必要もない裏切りではあるが。
「上位怪人か。歩佳が一人で倒せていたら……クソッ」
歩佳の話題性は非常に高い。
艶のある金髪と巨乳が特徴の、美少女女子高生であり、社長令嬢にして仮面ライダー。
ここに、『上位怪人を倒せる』が加われば、なおさら、『凄そう』だろう。
そう、その『凄そう』は、義春としてはいつも狙っていることだ。
怪人がいつ現れるのかなど、誰にもわからないのだから。
「……あとは、新カードの製造と、強馬渇明との再戦だ。今は、ここに注力しよう」
会社の株価が上がろうと、それが思っていたほどではなかろうと、それはそれだ。
空閑義春には、社長として仕事がある。
★
空閑ソーラー、カード開発室。
「何度言えばわかるんです!? 『フーバ精機式スキャナー』は、今回は設定『H-125』と言ったでしょう! 『H-124』は前回の設定です! 間違えやすいから注意するように朝礼で言いましたよね!?」
「す、すみません……」
「夜に仮面ライダーソーラーが上位怪人に勝って、興奮して眠れなかったんですか? それはいいとしても、集中力の低下を職場に持ち込まないでください!」
「は、はい……」
若い職員が、里中良悟に怒鳴られていた。
「はぁ、まったく……」
部屋の奥にある自分の机に、乱暴に座った。
そのまま、スマホでどこかに電話をかけている。
そんな良悟をしり目に……ヒソヒソ、話している人もいる。
「部長、いつもより荒れてね?」
「昨日の歩佳さんの戦い、一人だったら負けてたかもってさ」
「え?」
「もしも負けたら、デッキを構築してるカード開発部……その部長である良悟さんの責任になるだろ? 別のライダーが乱入して勝ったから問題なかったけど、あのままスコアを食われてたら……」
「会社にも大打撃ってわけか……」
世間でも言われていることではあるが。
空閑ソーラーの内部では、『上位であるネジ怪人に、空閑歩佳は一人では勝てなかった』という情報が、明確に出回っている。
歩佳本人から一人では無理だったと明言されたのだ。
そして、『最悪のケース』の場合、法人スコアを失って、税制優遇や質の高い素材の優先購入の権利が失われていた。
そうなれば、今後の事業に大きく影響が出る上に、株価の暴落も考えられるため、企業としての存続も危ぶまれる。
そういう瀬戸際だったため、良悟は荒れている。
「……」
そんな話を聞きながら。
犀川は、納得していなかった。
(世間一般に置いては、歩佳さんだけなら負けてたかもって言われてるし、社内では確定。これを世間一般に置いても言えないのは消化不良ではあるが……まぁ、今となってはいい)
キーボードを叩きながら、犀川は『ネジ怪人が負けた』ということを思い出していた。
(ヘリオスが俺に勝ったのは事実だ。ただ……溝口さんに勝てるような、圧倒的な強さは感じなかった。一体、何があったんだよ……)
ヘリオスが居合わせたことは、犀川にとっても想定外だ。
ただ。
そのヘリオスがいたからと言って、ソーラーと組んで溝口に勝てるというのが、納得いかなかった。
「犀川さん! 調整はできてますか!」
「……はい、今、送ります」
マウスを動かして、データを送信した。
★
そして、放課後。
歩佳は昼間に、教室で散々話題にされた。
ただ、自分一人だと明確に負けていた戦いであり、ヘリオスのカードをペラペラ言いふらすものでもない。
とはいえ、【ハイドロキッズ】と【プロミネンス】の混合デッキなのは、報道でも言われていること。
その範囲でクラスメイトからの質問を答えつつ……。
「良い感じのカードが見つからない」
歩佳は、空閑ソーラーの、カード保管庫に来ていた。
これまで会社が開発したカードや、研究のために大量に購入したカード。
中には戦術の研究のために取り寄せたカードなど、たくさんある。
「どんなカードを探してるの?」
青葉はカードを眺める歩佳に話しかける。
「……うーん、コンちゃんが遊べるようなカードが欲しいんだよね」
「具体的にどういうテキストを探してるの?」
「『遊びだす』とか、『自由に動く』とか」
「そんなのテキストに書いてあったら怖すぎる」
「……いや、でも……」
「私も戦いは見てたし、コンちゃんが楽しそうだったのもわかる」
「だよね!」
「それに感動した歩佳がワンワン泣いてたのも理由はわかる」
「それは忘れてほしいなぁ!」
「……」
昨日の、ネジ怪人との戦いの後。
歩佳は、泣いていた。
大粒の涙をボロボロこぼして、広場の真ん中で、泣きじゃくっていた。
いくつもの要因が重なったような、そんな顔で。
ただ、いずれにせよ。
「忘れるのは無理」
「ぐぐぐ……」
「話を戻すけど、あれは、ハイドロキッズが遊ぶ気だったから、コンちゃんが巻き込まれたって感じじゃない?」
「むぐぐ……ということは、元気なモンスターをどこかから調達すればいいのかな」
「手癖に合わないカードをいきなりデッキに入れても、動かしにくいだけだし……」
「……え、それと?」
「コンちゃんで遊ぶことがノルマになる」
「あっ……」
あくまでも、デュエルだ。
怪人が相手だろうと、ライダーが相手だろうと、デュエリストが相手だろうと。
コンちゃんをどの場で出すとしても、それはデュエル。
ならば、勝つために必要な動きをしなければならない。
ただ、『サンライズ』カードで見つかればいいが、カテゴリの外のカードの場合、ドロー効果を持つカードを増やして無理矢理引くことも考えなければならない。
それは、『遊びながら勝つ』というより、『わざわざ遊んでから勝つ』といったものになる。
「ヘリオスが『ハイドロキッズ・フィーバー』と『湿地草原』を入れていて、本来ならエクシーズ召喚するはずの展開を、急に『ハイドロキッズで遊ぶための盤面』に切り替えていたから成立したこと」
「お、おぉ……」
「ぶっちゃけると、『ウサギ用のオモチャ』で何か検索して、それっぽいイラストのカードを調達してデッキに入れたら、コンちゃんはそれで遊べるとは思う。でも、それは『遊ぶこと』を優先しすぎてる」
「うーん……」
「そういう構築を、良悟さんたちがするかどうかという話もある」
「ぐ、ぐうぅ……」
歩佳は、眺めていたカードをテーブルに置いた。
「難しい!」
「デッキ構築は難しいに決まってる」
「それは、そうなんだけど……」
歩佳は天井を見上げた。
「課題はまだある。オモチャを用意して、それでコンちゃんが遊べたとして、それって楽しい?」
「えっ……」
「遊べることと、楽しいことは別だよ」
「……うがああああああああああああああっ」
「発狂するな」
「難しいよおおおおっ!」
歩佳はチーン……とテーブルに崩れ落ちた。
「……そういえば、私が教室で昨日の戦いについて話してるとき、誰かが、遊陽君が使ってるのがハイドロキッズだって言ってた気がする」
「ふむ、そういえば言っていたような」
「もしかしたら、モンスターを楽しませる方法とか、知ってるかもしれない!」
「期待して聞いても迷惑なだけだと思う」
「ぐっ」
「ハイドロキッズとプロミネンスの組み合わせはデザイナーズセットで、『ランク4戦士族エクシーズ』をうまくサポートする構成になってる。でも。昨日、ヘリオスはそれを出してない」
「……確かに、エースモンスターっぽい奴は見てないね」
「そのランク4戦士族を何にするかでかなり個性が出るデッキでもあるから、ハイドロキッズを使っている人はそれ相応に多い。遊陽君が該当するかどうかは、結構、博打だと思う」
「うそおおおおん……」
うまくいかねぇ。どうしたらいいんだ。
そう顔に書いてある歩佳だが、こればかりは、一度の経験では身にならないものである。
歩佳が大きくため息をついた時だった。
保管庫の扉が開いて、誰かが入ってきた。
「ん? 誰だろ」
歩佳が振り向いた。
そこにいたのは、里中良悟だ。
「歩佳さん。ここにいましたか」
「良悟さん……」
「サンライズの新カード、出来ました。こちらになります」
新しいカードだ。
歩佳は受け取って、内容を確認する。
「す、すごい。すごいよこれ!」
「そうでしょう」
「これ本当に凄い! 良悟さんありがとう!」
カードを読んで感激する歩佳。
「社長からは、このカードが完成したら、強馬渇明への再戦を、と言われてます」
「渇明先輩だね。よっしゃ! 頑張るよ!」
新カードの開発。
入学してすぐに挑んで負けた、渇明への再戦。
「では、これからデッキ構築をしてきます。水面高校の体育館を使い、多くの人が見る前で、強馬渇明さんに挑んでもらう予定です」
「そうですね!」
「企業としての力を見せる時です。コンバークルを出す予定はありませんが、開発してきたシンクロ兵器たちの力を存分に振るいましょう」
「……わかった!」
良悟の言い分に、歩佳は元気にうなずく。
ただ。
「……」
コンバークルを出す予定はない。という部分で、歩佳の顔が一瞬歪んだのは。
決して、青葉の気のせいではないだろう。