水曜の放課後に、歩佳と渇明が水面高校でデュエルした。
結果としては渇明の勝利であり、それが揺らぐことはない。
ただし。
空閑ソーラーの最新カード、『サンライズ・グラウンド』の性能。
その猛攻を防ぐ渇明のタクティクス。
エースがいないと言われていた歩佳には、実はエースモンスターがいたという事実。
そのエースが進化し、空閑ソーラーが開発したシンクロ兵器が『バスター・モード』によって強化。
さらに、『
少なくとも、水面市におけるデュエルにおいて、非常に重要で話題性のある一線になった。
そんな興奮がありつつも。
木曜の、真夜中。
「散らかってて悪いな」
「いえ……」
水面市に存在するレコックス系列のタワーマンション。グラン・リボーン。
その5階。
里中良悟は、缶ビールと食べ物をレジ袋に詰めて、犀川を自室に呼びつけていた。
「……あの、部長」
「なんだ?」
「その……持ってる資格、凄いですね」
「ん?」
良悟はリビングに飾られている額縁を見る。
そこには、『カードの開発』に関わる資格、それも『一級』のものがズラリとならんでいる。
中には『特級』で、仰々しい判子が押された物もある。
「まっ、こんなの持ってても、使えない時は使えねえさ」
「ど、どういう意味ですか?」
「前の会社でやらかして追い出された時もそうだ。今の社長から声をかけられるまでは、それだけ資格の欄にかけるものがあっても、俺に声なんてかからなかったよ」
「やらかしたって……」
「まぁ、ちょっとした情報漏洩だ」
「えっ……」
犀川は少し、とぼけたような声が出た。
「まあ座れよ。せっかくアルハラで呼んだんだから」
「それ言っちゃダメでしょう……」
犀川は呆れたが……呆れていても、こんな、軽い口調になったことはない。
今日の良悟は、今までとは大きく違っている。
缶ビールを二人で開ける。
良悟は、一気に、一缶の半分を飲んだ。
「……部長って、そんなに飲むんですね」
「ヤケ酒に決まってんだろ」
「ヤケ酒って……」
「お前も、コンバークル・デイドリームをスキャナーにかけて、情報を見たはずだ」
「えぇ……なんというか……」
「凄まじいとしか思えんよ。そうだなぁ……アレ一枚の中に、時代を10年は進めるようなソフトが入ってるようなもんだ」
「……」
サンライズ・コンバークル・デイドリーム。
歩佳のエースが進化したモンスターであり、出てきた瞬間に『バスター・モード』すらも引っ張り出した怪物のようなカードだ。
「お前もわかったんじゃないか? ここで何を作っても、このウサギは、その上を引き出すんじゃないかって」
「それは……」
「今回、『
「他の三台も……」
「三台だけじゃない。今後、空閑ソーラーが作れる兵器は、全てだ」
「しかし、空閑ソーラーの技術力が向上すれば……」
「ハッ、あのウサギよりも格上になる頃には、今は若い歩佳さんだって立派な婆さんになってるだろうよ」
唐揚げを口に入れて頬張る。
「……会社の技術力ってのは、カードの製造技術にも応用できる。デュエルモンスターズなら、みんなわかる。だからこそ、『自社製のカード』をつくるために、予算を突っ込む企業は多い」
「そうですね」
「特に社長は、その傾向が強かった。前の会社で不祥事をやらかした俺を雇って、その俺に大した制約を課すこともなかった。それだけ、『仮面ライダーソーラーが、自社の力で強くなる姿』を夢見てたんだろう」
「……なんで、そう、思ったんですかね」
「単純な話だろ」
「え?」
犀川は首を傾げた。
「仮面ライダーソーラーは、『空閑ソーラーよりも格上の企業』のライダーにも勝てちまう。それは『父親として』は誇らしいだろうが、社交の場に出れば、皮肉たっぷりに『娘に会社を守られてる』っていわれるんだ」
「そういうものなんですか?」
「俺も社交の場に連れてかれたよ。『不祥事をやらかした男すら雇うなんて、なりふり構わなくなったんですね』って意訳できる皮肉を言われた」
「なんて返したんですか?」
「『恥知らずって言ってる暇があったらカードの研究しといたほうがいいですよ。恥かくことになるんで』って言っといた」
「……」
犀川は反応に困った。
カード開発者として圧倒的な才能があるがゆえの自信と言えるが。
同時に、争いは同レベルでしか起こらない。という言葉も頭によぎった。
「まっ、その企業と空閑ソーラーの企業対抗戦がどうなったのかは、お察しだが」
きっと、歩佳が圧勝したのだろう。
「そんな仕事場だったんだよ。あのカード開発部はな。ただ……ここからは、あのウサギがとんでもねえ精度を担保する会社になるんだろうよ」
「……」
「しかも、そのとんでもねえ精度が、何に使われると思う?」
「新しいカードの――」
「ちげぇよ。『ソーラーパネル開発』だよ。空閑ソーラーは、ソーラーパネルメーカーなんだから」
「あっ……」
デュエルモンスターズは誰にとってもわかりやすい力だ。
企業の技術力をカード開発に応用できるという技術インフラがあるからこそ、自社製のカードでライダーが活躍することを狙う企業は多い。
空閑ソーラーもそんな方針でここ数年は予算をつぎ込んだが、それはそれとして、ソーラーパネルを作るのが本業だ。
「あのウサギのカードをスキャナーに入れて、その状態で計測器を使うと、精度が上がるんだよ。これまで以上に高性能なソーラーパネルを作れるようになる」
「……」
「あの体育館には見知った技術者もそこそこいたよ。企業レポートを書くことが仕事って顔つきのやつもいた。そいつらは揃いも揃って、『ソーラーパネルメーカーとしての更なる発展』を確信してる」
「そんなに……」
「社長だって夢から覚めただろうよ……いや、
良悟は缶ビールを開ける。
……いつの間にか、3本目だ。
「もちろん、仮面ライダーソーラーのためのカードはこれからも確保する必要はある。ただ、カード開発を本業とする企業と組んで、専属チームを作ってもらった方が、コストとしてはいいだろう」
「……むしろ、中小企業ならそっちの方が主流ですよね」
「ああ。最近、空閑ソーラーと組み始めた塔野建設は、カード開発を外注してるからな」
仮面ライダーネスト、群堂炎示を抱える塔野建設だが。
自社で技術力はそれ相応にあるだろうが、カード開発は、それを専門とする企業と組んでやっている。
「……カード開発に予算が入ってこなくなるってことですよね」
「だろうな」
「部長は、どうするんですか?」
「んー……まぁ、少ししたら、辞表を出すよ」
「……」
「まぁ、今のまま放りだしたら流石に混乱するからな。マニュアルと置き土産くらいは整えておくけど、それさえできたら辞めるよ」
「その後、どうするんですか?」
「しばらくはフリーでカードを作る。一点物だろうが、カードを作ってしかるべきところに持っていけば、それ相応の値段で売れるからな。俺ならそれで食っていけるさ」
犀川は少し、考えて……。
「え、あの、そのフリーで働く部長に、俺を誘うってことですか?」
「それも一度は考えたが、お前は古巣に戻った方が良いと思うぞ」
「古巣って……」
「ああ……」
良悟は言った。
「お前がデッキ構築資料を持って行った先の、ネジ怪人が社長をやってる、あの溝口製鉄にな」
「……」
犀川は、手が止まった。
「……何を、言ってるんですか?」
「怪人は怪人という生物。だっけ? 遊戯省はそう広めてるけど、カード開発やってると、どうも妙に匂うんだよ。『怪人カード』というものは存在し得るだろうって」
「それは……」
「それにライダーだって、カード1枚であんなことになるんだ。逆に怪人だって、カード1枚でなれたっておかしくはない」
「……あの、まさか……」
「さすがの俺も作れねえよ」
犀川は『良悟の才能なら、怪人カードを作れるのでは?』と思ったようだ。
そう思わせるだけの能力を良悟が持っているということではあるが、流石に、そこまではできない様子。
「あの、これ、上には……」
「言わねえよ。ていうか言えねえよ。部下が怪人カードを使ってるなんてな。それを抜きにしても、情報漏洩は俺の責任になるし」
「いやあの、情報漏洩って……」
「隠したいなら、『自社のライダーが上位怪人を倒した次の日』くらい、ちゃんと喜んでおけ」
「あっ……」
「お前、顔が疑問しかなかったぞ。『あの怪人が負けるわけがない』って顔だった。確信したのはそこだな」
良悟はポテトサラダを口に入れた。
「んー……情報漏洩も、上には言えねえよ。俺の器が小さいことなんて、よく知ってるだろ」
「……あの」
「あ?」
「俺が、怪人カードを持ってるかもって、思わないんですか? 怖くないんですか?」
「持ってるだろうとは思ってるが、凶悪犯だとは思ってねえよ。第一、器の小さい俺が、凶悪犯を家に入れるわけねえだろ」
「……」
器が小さい。と言っているが。
ここまで自分で言われると、犀川としては潔いとしか言えない。
「まぁ、『器が小さいから黙ってました』なんて、俺自身も受け入れるのが嫌だったから、『サンライズ・グラウンドを完成させるための緊張感』としていてもらったけどな」
「……」
犀川は言葉を失った。
部下が怪人であると、ほぼ確信を持っていながら。
それを、『仕事をこなすための緊張感』に使う。
……犀川には、理解できない歩き方。
「まぁでも、あんなデュエル見せられたら、俺だって思うしかねえさ。『俺の役目は終わったな』って」
「部長……」
「少ししたら俺は辞めるよ。お前も、古巣に戻ったらどうだ?」
「……」
「情報漏洩は悪いことだ。そりゃそうだよ。ただ……それだけの縁があるなら、切れる前に頼っとけ」
「……余計な事、他で言ったりしませんよね」
「言うような奴だったら、そもそも前の会社を追い出されてねえよ」
「……そうですか」
犀川は思った。
良悟は情報漏洩が原因で前の会社を追い出されたと言ったが。
きっと、部下が何かやらかして、上司として責任を取らされたんだろうな。と。
「あ、そうだ」
良悟は立ち上がると、近くのテーブルの引き出しを開ける。
そこから、1枚のカードを取り出した。
「ほれ」
犀川は受け取った。
イラストには、電磁石となったネジが連なり、巨大なイカのような姿をしたモンスターが描かれている。
モンスター名は、『電磁魔帝ビス・クラーケン』。
「……あの、部長」
「なんだ?」
「これ、いつ、作ったんですか?」
「今日の昼。お前らが昼飯を食ってるときに、ちょっとな」
「……正直に言って、『電磁魔王ダイオースクリュー』より、強いですよこれ」
「だろうな。そういうふうに作ってる」
「でも……変身効果で、『ライダーが相手なら、自分が動けなくなる』って……」
犀川はため息をついた。
「嫌な餞別を貰いましたね」
「それを溝口社長のところにもっていって、土産にしろよ」
「きっと喜んでくれますよ……」
犀川はカードをポケットに突っ込んだ。
「ライダーを襲えなくなるカード。ですか……企業対抗戦に出るライダーには渡せないカードですね」
「確かにな。最初から、怪人が怪人に勝つためのカードとして作ってる」
「……」
怪人が誰かを襲うなら、3通りだ。
一般人か、ライダーか、別の怪人か。
一般人が相手なら、そもそもカードを使わなくとも、怪人としての腕力で事足りる。
ライダー相手なら、良悟が渡したカードは使えない。
怪人が相手なら、確かな強さを発揮するだろう。
怪人が一般人を襲う。と言う点に関して、良悟自身にはどうしようもないことだから、そのあたりの責任は考えない。
ただ、その上で、部下に渡して上司への土産にしてもらう……いや。
犀川に渡す餞別としては、ほぼ満点に近いカードだ。
「部長って、怪人カードって存在に気が付いたとき、どう思ったんですか?」
「俺が作ったカードで活躍するライダーが、ぶっ倒す相手がいなくなることはない。そう思ったら、仕事で手は抜けなくなったよ」
「……だから、怒るときは、あんな怒鳴り声だったんですか」
「いや、あれは俺の器が小さいだけ」
「そうですか」
フォローしようと思える程度には、犀川から見て良悟は人間臭いと感じたか。
それはそれとして。
やはり、里中良悟と言う男は、器が小さかった。