仮面ライダーバテリー、板代美雪が、三人のライダーをまとめて倒した。
その土曜日の、夜。
都心部のホテルにて。
大宴会場の出入り口に、上品な書体の看板が立っている。
『一般社団法人 日本デュエル産業協会 秋季懇親会』
デュエルモンスターズは、カードを作るだけでは盛り上がらない。
デュエルディスクの部品を作成。スタジアムの管理。カードの流通などなど。挙げればきりがないほど多くの事業によって成り立っている。
もっとも、カードの開発と流通が花形であることも事実であり、その中でもトップ層といえる者が、この協会から招待され、パーティー会場に呼ばれることになる。
そんな会場の扉が開いて。
中にいる、上品な正装の男女が、思わず視線を向けた。
「ボルトピアの社長と、ご令嬢か」
「レコックスのデュエルディスクに使う蓄電池開発を長期契約する世界的企業。やはり風格が違う」
「しかも、ご令嬢は仮面ライダーだ。板代美雪……美しい」
ボルトピアの社長、
それだけで、空気が変わった。
五十代半ばで、質の高いスーツを着た積夜は、周囲を見る。
周囲の視線が、自分よりも、その後ろにいる娘に向いているのは、よくわかった。
「……お前はよく見られるな。美雪」
「ええ、お父様」
彼女は今、上品な紺色のロングドレスを着ている。
首元を隠すハイネック。
腕を晒すノースリーブ。
ウエストは緩やかに絞られて、上質な生地で足を覆っている。
胸元を大きく開くこともなければ、足を見せるスリットもない。
ただ、170センチ近い高身長であり、Fカップの胸部、形のいい
20代半ばを思わせるが、実年齢は17歳だ。
「板代社長、今日の企業対抗戦は拝見しましたよ」
積夜に近づいてくる人間は多い。
ただ、その視線の多くは、美雪に向いている。
均整の取れた体つきであり、上品なドレスでもわかるほどだが、何より、顔が綺麗すぎる。
あまりにも大人びた美貌であり、落ち着いた色合いのドレスであるにもかかわらず、まだ、この会場において主役といって良い存在感。
それだけ、あまりにも、顔が美しい。
「ナユタ、ギガント、ルル、業界の中でも猛者のライダーを三人まとめて倒すとは、想像を超えた強さでした」
「娘には、ボルトピアの技術力を注いでいる上に、娘も鍛錬は欠かしていません。その成果が出たということです」
「ボルトピアの技術の結晶と言うことですね。なんとも凄まじい」
ナユタ、ギガント、ルル。
美雪が倒した三人のライダーだが、どうやら、業界の中でも名の知れたライダーなのだろう。
3対1とは言え、無名のライダーが相手では、こうした場で話に出せない。
三人とも名の知れたライダーだからこそ、この会場にいる全員が、『ボルトピアの技術力』を実感している。
……いや。
全員、と断言すると、語弊があるか。
「……」
積夜と美雪から近いテーブルでグラスを持っているが、少し、固まっている男がいる。
40代前半といったところか、着ているスーツは上質だが、どこか、スーツに着られている男性。
「……七宝さんではありませんか」
「い、板代社長。は、初めまして……」
「確かに、会うのは初めてですね」
積夜はポケットから名刺入れを取り出して、1枚渡す。
七宝、と呼ばれた男性も、名刺入れから一枚出した。
そこには、『株式会社マモンリング 代表取締役社長
「七宝さん。そんな、硬くならなくとも……」
「す、すみません。このような格式の場に慣れておらず……」
「いえいえ、マモンリングは、あの【グリーディ】を作ったカード開発会社なのです。あまり、ご謙遜なさらず」
「は、はぁ……」
まだ、声が少し震えている男、七宝銀作。
彼が代表を務めるカード開発会社であるマモンリングは、【グリーディ】の開発者だ。
そう、強馬渇明が使う、【グリーディ】の開発者なのだ。
仮面ライダーソーラーを倒し、それが広まったことで、渇明を引き入れようと多くの組織が好条件を積み上げたり、アンティを出して渇明に挑んだりしている。
ただ、どんなライダーが相手だろうと、その全てに、デュエリストとして勝っている。
それほどのデッキを開発したとして、マモンリングは現状、株価がすさまじいことになっている。
「す、すみません。半年前は、こんなことになるとは思っておらず……」
歩佳は、入学して早々、渇明に仮面ライダーソーラーとして挑んだ。
それを渇明が返り討ちにしたことで【グリーディ】というデッキの価値が急激に上昇した。
もちろん、渇明の『
ライダーすらも倒せる怪物デュエリストが使っているデッキ。
それを開発したということが、あまりにも大きな権威をもたらしている。
この懇親会は相当な格式のようだが、マモンリングが入れるようになったのは、渇明が影響しているのだ。
「あ、そうだ。仮面ライダーを三人まとめて倒したあの戦いは私も見ました。すごく……凄かったです」
「ありがとうございます」
美雪が頭を下げた。
ただ、それだけで。
銀作の肩は、少し、緩くなった。
圧倒的に綺麗すぎる顔が、自分に向いている。
綺麗な瞳が、自分を見ている。
美雪レベルの美貌を間近で見たことがなかったのか……こう言っては雑だが、ちょっと精神に良くない薬になっているようだ。
「……強馬渇明ですか。耳の痛い名前ですね」
「おや?」
積夜は声をかけられた方を向いた。
歩いてきたのは、株式会社エクスポーズ・フェイスの代表、
理念として『ライダーではなく、デュエリストのためのカード』を開発し、時価総額15兆円という数字をたたき出す会社の代表。
そして、この『日本デュエル産業協会』の、代表でもある。
(エクスポーズ・フェイス。時価総額はうちより下だが、日本のデュエルを盛り上げているのは間違いない。この団体のトップの座は譲っておいていいだろう。私は忙しいし)
(ボルトピア。技術力は確かだが、仮面ライダーバテリーのためのカード開発にリソースを注ぎ込んでいるのは、エクフェの代表として気に入らんな。この団体の管理もめんどくさくなってきたし、このジジイに押し付けられないかな)
お互いに認めている部分と舐め腐っている部分がありそうだが、いずれにせよ、『忙しくて業界団体の管理はめんどくさい』というのは一致しているようだ。
残念なことに、大人はいつも時間制限がある。
なお、仮面ライダーバテリーのためにリソースを注ぎ込むのは気に入らないのが蹴奇の本心ではあるが……。
「美雪さんもお久しぶりです。変わらず美しい。3対1の戦いは拝見しましたよ」
美雪のことは、綺麗だと思っているようだ。
「ありがとうございます」
「……強馬渇明について話したいから来たんじゃないのか? いきなり話が娘のことになっているが」
「すみません。とても美しいので」
「……まぁ、いいだろう」
板代美雪が美しいことは紛れもない事実だ。
なんだか見苦しさのチキンレースが始まったような気がしたので、積夜は切り替えることにした。
「本題だが、強馬渇明か。エクフェの代表としては、喉から手が出るほど欲しい人材だろう」
「ええ、少し前、スカウトしたのですがフラれてしまいまして」
「エクスポーズ・フェイスが彼に出せる条件は相当な物だろう。その全てに乗らなかったのか?」
「あれほど心を動かせなかったのは初めてですよ」
いろんな条件を出して渇明を引き入れようとしたが、全て通用しなかったのは蹴奇にとっても記憶に新しい。
それゆえに……。
(なんで、あの強馬渇明が使うデッキが、我が社のカードではなく、こんな小さな会社のカードなんだ……)
マモンリングに対しては、非常に、思うところがあるようだ。
その内に秘めた羨ましさを積夜は感じ取ったようで……。
(そういえば、仮面ライダーネスト、あれをスターターデッキで倒した動画が出回っていたな。あれを考えると、強馬渇明の強さはグリーディに依存するものではないはずだ。ただ、ここでそれを言うのも見苦しいだけか。一円も使わず、自社のカードを使って圧倒的な戦績をたたき出すデュエリストがいるのは非常に羨ましいが)
ボルトピアは、仮面ライダーバテリーのためのカード開発で、相当な資金を投じている。
その影響でバテリーは圧倒的な実力者だ。
ただ、マモンリングは、こう言っては何だが、カード開発会社としては中堅であり、言い換えると、【グリーディ】を開発するために投じれる資金にも限界はある。
絶対に、【チャージリオン】よりも、開発費がかかっていない筈なのだ。
そんなデッキで、あそこまでの強さを発揮するのは、積夜としても理解しがたい。
同時に、マモンリングが何かを言ったからではなく、ただ、渇明がグリーディを愛用しているという状況は、積夜としては非常に羨ましい。
「ただ、デュエリストにしても、カード開発の技術者にしても、良い人材は揃えたいものです」
「それには同感ですね」
「……技術者と言うと、一つ、噂がありまして」
「噂?」
蹴奇は、何か知っていることがあるらしい。
「空閑ソーラーの『サンライズ・グラウンド』。ご存じですよね」
「ええ、知っていますよ」
「ああ、あのデュエルに出てきたフィールド魔法ですか。あれは……凄いですね」
歩佳と渇明の再戦で登場したフィールド魔法だ。
「あのカードの開発指揮を執った男が、どうやらフリーになるそうです」
「ほう?」
空閑ソーラーのカード開発部の部長を務めている里中良悟。
彼は現在、空閑ソーラーではカードをどれほど開発しても主役にはなれないということで、現場の人間が困らないようにマニュアルを作りつつ、退職してフリーになる準備をしている。
ただ、こういった情報がどういう経路で広まるのか。
もっとも考えられるのは、『フリーで活動するならどんな道具をそろえるのか』と言う部分において、『知る人ぞ知るメーカー』があり、そこに良悟が来ていたという情報が何らかのルートで蹴奇に伝わったといったところだろう。
……というのは、序の口か。
「確か、仮面ライダーバテリーはソーラーに……失礼」
蹴奇は一か月前に、バテリーがソーラーに負けたことを話しに出そうとして、積夜の表情が変わったのを見て止めた。
「ただ、美雪さんが表情一つ変えないのは驚きました」
「私は、サンライズ・グラウンドを見て、『一か月前のあの戦いに負けたのは、里中良悟の頭脳によるものだ』と判断していますから」
美雪は表情を変えず、そう口にした。
「それは……どういう意味で?」
「空閑ソーラーのことを悪く言いたいわけではありませんが、ソーラーパネルメーカーとして質は悪くないものの、技術力が特別高いとは思いません。その環境であのサンライズ・グラウンドを作れたのなら、それは、指揮した人の才能によるものと考えています」
「ほう……では、美雪さんは、ボルトピアが里中良悟を抱えたら、バテリーがソーラーに勝てると?」
「それを判断するのは私ではありません」
「……」
蹴奇としては。
逃げたという以上に、不気味な少女だと思った。
美雪は確かに美しい。その美貌はそう拝めるレベルではない。
ただ、近づきたいかと言われれば、そうは思わない。
「……積夜社長としては、どのように?」
「……一人の天才が、普通では考えられないことを実現するのは、この業界では珍しくはない。それだけは事実だ」
「同意しましょう」
「え、そ、そうなんですか?」
「七宝さんは頷いてください。こう言っては何ですが、強馬渇明もその『天才』ですよ」
「あっ……し、失礼」
とはいえ、『その時の仮面ライダーソーラーの強さが里中良悟によるもの』だとして、解決していない話題がある。
「もっとも、コンバークル・デイドリーム。あの新たなエースを超えられるかと言う話はありますね。彼が作るカードの傾向や、フリーになろうとしていることを加味すると……あの子ウサギが相当なカードだからこそ、会社を離れるという可能性もありますし」
デュエリストならどんなカードを選ぶのか、どんなデッキでどんなデュエルをするのかに、その思いが乗る。
ただ、カードを開発するという場合においても、思想が乗ることはある。
蹴奇もエクスポーズ・フェイスという会社で、多くのカード開発者を見てきた身であり、『カードの開発を通して、どうなりたいのか』を感じてきた男。
自分が作ったカードが主役になれない会社で、カードを作るやる気は出ない。
それが、里中良悟と言う男だ。
完全ではないが、その部分を蹴奇は見抜いている。
「とはいえ、空閑ソーラーの技術力において、と言う話ではある。個人的には、ボルトピアが里中良悟を手にしたらどうなるのか、興味はありますよ」
「ふむ……エクスポーズ・フェイスでは抱えないのかね?」
「サンライズ・グラウンドは『仮面ライダーソーラーが変身しているとき』という、使用者を仮面ライダーに限定した作品。そういう人を招くことはありませんよ」
「……なるほど」
積夜としては、『その程度で招かないものなのか?』とは思ったものの。
先ほど、『ボルトピアが里中良悟を手にしたらどうなるのか気になる』という言葉に、嘘がないことは感じ取った。
「……なかなか面白い男だ。彼をスカウトすることは考えておきましょう」
積夜は薄く微笑んだ。