『私立水面高校に通う
ネットニュースには、ヒーローの輝かしい功績がいくらでも見つかる。
遊陽のクラスメイトである空閑歩佳もその一人で、すでに、ネットを見れば確かな影響力を持っている。
「俺は、空閑さんと同じ、仮面ライダーになったんだな……」
夜に、怪人カードを使っていた西雲に襲われた次の日の朝。
土曜日、授業がなく、高校生にとっては時間がある朝。
遊陽は、ネットニュースを見ながら、リビングの机の上に置いたカードを見る。
『仮面ライダーヘリオス』
仮面ライダーになるためのカードであり、遊陽専用のカードだ。
「仮面ライダー。か……」
デュエル。ではない。
変身。と宣言して使うカード。
デュエルモンスターズのカードの中には、『変身していること』を条件とする強力な効果を持っていることもある。
昨日デュエルした西雲のモンスター、『蜘蛛の女王リージェンシュピンネ』が、コントローラーが変身しているというだけで、墓地から蘇ったように。
「そういえば、怪人カード、それにプレミアムスコア……はぁ、俺って一体、今、何なんだろうな」
昨日の夜に遭遇したすべてが、これまでの遊陽の常識とすべて違う。
特別な場所に踏み込んだ実感はある、それによって、なんだか酔っているような感覚もある。
頭の中が、整理できない。
「……ん?」
インターホンが鳴った。
「誰だろう。俺に用事?」
遊陽は椅子から立ち上がって、玄関に向かう。
……珍しいことだ。
リビングの椅子から立ち上がるなんて、珍しいことだ。
何かの営業かと思って居留守を決め込むような、そんな普通の高校生のはずだ。
そんな遊陽は、インターホンのボタンを押した。
「はい」
『おはようございます。レコックス・コーポレーションから参りました。帯包遊陽様。プレミアムサービスのご案内をさせていただけませんか?』
「レコックス・コーポレーション……」
デュエルディスクを作っている、唯一の会社だ。
そんなところから、プレミアムスコアに関係すると思われる職員が来た。
画面越しに、二十代後半と思われる男性が、柔和な笑みを浮かべている。
遊陽の肩を軽くするような、優しい笑みだ。
「……」
遊陽はドアの鍵を開ける。
ドアを開けると、男が柔和な笑みを浮かべている。
「初めまして。帯包遊陽様。レコックス・コーポレーションの佐々木と申します」
名刺を受け取った。
『レコックス・コーポレーション
プレミアム・メンバーズ・オフィス
プレミアム・サービス部
専任コンシェルジュ
佐々木広志《ささきひろし》』
二度見した。
「……あの」
「なんでしょう?」
「役職にプレミアムが二回入ってるの、気になりません?」
「社長の趣味です」
「社長の趣味?」
「はい」
「……わかりました」
レコックス・コーポレーションの社長。
この世界で唯一、デュエルディスクを作っている会社の、社長。
その人の趣味。
……遊陽は思った。
この話は続けても面白くないと。
「えっと、コンシェルジュの佐々木さん。ということで良いですか?」
「もちろんです」
★
安アパートのリビング。
テーブルをはさんで、お互いに椅子に座った。
「まず、遊陽様。プレミアムスコアの獲得、おめでとうございます」
「ありがとうございます……」
遊陽の声は少し細い。
「疑問はあるかと思います。私の方でも、遊陽様が抱くことになるであろう疑問は整理しています」
「えっ……」
「おそらく、遊陽様が必要としている情報に関して、順番に説明させていただきます」
「……お願いします」
確認に対する首肯ではない。
手続きに対する相槌だ。
遊陽が、『自分の中で、何を、どの程度疑問に思っているのか』すら整理できていないことを、佐々木は理解している。
「まず、プレミアムスコアカードを拾い、ディスクに入ったスコアは、完全に正規のものです」
「そう、ですか……」
「はい。プレミアムサービスをお受けになるにあたって、遊陽様が不安を感じる必要はございません。正真正銘、正規のスコアとなっています」
そもそも、スコアが振り込まれたカードを入力する場合、拾っただけではディスクに入力されない。
拾っただけで入力されたなら、不正受領の可能性が常に頭をよぎる。
その不正の可能性を初手で潰すのは、ここからの話の大前提でもある。
「あの、怪人カードって、なんですか? 怪人って、『そういう生物』であって、人間がカードを使ってなるものだなんて、聞いたことが……」
「表社会では秘匿される存在です。『オールベットのデュエルを強制できる』という機能と、使用者を怪人にする力があります」
「……あの、西雲って人。俺に負けそうになったタイミングで、怪人カードが勝手に動いてたんですけど……」
「一部の怪人カードに備わっている仕様です。使用者が負けそうになると、ディスクが腕から離れなくなり、怪人になります。調査では、『使用し続けると、精神に異常が発生する』とのことです」
「……そうですか」
怪人は、そういう生物であり、社会を脅かす怪物。
それが、今まで遊陽が聞いてきた常識であり、表社会の常識でもある。
実際は、人がカードを使って、怪人になっていた。
しかも、使い続ければ、精神に異常が現れる。
「……そんなものが、社会の裏にあるんですね」
「はい」
「そう、ですか……あの、プレミアムセンサーって、何ですか?」
「主に高級店の出入り口に備わっているシステムのことです。プレミアムスコアを保有する方が扉を通るだけで通知が来るようになっており、プレミアムサービスの確かな導線を確保するのに役立っています」
「……」
「ただ、裏社会には、正規の利用方法ではない、手持ち式が広まっています」
「そうですか……」
遊陽に話せることも、話せないこともあるはずだ。
ただ、可能な限り答えようとしているのは、感じ取れる。
「……俺って、これからも、怪人に狙われるんですか?」
「可能性は高いです。もちろん、最悪の状況にならないよう努めます。プレミアムサービスには、優秀なボディガードの手配も含まれています。遊陽様が望むなら、こちらで手配します」
「……」
遊陽の頭に、『ボディガードの手配』という言葉がよぎった。
ただ。
何だろう。
何故か、分からないが。
それは違う。という言葉が、彼の頭を埋めた。
「……はぁ」
「重苦しい話ばかりになってしまいましたが、プレミアムサービスには楽しい話もたくさんございます」
「えっ」
佐々木は、柔和な笑みを浮かべたままだ。
「コンシェルジュとして、様々なサービスの手配させていただきます」
「……レコックス・コーポレーションって、提携してる企業が凄く多いけど……」
「それらの企業が提供している高級サービスもご用意させていただきます」
「……どんな企業がありましたっけ?」
「ホテル、飲食店、レジャー施設など、多岐にわたります」
おおよそ、高校生が思いつくサービスなら網羅しているといっていい。
「遊陽様がお望みなら、高級レストランの個室も手配させていただきますし、各種デュエル施設も……」
「デュエル施設って……」
何か、思いつくものがあったようだ。
「えっ、あの、『レコックス・モータース』の、『ヘリオストライカー』って……」
「弊社のDホイールですね。値段は確か170万でしたか。フルオプションでご提供できます」
「マジかよ……Dホイールは免許だけ持ってるけど、Dホイールを手に入れるのはずいぶん先になると思ってたのに、しかもフルオプションって……」
「これがプレミアムサービスです」
それから、と言って、佐々木は一つのボックスを取り出した。
パックが30パックほど入っていそうなボックスである。
「『EXCITING TECHNOLOGY PREMIUM SELECTION BOX』……『EXCITING TECHNOLOGY』って、ハイドロキッズが封入されてるパックですけど、プレミアムセレクションボックスなんて初めて聞きましたけど」
「専用ロットで用意していただいてます。プレミアムスコアを獲得された方には、使用デッキの内容に近しいプレミアムボックスを配布しているのです」
「……こ、これ、貰っていいんですか?」
「もちろんです」
「……一応聞くんですけど、これ、もしも売ったら……」
「相当な金額になると思います。それは、遊陽様の自由です」
「……わかりました」
その後も、サービスについての説明が少し続いた。
予約サービスのこと。
佐々木さんへの連絡方法。
施設を利用する際の注意事項。
その他、いろいろ。
一通り説明を終えると、佐々木は立ち上がる。
「それでは、今日はこれで失礼いたします」
「あ、はい……」
「今後ともよろしくお願いいたします。遊陽様」
「……なるべく早く、Dホイール。お願いします」
「フフッ、承知しました」
佐々木が玄関に向かう。
「それでは」
扉から出ていった。
「……とりあえず」
遊陽は、リビングに視線を向けた。
「パック、開けるか」
デュエリストたるもの。
とりあえずパックは開けるべきである。
……で。
ハイドロキッズが封入されていたパックの、プレミアムバージョンではある。
言い換えると、ハイドロキッズ専用のパックではない。
確かに強いカードは多い、しかし……。
「うーん、なんか、使わねえかな……」
パックを開封して、カードを見て、遊陽は微妙な顔になっていた。
デュエルモンスターズにおける強いカードというのは、凄く大雑把に言うと、『それ一枚で強く使えるグッドスタッフ型』と、『既存カテゴリデッキに組み込んで出力を上げるタイプ』の二種類に分かれる。
ここで強いカードを手に入れたからと言って、それに合わせてデッキを丸ごと変えることも難しい。
自分がこれまで使い込んできたデッキを丸ごと変えるのは、非常に困難だ。
端的に言えば、帯包遊陽というデュエリストは、『ハイドロキッズ』しか手癖にあわない。
「これが最後のパックか……おっ、ハイドロキッズだ」
イラストには、水鉄砲を持った子供と、消火器を持った子供が、放水機を二門取り付けたマシンに乗って遊んでいる。
『ハイドロキッズマシン・ダブルポンプ』
エクシーズモンスターだ。
「……んー、強力な効果を使うなら、『ハイドロキッズ・スプラ』と、『ハイドロキッズ・レスキュー』をエクシーズ素材に……え、俺、レスキューって持ってたか?」
カードを入れている箱を取り出して、中身を確認する。
……20分後。
「あれ、持ってねえな」
パソコンでハイドロキッズ・レスキューについて調べる。
「ノーマルカードか。これなら、1枚30円のストレージコーナーにありそうだな」
遊陽の脳裏に、佐々木さんの顔が浮かんだ。
「……1枚30円のノーマルカードのために頼むのも変な話か」
頼めばやってくれるだろう。
専任コンシェルジュに、デッキ構築のためのカードを調達してもらうという話なのだ。
全然封入されていない、店においてあるかどうかもわからないレアカードが欲しいというわけでもない。
……いや、そういうレアカードを調達してほしいという時に頼むような人だ。多分。知らんけど。
「……カードショップ、行くか」
★
「頭おかしなるでホンマ!」
遊陽は後悔していた。
心の中でダムが決壊していた。
目の前には、大きい段ボール箱がある。
その中に、『下級(レベル4以下)』で『水属性』のモンスターカードが大量に入っている。
これが、3箱目だ。
「カード多すぎんだろマジで。えぇ、このあたりで一番大きなカードショップだけど、ストレージコーナーどうなってんだよ。もはや整理すんの諦めた倉庫じゃん」
カードを束を掴んで、一枚ずつ見る。
消火器を持った子供が全然見つからない。
「おっ! スプラが4枚目! ……いるかぁ!」
同名カードが3枚までのカードゲームで、4枚目が見つかった。
しかもすでに持っている。何ならデッキに3枚すでに入っている。
段ボールの中だけで4枚見つけた。
「はぁ……」
「……遊陽、そこで何してんだ?」
「あ……
ストレージコーナーでライフがゼロになった遊陽に話しかけたのは、緑色のメッシュが入った黒髪の少年だ。
名前は
遊陽の先輩である。
「あの、『ハイドロキッズ・レスキュー』ってカードを探してて……」
「へぇ……で、なんか死にそうになってるわけか」
「そういうことです」
「はぁ、見かけたからデュエルしようって思ってたが、探したいカードが見つからないままだと楽しくないしな。一緒に探すか」
「え、いいんですか?」
「構わんよ。可愛い後輩のためだ」
5分後。
「……」
「……」
「……なぁ、遊陽」
「なんですか?」
「スプラ、2枚あった」
「……そうですか」
召喚に成功したらデッキからハイドロキッズをサーチできる、俗にいう『初動カード』のはずなのだが、なんでこんなに見つかるのだろうか。
人気ないんか? ハイドロキッズ。
「……それにしても、渇明さん。大量のカードを捌くの慣れてるような……こういうところによく来るんですか?」
「……意外か?」
「渇明さんって、水面高校で最強のデュエリストですよね。二年生なのに、三年生よりめっちゃ強いし」
私立水面高校。
遊陽が通う学校であり、遊陽は1年生で、渇明は2年生。
ただ、渇明は、『水面高校で最強のデュエリスト』と称されている。
「それに、仮面ライダーって、カードに書かれてる変身中の効果が使えるから、普通のデュエリストよりも強いですけど……渇明さんって、ライダー相手に、デュエリストとしてのカード捌きだけで勝ったって聞いてますし、もっと高額なカードを扱ってるところに行ってると思ってました」
「んー……まぁ、いざって時にそういう手の動きができないと、困ることもあるからな」
「……それが今って言いたいんですか?」
「当たり前だろ。一緒に探すといった手前、そりゃ探すさ。ただ……」
「ただ?」
「こんなにカードが多いとは思ってなかった」
「ですよね!」
わいわい言い合う遊陽と渇明。
ただ、間違いないことは。
遊陽は、昨日、裏路地を通るまでは、クラスメイトの空閑歩佳、『仮面ライダーソーラー』を、『特別な人』として、自分からは遠い人だと思っていた程度の人間だ。
対して
明らかに、評判に差がある二人だが、1枚30円のストレージコーナーで、『マジで倉庫みたいでヤバいよなここ!』と言い合っているのは、どういうことなのか……。
「まぁ、面白いカードもたまにあるぞ」
「えっ、1枚1枚読んでるんですか?」
「さすがにそれは無理」
「渇明さんが言うとマジなのかって一瞬思いますよ」
「俺をバケモノだと思ってないか?」
「まぁ、俺、渇明さんには一回も勝ったことないですからね。ライフが1ポイントも削れないなんてしょっちゅうですし」
「それは……そうだな」
「あんなに強いのに、渇明さんってライダーじゃないんですよね」
「デュエリストとしての強さとライダーになれるかどうかは関係ないぞ」
「それは……そうですけど」
渇明は『ふあぁ……』とあくびした。
「……渇明さん。ぶっちゃけどう思ってます?」
「ここから適当に40枚手に取って、即興デュエルする方が面白いんじゃね? って思い始めてきた」
「アドリブが上手い渇明さんとそんなことやったら俺が木端微塵になりますよ」
「まぁ、使い慣れてないデッキを持たせたときの遊陽はマジでひどいからな」
「うるさいですよ」
話しながらも手を動かす二人。
「……それにしても、俺がライダーじゃないとか、ライダーにデュエルで勝ったことがあるとか、普段言わないよな。何かあったか?」
渇明から言われて、遊陽の手が止まった。
数秒、何か考えたようだが、デュエルディスクから、一枚のカードを取り出す。
それは紛れもなく、『仮面ライダーヘリオス』のカード。
渇明はそれを見て……。
「ライダーカード。手に入れたのか」
「はい」
「……で、何か言いたいことがあるのか?」
「それは、その……なんで、渇明さんが持ってないのに、俺が手に入ったんだろうって」
「……強さと、ライダーになれるかは関係ないだろ」
「それは、そうですけど……」
「デュエルモンスターズのプロリーグの上位連中は、デュエルディスクが自ら生成した自分だけのエースで強い奴も多い。ライダーカードも、デュエルディスクが生成したカードという意味では変わらんさ」
「えっ……」
「俺のエースもそうだ。あれはどこかのデザイナーが作ったもんじゃない。俺のデュエルディスクが生成したカードだ」
「そうだったんですね……」
どこか、肩の荷が下りた様子の遊陽。
「なんで俺に見せたんだ?」
渇明は遊陽に問う。
何故、渇明よりも自分の方が、という遊陽の思いは、彼個人の価値基準の話でしかない。
ライダーカードを、渇明に見せる意味にはならない。
「……俺はいつも、渇明さんに全力で挑んでますから。隠し事をして挑んでも、楽しくないので」
「……そうかよ」
渇明はフフッと微笑んだ。
後輩から『全力で挑みたいから』という理由で、本来なら秘密にしていいことを明かしてくれるのは、嬉しいに違いない。
★
……で。
午後、五時。
「あったぞぉ」
「みつかったのかぁ」
死屍累々である。
倉庫のようなストレージコーナーを高校生二人で漁りまくって、やっと見つけた1枚のカード。
ハイドロキッズ・レスキュー。
イラストには、消火器を持った子供が描かれている。
「はぁ、もうこんな時間か」
「すみません。渇明さん」
「構わねえよ。面白そうなカードはいろいろあったからな。ただ、今日はもう帰る」
「……あ、そういえば、一枚、渇明さんがデッキに入りそうなカードを持ってるんです。手伝ってくれたお礼ということで」
遊陽はポケットから1枚のカードを取り出して、渇明に見せる。
「……随分、見かけないレアカードじゃねえか。まぁ、貰っとくよ」
渇明は受け取って、デュエルディスクに装填されている自分のデッキに突っ込んだ。
「さて、帰るか。遊陽も早く帰れよ」
「はい……近くのうどん屋で晩飯済ませて、さっさと帰ります」
「おう、そんじゃ」
渇明はちょっとフラフラしながら会計を済ませて、カードショップを出ていった。
「はぁ、こんなに時間がかかるとは思ってなかったな……まぁ、レスキュー以外の、持ってなかったハイドロキッズも何枚か見つかったし、良いってことにするか」
会計を済ませて、遊陽も店を出ていった。