土曜に仮面ライダーバテリーが三社のライダーをまとめて倒して、世間はにぎわっている。
その次の月曜日。
昼休みの屋上で、遊陽は渇明と話していた。
「……遊陽。お前、新しいカードを手に入れたか?」
「はい。『スーパー・ヘリオ・スライサー』ってカードです」
「……『アサユキ製造』の社長に会ったのか?」
「えっ、ヘリオ・スライサーの開発元って公表されてないのに、何で知ってるんですか?」
ヘリオ・スライサーの開発元は公表されていない。
そのため、どれほど『ヘリオ・スライサー』の進化カードを求めていたとしても、これまではどういう状況なのかさっぱりわからなかった。
プレミアム特典を使えば開発元を調べてもらえるだろうし、実際に社長に会えるかもしれない。というのは遊陽も考えた。
ただ、ヘリオ・スライサーを強化する根本的な動機がなかったことに加えて、『好きなカードの先』というのは、開発者の意欲が高まったときに作った物であってほしいとも思っていたので、いずれにせよ、いつか発売されるのを待つつもりでいた。
それが思わぬ偶然で手に入れることができたわけだが、何故、渇明が知っているのだろうか。
「まぁ、調べ物が得意な知り合いがいるってだけだ。ところで、出せるのか?」
「良い感じのランクアップ用のカードが、家に置いてあったストレージを探したらありました」
「ならいい。ただ……今日は思ってることがいろいろありそうだな」
「……」
遊陽は頬が引きつった。
この先輩相手に、彼はなかなか、隠し事ができない。
「……土曜日の企業対抗戦。ハイスコア・シートに入ったんですよ」
「バテリーが三人をボコった奴か?」
「あ、知ってるんですね」
「まぁ、見ておいた方が良いと言われてな。テレビで確認した」
「……あの、どう思いましたか?」
「汚名返上ってめんどくせえな。と思っただけだ」
「汚名返上……歩佳さんに負けたところですか?」
「社交界はともかく、SNSでも時々言われてるからな」
佐々木が言っていたことだが。
一か月前、企業対抗戦において、バテリーはソーラーに負けている。
それを上書きするために、美雪はバテリーとして、3人を相手に圧倒した。
ただ、渇明からすると、『そんな面倒なことをしないといけないのか』と思った程度だ。
「とはいえ、ボルトピアは、デュエルディスクに使う蓄電池を開発するメーカーとして、レコックスと長年取引してるからな。技術力も品質も十分だろう。レコックス側の担当者も、蓄電池の品質に対してはずっと高評価してるはずだ」
「……事業には何も問題がないのに、企業対抗戦で負けたら汚名になるってことですか?」
「そういうことだ。蓄電池の質がどうのなんていうのは、一般人にはわからん。ただ、『本業で積み上げた技術力を、カード開発に応用できる』というのは誰もが知ってることで、企業対抗戦は、企業の法人スコアを掛け合う場所だ。そっちの勝敗の方が、一般にとってわかりやすいだけだろ」
「……」
遊陽としても、別にバテリーがソーラーに負けたからと言って、今後、ボルトピアが作った蓄電池が入ったディスクの使用を控えようとは思わなかった。
その程度のことだ。
とはいえ、その程度のことであっても、気にしなければならないのが、企業と言うものだ。
「で、遊陽はどう思ったんだ?」
「え?」
「シートで見てたんだろ?」
「そうですね……」
遊陽は思い出して……。
「
「まぁそうだな。あのレベルの美貌はなかなかない」
「渇明さんもそう思いますよね」
「ああ。で?」
「あの……バテリーのデュエルって、なんか、格ゲーっぽいですよね」
「……」
渇明は遊陽から言われて、バテリーのデュエルを思い出した。
「……確かに、ほとんど本人の格闘術で何とかしてたな」
「ですよね」
「本人に言うなよ?」
「言う機会ないでしょ」
「プレミアムスコアを持ってるなら、特典でボルトピアの社長くらい会えるだろ。娘も絶対ついてくるって」
「……」
「なんかすごく嫌そうだな」
「良くない展開を想像しただけです」
「だろうな。で、あと二つか、なんだ?」
「なんで二つって分かったんだか……」
遊陽はため息をついた。
「……あんな、楽しそうでも嬉しそうでもなく、デュエルする人っているんだなって思って」
遊陽は企業対抗戦を思い出した。
「その、歩佳さんを見た後だからなのか、なんとなくわかるんですけど、私物のデッキがあるとか、何か思い入れのあるエースが別にいるとか、そういう感じでもないと思うんです」
「持ってるのはあのデッキだけってことか」
「はい正真正銘、あの【チャージリオン】が美雪さんのデッキで、それを淡々と使ってる気がするんです」
「……確かに、見る限り、性能をよく理解しているし、鍛錬も十分だな」
渇明は頷いた。
「相当使い込んでいるはずなのに、シューズやグローブ、あのスフィンクスに愛着すら湧いていないのは、俺もよくわからん」
「そうですよねぇ……」
遊陽は自分のデッキを見る。
「……使ってれば、愛着って、出てくると思うんですよ。使ってるテーマの新カードはいろいろ出てくるし、デッキのカードは入れ替わるかもしれないけど、でも、『自分の今のデッキはこれなんだ』って、思えるじゃないですか」
「お前の中で『テセウスの船』は結論がはっきりしてるな」
「え?」
「何でもない。で、もう一つは?」
「……」
遊陽は、自分のデッキを、少し広げた。
「ハイドロキッズたちが、グロウポーションを飲んだり、ダンベルを持ち上げたり、頭が良くなる雨雲があったら、どうなるのかなって」
渇明は、スパイスが香る唐揚げを口に入れて、もぐもぐ噛んで、飲み込んだ。
「ポーションとダンベルはともかく」
「はい」
「お前、クラウドサーバーのことを、『頭が良くなる雨雲』って……」
「だって、あの子供たちが電子機器を使いこなせるとは……」
「……それは俺も想像できんな」
エーアイズ・ギガクラウド。
企業対抗戦に出てきた『雲』といって良い形のモンスターだが、情報技術におけるクラウドとはかなり比喩的な表現だ。
本当の雲ではないし、なんなら雨が降るわけでもない。
「ダブルポンプは乗り回してたんで、ああいうのは大丈夫だと思うんですよ。でも、ハイテクとか無理そうだなって」
「確かにパソコンを与えても適当にキーボードを連打するところしか思い浮かばんな」
「まぁ、考えるだけなら好きにすればいいだろ」
「はい」
遊陽はデッキをケースに仕舞った。
「……そういえば」
「ん?」
「歩佳さんって、どうやってバテリーに勝ったんですかね?」
「……聞いてる割りに、あまり気にしてなさそうだな」
渇明は遊陽の表情を見つつ、そういった。
実際、遊陽の顔はそこまで真剣なものではない。
だからこそ。
渇明は言ったのだ。『あと聞きたいことは二つだな』と。
美雪のデュエルが格ゲーっぽい。デッキに愛着がなさそう。ハイドロキッズたちが遊びだしたらどうなるのか。
この三つが渇明と話したいことであって、他のことは比較的どうでも良さそう。
それそのものは、間違いではなさそうだ。
もっとも、渇明にとっては、話題の程度などどうでもいいことだ。
「それ相応には気になってますよ。ライダーを三人まとめて倒せるくらい強いのに、どうやって、ソーラーに勝てたのかなって。だって時期的に、サンライズ・グラウンドもないし、コンバークル・デイドリームは持ってないし、そもそもコンバークルすら出してなかっただろうし……」
渇明とのデュエルは先週だ。
その時に、サンライズ・グラウンドが完成し、歩佳のエースがコンバークルであることが発覚し、コンバークルがデイドリームに進化した。
それ以前は、エースがいることすら隠していたのだ。
一体、どうやって、バテリーに勝ったのか。
「そうだな……空閑ソーラーが里中良悟の力でブーストした【サンライズ】と、ボルトピアの【チャージリオン】の差は、そこまで大きくはないはずだ」
「里中良悟?」
「空閑ソーラーのカード開発部の部長だ」
「ということは、サンライズ・グラウンドの開発指揮を執った人でもありますね」
「そうだ。相当な頭脳の持ち主だろう」
「相当な頭脳?」
遊陽は少し驚いた。
渇明が誰かを指して『相当な頭脳の持ち主』と呼ぶのは非常に珍しい。
「空閑ソーラーとボルトピアじゃ、持ってる技術力のレベルが違いすぎるからな。そのスペック差を『工夫』だけで埋めたっていうのは、正直、俺も信じられん」
「渇明さんでも信じられないって……」
「その上で、密度の差だと俺は思う」
「密度?」
遊陽は首を傾げた。
「間違いないのは、四月に空閑が俺に挑んで負けた後、カード開発にリソースを注ぎ込んでた。会社が作ったカードで俺に勝てば、空閑ソーラーの技術力を証明できるからな」
「……」
「会社が技術力で『時代の主役』になりたいなら、そういう手法があるというだけの話だ。その目標で、四月から八月までの五か月間。ずっとカードを開発してた。バテリーが戦ったのはその開発の道中ってことになる」
それを聞いて、遊陽は少し考える。
「半年くらい渇明さんにボコられてますけど、どうやったら勝てそうかって、未だに俺もわからないんですけどね」
「だろうな」
「いくらなんでも失礼……」
「そりゃ、俺に勝つんじゃなくて、ハイドロキッズが楽しいかどうか、ヘリオ・スライサーをカッコよくできるかどうか、それを、『ライダーになって実体化できる前』から考えてたんだ。勝つのがお前の最優先じゃないからな」
「それはそうですけど……」
遊陽はため息をついた。
「話を戻すが、空閑ソーラーは、ソーラーがバテリーっていう、『世界的企業のライダー』に勝ったうえで、開発を止めなかった。だから『サンライズ・グラウンド』とかいうインチキスペックのカードが出来て、俺に再戦を挑んできた」
「渇明さんに勝つために、ってことですよね。それだけ、空閑ソーラーには執着があった」
「そうだ」
デュエルでライダーに勝てる、『バケモノのようなデュエリスト』に勝つために。
そのために、空閑ソーラーは、里中良悟を抱えてカードを開発していた。
そもそも。
自社のライダーが仮面ライダーバテリーに勝ったなら、周囲にどれほど自慢しても反論できない実績になる。
しかし、空閑ソーラーの社長である空閑義春は、『仮面ライダーバテリーに勝ったこと』を、大きく自慢することもなければ、それが開発の手を止める理由にもならなかった。
あくまでも、『渇明に再戦して勝つこと』が目的だった。
「会社の皆が作ったカードの力で勝つ。その部分においては、空閑ソーラーもボルトピアも、お互いに十分な動機を持っていた」
「それなら……」
「差を分けたのは、『本気でやったらどこまで引き出せるのか』だ。それは、内部データの密度ともいえる」
渇明は、遊陽をまっすぐに見た。
「カードが実体化するとは、そういうことだ」
「カードが、実体化……」
それを聞いて、遊陽は少し、微笑んだ。
きっと、ハイドロキッズたちの騒がしさを思い出したのだろう。
「ということは」
遊陽は、頭の中でまとめたことを話し始める。
「その里中良悟さんが作るカードって、すごく、中身が詰まってるってことなんですか?」
「ちょっと抽象的過ぎるな。中身があるからと言って、『有効な情報』が少ないならただ処理が重いだけだ」
「ですよねぇ」
「その上で、サンライズ・グラウンドが、空閑ソーラーでの里中良悟の最高傑作だとするなら、一つ、確信を持って言えることがある」
「確信を持って言えること?」
「おそらく里中は、デュエルディスクがカードを実体化させるときの、根本的な言語化が出来ているんだ」
遊陽は驚愕した。
「あの……実体化って、ライダーと怪人しかできないことですよね」
「そうだな」
「もしかして、その人自身が、実はライダーだったり……怪人を売ってる組織の関係者だったりするんですか?」
「どっちも違うだろう」
渇明はあっさり否定する。
「単に、カード開発が天才だから、嗅ぎ取ったってところだな。言語化までできてるのは、『実現』こそが成果になる技術者らしい思考回路ではある」
唐揚げを飲み込んで……。
「で、その言語化ができてる里中良悟が作るカードだからこそ、『引き出せる底力』も凄いってことだ。ソーラーとバテリーでは、その差が出たってことだろうな」
「……その言語化って、何なんですか?」
「うーん……」
渇明は少し考えた。
「……まぁ、遊陽が知る必要はないと思うが」
「え?」
「少なくとも、お前がライダーとして怪人と戦う上で、その概念がネックになることはない」
「……え、あの……俺が、無意識にできてるってことですか?」
「当たらずとも遠からずだな」
弁当を食べ終わった渇明は、袋にパックを突っ込んだ。
「あ、そうそう」
「?」
「ハイドロキッズにポーションを飲ませるとか、ダンベルを持ってもらうとか、クラウドとか……プレミアム特典を使えば、全部の社長に一度に会えるはずだ」
「え……」
「試しに遊んでみたらいいだろう」
「遊んでみたらって……」
「ライダーはダウンを取ったら次のドローフェイズに入れるだろ?」
「そうですね」
「あれなんだが、お互いにアンティをかけてない状態で、ライダーしか参加していないデュエルなら、双方合意でドローフェイズに入れる。別に殴る必要もない」
「そうなんですか!?」
「プレミアム特典ならコンシェルジュが付いてるだろうし、詳しくはそっちに聞けばいい」
渇明はベンチから立ち上がった。
「そもそも、予定が取れるかどうかもわからんからな」
「それは……そうですね」
「……というか」
「え?」
「いや、なんでもない」
渇明としては。
企業対抗戦で、バテリーが三人のライダーをまとめて倒したのは事実として。
負けた側の三人に遊陽が興味を持っているというのが、なんとも妙だとは思う。
板代美雪。
艶のある長い黒髪と、均整の取れた体つき、そして大人びた日本屈指といって良い美貌を持ち、しかもボルトピアの社長令嬢で仮面ライダーという、挙げればキリがないほど『凄そう』な人物だ。
プレミアム特典を使えば、先ほど渇明が述べた通り、会おうと思えば会えるだろう。
そういうものを全て吹っ飛ばして、負けた側の三人に会いに行く。
遊陽らしいと言えば、遊陽らしい。
「それじゃ、また」
★
「……プレミアム特典。か」
遊陽は屋上で一人、スマホを取り出した。
一つの番号を呼び出すと、1コールでつながった。
『もしもし、佐々木です』
「あ、佐々木さん。遊陽です」
『遊陽様。いかがなさいましたか?』
「ちょっと、お願いがあって」
『はい』
遊陽は自分で言いつつも、『ちょっと』ではないような気はしたが、そのまま続ける。
「企業対抗戦で、エーサーバー・クリエイションと、三隅開発と、アトリエ・ルルリキッドっていましたよね」
『ええ』
「その三つの会社の人に、会えますか?」
『可能です』
佐々木は即答した。
「……え、可能なんですか?」
『三社くらいなら余裕ですよ。この前、同僚が80社の調整やってて、私は腰を抜かしながら笑ってやりましたから』
「……あの」
『なんでしょう』
「もしかして、専属コンシェルジュは一人でも、その裏に大人数の専属チームがいることが普通で、佐々木さんの部下って少ないんですか」
『非常に少ないですよ。その少ない部下も、その80社の調整のヘルプに行かされましたから』
「え、佐々木さんは?」
『専属コンシェルジュということで逃げました』
「逃げましたって……」
遠慮なくなってきたな。と思う遊陽であった。
『フフッ……推測になりますが、ハイドロキッズを遊ばせてやりたい。ということでしょうか』
「……すごく雑に言うとそうですね」
佐々木の勘が良いのか、遊陽がわかりやすいのか。
佐々木から言い当てられて、遊陽は苦笑した。
『畏まりました。では、遊陽様は、ヘリオスであることも明かす予定で?』
「はい。『俺のハイドロキッズ』を実体化できるのは、俺だけですから」
『そのように調整しておきます。ただ、少し、お時間をいただきますね』
「はい、お願いします」
通話終了。
「……プレミアム特典。か」
すごく雑であることは自覚しつつ。
遊陽は、『いろいろあるんだなぁ』と思った次第である。