「……普通だな」
裏路地から、日曜日らしい人通りがある表の道に戻ってきた遊陽。
周囲を見て、ただ、普通という言葉が口から出た。
裏路地に入って、怪人が怪人を襲っていて、片方と戦って、倒した。
ただ、午前10時にスマホを買いに行って、スマホを手に入れてすぐに裏路地に入って、戦った。
裏路地から出てきても、まだ、昼頃だ。
日曜日の昼間。
多くの人が、街を歩いている。
「……」
ふと、スマホを見る。
……速報があった。
裏路地で、倒れている男性が二名。
二人とも気絶していて、スコアが全て抜かれていた。
そのフレーズを見て……遊陽は少しだけ、息を呑んだ。
「……勝たなきゃ、俺が奪われてたんだ。悪いことなんてしてない」
スマホをホーム画面に戻した。
「……それにしても」
遊陽は見上げた。
様々な店が並ぶ街を見上げた。
「……見下ろしたい。か」
遊陽はスマホで、一つの連絡先を選んだ。
『はい。佐々木です』
「遊陽です」
『遊陽様。スマホは問題ありませんか?』
「ああ。はい。あの……ちょっと聞きたいんですけど」
『なんでしょう』
「……すごく高いところから街を見渡せる場所って、ありますかね」
『凄く高い。とは、どのくらいですか?』
「……タワマンの最上階くらい」
二秒。佐々木の言葉が止まった。
『近くに、レコックス・エステートが所有する50階建てタワーマンション『グラン・リボーン』があります。最上階のプレミアムラウンジは今からでも入れます』
「……そういうのって、大体、予約がいっぱいなんじゃ」
『いえ、プレミアムスコアを持っている方のみが使用可能なラウンジです。常に空いているようなものですよ』
「それは……おかしいのは俺の感性じゃなくて会社側の経営ってことでいいのか?」
『その通りです』
「即答しやがった……」
常に空きがあるラウンジ。
一体どのように採算を取っているのだろうか。
プレミアムラウンジと言っている以上、置かれているものは高級な物ばかりだろう。
それなのに、常に空きがあるとは……。
「はぁ、連絡、お願いします。グラン・リボーンなら、今いる場所から20分くらいかな。昼飯もそこで済ませるので……おすすめのパスタがあったら食べます」
『かしこまりました。連絡しておきますね。失礼いたします』
通話終了。
「……プレミアムスコアを持っている人のために、ワザと余裕を持たせてるってことか。いったいどうなってるのやら」
怪人社会もそうだが。
プレミアムサービスもまた、遊陽の想像を超えた実態のようである。
★
グラン・リボーン。
町の中でもひときわ目立つ50階建ての建物であり、超高層マンションだ。
当然、レコックス系列であり、しかも高級物件。
低階層に住む場合もなかなかの稼ぎが必要なマンションとなっている。
出入り口にはプレミアムセンサーがついているが……遊陽がエントランスに入っても、スタッフ側のざわつきは少なかった。
というか……。
「なんで佐々木さんがここに……」
「この近くの店のプレミアムサービスを確認していました」
グラン・リボーンには、三種類のエレベーターがある。
低階層専用、上階層専用、そして『プレミアム専用』だ。
プレミアム専用エレベーターに乗って、上に向かっている。
「……このエレベーターって、年に何回、人を乗せてるんですかね」
「今年は今回が初めてです」
「……プレミアムラウンジってことは、スタッフさんの教育とかもすごいんですよね」
「もちろんです」
「でも、客は来ないんですよね」
「そうですね。スタッフは基本的にパソコンで出来る別業務をしていますよ」
「稼働率を気にする発想がないのかと一瞬思ってたけどそんなことはなかった」
施設としての原則や理念はともかく、有能な人間を遊ばせておくのがもったいないというのはどんな組織も共通である。
エレベーターが50階に到着し、廊下を歩く。
プレミアムラウンジの札がかかっている扉を開けて、中に入った。
「……おぉ、すごいな」
端的に言って、景色は凄い。
「ここって、地上から何メートルくらいなんですか?」
「180メートルです」
「そりゃ一望できるわけだ……」
しばらく、ボーっと、景色を見ていた。
日光に照らされた、人々の生活の様子が見えて……。
5秒で飽きてきた。
「……佐々木さんとスタッフさんなら聞かれても問題ないと思うから言うけど、さっき、裏路地で怪人と戦ってきたんですよ」
「そうですか」
佐々木の声色は一切変わらなかった。
「戦ったやつが言ってたんです。『ウザい上司がタワマンに住んでるから、プレミアムスコアを手に入れたら最上階に住んで見下すんだ』って」
「ふむ……」
「見下すと見下ろすは全く違うものですし、別に魅力は感じなかったんですけど、こうしてみてみたら、何か変わるのかなって」
「……何か、変わりましたか?」
「体験として感動はありますけど、継続したいかって言われるとそうでもないかなって」
戦ったライノ怪人を思い出す。
プレミアムスコアを手に入れたら何をしたいかと聞いて、その質問に対する答えを体験している。
いや、遊陽が見下したい相手がこのマンションに住んでいるわけではないが、それでも、何かわかるかもしれないと思って、ここに来た。
「もしも、俺が明確に下に見たい奴がここに住んでたら何か思ったかもしれないし、戦ったアイツとしても、最初は優越感があってもその後は冷めるかもしれないし……」
「感情は人それぞれですからね」
「ですよね。でも……感動や優越感って、人は覚えられませんし」
「覚えられない?」
「人が感動を完璧に記憶できるなら、同じ遊園地に行く人はいませんから」
「確かに」
佐々木はフフッと微笑んだ。
「……あと、一個、カード調達を頼みたいんですけど」
「どのようなカードでしょうか」
「変身中効果でもいいんで、デッキから一気に2体のハイドロキッズを出せるみたいな、そんな奴」
「俗にいうインフラカードですね」
「……怪人と戦った時、思ったんですよ。殴りながらカード効果連発は無理だって」
「ハハハハハッ!」
佐々木は大笑いした。
明らかに遊陽が『笑ってくれオーラ』を出しているということもあるが、佐々木としても『新人ライダーあるある』すぎて抑えられなかったのだろう。
「そういうカードがあったら、カード1枚で、ヘリオ・スライサーの素材を揃えられるので……」
「でしたら、こちらを」
佐々木はスーツの胸ポケットから、同名カード3枚を出して、テーブルに置いた。
「『ハイドロキッズ・スクランブル』……魔法カードか」
テキストを読んだ。
「……いい感じのカードですね。ていうか、別にプレミアムってわけでもなく、普通のレアカードなんだ」
「ええ、このようなカードもあります」
「わざわざ探してくれたんですか?」
「専任コンシェルジュですから」
「……そうですか」
遊陽はデッキを取り出して、少し考えた後、デッキから3枚抜いて、『ハイドロキッズ・スクランブル』を入れた。
「このラウンジの感動。また、体験したくなったら、来ることにします」
……ちなみに。
カルボナーラは絶品であった。
★
「……あんな短時間利用のために行って良いものなんですかね。ラウンジって」
「ラウンジの使い方に正解はありませんからね」
「そう……なのかな」
エレベーターで降りながら、遊陽と佐々木は話していた。
「ていうか、カルボナーラ、凄くおいしかったんですけど、プレミアムサービスで出てくる料理ってだいたいあんな感じなんですか?」
「だいたいあんな感じです」
「それは……すごいな」
遊陽は自分のデッキを見る。
「……何か?」
「いや……モンスターたちって、『変身してデュエルしてる時』しか実体化しないから、こいつらは料理を食べられないからさ」
遊陽は優しい表情で、デッキを見る。
「効果の演出として何か料理を食べる。結果としてステータスが上がる。みたいな設計なら、騒がしいこいつらが腹いっぱいになれるんじゃないかって思って」
「なかなか面白い。ただ、お腹いっぱいになったら『ちょっと待って……今、動くの無理』って言いそうですけどね」
「フフッ、確かに、ていうかハイドロキッズって、熱湯を出す奴っていないな。そういうのがいたらカップラーメンが作れるはず」
「3分待つんですか?」
「いやぁ……どうやって表現すればいいんですかねそれ」
二人で楽しい話をしていると、エレベーターが1階に到着した。
エレベーターの扉が開いて……。
「何度いえばわかるんだ! 数値弄りすぎだろうが! 調達した奴は配合Cなのにそれで合うわけねえだろ!」
怒鳴り声が、エントランスに響いていた。
遊陽がそちらを見ると、一人の男性がスマホに怒鳴りつけている。
左手でスマホを持って、右手に5階の鍵を持った、二十代半ばの男だ。
無地のシャツとズボンと言ったラフな装いだが、左腕には高級腕時計を付けている。
「はぁ? パネルとの調整だと? それは配合Bとの話だ! 一昨日、朝礼で言っただろ!」
顔を険しくして怒鳴り続ける男。
高級物件のエントランスにはふさわしくない声量だが、本人は気が付いていないのだろうか。
「良いから元の調整で試せ! それでうまくいくんだからな! 配合Cは原価が狂ってんだから勝手なことするんじゃねえぞ!」
そのまま舌打ちして、通話終了。
男は周囲を見て、遊陽と目が合った。
「あ……学生さんか。大声出してすまん」
男は急に素面に戻ったようで、頭を軽く下げた。
「え、ええ……」
男はそのまま、エントランスから外に出ていった。
「……こんな場所で、あんな大声って……」
「空閑ソーラーのカード開発部長、里中良悟さんですね」
「えっ……く、空閑ソーラー?」
「ええ、会社のホームページに、顔写真付きで載っていますよ」
「そうなんですね……」
空閑歩佳、仮面ライダーソーラーの父親が経営する会社。空閑ソーラー。
その、カード開発部長。
「あと……」
「なんでしょう」
「今日、日曜日なのに、普通に仕事の電話がかかってくるんですね。俺はコンシェルジュの佐々木さんには遠慮しませんけど、関係者が部長に対して遠慮がないって……」
「そんな会社もありますよ」
佐々木は微笑んだ。
「それでは、私はこのマンションでの仕事がありますので、これで」
「あ、はい。ありがとうございました」
佐々木がスタッフルームに歩いて行った。
「……」
遊陽は、思い出していた。
『ハッ、会社にウゼェ上司がいてな。そいつがタワマンの低階層に住んでるって言うからよぉ、そのタワマンの最上階に住んで見下すんだよ!』
良悟が持っていたのは、5階の鍵だった。
「……まさかな。世間がそんな狭くてたまるか」
モヤっとしたものを吐き出すように、遊陽はエントランスから出て行った。