水曜日の放課後。
遊陽が佐々木にデッキ診断や新カードの相談をしているころ。
渇明は、水面高校の応接室に来ていた。
彼への来客がいる。とのことだったが……。
「急にすまないね。強馬渇明君」
仕立ての良いスーツを着て、隙のない笑顔を浮かべた、三十代半ばの男。
渇明の向かいに座る男は、デュエルに少し熱を注いでいる程度のよくある学校に来るにしては、身につけているものが上流過ぎた。
「初めまして、株式会社エクスポーズ・フェイス。代表取締役社長。
名刺を渡されたので、渇明は受け取った。
緑色の横顔を思わせるロゴが入っている。
「エクフェの社長が直々にねぇ」
「君はそれだけ、評価されるべきデュエリストだ」
「ほう、時価総額15兆の会社のトップが『断定』とは珍しい」
渇明は受け取った名刺を制服の胸ポケットに突っ込んだ。
「で、用件は何ですか?」
「端的に言おう。弊社がスポンサーになる。プロリーグに出るんだ」
「……」
「契約金、遠征費、必要な物は全てこちらで用意する。我が社は『変身に依存しないカード』を作ってきた。君のような、デュエリストでありながらライダーに勝つデュエリストは、弊社の看板になるにふさわしい」
蹴奇は資料をテーブルに並べた。
契約内容や、プロリーグの日程などが記されている。
どれもこれも、高校生に見せるような条件ではない。
「興味ないな。この半年、『ライダーに勝ったデュエリスト』を試そうと、多くのライダーが俺に挑みに来たよ。中には俺からスコアを取ろうとしてアンティを仕掛けてきたやつもいたし、そういうヤツを返り討ちにしてたから、膨大なスコアがすでにある」
デュエルスコアがあればあるほど、レコックス系列の充実したサービスを受けられる。
中には無料で受けられるサービスも存在し、それらを適当に使っているだけで、生きるのに困らないくらいだ。
スコアという以上、それが高いことは、すでに社会的上位の証明でもある。
「では……」
ただ、蹴奇の手札も1枚ではない。
「君だけの新カードの製造も、全面的にバックアップしよう。君のエースモンスター、『
「……俺のグリーディアイズはそんな行儀良くねえけど、それは別としても却下だ。俺のデュエルディスクから生成された俺だけのエースを、会ったばかりの人に預けるわけがない」
デュエルモンスターズは、世界共通のコミュニケーションツールだ。
これさえ持っておけば、誰とだって話すことができる。
デッキは顔であり、本心であり、嘘でもあって、日記でもある。
その中の『エースモンスター』を、預けるはずもない。
「なら、弊社が新たに開発するグリーディの先行体験だ。プロモーションデュエルを少しやってもらうだけで、君なら十分な宣伝だ。当然、それらのカードは提供する」
「別に要らんな」
「すでに公表されている全てのグリーディよりも性能が高いことを保証しよう」
「それでデッキ組んで俺に挑んできな。ボコボコにしてやるから」
蹴奇の眉がピクッと動いた。
カード開発会社の社長相手に、『新しいカードで作ったデッキをボコボコにしてやる』と言っているのだから、この反応も当然。
むしろ、声を荒げないのは、感情を制御できている。
「……渇明君」
少し、声が低くなった。
「今、プロリーグは実質、『ライダーリーグ』だ。実態は、仮面をつけて殴り合う場所。そこにデュエリストが入り込むためには、君のような別格の才能が必要になる。不健全だと思わないか?」
「不健全って……まぁ、幼い子が父親にライダーパンチするような教育環境になるのは確かだけど」
蹴奇の顔がちょっと歪んだ。
「き、君が、デュエリストとして、プロリーグの頂点に立てば、デュエリストであることに誇りを持てる者が増えるはずだ」
「で?」
「君は、その誇りを見捨てるのか?」
誇りや責任。
よくある揺さぶりだ。
そんな蹴奇の言い分を聞いて、渇明はため息をつく。
「なんだ。『俺のため』の手札はもう尽きたのか」
「なっ……」
「変身に依存しないカードを作る。そんなアンタの会社のカードを使って、プロリーグ一位になったデュエリストがいない。その『恥』を俺に押しつけに来たのか?」
「ち、違う!」
「だろうな。グリーディアイズに興味があるのも、自社製のグリーディを俺が使ったらどうなんのか気になるのも本心だろうけど、今のアンタはそれが一番強く見えるってだけだ」
「そ、そんなことはない!」
「だったら、『俺のため』の手札が尽きた時点で引くべきだったな」
「ぐぅ……」
「まっ、その手の話はレコックスとやってくれ。『どういう風潮がいいのか』なんてのは、規格を決める奴とやるべきだろ」
渇明はソファから立ち上がった。
「ち、ちょっと待て!」
「なんだ?」
「な、何が欲しいんだ。我が社なら、用意できる!」
「何かが欲しくてアンタたちが用意できそうなら、もうすでに頼んでるよ」
「……」
「悪いが……いや、別に悪いと思ってないが、常に時間に追われてる大人の都合は、俺みたいなクソガキには関係ない」
渇明は蹴奇に背を向けて、応接室のドアノブを握る。
「差し出せるものもなければ、押し付けることもできない。世の中にはそういうやつもいるってことで。それじゃ」
渇明はそう言って、応接室を出ていった。
★
水面市の中央公園。
子供が遊べる遊具や、カードを売っている露店。
そして、デュエルスペースがいくつか用意されている。
「強馬渇明君ですね」
ベンチに座っていた渇明に話しかけたのは、物腰柔らかな四十代後半の男性。
「誰だ?」
「塔野建設の専務を務めている久木と言います」
「塔野建設? ……ああ、あそこか」
「おや、隣町の建設会社ではありますが、ご存じで?」
「えー……」
渇明はデッキケースを取り出した。
開くと……そこに入っているのは、デッキではなく、名刺だった。
「デッキケースを名刺入れに?」
「めっちゃもらうからなぁ。あ、これこれ」
一枚の名刺を久木に見せる。
「
「だろ? で、話を曲げて悪かったな。アンタは何の用だ?」
「単刀直入に、あなたを企業対抗戦のために雇いたい」
「……ライダーを引き入れたって社長から聞いてるけどな」
「それは……そうなのですが……」
歯切れの悪そうな顔だ。
「端的に言いますと、世の中を舐めているのです。実力はあるのですが……」
「よくある話だな」
「えぇ、よくある話です」
「スカウトに関しては断るよ」
「そうですか」
もともと通るとは思っていない。
久木はため息交じりに頷いた。
「……ん?」
渇明は、カードを売っている露店が視界に入った。
「どのデッキにするの?」
「これにする!」
母親と幼児だ。
子供が小さな手でレコックスのスターターデッキを指さしている。
よくある光景だ。
レコックスのスターターデッキは定期更新されており、値段は2500円。
デュエルを始める子供に与えるなら手ごろな価格であり、親としても買いやすい。
そんなよくある光景……の、はずだった。
「はっ? レコックスのスターターデッキって、マジで言ってんのかよ」
中学生だろうか。
短い赤髪が特徴の少年が、スターターデッキを買おうとするところを嗤っている。
「えっ……」
「そんなデッキ買ったって、すぐに勝てなくなるって。使わなくなるに決まってんじゃん。だったら最初から金出して、強いカード買った方がいいって」
「あの……」
「そんな寄せ集めデッキなんて、何が楽しいんだか」
そんな様子を見て、久木の口から、苦い声が漏れた。
「え、
「その様子だと、アイツが塔野建設が抱えてるライダーか」
「はい。
「企業対抗戦に出てくんのはライダーばかりだし、それに勝ってるなら才能あるな」
渇明はベンチから立ち上がった。
「はぁ、年寄りの都合でライダーは増えないからなぁ」
「か、渇明君?」
「まぁ、そっちの方がわかりやすくてよかったんだが、あんなクソガキを雇わないといけないのも世知辛い話か」
渇明はフフッと笑うと、その露店に近づく。
近づく足音が聞こえたのか、炎示が渇明の方を見た。
「……なんだよ、アンタ」
「俺は強馬渇明だ」
「へぇ、久木専務が言ってたよ。ライダーに勝てるデュエリストだって」
「すごく広まってる話ではあるな」
「ありえないでしょ。デュエリストがライダーに勝つなんて。変身効果に踏みつぶされて終わりだって」
「……だから、なんだ?」
「ちょうどいいや。新しいカードを作ってもらったんだ。試運転に付き合ってよ。ぶっ倒してやる」
「威勢のいい奴だ」
渇明は露店のおじさんに、2500円を渡す。
「そのスターター。買うよ」
「え、あ、おう……」
幼児が指さしていたスターターデッキを受け取った。
「……お、おい、何のつもりだよ」
「見てわかんないか?」
渇明は開封して、シュリンクを破く。
デッキの内容を軽く確認。
「それで、俺に勝つつもり? そんな2500円のスターターで?」
「ああ」
「俺の新カード、何百万、注いでると思ってんの?」
「そんなん知るかよ」
渇明はデッキを確認すると、デュエルディスクに装填した。
「で、やるのか? やらないのか?」
「上等だよ。自前のデッキじゃないからって、負けた後で言い訳すんなよ」
「そっちこそ」
「はっ?」
「ライダー相手に殴り勝つための構築だろ? デュエリスト想定じゃないからって言い訳すんなよ?」
「……ボコボコにしてやる!」
炎示は、腕のデュエルディスクを、腰に当てた。
ベルトが出て、腰を一周して固定された。
『DUEL DRIVER』
スイッチを押し込む。
『Your name is……』
「変身!」
ライダーカードを挿入。
『KAMEN RIDER NEST!』
ベルトから、羽があふれ出す。
それらがアーマーを形成し、炎示の体が覆われた。
「仮面ライダーネストか」
渇明はデュエルディスクを構える。
デッキがシャッフルされて、渇明は5枚引いた。
炎示も5枚引くと、手から消えて、5枚のホログラムになる。
「そんなデッキ、速攻で捻りつぶして、本気のデッキもねじ伏せてやるよ」
「前座扱いか。ま、かかってきな」
「「デュエル!」」
渇明 LP4000
炎示 LP4000
「……先攻は譲ってやるよ」
「ほぅ? まあくれるなら貰ってやるか」
渇明はフフッと微笑んで、手札1枚を掴む。
「俺は手札から、『フロントリビア・ブックメイカー』を召喚!」
フロントリビア・ブックメイカー ATK1900 ☆4
出現したのは、白いローブを身に纏って、本を手に持っている男だ。
「召喚成功時、デッキから、『フロントリビア』モンスターを手札に。俺は『フロントリビア・レッドレシピ』を手札に加える」
「マジでスターターかよ」
「無改造は目の前で見てるだろ? 俺は手札から『融合』を発動。フィールドのブックメイカーと、手札のレッドレシピを素材に、融合召喚! 『フロントリビア・レッドリサーチャー』!」
フロントリビア・レッドリサーチャー DEF2000 ☆7
出現したのは、白衣を着て、赤い本を持った男だ。
「ハッ! エースモンスターかな。なんで守備表示?」
「そっちの方がよさそうだから」
「だよな! 変身効果が使えない一般デュエリストは、モンスターを守備表示で出すべきだよ」
「続けるぞ。レッドリサーチャーの融合召喚時、および、レッドレシピが融合素材になった場合、それぞれ、デッキか墓地から、『レッド・ポーション』を手札に加える」
「はっ?」
渇明のデッキから、2枚の『レッド・ポーション』が手札に加わった。
「そして、レッド・ポーションを2枚発動。レッドリサーチャーの永続効果で、『レッド・ポーション』による回復量は300ポイントアップする」
渇明 LP4000→4800→5600
「カードを2枚セット。ターンエンドだ」
「……俺のターン。ドロー!」
炎示はカードを引いた。
「セットカード2枚に、残ってる手札は1枚か……そんなんで変身効果を受け切れると思ってんの?」
「知らんよ。俺にできるのは、手札に来たカードで最善の場を作ることだけだ」
「じゃあその最善が、ライダーの力の前じゃ無力だって教えてあげるよ。手札から魔法カード、『ライズレギオン・マイグレーション』! デッキから『ライズレギオン』モンスターを別名3体、墓地に送る……んだけど、変身中なら、5体、同名もアリで送ることができる!」
デッキからカードを5枚抜いた。
「墓地に送るのは、『ライズレギオン・カナリー』が2枚。『ライズレギオン・スワロウ』が3枚だ」
「へぇ……」
「墓地に送ったカナリーの効果。墓地にこのカード以外のカナリーがいるなら、手札からもう1体のカナリーを特殊召喚できる!」
ライズレギオン・カナリー ATK1000 ☆4
炎の鳥がフィールドに出現した。
「同名参照テーマか。面白いデッキだな」
「墓地のスワロウの効果! 墓地にこのカード以外のスワロウが2体いるなら、墓地から特殊召喚!」
ライズレギオン・スワロウ ATK1500 ☆4
「レベル4のカナリーとスワロウで、オーバーレイ! エクシーズ召喚! 『ライズレギオン・ファイヤーバード』!」
ライズレギオン・ファイヤーバード ATK2600 ★4
前に出した2羽よりも大きな火の鳥がフィールドに出現。
「へぇ、攻撃力2600か。レッドリサーチャーは攻撃力2400だから、守備表示で出しておいてよかったよ」
「うっざ! エクシーズ素材を1つ使って、ファイヤーバードの効果発動! ターン終了時まで、効果発動時に墓地にいる『ライズレギオン』モンスター全ての名前を、『ライズレギオン・ファイヤーバード』にする! さらに、ファイヤーバードは墓地のファイヤーバード1体につき、攻撃力が100上がる。変身中なら、300だ!」
コストとしてエクシーズ素材から墓地に送られたのはスワロウだ。
カナリーが2枚とスワロウが3枚。
ライズレギオン・ファイヤーバード ATK2600→4100
「攻撃力4100か」
「守備表示だから意味ないって思ってるでしょ。言っとくけど無駄だから。俺は『ライズレギオン・コマンド』を発動。変身中なら、ライズレギオンモンスターのカード名を1つ宣言して、墓地にいる宣言したモンスターの枚数分、デッキからライズレギオンを墓地に送れる」
「ほう……」
「宣言するのは『ライズレギオン・ファイヤーバード』だ。デッキから5枚。墓地に送る」
再度、デッキからカードを5枚抜いた。
「『ライズレギオン・ホーク』が2体。『ライズレギオン・ファルコ』が3体だ。墓地のファルコの効果で、このカード以外に、墓地にファルコが2体以上いるなら、墓地から特殊召喚できる!」
ライズレギオン・ファルコ ATK1700 ☆4
「墓地のホークの効果! 変身中なら、このカード以外にホークが1体以上いれば、墓地から特殊召喚できる!」
ライズレギオン・ホーク ATK1700 ☆4
「また、レベル4が2体か」
「俺はファルコとホークでオーバーレイ。現れろ。『ライズレギオン・ファイヤーバード』!」
ライズレギオン・ファイヤーバード ATK2600→4100 ★4
「2体目のファイヤーバード……」
「魔法カード『ライズレギオン・トリニティ』を発動。変身中なら、ターン終了時まで、墓地に同名が2体以上存在するフィールドのライズレギオンは、相手の効果を受けないし、このカードの発動に相手はチェーン出来ない!」
「墓地にはファイヤーバードが5体いるから、完全耐性を得るってことか」
「そういうこと。伏せてるのが攻撃を無効にするカードだろうと、ミラフォみたいな強力な効果だろうと、俺には通用しない。これがライダーの力だ!」
炎示は手を掲げる。
「バトル! 1体目のファイヤーバードで、フロントリビア・レッドリサーチャーを攻撃! これで破壊して、2体目でダイレクトアタックして終わりだ!」
「レッドリサーチャーは破壊された場合、墓地からレベル4以下のフロントリビアを特殊召喚できるが?」
「無駄。速攻魔法、『ライズレギオン・インフェルノ』を発動! 俺のライズレギオンが戦闘破壊したモンスターの効果は、墓地にいる間、ずっと無効になる!」
「ほー……」
ファイヤーバードが突っ込んでくる。
「残念。永続罠『赤の副作用・堅牢結界』を発動。俺のライフが5000以上ある場合、俺のモンスターは戦闘では破壊されない」
「なに!?」
ファイヤーバードがレッドリサーチャーに突撃するが、レッドリサーチャーは持っている本で受け止めた。
「守備表示だから戦闘ダメージはない。何体で突っ込んで来ようと無駄だ」
「ぐっ……」
「雑魚モンスターは守備表示で出すべきと言ってたが、雑魚と相手するときは貫通能力を用意しておけよ」
「うっぜぇ。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
ライズレギオン・ファイヤーバード ATK4100→2600
ライズレギオン・ファイヤーバード ATK4100→2600
「俺のターン。ドロー」
渇明はカードをドロー。
「さて、トリニティの効果はターン終了時までだから、完全耐性もすでになくなってるか」
「はっ?」
「レッドリサーチャーの効果で、自分の方がライフが多いなら、1ターンに1度、魔法カードを発動する際のライフコストは不要になる」
「何をするつもり?」
「1000ライフを踏み倒して、手札から『拡散する波動』を発動。対象はレッドリサーチャーだ」
「なっ、ぜ、全体攻撃カード!?」
「加えて、墓地の『フロントリビア・レッドレシピ』を除外し、フロントリビアモンスターであるレッドリサーチャーを対象に、効果発動。自分の墓地にあるレッド・ポーション1枚につき、ターン終了時まで攻撃力が300アップする」
「えっ……」
フロントリビア・レッドリサーチャー ATK2400→3000
「こ、攻撃力3000……」
「レッドリサーチャーを攻撃表示に変更。バトルだ。レッドリサーチャーで、ファイヤーバード2体を攻撃」
「うわああっ!」
炎示 LP4000→3600→3200
「ふぁ、ファイヤーバードが破壊された時――」
「『拡散する波動』の対象となったモンスターが破壊したモンスターの効果は無効化される」
「なっ……へ、変身中なら、墓地から舞い戻るのに……」
「なかなか物騒な効果してるな。俺はこれでターンエンドだ」
フロントリビア・レッドリサーチャー ATK3000→2400
「ぐっ、俺のターン。ドロー!」
焦燥の混じった声で、炎示はカードを引く。
「ぐぅ……」
「どうした? 墓地にはもう、特殊召喚できる条件が整ったモンスターが何体もいる。その中から2体を出してファイヤーバードをエクシーズ召喚して、エクシーズ素材を使いながら効果を使えば、墓地のファイヤーバードが合計12体だ」
「……」
「変身中なら1体につき300で、3600アップだ。元が2600なら6200だろ? レッドリサーチャーに攻撃するだけで、ダメージは3800だ」
細かく計算する渇明。
「そのファイヤーバード。塔野建設に作ってもらったやつだろ。前のめりな効果のわりに復活効果も持ってるのは大したものだ。で、どうするんだ?」
「……お、俺のデッキに、ファイヤーバードは2枚しか入っていない」
「なるほど、量産化できるほど研究は進んでないらしい……まだ、何か、エクストラデッキに残ってないのか?」
炎示はエクストラデッキを見ている。
数秒、考えた後、顔を上げて、仮面越しに、渇明を見た。
「……! おーい、そこの坊主」
「えっ?」
渇明は、先ほど、デッキを指さしていた幼児に声をかける。
「あのライダーをよく見ておけ。ここからは面白いぞ」
「え、う、うん!」
「……チッ」
炎示は、誰にも聞こえない大きさで、舌打ちした。
「墓地のスワロウとファルコは、自身以外に同名が2体以上いるなら、墓地から特殊召喚できる。墓地のホークは、変身中なら、自身以外に1体以上いるなら、特殊召喚できる!」
ライズレギオン・スワロウ ATK1500 ☆4
ライズレギオン・ファルコ ATK1700 ☆4
ライズレギオン・ホーク ATK1700 ☆4
一気にモンスターが3体。
「俺は、レベル4のスワロウ、ファルコ、ホークで、オーバーレイ!」
3体が光の玉となって、渦に飛び込んでいく。
「エクシーズ召喚! 久しぶりの出番だぞ! ランク4『ライズレギオン・ネストバード』!」
ライズレギオン・ネストバード ATK2500 ★4
出現したのは、ファイヤーバードよりも大きくて。
優しく、暖かい炎を纏った、一体の鳥だ。
「へぇ……お前のエースモンスターか?」
「……エクスポーズ・フェイスが昔、デュエルイベントやってて、物販コーナーのパックから当てたんだ。初めて手に入れたレアカードで、俺の、エースだ!」
「おっ、今のお前は良い感じだ。かかってこい!」
「うるせえ!」
炎示は叫ぶ。
叫ばずにはいられない。
勢いで誤魔化さないと。
……恥ずかしさで、頭がおかしくなってしまう。
「ネストバードは、ライズレギオンたちを守る親鳥だ。絶対に守り抜く風格は、相手を委縮させる。ネストバードの効果発動! ターン終了時まで墓地のライズレギオンモンスター1種類につき、相手モンスターの攻撃力を300下げる。変身中なら、500だ!」
「種類……か」
「カナリー。スワロウ。ファルコ。ホーク……そして、ファイヤーバード!」
フロントリビア・レッドリサーチャー ATK2400→0
「魔法カード『ライズレギオン・ネストトーク』を発動! 俺が変身中なら、ネストバードは、墓地のライズレギオン1体のカード名と効果を、ターン終了時まで得ることができる!」
「ネストバード専用の魔法カードか」
「俺は、ファイヤーバードの効果を選択! その効果により、エクシーズ素材を1つ使って、墓地のモンスターは全てファイヤーバードに。1体につき、300ポイント、攻撃力がアップする!」
ライズレギオン・ネストバード ATK2500→5800
「ほう、越えてきたか……ん? なんで、墓地が全てファイヤーバードになったのに、俺のレッドリサーチャーの攻撃力が500ダウンにならないんだ?」
「変身中なら、ネストバードが参照するのは『元々のカード名』だ!」
「マジで言ってんのかよ」
「2枚目の『ライズレギオン・トリニティ』を発動! ネストバードは、ネストトークの効果でファイヤーバードとして扱われてる。墓地は全てファイヤーバードだから、ターン終了時まで完全耐性を得る!」
「へぇ……」
「これで終わりだ! ライズレギオン・ネストバードで、フロントリビア・レッドリサーチャーを攻撃!」
炎の鳥が舞い上がると、レッドリサーチャーに突撃してきた。
レッドリサーチャーの攻撃力は0。
ネストバードの攻撃力は5800。
渇明のライフは5600だ。
この攻撃が成立すれば、炎示の勝利になる。
……その盤面を前にして。
渇明は、フフッと微笑んだ。
「……まっ、あとは、『振り回されないようにするだけ』かな? フィールドのモンスターの数が、墓地のレッド・ポーションの枚数以下の時、罠カード『赤の副作用・逆転劇』は発動できる!」
「な、なんだ!?」
渇明がこのタイミングで罠カードを発動。
「ターン終了時まで、攻守のアップ・ダウン効果は逆になる!」
「なっ……で、でも、ネストバードは完全耐性を――」
「これは攻守の増減の『影響』を逆にするカードだ。モンスターにかかる効果じゃない」
「そんなっ!?」
フロントリビア・レッドリサーチャー ATK 0→4900
ライズレギオン・ネストバード ATK5800→0
「そ、そんな……」
「迎撃しろ。レッドリサーチャー」
レッドリサーチャーが赤い本を開くと、そこから赤い水があふれた。
ネストバードに襲い掛かり、破壊する。
「ぐっ、うあああああああああああああああああああああああああっ!」
炎示 LP3200→0
★
「……ま、負けた」
変身が解除されて、炎示は地面に座り込んだ。
「どうだ。スターターデッキもすごいだろう」
「す、スターター……そうか。2500円のスターターに……」
炎示の顔に、陰が落ちる。
「別に、お前が弱いわけじゃないさ」
「えっ?」
「地味な相手ほど、倒し方はシンプルだけど実際に倒すのはめんどくさい。強い相手ほど、倒し方は複雑だが実際に倒すのは手軽。デュエルディスクが生成、認証するカードなんてのは、大体そんなものだ」
「地味な相手ほど、単純だけど大変で、強い相手ほど、複雑だけど手軽……」
「まっ、今はそれだけ覚えておけ。それで強くなれる」
渇明はデュエルディスクからデッキを取り出すと、幼い子のところに行った。
「ほい、これ、欲しかったんだろ?」
デッキを幼い子に手渡した。
「え、あ、うん」
「そんじゃ」
渇明は背を向けると、そのまま歩いていく。
幼い子は、貰ったデッキを、小さな手でギュッと握った。
「ライダーに、勝ったデッキ……」
どれほどの衝撃だろう。
どれほどの感動だろう。
彼がこのデッキを使いこなす日は遠いかもしれないが、人生で一番の衝撃となるデュエルなのは、間違いない。
「……炎示君。帰りましょうか」
「……うん」
「最後の方は、よかったですよ」
「……うっせぇ」
ライダーではない者が、ライダーに何かを教えるのは難しい。
文字通りの引く手あまたで、懐柔するために全力を注ぐ組織も珍しくはない。
久木はどうすればいいかわからなかったし、実際、どうすることもできない可能性も大きかった。
それを一度のデュエルで叩きなおしてしまった渇明は、紛れもなく、怪物と言える。
★
空閑ソーラーの社長室にて。
空閑義春は、タブレットでSNSに投稿された映像を見ていた。
「……2500円のスターターで、ライダーに勝つ。か……」
誰かがスマホで撮っていたのか、すこし隠し撮りのようなアングルで、動画が投稿されていた。
もしかしたら、塔野建設が動画の消去を要求するかもしれないが、今は、見れる。
……ノックの音が響いた。
「失礼します」
カード開発部長、里中良悟が入ってきた。
「社長、新カードの計測データが出ました」
「……里中」
「なんでしょう」
「これを見たか?」
タブレットの映像を見せる。
「見ました。2500円のスターターデッキで、ライダー効果に勝ったデュエルですね」
「ああ。自分のデッキではなく、スターターデッキでこんなことができるとは」
「……」
「里中、だからこそだ」
「えっ?」
「空閑ソーラーが作ったカードを使う仮面ライダーソーラーが、強馬渇明に勝てば、それだけで、『空閑ソーラーの技術力』が評価されるのだ」
「……はい」
「もうそろそろ出来るか?」
「えぇ。来週には」
「任せたぞ。空閑ソーラーが積み上げてきた技術力。それを全て使いこなせる君の才能には期待している」
執着と焦燥でぐちゃぐちゃになったような表情で、空閑義春は、タブレットを見つめている。