街の平和の為に、かつて救えなかった命の為に自分の中で立てた誓い。
「見滝原は私が守る」
どれだけ辛くても、死ぬような思いをしたとしても、それを破るつもりなんてない。
それがせめてもの、私にできる罪滅ぼしだから。
「……終わりね」
今日は、夜の見回り中に出会った使い魔を倒した。
マスケット銃で一撃、苦労は全然しなかった。
「気配が消えたわ……こんな所かしら」
明日の学校の準備は済ませてるし、帰ったら体を綺麗にしたら眠るだけ。
今日は、おしまい。
私は、1人で自分のマンションまで、変身を解いてそのまま歩いていく。
……ふと、思う。
毎日毎日、こんな戦いの連続で。
これの為に、色んな時間を割いている。
友達と話したり遊んだりする時間、1人でゆっくり休む時間……
……疲れる、なんて思っちゃダメ。
そんなズルい逃げ方、私がして良い訳ないんだから。
とにかくしっかりしなきゃ。私は……
「……?」
……そんな風に考え事をして、歩いている時。
ホントに、偶然だった。
何の気なしに、チラッと足元を見ただけ。
私の目に、ある物が映った。
珍しいといえば珍しいけれど、希少というか、そういうわけじゃなくて……
そこに、あったのは。
花だった。
花が、あった。
「……」
あるって表現したのは……
それが、咲いてるんじゃなくて。
真っ二つに折られて、捨てられていたから。
「……ひどい……」
思わず、呟いてしまった。
綺麗な花なのに、まだ咲き誇っているのに。
2つにして捨てるなんて、なんて酷いことをするんだろう。
捨てるには勿体ないぐらいの輝かしい金色の花が、光っているようにさえ見えた。
……それに。
なんでなのかは分からないけれど……
このお花を見ていると、無性に悲しくて。
まるで無力だった頃の、子供を魔女から助けられなかった頃の私を見てるみたいで……
「……大丈夫」
いてもたっても、いられなかった。
私はそっと花を拾い上げて、壊れ物を抱えるみたいに優しく包み込んだ。
「すぐ、お水をあげるから」
まるで、人でも助けているみたいな気分だった。
私は、遅かった足取りを速めて、できるだけ急いで家へと帰った。
どうせ一人暮らしだもの、帰ってさえしまえば使えるものはいくらでもあるんだから。
適当な容器を花瓶代わりにして、お水をたっぷりあげて。
観葉植物用の栄養剤も、入れすぎない程度に入れて。
一旦やれるだけのことをやった、その後。
「……元気になってね、きっとよ」
……ふと、祈るようにそう言ってみた。
そうしたら、花びら達が軽く、お辞儀するみたいに動いた気がして。
「あら……」
私は、本当に返事を貰えたみたいで、それが何だか嬉しくて。
「ふふふ。礼儀正しいのね」
急に気持ちが、温かくなった。
「お辞儀できるなら、そこまで心配しなくて良いかもしれないわね」
私はそうして金色の花を飾ったあと、眠りについた。
それから──
────
「ん…」
次の日の朝、目が覚めて。
ぼんやりする頭で起き上がりながら、目をこすって。
「……あ」
顔を洗うために洗面台に向かっていたら、昨日挿した花が目に映った。
心なしか、昨日より元気そうに咲いていて……
「……ふふっ」
嬉しかった。
「おはよう。よく眠れた?」
私は、花びらを軽く撫でるように摘んだ。
「もしかしたら寝心地が悪かったかしら、コップの花瓶はあなたにとって簡易ベッドみたいなものだし……」
なんて、と冗談を言ってみれば自分の口からはくすりと笑いが漏れて。
「やぁマミ、おはよう。1人で話すなんて、随分ご機嫌だね」
そうしたらいつの間に起きていたのか、不意打ちみたいにキュゥべえに話しかけられてしまった。
「あ、キュゥべえ……」
……別に、何を咎められたわけじゃないけど。
花に話しかけていたのは、感情移入しすぎていたかもしれない。
ほんのりと顔が赤くなるような思いを抱きながら、はにかんだ。
「嫌だわ、恥ずかしい所見られたかな」
……でも。
なんていうか……だからもうやめておこう、とは何故か思えなかった。
私は、それからも……
──ある日は。
「ただいま、今日は花瓶を買ってきたの。いつまでもそんな所に挿しておいちゃ悪いから……」
「あら、何だかますます元気になってきたわね……2つに裂けてた傷も良くなってる。ふふふ、何よりだわ」
花瓶を買ってきて、こんなことを言ったり。
──また、ある日は。
「……ただいま。今日はちょっと強い魔女と戦ってて遅くなっちゃったかな。ごめんね、すぐ水をあげるから……」
「うんと綺麗で、おいしい水をね」
そんな風に、魔法少女の使命を終わらせて帰ってきたあと、急いで水を替えたり。
──また、ある日は。
「……どうしよう」
「家に招いたあの子の……佐倉さんの、さっき言ったこと。あなたも聞いた?私……」
「魔法少女の友達、できちゃった。……カッコつけすぎたかしら。『魔法少女の先輩としてアドバイスさせてもらうわ』なんて」
「……あは、うふふふっ…!」
嬉しかったことの報告、したり。
──また、ある日は。
「ねぇ……あの子の必殺技、どんな名前がいいと思う?キュゥべえにはよく分からないって言われちゃって……」
「せっかくだから、幻に関係する名前をつけたいなぁって思うの……うふふ、どうかしら?」
そんな相談、してみたり。
──また、ある日も。
「ねぇ、聞いてくれる?」
──あくる日も……
「あのね、今日は……」
──そうやって。
そうやって、過ごした。
……お花って、不思議なもので。
私の言うことに、何にも言葉は返さないのに……
なんか、すごく聞いてもらえてる気がして。
とっても聞き上手な相手が、そこにいるみたいだった。
お世話して、何でもないこと話して、撫でたりして……
キュゥべえも、私のことを心配してくれたり色々教えてくれたり、大事な存在ではあるけど……
この金色のお花もいつの間にか、私にとって大事なものとなっていた。
……そして、この話には、続きがある。
佐倉さんと仲間に、友達になってから、しばらく経った後のこと。
佐倉さんは、家族を失った。
佐倉さんを除いた、一家での無理心中で。
……素敵な、家族だったはずだった。
佐倉さんには家に招いてもらったこともあるもの、よく知っているとまでは言わないけど……
人となりぐらいは、何となく分かっているつもりだった。
元気で可愛らしい妹さん、綺麗で優しいお母さん、穏やかで思慮深そうなお父さん……
……どれだけの、痛みだっただろう。
私じゃ、慰めにもならないかもしれないけど。
それでも、せめてなんとかしてあげたくて。
でも……
『これからは魔女も使い魔もみんな倒すんじゃなくて、魔女一本に絞ろうよ?』
『事故で家族を失ったのと自分のせいで家族が死んだのじゃ全然違うだろ?』
『これからはあたしのやり方で戦うよ』
『今まで世話になったね』
ダメだった。
慰めるどころか、違う道へ進もうとする佐倉さんを引き留めることすらできず、友達ですらなくなってしまった。
……私は、また……
「ひとりぼっちにもどっちゃった」
……涙が一筋、こぼれた。
あまりにも寂しくて、引き裂かれそうなほど悲しくて。
よく分からない怒りが、その中にふつふつと、湧いていて……
「……」
やっとの思いで家に帰っても、ただいまも言えなかった。
家は、とても、とても、静かで。
歩くと、足音が響くように感じた。
まるで誰もいないホールの中を、ひとり歩いているような……
……いつもと、何も変わらないはずなのに。
終わりの地にでも、たどり着いてしまったみたいな……
「………」
ふと、目に映るのは、金色の花。
……お水を、あげないと。
私は、呆然とふらつく足でなんとか水を汲んで、そのままあげた。
水の滴る花が、電気の光で淡く光る。
……相変わらず、綺麗に咲いてるなぁ。
そんなこと、ふと、思った時。
……別に、堪えなきゃと思って堪えていたわけじゃない。
でも……
「うっ………う、うううぅ………」
花瓶の前で崩れ落ちた私の目から、堰を切ったみたいに涙が溢れ出した。
「私……わたしっ、いっしょ、一緒に……」
「戦って、くっ、くれる子が……い、いなくなっちゃったの……」
「まっ、また………また、ひとりぼっち………」
「うっ……うう、ひっ、ぅ………」
私は。
それを聞いて欲しいとか、なんとかして欲しいとか。
そんなこと、思ってたわけじゃない。
ただ、辛くて、悲しくて。
それをとにかく、吐き出したかった。
*『……泣かないで、プリンセス』
そう、だから……
「……え…?」
まさかそんなことが起こるなんて、夢にも思わなかった。
どこからともなく声が聞こえて、顔を上げた瞬間。
「きゃ……!?」
辺りが一瞬、目も眩むような何かに包まれて。
……それが、晴れる頃には。
思わず一歩下がってしまった私の前に、立っていた。
*「それじゃあキミの……」
*「花咲く笑顔も、台無しさ……」
私に笑いかける、
ビチャビチャに濡れた背の高い外国の人、みたいな、
でも……ちょっと、人にしては変なような…
そんな、存在が……
「えっ………」
……フリーズ、してしまった。
「えっ?えっ…え………???」
魔法少女になってから、おおよそ非現実的なことは体験してきたつもりだったけど。
今までにないタイプのあり得ない出来事が、訳の分からないタイミングで起こったから……
「え、えっ、と……」
涙も止まるほど呆気にとられた私は、なんとか状況を整理するため言葉を紡ぐ。
「あ、あなたは……誰……?」
*「おっとっと。これは大変失礼しました、お嬢さま」
そんな呆然とした私の態度なんて気にしていないかみたいに、彼は、明るくお辞儀をした。
*「ボクは……フラウリィさ!」
*「星座は花座。
瞳の色は黄金色。
血液型はSSS型……」
*「そして……」
そうやって華やかに言葉を並び立てる、彼が……
*「かつてニンゲンであることを願った、花さ」
一瞬、陰りのある表情を見せた。
「は、な……」
花。私はその言葉を聞いて、彼の後ろにある花瓶をちらっと覗いた。
確かに、そこには……
飾っていた、金色の綺麗な花がそっくりなくなっていた。
そして、彼は……
さっき全身に大雨でも浴びてきたかみたいになっている。
「あ、あなたは……」
あまりのことに、言葉が、まだ詰まってしまう。
「本当に、あの、お花なの……?」
*「イエス!そのとおりだよ」
すると彼は、一瞬で陰りのある表情をきれいさっぱりなくして、また満開の笑顔に戻った。
いつの間にか、身体の水滴も目立たなくなっている。
「………」
やっぱり、色んな意味で目の前で起きていることが信じられない。
……でも、私は。
魔法少女として生きてきたからこそ、その非現実的な出来事を受容する心構えは、他の子よりはできていたのかもしれない。
なんでかって、いうと……
*「キミには色んな話を聞かせてもらったね、マミ」
よく言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい……
そんな風に、昔からの友人みたいに接してくる、彼のこと……
*「だから、ボクから話したいことも色々あるのさ。いいかな?」
本当にあのお花の正体だって気がして、既に受け入れ始めていたから。
*「キミのお友達と同じように、ここに座ってね」
彼は、そんなこと言いながら3角のテーブルの前にあるソファの方にまで歩いていって、振り返ると変わらぬ笑顔で私を見つめる。
「……」
私の頭の中には、色んな考えが巡っていた。
けど……とりあえず。
「……そうね。まずは話しましょう」
湧き上がる疑問とか、感情とかを一旦押し込めて。
私は、彼と話してみることにした。
これが……話の続き。
金色の花に、フラウリィなんて名前があると知った、その日の話。
そして、彼が『花』でなく『ニンゲン』としてこれからここで過ごすきっかけになる……そんな日の話。