「要するに
り──あ、本人には言わないでくださいね。三倍は拗ねちゃうのでー」
「あはは……」
市場へ向かいながら、アルトさんはずっとイージィの文句を言っていた。一見愚痴のようだけど、よく聞けばあのツンケンした態度をフォローしているのがわかる。やっぱり優しい人だ。
「だから誰かが言ってやらなきゃいけなかったんです。いい加減にしろーって」
アルトさんは頭を小突く仕草をする。
「でも僕含めて気を使いすぎて、タイミングを逃してたんですよねー。なので感謝されても困るかもですけど、お礼言わせてください」
ぺこりと頭を下げるアルトさん。あたしまでフォローされてしまった。
「……ドーモ」
返事に困って視線を逸らすと、崩れかけたアーチが目に入った。〈U.N. 01 STREET〉と書かれている。
「ちょうど着きましたねー。さ、案内しますよ」
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市場も他の場所と同じく、あちこちに瓦礫や崩れかけた建物が見える。でも、それより目立つのはのぼりや露店だった。もしかすると元々あった店舗より多いかも?
「この店、前はおいしい果物売ってたんですよー。このご時世なんで今は日持ちする野菜がメインになってますけど……あぁでも代わりにドライフルーツを置き始めてて──」
「そ、そうなんですね」
店だけじゃなくてもちろん人も沢山いて、思った以上に活気がある。いや活気というか喧噪っていうかこれは──
「よぉさっきぶりだな!」
「飲み放題の許可、取ってくれたよな?」
アルトさんに話しかけてきたのは作業着にゴーグルをつけた人たちだ。
「フェスやるとこまではOKくれたのでもう一押しですねー」
「上等! 足りない部品があったらまた言ってくれよな!」
鉄と油の匂いと話の内容から察するに、さっきの修理部品をくれたジャンク屋? の人たちらしい。元気で陽気な人たちだけど、あたしはそれよりも気になることがあって仕方なかった。
「あの……」
「どうしましたー?」
「……あれ大丈夫なんですか?」
あたしが恐る恐る指さした先には、コック帽をかぶった子ブタの看板。肉屋さんらしきそのお店はひと際賑やかっていうか、銃を持った人たちが詰めかけてて怒声が飛び交っている。いや事件でしょ!
「それ以上近づくんじゃねぇ!」
「燃料と食い物を出せってんだよ!」
「脅しじゃねぇぞ!」
店主のおじさんと周囲の人へ銃を向けながら、強盗の一人が拡声器で演説を始めた。
『いいかよく聞け! 今日からこの街は我々〈チェッカーズ〉が仕切る!』
大柄でいかにも強そうな彼は多分リーダーなんだろう。あたしはその大声で足がすくんで、正直また泣きそうなんだけど、アルトさんは暢気に首を傾げている。なんで?
「うーん。餃子のフードトラックが来るとは聞いてたんですけど、どうも違ったみたいですねぇ」
強盗たちの背後のワゴン車には「王将」のペイントがされていた。この世界にも王将あるんだ──ってそれどころじゃない……はずなんだけど、あたりから聞こえてくるのは悲鳴どころかブーイングだった。
「ひっこめ三下!」
「何様のつもりだ!」
「聞いたことねぇぞチェッカーズなんて!」
ここの人たちタフすぎない?
「ケーサツ呼ばなくて大丈夫なんですか!」
ヤジに負けないように声を張る私に、アルトさんものんびりした声音のまま少し大きな声で返事をする。
「あーそれは大丈夫ですよー」
なんで? とあたしが尋ねるより前に、肉屋さんのレジ前に居た強盗が悲鳴を上げた。
「いででででで!」
「フンッ!」
手をねじり上げて銃を取り上げた店主さんは、ショーケースを飛び越えると勢いのまま強盗の一人を片手で締め上げ銃を突きつける。刑事ドラマみたいな鮮やかな動きだ。
「えっ……すご……」
「あの人、元警察官なんですよ。それもバリバリ最前線の……メンチカツは毎回焦がすんですけどねぇ」
「そんでコロッケは半生なんだよな!」
「それは……チャームポイント……ですね?」
ワハハ、と笑うジャンク屋さんたちにあたしは曖昧な相槌を打つ。その間に肉屋の店主さんは強盗に詰め寄っていた。
「〈チェッカーズ〉……? センスのない名前だ。強盗団にはお似合いか」
「お、親分……!」
『狼狽えんじゃねぇ!へへ、この街のヒーローは引退したって聞いたが、まだ骨のある奴がいるじゃねぇか』
“親分”と呼ばれた大柄な男の人は、逆に人質を取られているはずなのにニタっと不敵に笑った。
『それともアンタが
「残念ながら違う。俺はホルヘ……ただの肉屋だ」
『そうかホルヘか! 俺様は〈チェッカーズ〉のボス、〈キングピン〉だ! さてミスターホルヘ。まず三つ誤解があるから説明してやろう!』
キンキンと拡声器をハウらせながら、キングピンとかいう人のダミ声が響く。
『まず一つ、我々は強盗ではない! 秩序を愛する平和主義者であり、そのための実力行使を厭わない現実主義者だ! 我々が要求するのは治安維持のための必要物資とささやかな対価である!』
キングピンは口ではそう言いながら、本人は素手でも部下の人たちに銃を構えさせたままだ。強盗じゃないなら、もっと悪い人たちなのは明白だった。
『そして二つ目……肉屋一人も制圧できないウジ虫に人質の価値があると思っているのかぁ!』
「なにっ」
『ハァーッ!』
キングピンの大きな体が物凄いスピードで肉屋さんに迫ると、太い拳が突きだされた。
「グワーッ!」
肉屋さんと部下の人が車に撥ねられたみたいな勢いで吹き飛んだ。ショーケースにめり込んで大きなヒビが入る。
「な、なんだぁ⁉」
「人間ワザじゃねぇ!」
キングピンの怪獣みたいな暴れ方にゾッとしながら、あたしと同じ感想が聞こえてきた事に変な安堵を覚える。街の人たちに流石にもこのレベルだと異常事態だったみたいで、ざわざわと混乱が広がり始めた。
『驚いたか? このキングピン様は鍛え上げた肉体を増強剤でブーストしている! さらにオズコープの
全然わかんないよ! とツッコミたいのを我慢しながらも、これまで見聞きした断片的な情報から〈戦争〉の遺物らしいことはギリギリ理解できた。
「アルトさん……あの人の言ってることよくわかんないですけど、例のブルドーザーと同じくらいヤバいんじゃないですか?」
「話が早くて助かります。イージィが心配してたのはああいうのが時々出てくるからですよー」
「だからさっきからなんでそんな落ち着いてるんですか!」
「信じてください。大丈夫ですよー」
アルトさんのニコッとした微笑みに、ぶわーっと湧いてた文句がのどに詰まる。
『そしてぇ! 三つ目の誤解! 〈チェッカーズ〉は俺様が愛する秩序の体現、白黒キッパリのチェスにちなんだセンスフルな名前だ! お前のような骨のある奴は仲間にしたいんだが……俺様のセンスを理解できないんじゃ仕方がねぇ──死んでもらう』
気絶してる肉屋さんに銃を向けると、キングピンは打って変わって冷たい声で言った。
とっさに目を逸らす。そして銃声が響──かない。
「俺様の銃が⁉」
キングピンが空になった両手を見てキョロキョロと狼狽える。銃と拡声器がどこかに消えていた。
『あーテステス。うわハウリングひでぇなこれ』
返事替わりに気だるげなマイクテストが頭上から聞こえてくる。ちょうど逆光で照らされて、どこからの声だかわからない。でも、商店街の不安げなざわめきに歓声が混じり始めた。
『お前も二つ誤解してるぞ。キングピン』
「なんだとぉ!」
『一つ目、この街にヒーローが居なくなったことはない。……まぁ、特定の誰かが暫く休んでたことはあったかもな』
キングピンの部下たちが一斉にバンザイした。手にしていた武器を一斉に引っ張り上げられてたみたいで、突然武器を失った男の人たちはきょろきょろと戸惑っている。
「どこだ! どこにいる!」
『そんで二つ目、ダセェのはお前だ。オズボーンよりもネーミングセンスがねぇ』
「貴様この俺様を愚弄するかぁ! 降りてこい腰抜け! 名前くらい名乗りやがれ!」
次の瞬間、誰かがキングピンの前に降り立った。
商店街のざわめきはいよいよ指笛や拍手まで混じりだして、お祭りみたいになっている。その音が一層ハウリングを起こしてうるさかったのか、その人は拡声器のスイッチを切ってしまう。でも、彼の声は不思議とはっきり聞こえてきた。
「──スパイダーパンク」
赤い覆面に刺々しいパンクファッションのその人は、どこか躊躇いがちにそう名乗った。
to be contuned…
[caption]
*ヒア・カム・ザ・マン
旧アニメ版スパイダーマン(1967)の主題歌のフレーズを一部省略したもの。スパイダーマンに限定しない糸があっての省略だったが、偶然ビートルズの曲みたいになった。