絵を描き続ける理由   作:とばりん

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十一章 25時の違和感

 

 

昼間の過酷な体術訓練を終え、シャワーを浴びた絵名は寮の自室でデスクに向かっていた。

 

時計の針は24時55分を指している。

膝の上には昼間の疲れを癒やすようにすやすやと眠るの黄昏色の狐。

その柔らかい温もりを感じながら絵名はスマホの画面とパソコンのモニターを交互に見つめた。

 

 

(……よし。みんなもう集まってるみたいね)

 

 

 

 

深呼吸をひとつ。

高専での「呪術師」としての顔を隠しいつもの「えななん」に戻るためのスイッチを入れる。

 

 

通話ボタンをタップするとヘッドホンから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 

『あ、えななん!

体調大丈夫〜?ほんと無理しないでよ?』

 

 

『うん、瑞希。

心配かけてごめんね。もうすっかり熱も下がったから』

 

 

 

『よかった…絵名がいないと、曲の方向性もなかなか決まらなかったから助かるよ』

 

奏の穏やかな声に続いて、画面の向こうから静かな衣擦れの音が聞こえた。

 

 

 

『……絵名、本当に大丈夫?』

まふゆだ。

 

感情の籠もらないけれどどこか探るような声。

 

 

『大丈夫だってば。まふゆこそテスト前で忙しいんじゃないの?』

 

『……私は、いつも通り

それより絵は描けそうなの??」

 

『もちろん。休んでた分ちゃんとも巻き返すから』

 

 

絵名はペンタブのペンを握り締めた。

画面にキャンバスを開き奏が共有してくれた新曲のラフ音源を聴きながら、手元を動かし始める。

 

 

曲のテーマは「消えてしまいたい夜の、足元をすくうような暗闇」。

ニーゴがずっと向き合ってきた

痛くて、苦しくて、だけど引き裂くことのできない闇の感情だ。

 

 

(暗闇……恐怖……)

 

 

 

 

ペンを走らせる絵名の脳裏に、あの夜襲ってきた黒い泥のような呪霊の姿や、高専の訓練で叩きつけられた生々しい死の予感がフラッシュバックする。

 

 

 

__かつては「想像」や「惨めさ」だけで描いていた闇。

 

だけど今の絵名は本物の「呪い」と「死の恐怖」を知ってしまった。

 

 

 

 

ぞくっと背筋が凍るような感覚。

絵名は無意識のうちにその全身の毛羽立つような恐怖と葛藤を、キャンバスの線と色彩へと叩きつけていた。

 

 

(怖い…本当は、すごく怖いよ……。でも描かなきゃ……!)

 

 

デスクの下で眠っていた狐が目を開け、心配そうに絵名の足元に擦り寄ってくる

その触感だけが今の絵名を現実に繋ぎ止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——できた

 

とりあえず、サビのイメージラフ上げとくね」

 

 

 

作業開始から2時間。絵名は荒い息を殺しながらデータを共有フォルダへアップロードした。

 

『わぁ……すごい……! えななん、これ今回の曲にめちゃくちゃピッタリじゃん!

瑞希が声を弾ませる

 

 

『うん……すごくいい。暗がりの中に引きずり込まれるようなリアルな重さがある……』

奏も感心したように呟いた。

 

 

 

雪平先生に酷評され続けてきた自分がみんなに認められた。

本来なら素直に喜ぶべき瞬間。

 

けれど絵名の胸の奥にはどこか後ろめたいような複雑な葛藤が渦巻いていた。

 

 

(……この絵が描けたのは、私が才能を咲かせたからじゃない。

 

呪いなんて恐ろしいものを見ちゃったから……)

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

『……ねえ、絵名』

 

ずっと黙っていたまふゆが、静かに口を開いた。

 

 

 

 

『……なに?』

 

『……この絵、何か変』

 

心臓が跳ね上がった。

まふゆはいつものように「構図がおかしい」と冷たく突き放すのではない。

画面越しにじっと絵名のイラストを見つめている気配が伝わってくる

 

 

『変ってどこがよ。奏も瑞希もいいって言ってくれたじゃない』

『そうじゃない。上手いとか下手とかじゃなくて……』

 

まふゆの低い声が、静まり返った深夜の通話越しに耳に刺さる。

『いつもの絵名なら……もっと「認めてほしい」とか「悔しい」っていう強い感情が絵に出てた。 でも、この絵にあるのは……』

 

 

 

言葉が途切れる。まふゆは画面の向こうで何かを確かめるように目を細めているようだった。

 

 

 

『…逃げ出したいようなすごく冷たい恐怖

絵名、熱で倒れてる間に……何かあった?』

 

 

 

 

「——っ!?」

 

 

 

絵名は息を飲んだ。

呪術のことなんて一言も言っていない。

 

 

高専の存在も、

呪霊の恐怖も、

相棒の狐のことも。

 

 

 

それなのにまふゆは絵名の「絵」に載ってしまった微かな心理状態の変化を正確に読み取っていた。

 

 

『な……なに言ってるのよ!ただの風邪だって言ったでしょ。久々に描いたからちょっと感覚が狂っただけよ』

 

必死に声を張り上げて誤魔化す絵名。

 

 

 

『……そう。なら、いいけど』

 

 

 

まふゆはそれ以上追及してはこなかった。

けれどその不気味なほどの勘の良さと、自分の変化を見抜かれた恐怖に絵名は手汗でペンを滑らせそうになる。

 

 

 

 

 

 

(鋭すぎるのよ、まふゆは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

膝の上の狐が「大丈夫?」と心配そうに絵名を見上げ、小さな手で膝をトントンと叩いた。

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