ひんやりとした空気が満ちる高専の地下演習場。
絵名はスケッチブックを抱え目の前に浮かぶ黄昏色の狐をジッと見つめていた。
「ん〜、惜しい!今のじゃ呪力の波がブレてるから狐の尾っぽの部分が薄くなっちゃってるよ」
目隠しの奥から五条悟がヒョイと指を差す。
指示された通り絵名が描いた狐の尾は、水滴が滲んだように輪郭がぼやけて揺らめいていた。
「難しいわね・・・ただ絵を描くだけならいくらでも集中できるのに、そこに『呪力』を乗せて意思を持たせるなんて……」
絵名は眉をひそめふうっと息を吐き出した。
体術で戦うわけではない
だからこそ、
頭の中で「どう描くか」「どう呪力を流し込むか」というイメージの精度と座学での理解がそのまま術式の威力に直結する。
「普通の式神使いはね決まった型や影を媒体にして呼び出すんだ。でも絵名の場合は『零から生み出す』スタイルでしょ?
描き直せばいくらでも再出現させられるのは凄まじいアドバンテージだけどそのぶん、君の精神状態や呪力のコントロールがダイレクトに絵の強度に出ちゃうんだよね」
「……私が焦ったり不安になるとこの子も脆くなっちゃうってこと?」
「そういう事。だから今は呪力の理論を頭で理解しながらこの子に正確に指示を出して動かすイメージトレーニングを叩き込むよ。
ほら、もう一度!」
「……わかってるわよ」
絵名は筆を握り直し精神を研ぎ澄ませた。
狐が絵名の意思に応えるように素早く低空を駆け抜け標的として置かれた木人へと一直線に飛びかかる。
(もっと鮮明に……!私の描いたものが私を守る力になるんだから……!)
あの日、死に物狂いで描いたキツネが自分を助けてくれた。
まさかあの日......自分の激しいコンプレックスと負の感情が引き金となって黒い呪霊を生み出してしまっていたことなど絵名は知る由もない。
五条が真実を伏せているのは彼女から「描くこと」を奪わないための配慮だった。
「よし、今の呪力の乗せ方は良かったよ!飲み込みが早くて助かるな〜」
「はぁ……っ、言うのは簡単なんだから……」
絵名は額の汗を拭いながら自分の絵に寄り添って愛おしそうに喉を鳴らす狐の頭を優しく撫でた。
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一方その頃、高専の明るい食堂では1年生の
3人がテーブルを囲んで遅めの昼食をとっていた。
「へぇ〜!じゃあ本当にいるんだ!新しい編入生!」
豪快に白飯を口にかけ込みながら、虎杖悠仁が目を輝かせる。
「声が大きいわよバカ虎杖」
釘崎野薔薇が呆れ顔で箸を突きつけながら向かいに座る伏黒恵に視線を向けた。
「で、伏黒。あんたなんか聞いてないの?
噂が交錯してんだけど」
「俺も伊地知さんからチラッと聞いた程度だ。ただ……普通の編入手続きじゃなく五条先生が直接スカウトして連れてきたらしい」
「また五条先生の気まぐれか……。何かワケありなのかね」
野薔薇がふん、と鼻を鳴らしたその時
食堂のドアが開き2年生の3人が入ってきた。
「お、1年勢揃いか。賑やかだな」
「おかか」
パンダと狗巻棘、そして薙刀を背負った禪院真希だ。
「あっ、真希さん!ちょうど良かった!」
野薔薇が目を輝かせて身を乗り出す。
「ねえ、噂の編入生のこと何か知ってます?
2年生のクラスに入ってきたって聞いたんですけど!」
真希は一瞬だけ複雑な表情を浮かべ、空いている椅子を引き抜いて腰掛けた。
「あー……その件か。
結論から言うとアタシたちもよく知らねーんだよな」
「えっ、真希さんたちも知らないんですか!?」
虎杖が目を丸くする。
「数日前に五条が連れてきて、教室で『新しく入る東雲絵名ちゃんだよ〜』ってチラッと顔合わせの挨拶だけさせたんだよ。
それ以降は授業にも出ずにずっと五条がどこかに連れ出してる」
「挨拶した時の印象はそうだな、運動は全然できなさそうなお嬢さん、って感じだったがな。だが……」
パンダが腕を組み真面目な声で付け加える。
「あの五条が、他の生徒から完全に隔離してマンツーマンで指導してるんだ。上層部も何やらコソコソ動き回ってるらしいし、普通の術師じゃないことだけは確かだな」
「ツナマヨ……」
狗巻も心配そうに呟く。
1年生のテーブルに、一瞬だけ重い静寂が落ちた。
「五条先生が隠すほどの存在……か」
伏黒が玄米茶の湯呑みを握りしめながら呟く。
「なによそれ、気になるじゃない!一体どんなヤバい奴なのよ……!」
野薔薇は頬杖をつきながら、誰もいない廊下の先へ視線を向けた。