打ちつける雨の音だけが、車内に重く響い
ていた。
1年生たちと別れ、一人補助監督の車に乗り込んだ絵名は後部座席で膝の上に置いたスケッチブックをじっと見つめていた。
雨で濡れた制服が肌に張り付き体温を奪って
いくが、そんな寒さすら感じないほど頭の中はぐちゃぐちゃだった。
(助けられたのに……感謝されたのに、なんでこんなに惨めなの)
窓の外を流れていく夜の街灯が、雨粒に濡れて滲んでいる。
1年生たちの戦う姿が頭から離れない。
圧倒的な身体能力、
無駄のない冷静な判断力、
覚悟。
それに引き換え、自分の攻撃はあまりにも線が細くストックを何枚も消費してようやく呪霊を払えたに過ぎない。
(私の絵が未熟だから……あの子たちの命を、私の拙い線に預けちゃってたんだ……)
高専に戻るやいなや絵名は補助監督の制止も聞かず、逃げるように自分の部屋へ駆け込んだ。
靴も脱ぎ散らかし、濡れた服のままイーゼルへと向かう。
「描かなきゃ……もっと、強くて硬い絵を…!」
取り憑かれたようにキャンバスをセットし
パレットに絵の具をぶちまける。
だが、焦りで震える手ではまともな線すら引けない。筆を走らせるたびに色は濁り、
形は歪みキャンバスの上はただのグチャグチャな塗料の塊へと変わっていった。
「違う……!こんなんじゃない……っ!」
ぐしゃぐしゃとキャンバスを引っ掻き、筆を床へ投げつける。
暗い部屋の中、荒い呼吸だけが空しく響いた。父親の冷たい声が脳裏で何度もリフレインする。
『お前には才能も覚悟も足りない』
「……分かってるわよ、そんなこと……!」
膝を折り、頭を抱えて座り込む絵名の背中に
ふっと柔らかな温もりが寄り添った。
優しく首元に擦り寄せられてきたのはあの夜、自分の叫びから生まれた最初の相棒――茜色から夜の群青へと綺麗に溶け出す、黄昏色のグラデーションを纏った美しく柔らかなキツネだった。
『きゅう……』
心配そうに耳を伏せ、絵名の涙を舐めとろうとするキツネ。
ストックとして描き捨てた『紅蓮』とは違う。この子は絵名の心に寄り添い絵名が流す涙の温もりを知っている、たった一匹の存在だ。
「ごめんね...また、情けないところ見せちゃって……」
絵名が黄昏色の毛並みに顔をうずめたその時、自室のドアがノックもなく勢いよく開いた。
「おい絵名!無事だったか――って、なんだこの部屋!?」
入ってきたのは真希だった。後ろにはパンダと、心配そうに顔を出す棘もいる
「……真希……? なんで……」
「1年どもから聞いたんだよ。
『東雲先輩がすげー技で助けてくれた』ってな。悠仁なんて『かっこよかった!』って目を輝かせてたぞ」
「おかか!」と棘も大きく頷く。
「……嘘よ」
絵名は顔を伏せたまま、絞り出すような声でつぶやいた。
「助けたんじゃない...私の絵が下手くそだから、ストックをあんなに無駄遣いしてあの子たちを危機一髪まで追い詰めたの。
私にはあいつらみたいな才能もないのに…
『先輩』ぶって……っ」
「ハッ、バカ言え」
真希は呆れたように息を吐くと床に転がったパレットを拾い上げ、絵名の頭をポンと力強く叩いた。
「あいつらが感動してたのはな、ただ技が強いからじゃねえよ。『自分たちを助けようとしてくれた強い想い』がお前の描いた絵から伝わってきたからだ」
「……え……?」
「お前の術式はただの弾丸や道具じゃねえんだろ? 魂込めて描いたからこそ、そいつが形になって動いてんだ。……現に、そのキツネを見てみろよ」
パンダが優しく微笑みながら絵名に寄り添う黄昏色のキツネを指差した。
「そいつは、お前が投げやりで作ったストックとは顔つきが全然違う。お前の想いがちゃんと宿ってる『命』なんだよ」
絵名は息を飲み、黄昏色のキツネを見つめた。
キツネは絵名を庇うように真希たちを軽く牽制しつつも絵名の手に愛おしそうに鼻先を押し付けてくる。
「ただ数を作ればいいわけじゃない。お前が心から『一緒に戦いたい』って思える仲間(絵)を、一歩ずつ描いていけばいいんじゃないのか?」
真希の言葉が冷え切っていた絵名の心にじんわりと温かく染み込んでいく。
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真希たちが部屋を出て行ったあと静けさが戻った部屋で、絵名は床に散らばった筆を一本拾い上げた。
そして自分をじっと見つめる黄昏色のキツネを
優しく抱きしめる。
「……そうよね。あんたは、私の『道具』じゃないもんね」
絵名はキツネの耳元で、そっとつぶやいた。
「名前、決めてなかったね...
今日からあんたは――」