神山高校からの退学と____
全寮制の学校への編入。
その手続きを進めるために五条さんから渡された書類を食卓へ置くと、静かなリビングに張り詰めた空気が落ちた。
「……本気なの、絵名?」
最初に声を上げたのは、お母さんだった。
不安そうに眉をひそめ書類と絵名の顔を交互に見つめている。
「全寮制だなんて…家を出て一人で暮らすの? 急にそんなこと言われても心配よ。
ここから通いながらじゃダメなの?体だって強くないんだから無理をして倒れたりでもしたら……」
「大丈夫だからお母さん。
ずっと考えてたの...全部絵の制作に充てたくて甘えた環境を捨てて、本気で自分を追い込みたいの」
畳みかけるお母さんの心配を遮り絵名はまっすぐな視線を返した。
昨夜、自分の命を削るようにして生み出したあのキツネの温もりが今も手のひらに残ってる
もう後戻りはできないし、するつもりもなかった。
「……好きにしなさい」
沈黙を守っていたあいつが、静かに口を開いた。
「ただし自分で選んだ道の責任はすべて自分ひとりで取れ。途中で投げ出すことは許さん」
「……わかってるわ」
あいつは淡々と書類にサインを走らせる。お母さんは「あなた……」と悲しそうな声を漏らしたが絵名の固い意志を感じ取ったのかそれ以上は強く引き止めなかった。
ただ、痛むような眼差しで絵名を見つめ続けている。
「…おい、本気かよ」
それまで黙ってやり取りを見ていた彰人が、低く重い声で呟いた。
「お前が絵に必死なのは知ってる。
でも、家を出てまで行く理由になってねえだろ。何か隠してんじゃないのか?」
「隠してなんかないわよ。あんたに関係ないでしょ」
鋭い彰人の追及に胸が跳ね上がる。動揺を悟られまいと膝の上で強く拳を握りしめると爪が手のひらに深く食い込んだ。
「関係なくねえだろ!いきなり家出んのに黙ってられるかよ!」
「もう決めたことなの、邪魔しないで!」
食ってかかる彰人を振り切り、絵名は逃げるように自室へと駆け込んだ。
鍵をかけた瞬間、緊張の糸が切れてその場にへたり込んでしまう。
隠し切れたわけじゃない。一番近くで自分を見てきた彰人には、何か決定的な嘘をついていることが完全にバレていたのだから。
けれど『呪いを祓う学校に行く』なんて本当のことなど言えるはずがなかった。
翌日の放課後。
絵名は瑞希を屋上に呼び出していた。
沈む夕日が屋上を茜色に染める中、絵名は意を決して事実を切り出した。
「瑞希には直接言っておきたくて・・・私神高を退学して全寮制の学校に行くことにしたの」
一瞬、瑞希は目を見開いた。
けれどすぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべ
ゆっくりと絵名に近づいてくる。
「……そっか。絵名がそう決めたなら、ボクは何も言わないよ」
「うん…急に言っちゃってごめんね
でも、ニーゴの活動は絶対に続けるから。
ナイトコードには今まで通り入るし絵も描くから!」
「ふふ、頼もしいな。絵名が抜けたらニーゴが成り立たないもんね」
瑞希は軽やかに笑ってみせたが、その瞳の奥には隠しきれない寂しさが滲んでいた。
絵名の肩にポンと手を置き少しだけ真面目なトーンで囁く。
「でもね、絵名…無理しちゃダメだよ。
困ったことがあったら絶対に頼ること
約束して?」
「瑞希……」
瑞希の察しの良さと、理由を追及せずに受け止めてくれる優しさが胸を刺す。
嘘をついている罪悪感で破裂しそうになりながらも絵名は必死にうなずいた。
「…うん。ありがとう」
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
手元ですっと実体化したキツネが心配そうに温かい頭を絵名の頬に寄せてきた。
「みんなに嘘をついちゃった……。
でも、もう行くしかないよね」
愛おしい相棒を抱きしめながら、絵名は静かに目を閉じた。
大切な家族や仲間を残し________
足を踏み入れる未知の世界――呪術高専へと想いを馳せながら。