東京の奥深く、深い山の中に佇む東京都立呪術高等専門学校。
歴史を感じさせる巨大な木造建築の中
暗がりが広がる大教室へと五条に連れられて入ると、そこには不気味な光景が広がっていた。
部屋のあちこちに転がる、羊やカッパの形をした奇怪なぬいぐるみたち。
その中央で厳めしい顔をして座り、小さな人形に綿を詰めている大柄な男――学長・夜蛾正道がいた。
「五条。遅かったな」
「いやー、途中で美味しい大福を買ってたら遅くなっちゃってさ。ほら、彼女が例の東雲絵名ちゃん」
五条に背中をポンと押され、絵名は思わず一歩前へ出た。
夜蛾の放つ圧倒的な威圧感と重苦しい空気。
部屋に転がるぬいぐるみが時折り不自然にピクピクと動く様子に、絵名の背筋に冷や汗が伝う。
「……東雲絵名だな」
夜蛾は手を止め、サングラスの奥から射抜くような視線を絵名に向けた。
「単刀直入に聞く。お前はなぜ呪術高専に来た?」
「え……?」
「五条から報告は受けている。
死に直面し、術式を開花させて生き残ったと
だが、ここは呪いを学ぶ場所だ
呪いを祓うということは常に死と隣り合わせの現場に身を置くということ。
生半可な気持ちで足を踏み入れていい場所ではない」
夜蛾の言葉が終わるか終わらないかのうちに、足元に転がっていた羊のぬいぐるみが突如として跳ね起き、恐ろしい勢いで絵名へと襲いかかってきた。
「キャッ……!?」
『呪骸』と呼ばれる夜蛾の人形。その拳が絵名の顔面に迫る。
とっさに身を構えた絵名の前に、さっと飛び出したのは鮮やかな絵の具を纏った相棒――あのキツネだった。
キツネは素早い動きで羊の呪骸の腕を噛みちぎり、絵名を庇うように威嚇の声を上げる。
「ほう……確かに素晴らしい完成度の式神だ」
夜蛾は微動だにせず、淡々と語り続ける。
「だが、この子が傷つき壊されることもある。
お前自身が化け物に肉を抉られ、命を落とすこともあるのだ。……なぜ、安全な普通の生活を捨ててまでここに来る?家族や友人のためか? 誰かに言われたからか?」
「……っ」
羊の呪骸が体制を立て直し、再び絵名に向かって踏み込んでくる。
自分を守ろうと必死に毛を逆立てるキツネの姿。
そして脳裏をよぎるのは、家族への嘘、瑞希の寂しそうな顔、奏やまふゆの顔――。
(安全な生活……?
誰かのため……?)
違う。
そんな綺麗事じゃない。
絵名はぐっと拳を握りしめ
自分を襲う呪骸の拳を正面から見据えた
「――私が、私であるためよ!」
絵名の叫びが、暗い部屋に鋭く響き渡った
「誰かに認められないと価値がないなんて言われたくない。呪いに殺されかけて……死に直面したとき私の中から溢れてきたのは私の描いた『生』を『存在』をこの世界に刻んでやるっていう怒りだった!」
「……」
「安全な場所に逃げて、何者にもなれないまま生きていくなんて、そんなの死んでるのと一緒よ!私は私の絵で、私の生きた証で・・・撃ち破って生き残ってみせる!」
画家としての誇り。何者かになりたいという、気高い「生の執着」。
命を賭して筆を握ったあの夜の熱量が、絵名の瞳の中で猛烈な炎となって燃え上がっていた。
襲いかかっていた羊の呪骸が、絵名の顔の数センチ手前でピタリと止まる。
夜蛾は静かに立ち上がると詰めていた綿を置きサングラスの位置を直した
「……合格だ」
「……え?」
「己の執着を自覚し死線でそれを選び取れる覚悟がある。五条、彼女を2年学級へ案内しろ」
「ハーイ。さすが絵名完璧な答えだったね〜」
緊張の糸が切れ、絵名は膝から崩れ落ちそうになった。
駆け寄ってきたキツネが、安堵したように絵名の頬を舐める。
「ようこそ、呪術高専へ」
夜蛾の厳しい顔が一瞬だけ緩んだのを、絵名は見逃さなかった。
東雲絵名
: 東京都立呪術高等専門学校(途中編入) / ニーゴ(イラスト担当)
• 経緯と高専での立ち位置:
• 「才能がない」というコンプレックスや「何者かになりたい」という強い負の感情が原因で、自身の絵から呪霊を発生させてしまう。
• 死の直前、強い執着と意地で描いた「狐の絵」が具現化し、自ら生み出した呪霊を祓うことで生き残った。
• その現場に駆けつけた五条にスカウトされ、高専へ編入。