目が覚めたとき視界を刺したのは白い蛍光灯ではなくカーテンの隙間から差し込む眩しい朝の光だった。
「……っ……」
眩しさに目を細めながら絵名はゆっくりと身体を起こした。
見知らぬ清潔な部屋。
身体に大きな傷はないものの、昨日の任務で呪力を使い果たした強烈な重だるさが全身の関節にズシリと残っている。
「あ、起きたかい。おはよう」
窓辺の椅子に腰掛けカルテに目を落としていた白衣の女性が顔を上げた。
咥えた煙草から細い煙が立ち上り、朝日の中で揺れている。
「…あの、あなたは……?」
「家入硝子。ここの医師だよ。
君が東雲絵名だね。五条から話は聞いてるよ
初対面の硝子はどこかサバサバとした、けれど落ち着いた口調で告げた。
「一晩泥のように眠ってたよ。まあ慣れない呪力を急激に使ったことによる呪力切れだ。
身体に異常はないから安心しな」
「一晩……?家入さん、今…何時ですか……?」
「九時半だよ」
「くっ、九時半……っ!?」
絵名は跳ね起きるようにして、棚に置いてあった自分のスマホを引っ掴んだ。
画面を点灯させた瞬間、ロック画面を埋め尽くしていた通知の数に息が止まる
メッセージアプリのアイコンには見たこともない数字の赤バッジがついている。
25:05 Amia『えななん、今日遅れるの?』
25:20 K 『作業進めてるよ。来たら声かけて
ね』
25:50 Amia『えななん連絡つかないけど大丈夫……?』
26:15 雪 『体調でも崩したの?誰か連絡取れた人いる?』
07:30 Amia『朝になっても既読つかないんだけど。えななん何かあったの!?』
08:15 K『無事なら一言だけでも返事欲しいかな』
高専へ編入し、寮に荷物を運び込んで呪術師として生きる覚悟は決めたはずだった。
それでもニーゴの仲間たちには呪いのことなんて話せるはずもない。
昨夜は呪力切れで倒れ、25時の定期連絡をすっぽかしてそのまま眠りこけてしまったのだ
朝の通知に並ぶ文字が、絵名の胸を鋭く抉る。
(私…みんなに何も言えないのに、また心配させて……っ)
画面を打ち込む指がガタガタと震える。
怪我なんて一つもしていないのに不甲斐なく倒れて一晩眠りこけていただけの自分が情けなくて、視界がじんわりと涙で滲んでいく。
『ごめん!!急に熱出て倒れてた…連絡できなくて本当にごめん、私は大丈夫だから』
必死に言い訳を打ち込み送信ボタンを押した
その時——
「やっほ〜!お目覚めかな、絵名?」
ひょっこりと医務室のドアが開き、背の高い男が滑り込んできた。
五条悟だ。
目元を黒い目隠しで覆い、手に持っていたコンビニの紙袋をひらひらと揺らしている。
「五条、また勝手に入ってくるんじゃないよ
生徒を脅かすな」
「いいじゃん硝子〜。僕の先生としての愛だよ愛!ほら絵名、差し入れ!ここの肉まん美味しいんだよね〜
五条は絵名のベッドの脇にドカッと腰掛け、ズイと紙袋を突き出してきた。
名前を呼び捨てにして気安く距離を詰めてくるこの男の軽薄さに絵名は身をすくめながらも睨み返した。
「要りません。それより五条先生、今日の授業は……?」
「ん? 焦らなくてもいいって。
絵名はまずその呪力切れの身体を休めるのが先!寮の部屋で絵を描くのもいいけど、無理は禁物だよ?」
五条はひらひらと手を振ると、目隠しの奥からどこかつかみどころのない視線を向けてくる。
「絵名がここで呪術師として頑張ってるのは偉いけどさ。
大切な日常も、ちゃんと大事にしなよ」
「……言われなくても、分かってますよ」
絵名は握りしめたスマホを胸元に寄せた。
ピコン、と画面が揺れまふゆからの返信が届く
『無事ならよかった。熱、無理しないでね』
ただの淡々とした、気遣いの文章。
呪術高専の生徒として呪いと戦う自分と
何も知らずに自分を心配してくれるみんな。
すでに選んで歩み始めた道だけど、この隔たりを感じるたびに胸が痛むのはどうしても止められなかった。
「……早く自分の部屋に戻ります。家入さん
ありがとうございました」