銀と琥珀   作:らむさいだー

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第7話 判定不能

 

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1

十三番が、井戸の方へ歩いてきた。

 

急ぐでもなく、足音も立てずに。乾ききった石畳の上を、散歩の続きのように。

 

パラゴンは、剣の柄を握ったまま、井戸の陰から立ち上がった。マキナを、背中に隠すようにして。

 

十三番は、三歩手前で立ち止まった。

 

半分だけ開いた目が、パラゴンの顔を見た。しばらく、見ていた。

 

「……どっかで、会ったっけ」

 

首を、かしげる。

 

「……西都市、だっけ?」

 

曖昧な声だった。思い出したというより、思い出しかけて、途中でやめたような。

 

パラゴンは、答えなかった。

 

あのとき隣で刀を振るっていた男は、パラゴンの名前を知っていた。背中を預け合った。それが、今は、道ですれ違った誰かを見るような目をしていた。

 

十三番の視線が、パラゴンの肩の向こうへ動いた。

 

パラゴンの外套の陰から、マキナが、そっと顔をのぞかせていた。

 

半眼が、止まった。

 

ほんの少しだけ、開いた。

 

「……神か」

 

 

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2

何を言われたのか、分からなかった。

 

パラゴンは、十三番を見た。それから、自分の背中にしがみついているマキナを、振り返った。

 

銀白の髪。小さな手。額には、何もなかった。神なら誰でも持っているはずの、神紋が。

 

「……何を、言ってる」

 

十三番は、答えなかった。マキナを、じっと見ていた。まるで、パラゴンには見えないものが、そこに見えているように。

 

マキナが、パラゴンの外套の裾を握りしめた。

 

「……わたし?」

 

小さな声だった。

 

自分が何と呼ばれたのか、マキナ自身が、いちばん分かっていない顔だった。

 

十三番は、頭を掻いた。

 

「区画の外にいる、記録にない神は、預かることになってるんですよ」

 

丁寧な声に戻っていた。

 

「すんません。その子も、預からせてもらいます」

 

パラゴンは、剣を抜いた。

 

マキナの前に、立った。

 

 

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3

踏み込んだ。

 

横薙ぎの一閃。十三番の首筋を狙った剣が、硬い音を立てて止まった。

 

十握剣だった。十三番は、それを片手で、肩の高さに立てていただけだった。

 

パラゴンは、剣を引いて、もう一度。胴。足。肩。

 

すべて、止められた。

 

十三番は、一歩も下がらなかった。長い剣を、ほんの少し傾けるだけで、パラゴンの刃は、ことごとく滑って逸れた。

 

斬り返しては、こなかった。

 

一度も。

 

パラゴンは、跳び退きざまに腰の銃を抜いた。三発。

 

十握剣の腹が、ゆらりと動いた。三発とも、刃に弾かれて、乾いた壁に穴を開けた。

 

呪符を抜く。指で紋をなぞる。風が、十三番の足元から吹き上がった。

 

十三番の外套の裾が、はためいた。それだけだった。

 

風の中を、十三番は、また一歩、マキナの方へ歩いた。

 

パラゴンは、その前に回り込んだ。

 

剣と、銃と、呪符。一つずつではなく、組み合わせて。風で砂を巻き上げて目を塞ぎ、その陰から銃で足を狙い、避けたところへ剣を叩き込む。企業連紛争を生き延びて、西都市で異形と渡り合って、身体に刻み込んできた、全部。

 

十握剣が、全部を止めた。

 

十三番は、パラゴンの肩に、軽く手を置いた。

 

押した。

 

それだけで、パラゴンの体は、横へ流れた。足がもつれて、石畳に膝をついた。

 

十三番は、マキナの方へ、また一歩。

 

パラゴンは、立ち上がった。前に回り込んだ。

 

押された。膝をついた。

 

立ち上がった。回り込んだ。

 

また、膝をついた。

 

息が、上がっていた。剣を握る手が、震えていた。

 

十三番は、一度も、パラゴンを斬らなかった。一度も、殴らなかった。ただ、道の真ん中に置かれた荷物をどけるように、パラゴンを脇へどけて、歩いていくだけだった。

 

十三番が、立ち止まった。

 

石畳に膝をついたパラゴンを、半眼で見下ろしていた。

 

「……レベル2で、これか」

 

責めるような声ではなかった。ただ、確かめるような声だった。

 

「西都市のあれ。僕が落としきれなかったやつ、倒したんでしょ。……もっと、やると思ってた」

 

パラゴンは、顔を上げられなかった。

 

あの異形を倒せたのは、自分一人の力ではなかった。最初の光の矢が、あれを半分壊していた。隣には、刀を持ったあの男がいた。

 

分かっていた。

 

分かっていたことを、今、目の前で、突きつけられていた。

 

 

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4

十三番が、マキナの前に立った。

 

マキナは、逃げなかった。井戸を背にして、十三番を見上げていた。

 

外套の下の、錆びた鎖の奥から、あの平坦な声が響いた。

 

『対象、神格を確認』

 

マキナが、びくりと肩を震わせた。

 

『神格レベル、判定――』

 

声が、途切れた。

 

鎖の奥で、何かが、軋むような音を立てた。

 

一拍。

 

二拍。

 

『……判定、不能』

 

『対象、等級の枠外』

 

鎖は、一本も外れなかった。

 

十三番の手が、止まった。

 

半眼のまま、自分の外套の胸元を見下ろした。それから、マキナを見た。

 

「……判定、不能?」

 

首を、かしげた。

 

「初めて聞いたな、それ」

 

 

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5

パラゴンの家の戸が、開いた。

 

音は、しなかった。

 

戸口に、背の高い男が立っていた。紫がかった白銀の髪。碧い瞳。ルーチェの毛布を、肩から外して、戸口の脇に畳んで置いた。

 

一会だった。

 

いつものにこにこ顔は、どこにもなかった。

 

「一服、付き合え」

 

静かな声だった。

 

茶を点てるときの、あの声だった。

 

十三番が、振り返った。

 

半眼が、少しだけ、開いた。

 

長いあいだ、十三番は、一会を見ていた。

 

「……雷帝」

 

一会は、何も答えなかった。

 

十三番の足元から、土壁が立ち上がった。

 

―――

 

十三番は、畳の上に座っていた。

 

四畳半。低い天井。炉に切られた釜が、しゅんしゅんと鳴っていた。

 

炉の向こうに、一会が座っていた。背筋を伸ばして、膝の前に手をついて、静かに一礼する。

 

十三番は、しばらく、部屋を見回していた。

 

「……ほんとに、お茶の人になったんだ」

 

一会は、答えなかった。水差しから、冷たい水をひと杓、釜に差した。湯の音が、すっと静まった。

 

茶筅を湯にくぐらせる。茶碗を拭う。竹の匙で、緑の粉を二度すくう。

 

「何も、入れていない」

 

一会が、言った。

 

「ただの、茶だ」

 

十三番は、黙って、その手元を見ていた。

 

茶碗が、置かれた。正面を、十三番に向けて。

 

十三番は、茶碗を手のひらの上で二度まわして、口をつけた。

 

ひと口。

 

「……苦くない」

 

「苦いのは、嫌いなんだ」

 

「知ってる」

 

十三番は、もうひと口すすった。

 

一会が、小さな漆の器を、そっと十三番の前に滑らせた。蓋を取ると、中に、花の形をした干菓子が三つ、並んでいた。

 

十三番の半眼が、ほんの少しだけ、大きくなった。

 

「……ぬ」

 

一つ、つまんで、口に入れる。ほろりと崩れて、甘さが広がった。

 

「……おいしい」

「そうか」

 

釜の湯が、また鳴り始めていた。

 

二人とも、それ以上は、何も話さなかった。

 

十三番は、干菓子を三つとも食べて、茶を最後まで飲み干した。

 

 

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6

庵が、湯気がほどけるように消えた。

 

乾いた路地の真ん中に、十三番が立っていた。その向かいに、一会が。

 

十三番は、自分の手を見下ろしていた。指先に、干菓子の粉が、少しだけ残っていた。それを、ぺろりと舐めた。

 

それから、マキナを見た。

 

もう、歩き出そうとはしなかった。

 

「……今日の仕事は、ほだ木の神さんだけなんで」

 

路地の隅に、ほだ木の神がうずくまっていた。乾いた髪を垂らして、空になった両手を膝の上に置いたまま、動かなかった。

 

十三番の外套の下から、錆びた鎖が一本伸びて、ほだ木の神の手首に、そっと巻きついた。

 

ほだ木の神は、抵抗しなかった。立ち上がって、十三番の後ろに、ゆっくりとついて歩き出した。

 

十三番は、路地の入り口で、一度だけ振り返った。

 

「でも、報告は、します」

 

半眼が、マキナを見ていた。

 

「規則ですので」

 

それだけ言って、十三番は、ほだ木の神を連れて、角の向こうへ消えた。

 

足音は、最後まで、聞こえなかった。

 

―――

 

路地が、静かになった。

 

座り込んでいた住民たちが、ぼんやりと顔を上げていた。大家の爺さんが、自分の手の白い糸を、不思議そうに眺めていた。

 

一会は、戸口の脇に畳んだ毛布を拾い上げて、肩に掛け直した。

 

振り返ったときには、いつもの顔に戻っていた。

 

「……お湯、冷めちゃった。淹れ直すね」

 

そう言って、家の中へ入っていった。

 

パラゴンは、石畳に膝をついたまま、動けなかった。

 

雷帝。

 

十三番は、一会を、そう呼んだ。

 

マキナが、井戸の前から、とことこと歩いてきた。パラゴンの前にしゃがみこんで、その顔を覗き込む。

 

「……パラゴン」

 

小さな声だった。

 

「わたし、かみさま、なの?」

 

その目が、まっすぐにパラゴンを見ていた。

 

パラゴンは、答えを持っていなかった。

 

「……知らん」

 

それだけ言って、マキナの頭に、手を置いた。

 

いつもと同じ、銀色の、少しひんやりとした髪だった。

 

(第7話 了)

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