銀と琥珀   作:らむさいだー

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第11話 いも

 

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1

外出禁止は、終わらなかった。

 

一週間が過ぎて、二週間が過ぎた。

 

夜になると、軍靴の音が通りを巡回した。昼になると、角ごとに煤色の外套が立った。人々は、その横を、目を伏せて通り過ぎることに慣れていった。

 

パラゴンの家は、狭いままだった。

 

かまどの前では、一会がマキナに茶の点て方を教えていた。

 

「手首だけで振るんだよ。腕じゃなくて、手首」

「てくび」

「そうそう。しゃかしゃかしゃか、って」

「しゃか、しゃか、しゃか」

 

マキナの茶筅は、碗の底でごとごとと鳴った。泡は、ほとんど立たなかった。

 

「……あわ、ない」

「最初はみんなそう。僕も、最初はそうだった」

「いちえも?」

「うん。僕も」

 

長椅子では、コテンが寝ていた。一日のほとんど、寝ていた。ときどき起きて、ルーチェとぽつぽつ話して、また寝た。

 

ルーチェは、嬉しそうだった。

 

「家に帰ってくる人がいっぱいいるって、いいね」

 

寝台の上で、毛布を肩に掛けて、ルーチェはそう言った。

 

―――

 

HUB第三支部のカウンターの端の席には、まだ誰も座っていなかった。

 

丸椅子の上に、ミレイが畳んだ手拭いを一枚、置いていた。洗濯屋の女将から届いた、洗い立ての手拭いだった。

 

誰も、それをどけなかった。

 

―――

 

そのあいだにも、ノラは何度か、夜の窓を叩いた。

 

来るたびに、少しずつ長くいるようになった。マキナの隣で、膝を抱えて座って、白湯をすすって、夜明け前に帰っていった。

 

北へ行く話は、あれから一度もしなかった。

 

 

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2

ある夜、窓を叩いたノラの服のポケットが、ぼこぼこに膨らんでいた。

 

「……いも、もってきた」

 

ノラは、ポケットから、土のついたいもを三つ、取り出した。

 

どれも、小さかった。形も、いびつだった。区画の配給の、余りものらしかった。

 

マキナの目が、まんまるになった。

 

「いも!」

「……いも」

「ゆでる! いっしょに、ゆでる!」

 

ノラは、ふいと目をそらした。

 

「……だから、もってきた」

 

 

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3

台所に、二人並んで立った。

 

いもの茹で方を知っているのは、ノラだった。

 

「……あらう」

「どのくらい?」

「……つち、なくなるまで」

 

マキナは、桶の水で、いもを一つずつ丁寧に洗った。ノラは、その横で、黙って見ていた。

 

「……なべ、みず」

「どのくらい?」

「……いも、かくれるまで」

 

「……ひ」

「つよく?」

「……ふつう」

 

鍋が、ことことと鳴り始めた。

 

マキナは、鍋の前にしゃがみこんで、中を覗き込んだ。

 

「もう、いい?」

「……まだ」

「いま?」

「……まだ」

「なんで、わかるの?」

 

ノラは、少しだけ黙っていた。

 

「……なんども、ゆでた、から」

 

かまどの前で、一会が腰を浮かせた。

 

「僕も手伝――」

「一会さんは、座ってて」

 

寝台から、ルーチェの声が飛んだ。一会は、すごすごと座り直した。

 

「……前に、豆、焦がしたもんね」

「覚えてた……」

 

長椅子の上で、コテンが鼻をひくひくさせて、目を開けた。

 

「……いい、におい」

 

―――

 

いもが茹で上がると、ノラが、ポケットから小さな包みを取り出した。

 

マキナが、息を呑んだ。

 

塩の包みだった。

 

マキナが、ずっと前から渡してきた包み。「……まだ、ある」と言って、ノラがずっと使わずにいた塩。

 

ノラは、包みを開いた。

 

ほとんど、減っていなかった。

 

ノラは、それを、茹で上がったいもの上に、指先でぱらぱらと振りかけた。

 

一度では足りなくて、もう一度。

 

包みの中身が、みるみる減っていった。

 

「……いいの?」

 

マキナが、小さな声で聞いた。

 

ノラは、答えなかった。最後のひとつまみまで振りかけて、空になった包み紙を、指で丁寧に畳んだ。

 

 

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4

窓の外で、何かが動いた。

 

灰色と白のふかふかした毛並みが、窓枠によじ登ってきた。この路地で、もふとも大福とも閣下とも呼ばれている猫だった。

 

猫は、窓の隙間から、湯気の立つ鍋に鼻を近づけた。

 

ふんふん、と嗅いだ。

 

くしゅん、とくしゃみをした。

 

マキナとノラが、同時に猫を見た。

 

「……くしゃみ」

「……した」

 

それから、猫は、何事もなかったように窓枠の上で丸くなった。

 

 

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5

いもを六つに分けて、碗に盛った。

 

三つのいもを、六人で。一人ぶんは、ほんのひと口だった。

 

卓の上に、湯気の立つ碗が六つ並んだ。

 

そのとき、表の戸が、叩かれた。

 

どん、どん、と。

 

重い拳の音だった。

 

部屋の中の全員が、動きを止めた。

 

「巡回だ。確認する。開けろ」

 

戸の向こうから、平坦な声がした。

 

パラゴンは、部屋を見回した。

 

区画の外に出てきたノラ。記録のどこにもいないコテン。住民登録のないマキナ。

 

この家には、記録にない神が、三人いた。

 

一会が、音もなく立ち上がった。

 

「……奥。母上の毛布の下」

 

小さな、静かな声だった。

 

ノラとマキナが、寝台の陰に滑り込んだ。コテンが、長椅子から転がり落ちるようにして、その後を追った。ルーチェが、何も言わずに、毛布を大きく広げて、三人の上に掛けた。

 

パラゴンは、戸を開けた。

 

煤色の外套が二人、立っていた。顔の下半分を、灰色の布で覆っていた。

 

「住人は」

「……俺と、妹だ」

 

兵士の一人が、帳面をめくった。

 

「パラゴン・アルマゲスト。ルーチェ・アルマゲスト。……他には」

「僕、居候です!」

 

パラゴンの後ろから、一会がひょいと顔を出した。にこにこしながら、一枚の札を差し出す。住民登録の札だった。

 

「路地裏で茶屋をやってたんですけど、お店が壊れちゃって。しばらくここで、お世話になってます」

 

兵士は、札を帳面と見比べた。それから、うなずいた。

 

「……茶屋。確認した」

 

兵士が、部屋の中に目をやった。

 

窓辺の寝台で、ルーチェが毛布を膝まで掛けて、小さく咳をしていた。

 

それから、兵士の目が、卓の上で止まった。

 

湯気の立つ碗が、六つ並んでいた。

 

「……三人だな」

「ああ」

「碗が、多い」

 

兵士が、碗を指さした。

 

一つずつ、数え始めた。

 

「一、二、三、四――」

 

寝台の陰の毛布の下から、小さな音が漏れた。

 

ふわあ、と。

 

あくびだった。

 

兵士の数える声が、途切れた。

 

「――五……」

 

兵士の口が、大きく開いた。布の下で、つられるように、大あくびをした。隣の兵士も、同じように、あくびをかみ殺していた。

 

兵士は、目をこすった。

 

もう一度、碗を見た。数を、どこまで数えたのか、思い出せないような顔をしていた。

 

「……数え間違いか」

 

兵士は、帳面に何かを書きつけて、閉じた。

 

「夜間の外出は、禁止だ。守れ」

 

それだけ言って、二人は戸口から離れていった。

 

軍靴の音が、路地の角を曲がって、遠ざかっていった。

 

パラゴンは、戸を閉めた。

 

背中を戸につけたまま、長く息を吐いた。

 

寝台の毛布が、もぞもぞと動いた。コテンが、眠そうな顔を出した。

 

「……ねむく、なっちゃった」

 

一会が、声を殺して笑っていた。

 

 

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6

いもは、少し冷めていた。

 

それでも、みんなで食べた。

 

ひと口ずつ。ほくほくしていて、塩の味がした。

 

ノラは、自分の碗のいもを、じっと見ていた。それから、口に入れた。

 

もぐもぐと、噛んだ。

 

「……ふつう」

 

マキナが、ノラの顔を覗き込んだ。

 

ノラは、少しだけ黙っていた。

 

「……でも、おいしい」

 

尖った耳の先が、赤くなっていた。

 

マキナが、にこにこと笑った。自分の碗のいもを食べ終えて、ノラの方に身を乗り出した。

 

「つぎは、なに、ゆでる?」

 

ノラは、答えなかった。

 

空になった碗を、両手で持ったまま、窓の外の暗がりを見ていた。

 

―――

 

夜明け前、ノラは裏の窓に手をかけた。

 

マキナが、窓辺まで見送りに来た。

 

ノラは、窓の外で、振り返った。

 

マキナを、長いあいだ見ていた。

 

「……また」

 

言いかけて、ノラは口をつぐんだ。

 

その先は、言わなかった。

 

ふいと背を向けて、路地の暗がりに消えていった。

 

―――

 

パラゴンが窓を閉めようとしたとき、窓辺に、小さな紙が一枚、置いてあるのに気づいた。

 

空になった塩の包み紙だった。

 

角をきっちりと揃えて、丁寧に、小さく畳んであった。

 

パラゴンは、それを拾い上げた。

 

ずっと使わずにいた塩を、最後のひとつまみまで使い切った。使い切った包み紙を、ここに置いていった。

 

もう、近いのだと分かった。

 

パラゴンは、包み紙を、そっと懐にしまった。

 

マキナは、寝台の足元で、もう寝息を立てていた。

 

(第11話 了)

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